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第14話(1)

…やっぱり書くことないよなぁ。

そうですね、えーと…

うーん

…パンダ可愛いですね。





冬という季節に入ってから何日かたった。冬至にはまだ何週間ばかし早いが、こう寒ければ冬の訪れと言っても過言ではないだろう。


そんな寒い日の事だった。


外の温度などいざ知らずぬくぬくと温かい部室の中は、部長がどこからか持ってきたファンヒーターのゴウンゴウンと稼動する音だけが響いていた。


いつものメンバーはいる事にはいるが、みな一様に口を閉ざして、何も言わずに顔を下の紙に向けている。

ゲームの始まりを告げる音がする。


サイは投げられた。文字通り。





その日、部室に入るとすぐに部長から3枚のノートの切れ端を受け取った。


手で折れ線をつけて千切ったようなので、切れ目は歪な形だが、文章を書くには十分すぎるほどスペースがとられている。


「他人にされたら嫌な事書いて」


紙を一人一人に配る時に部長がそう言って渡した。


「なんに使うんスか?」


マジックでも始めるのだろうか。


受け取った紙の裏表をよく見てみたがなんの変てつもないタダのノートの切れ端でしかなかった。


コレが鳩とか空中焼失したりしたらソレこそびっくりドンキーだわ。


「私もそろそろ進路について真面目に考えるべき年齢なのでね。とりあえず心理の勉強なんてどうだろうと」


「ああ、部長そういうの好きそうですもんね」


意外だ。部長に進路なんて関係がないもんだと思っていたが、やっぱり部長も一生徒である前に人の子だったんだな。



「書いたら渡してくれ」


部長に言われた通りにする。


俺が紙に綴ったのは次のことだ。


1、ちょっかいを出してくる

2、言葉の暴力を浴びせて来る


もちろん紙に書いたのは俺が部長にされたら嫌なことだ。

そして、やはり部長に分かっていてほしい事としてこれは外せない。


3、女装の強制


もう二度あんな思いしたくないもの。




今思えばすでに俺は部長の罠にハマッていたのかもしれない。

孫悟空はまだお釈迦様の手の平だったからいいが、俺は悪魔の手の平の上で踊らされていたのだ。




「おし、15枚。ちゃんとあるな」


部員から受け取った紙をお札を数える様に数えた部長は、満足そうに鼻をならした。


「それで今日は何をするのかしら?話に聞いたペトロイトゲームなんてものをやってみたいわ」


和水が言った。


「お前それマジで言ってんの?」


「何よ雨音、文句あるの?」


「別にねぇけど俺はやんないぜ?あんなヤマなしオチなしイミなしなゲーム。一度やったことある奴なら二度プレイしねぇよ、あんなクソゲー。ねぇ、美影」


「え?えぇ、そうですね…。出来れば私も御免被りたいところです。本編はともかく罰ゲームだけは勘弁して欲しいですね…」


部長の手前か、罰が悪そうに控え目に美影が答えてくれた。

自作ゲームの評判の悪さからか、部長は少しだけ寂しそうに棚をごそごそいじくっている。


「罰ゲーム?」


美影の言葉に反応して和水がきょとんとした。

それからゆっくりと首を傾けて聞いてきた。


「罰ゲームって何よ?」


「お前聞いてないの?」


「ええ。部長から聞いたのはとても楽しいゲームというだけで内容なんて微塵もね」


「…美影、教えてあげたら?」


「いやですよ!」


部長を流し目で見る。

あの人さてはそれこそ記憶を捏造しようとしてやがるな。あのゲームは素晴らしかった、そう思わせようとしてるのか、最低な女だな、おい。


「僕も知りたいなぁ」


「芳生も部長から教えてもらったのか?」


なんでも興味をもつ赤ん坊のように澄んだ瞳を輝かせて芳生が言った。

その後ろで楓も小さく「俺も」と呟いたのが聞こえた。


「部長は、ともかく楽しいゲームで終始美影も雨音も笑顔だった、と言ってたよ」


「…終始笑顔だったのは部長だけだ」


悪魔の微笑みだけど。

俺たちが浮かべていたのは乾いた笑いだけだった気がする。


「なんだか分かった気がする…」


ただ一人、楓だけが俺が言わんとする意味を理解してくれたらしい。芳生はそんな楓に「なにが?」と質問したが、楓は答えずに、優しく微笑むだけだった。


「ねぇ!教えてよ!」


和水が唇をとがらせて駄々をこね始めた。

この状態になった和水の処理は面倒だ。多分数学の問題よりずっと。


「ルールを言いなさい!私の知的好奇心が疼くのよ!ワトスン君」


なんだよその好奇心。その意欲をもっと別の方向に向けろ。

和水がホームズなら麻薬常習犯で三秒で捕まるよ。諦めろ、お前じゃ三毛猫にも敵わない。


「『人』と言う字は支えあってるのよ」


「…だから?」


「…」


「…」


「明らかに片方楽してるわよねぇ…」


「ごめん、お前が言いたい事がわからない」


「私はペトロイトゲームのルールを知りたいだけよ」


ああ、面倒くさい。

なんで俺がガキの相手をしないとなんないんだ。

和水が同級生ってのは都市伝説並に信憑性にかけるぜ。


「教えてくれたらホッペにチューしてあげるわよ」


ウインクしながら、ピンク色の唇に人差し指を当てて、そんな事をのたまう和水嬢。


「…」


「黙らないでよ」


「…嫌だよ。腐っても表雨音。和水ごときにそんな事されたくないね」


ここだけの話、少し心が揺らいだのは秘密だ。

守ったのは俺の自尊心。貞操。虚栄心。


「腐っても雨音、って…?何!?雨音ってゾンビだったの!?腐った雨音!?」


「喩えだよ!バーカ!」


「ば、バカにしたわね!バカっていった方がバカなんだから!カバに謝りなさいバカッ!」


「小学生かお前はッ!?」


「?高1よ」


「…いい。いや、なんでもないんだ」


熱くなるな表雨音。ビークールにいくんだ。こういう精神的にはっちゃけてる奴と真正面から張り合えるわけがないんだ。静かに窘めてやるのが大人な対応ってやつに違いない。


かと言ってどういう反応をすればいいのか。


「…そんなに言うんだったらこの間の部活でりゃ良かったじゃん」


↑大人な切り替えし方。

話題の転換ではない。あくまで大人な対応だ。




「うるさいわね」


突如今まで明るかった和水の声が冷たくなった。

空気がガラリと変わる。


「…どうした?」


別に顔色が悪いとか、熱っぽいとかそういうのは感じられない。さっきまでは確かにいつもの『和水』だった。でも今の『和水』はどこか刺々しい、冷たい雰囲気を醸し出している。


身体を気遣うように出した俺の声もそんな和水の雰囲気に蹴落とされて自然と力を失っている。


部室は、静かになっていた。普段騒がしい和水がこんなんだから、今まで保って来た外郭が崩れたみたいになっている。


それを取り繕うつもりなのか、和水が小さく呟くように言った。


「…私はこの間…」


声が震えている。

涙は出ていないが時間の問題だ。潤んだ瞳で、良く見れば睫毛はすでに濡れている。


「…風邪をひいた事にして学校を休んだわ。私の家の近くでは放逐されている牛が『モー』と鳴いて、庭師が手入れを加えるバラ園ではきれいな『チョウ』がヒラヒラ舞うように飛んでいた。…私はそういう病気で、欠席したの…」


「お前…」


牛が『モー』、『チョウ』がヒラヒラ。

『モー』『チョウ』。

『モウ、チョウ』。

『モウチョウ』。

『盲腸』。


「そうだったのか…」


「さげずむならそうしなさい。私にはそれをされるだけの理由があるもの」


決意を込めた力ある言葉を彼女ははいた。

そんな言葉を聞いて、けなす事なんて出来るはずない。


「そんなの一生の内誰もが経験する事だ。気にすんなよ。皆勤賞だって、お前ならほんとは取れてたに違いないんだ。…ん?でも入院とかしないくて良かったのか?」


「ええ、最近の医療は進歩したものね」


和水が感慨深そうにそう呟いた時、楓がボソリと呟いた。


「仮病」


「え?」


楓の呟きに和水は「テヘ」とかわざわざ口に出してから舌をぺろりと出した。


そうだ、あいつなんて言ってた。『風邪をひいた事にして――』


…馬鹿か、俺は。


「そんなバカななぞなぞ出す為にお前は皆勤を棒に振ったのか?」


呆れて物も言えん。


「大丈夫。お姉ちゃんと仲良くなればカードにスタンプ押してくれるから、安心して蛍狩りに行けるわ」


「朝のラジオ体操とはわけが違うんだよ」


ぼく夏ルールは発動しません。


「大体仮病ってズル休みじゃないか。なにやってたんだよ引き籠もって」


「最近インフルエンザが流行ってるじゃない」


また突拍子もなく和水は言った。


「あ?ああ、そうだな」


「端的に言えばそう言うことよ」


「いや、お前は仮病ったじゃん。関係なくね?」


「あるのよ。バカね、雨音は」


ニッコリと微笑んで和水は右手を胸に当てて朗らかに叫んだ。


「賢い私は考えた!」


自分で賢いとか言ってる時点で終わってるが最後まで聞いてやろうと思う。


和水一人プロジェクトX始まり始まり。


「インフルエンザにかからないためにはどうしたらいいか。非常に難しい問題よ」


それは確かに。


「そんな私の元に一筋の光明が…。行き着いた結論が家から一歩もでない、皆勤賞を守るためには仕方が無い事だったのよ!」


「…」


うん、バカだこいつ。

俺の、いや、部内の沈黙をどのように受け止めたのかは知らないが、和水は疲弊した息を吐きながら呟いた。


「ま、いいわよ。一日の欠席くらい権力で揉み消すから」


「サラリと凄い事言ってんなぁ」


これだから金持ちは困る。

楓もそう思ってるに違いない。そう思って俺は楓に目配せした。

あいつは俺の視線に気付くと別にどうって事ないように「こほん」と咳を一回して言った。


「知ってるか?和水」


「なによ」


「一学年中に何回まで休まずにいられるか。つまり留年のデッドライン」


「さぁ、30回くらいじゃないの?」


「正解は50回くらい。30回で黄色信号。遅刻早退は羽路学園では0.5回分だからお前はまだまだ休める。安心しな」


「まぁ!全然余裕じゃない!私は赤点もほどほどしかとってないからまだまだ休めるのね!」


楓、違う。

俺言いたいのそういう事じゃない。

しかも赤点はほどほどでもアウトだ。


「ふっ、下らん出席日数の話など後にしろ。見ろ!」


ガタン、机に大胆に藁半紙を叩き付けながら部長が半ば叫ぶような口調で言った。

俺達はみな、突然の物音に驚きながらも、部長が叩き付けたその紙をみる。


若干黄ばんだ紙は、乱暴な手つきとは変わって、意外と丁寧に机の上にひろげさせられている。

なかなかの大きさをもつその紙には、いくつかの円が書かれており、一番デカい円には赤いマジックペンで『スタート』と書かれていた。

俺は一つ一つの円の中を確認するように『スタート』から順々に視線を流していった。

『一回休み』、『うでたて伏せ10回』、『5マス戻る』…etc.


そして最後も赤いマジックペンで『ゴール』。


「コレって…?」


「スゴロクだね!」


「そう。その通り。双六だ」


やけに一人だけテンション上がっている芳生を尻目に俺はマスの一つ一つを再度確認する。これといってなんの変哲のない命令ばかりかかれている、至って普通のスゴロク。


部長の手書きだろうか、几帳面な彼女らしく円の大きさは一律で、おそらくコンパスでも使ったのだろう。


「ルールは今更説明するまでもないだろう。スゴロク。サイコロを転がして出た目の数だけコマを進めて、その目にかかれている命令を実行してもらう。一番最初にゴールをした者-あがった者が勝利だ。以上説明終わり」


一息つくと同時に部長はブレザーの丸みを帯びたポケットから普通のサイコロを二つ取り出すとポンと放るように紙(スゴロク盤らしい)の上に置いた。


「シンプルかつ分かりやすいルール説明でしたよ」


「お褒めにあずかり恐縮だな」


実に偉そうに部長はふん反り返った。


「だけど、これを今からみんなでやるんですか?プレイヤー人数6人って多くないですか?」


俺の質問に部長に代わり楓が答えた。


「そうか?こんなもんだろ。正月は末の妹がねだるからスゴロクやるが、いつも参加人数5、6人だぞ」




「そりゃ、お前んちが5人兄弟だからだろうが」


「そうだな。ま、どちらにせよ人数は多い方が盛り上がる」


「そりゃそうだけど…」


楓はそう言って俺を納得させた後、ふと何かに気が付いたかのように紙に視線を落として、独り言を呟いた。


「…コレ命令が書かれてないマスがいくつかあるな。単に部長がさぼったのか何か意図して空欄にしてるのか…。嫌な予感がひしひしと感じられる」


楓は部長に眉ねを寄せながら目で尋ねる。


部長は口元を綻ばせると、


「さすが楓。よく気が付いたな!」


と言った。いつの間にか彼女の手には先ほどのノートの切れ端が握ぎられている。


先ほどの、『他人にされたら嫌な事』が書かれた紙。


俺が書いたのはすべて部長への当て付けだから、別に誰かに覗かれてもなんのダメージはないが、やはりいきなりそんなのを見せられるとドキリとする。


「ソレがどうかしたんですか?」


「もうお察しの通り…」


部長はトランプをきるように紙をシャッフルすると、丁寧に一枚づつ、スゴロク盤の空欄のマスに、一枚折りにして並べ始めた。


「まさか…」


楓が言ってたように俺も段々と嫌な予感がしてきた。いや、予感ではない、これは間違いなく的中している。


「さっきのスゴロクのルールを一つ加えよう!」


誰かがごくりと唾を飲んだ。


「君達が書いた『他人にされたら嫌な事』が書かれた紙が置いてあるマス目に止まったらもちろん、その行為を『される』!」


「ちょっ…!なんでですか!部長がそれを進路に使うって言ったから正直に俺は書いたんですよ!」


思わず声が出てた。


もちろん正直とまではいかないし、むしろ不真面目ととられるかもしれないが、すくなく考えて文章にした。

それをみんなの前で曝されるのは我慢ならなかったからだ。


「ああ、進路につかうのさ。ソレをされた時の人がどんな心理状況か、をだな…」


「そんなんストレスMAXに決まってるでしょうが!」


「わからないよ。もしかしたら雨音も嫌な事が快感に変わるタイプの人かもしれないし…」


「違います!俺は違います!MでもSでもないです!Nです、ナチュラルのN!」


「そうだな、イニシャルもA(雨音)O(表)だしな。アホでもオッケーだもんな」


「?なんですかソレ?」


「そうなると私はH(秤)K(柿沢)か。…えーと、…なんだろう。ひゃっくり?」


「知りませんよ…。なんでイニシャルの話になってるんですか?」


「なに?頭文字は『かしらもじ』でも『あたまもじ』でもなく『イニシャル』と読むだと!?そんな事言われなくても知っとるわ!」


「もう…良いです…」


「…そうなると水道橋のSと美影のMで一組できるな…うむ」


部長は一人納得がいったように頷いている。

話題にされた二人は、よく分からないといった感じで和水に至っては「服のサイズ?」なんて尋ねてやがる。


「だいぶ本筋を離れたが戻そう。さぁ!スゴロクをやるぞ!」


部長が声高らかにゲーム開始を宣言する。

元気がいいのは部長だけで他のみんなはノリ気じゃないっぽい。当たり前だろ、一歩間違ったら自分がされたくない事をされる羽目になるんだからな。


「やれやれ…」


かといって、ゲームを降りるわけにもいかない、『部長の命令には絶対服従』だもの。


ん…?


…あれ



…俺はあの紙になんて書いたんだっけ?




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