12(3)
テレビを見ていたら、丁度このゲームと同じ事をやっている番組がありました。
パクってませんよ!
手と手をつなぎ輪になって、部室の中では宇宙人を呼ぶようなチャネリング。
ある意味電波は飛ばしてるとは思うけど。
「おぅし、それでは私のターンからだ」
まずは部長からスタートするらしい。…このクソゲーを…。
部長は得意気に顔をニヤけさせると、さも自信ありげに右手をブンと振って言った。
それに引っ張られるように俺の左手も上がる。
ビキ
左手の関節がちょっと伸びた。
「…横断歩道を渡るとき白いとこだけ歩く!」
「いて…」
「む?痛いとはどういう意味だ?雨音」
「いや、別に。あ、なんでしたっけ?白いところ?ああ、わかる、わかる」
以外に庶民派な部長の意見に俺は素直に共感する。
まぁ、実際にはそんなに気にしないけど、小さい時は結構気にして歩いてたからな、共感できるに入るだろう。
だけど俺はともかく美影にはそんな気持ちはないようだった。
それを部長は驚いたように声を荒げて美影に聞いた。別にいいじゃん。個人の主観なんだから。
「な、美影!お前はやらないのか?」
「うーん、私はさほど思いませんね」
「く、これは2ポイントとれる自信があったのに…、まぁ、よかろう、柿沢秤、1ポイントだ。さぁ次は美影の番だぞ」
「私ですか?じゃあ、…」
そんなにバンバン交代していくのかよ!
やば!適当な事を言えばいいと思ってたけど事前に何か考えとかないとな、えーと…
「あ、ありました!こういうのはどうです?『電車では一番端に座る』!」
「あ〜、わかるぅ」
その意見には俺も部長も共感する。
という事は美影は2ポイントだ。
「やりました!最高得点です!」
嬉しそうに笑う美影。
ねぇ、教えて、なにがそんなに嬉しいのかを。
と、ともかくこうやって考えてみるとみんなが共感出来る事を言うのはさほど難しい事じゃないんじゃないか?
普段自分がやる事言えばいいわけだしさ。
「さ、次は雨音の番だぞ」
部長に促されて、俺は思考を切り替える。
えー、っと、なんだろう。
芸人がよく『あるあるネタ』とかやってるけどああいうのを言えばいいんだ。
難しい事じゃない、心を落ち着けて、思考するんだ。
人が変わった行動をとるのはきまって自分が一人の時だ。変わった行動であればあるほど他人から高い共感を得られやすい。
この場合俺が求めるのは『変わった行動であり、なおかつ共感出来る行動』。
…そんなんあるか?
「早くしないか?さもないと時間切れだぞ」
「う。ちょっと待って下さいよ」
必死に脳を搾る。
皆じゃなくいいんだ。
俺がする変わった行動…。
「…『一人になった時』」
俺が一人になった時、何をする。
独り言?否、俺はあまり独り言は言わない。
だが、そんな俺にも、ほぼ唯一といっていいほど独り言を呟く瞬間がある。
それは…
「『そこにいるんだろ?』とか意味深な事を呟いてみる…』」
「…」
「…」
反応が、薄い。
「なに、それ?」
部長が冷めた視線を俺に送ってくる。
その反応を見るに、どうやら共感は得られなかったようだ。…考えればそうだよな、そういう奇行をやるのは男子くらいなもんだから、女子には理解されないってのは。
「…だから、一人になった時に、『そこにいるんだろ?』とか意味深な事を…」
「そんな事を聞いているんじゃない」
「じゃ、何を聞いてきたんですか?」
部長は俺の質問に一瞬黙ったが、すぐに決心がついたように口を開いた。
「おぅし、はっきり言うぞぉ」
「な、何ですか?はっきり言うって何を…」
部長はそこで小さく息をはくと哀れみの視線を俺に送りながら言った。
「雨音、お前、友達いないんだな?」
「!」
っう、女性から面と向ってそんな酷い事言われたのは生まれて始めてだ。
なんだかこれから10年間くらいは引き摺りそうなトラウマを部長から送りつけられた。
「…雨音さんはよくソレを行なわれるのですか?」
「あ、いや、俺じゃなくて、…」
美影は、彼女がもし思慮分別のない女の子だったら
「キモ」と迷わず口に出しているであろう顔つきである。
やめてくれ…、そんな顔されたら俺は、俺は…
部長の隣り、もっとも手をつないで輪になっているから俺の隣りでもある美影が、気のせいか遠く感じる。
「さ、斉藤ッ!同じクラスの斉藤の奴がね!一人になった時にするんだって!」
「あっ、斉藤さんなんですか」
何故か納得したように頷く美影。
「斉藤?…ああ、彼か。なかなか面白い趣味をお持ちのようだな、今度もし会ったら会談願いたいところだ」
悪い、斉藤。
俺のスケープゴートになってくれ!
二人分の憐憫の視線に俺は耐性を持っていないんだよ。
「斉藤さんが、ふぅむ、なるほど。たしかにありそうですね」
美影は俺の言葉に納得してくれたようだ。
ごめんなさい、すみません、申し訳ない、斉藤よ!
謝る!多分、俺がこれまで生きてきて、小6の時に隠していたテストがオカンにバレた時と同じくらい謝るから!
「…ま、雨音は0ポイントだな」
「私が2ポイント、部長さんが1ポイント、雨音さんが0ポイント。雨音さんがビリですね」
美影が丁寧にまとめてくれた。
「ビリ、ということはアレだ。罰ゲーム!」
「はぁあ!?」
美影と部長の楽しそうな会話を黙って見ていた俺だが、さすがにその聞き捨てならない言葉には、意識を収束せざるをえなかった。
「何いってんスか?」
「だから罰ゲームだよ!罰ゲーム。ゲームで負けた人が嫌な事をさせられる事!」
「そういう事を聞いてるんじゃありません。そんなのやる前に言って無かったじゃないですか!無効ですよ!罰ゲームだなんて!」
「やる前に罰ゲームがないなんて言ってないだろ」
「やる前にあるならあるって言わなかったら、そんなの反則だって言ってんですよ!」「えー、やる前にあるって言ったよ〜、ねぇ、美影」
そこで何故か美影に尋ねる部長。何を考えて…。
これだけは100%と言える、罰ゲームありなんて一言も言ってない。
当然美影もそうやって答えて…、
「ええ、おっしゃてました」
変なとこでノリいいね君…。
って、まずいよ!こんなとこで部長の俺様ゲームなんかに巻き込まれたくなんかないよ。
「ほら美影もそう言ってるみたいだし」
「嘘です!嘘です!いくら俺でもそんな記憶の捏造に引っ掛かりませんよ!」
深夜の大学教授(※11(3)参照)よ!俺に力を!
「捏造だろうがなんだろうが、やるったらやるの」
「そういう事は事前に言っておいてくれないとダメですよ!」
だだっ子のような口調で語りかけてきていた部長だが、あまりにも俺が食い下がるので、急に冷めた口調になり睨み付けるように言った。
「お前もしつこいな」
「しつこくてもしつこくなくても、理不尽な事には真っ向から立ち向かう、そういう大人になりたいんです」
「良かろう。ならば百歩譲って、一番と二番が接吻と、いうことで」
「は…?」
「この場合の一番はお前、二番は美影。よかったじゃないか、素敵なファーストキスで」
「いやいやいや、おかしい!頭おかしいですよ!なんで罰ゲームに美影が巻き込まれるんですか!?」
「良いではないか、良いではないか。初めてのせっぷーん、君とせっぷーんー」
替え歌になってない歌は殺スケへの冒涜ナリよ。
「そ、そうです!部長さん、第一、一番ポイントが高かったのは私なんですから、この場合二番は部長さんになるんじゃないんですか!?」
そこっ!?
つうかなぜ、ここでムキになって反論するんだ、美影…。
う、うう…。
「ぬ、うぬぅ」
部長は至極真っ当な美影の意見にラオウ語で戸惑っている。だが、そんな戸惑いももって三秒いつもの部長のように迷いなくすぐに判断をくだす。
いつもの如く間違った判断を。
「あ、雨音なら…」
「なんですか、部長?」
どうせまた下らない事ぬかすんだろ?
といった感じの視線で部長をみる。
「私の始めて、あげてもいいよ」
「ぬ!?」
部長が目を閉じて俺に唇を向けている。頬も微妙に赤らめているようだ。
「ぬぅわぁあああ」
に、逃げられない!手が握られているから逃げられない!
おかしい!おかしいよ!
なんでこんなところで俺の『男』が試されなくちゃならないんだよ!
落ち着け俺、落ち着け俺!口調が女言葉だったからこれは部長の罠だって、いつもの通り部長の罠だって、罠罠罠!?
「だ、ダメです!部長さんダメですよ!」
そんな俺の後もって三秒の理性をつなぎ止めてくれたのは美影の叫び声だった。
嗚呼、右手から力が伝わってくる。
「む、ダメとはどういう意味かな?」
部長は俺に目を閉じて向けていた顔を、美影の方に向けて、瞳と口を同時にあけた。
や、やばかった…。
あと少ししたら俺の理性が崩壊してたかもしれない。
「美影、お前がキッス(語尾上がる)しろと私に言ったんだぞ」
「違います!私が言ったのは…」
「なんだ?はっきり言わないか?」
「う、うう。だ、だから…」開放された俺の方に一瞥もくれないで部長は意地悪な笑みを浮かべながら美影に迫っている。
そんな部長の攻撃に美影は、戸惑いながら答えようとしているのだが、言葉になっていない。
というか、目の前で好きあってもいない知り合い二人がキスしようとしてたら、そりゃ止めるだろうが、普通。
「ふぅ、部長もういいですよ。キス以外の罰ゲームを受けますから勘弁してください」
嘆息してから、美影を助ける意味を込め妥協案をだす。
それを待ってましたとばかりに部長はまたしてもニヤリと唇をあげ、俺に新しい罰の内容を告げた。
「一番と二番が抱擁…」
「却下!そういうのから離れましょう」
「…雨音だったら私のはじ…」
「どれだけひっばるつもりなんですか!?そのキャラッ!?」
俺の激しい突っ込みの嵐に部長はやれやれといった様子で首を小さく傾けると、なんとか納得してくれたように、考え始めてくれた。
「ああ、わかったよ。そうだな…、罰、…罰ねぇ」
キリッと切り替えてくれたようだ。
俺が妥協したのだから少しは考慮してほしい。
ま、俺の気持ちは多分部長には少しも届かないだろうが…。
「おし、決めたぞ」
「なんですか?早めに言っときますけどね、俺はやりたく無かったら絶対にやりませんからね」
「雨音、お前…」
部長は俺の意見に聞く耳もたぬといった感じでマイペースを維持し続ける。
「脱げ」
「…はい?」
悪寒がする。
ほらやっぱりこの人に俺の気持ちを汲み取ることなんざ出来ないんだ。
「脱げって?…は?」
「服を脱げ。生まれたままの姿になる。これがペトロイトゲーム公式ルールだ」
公式を今作れるようじゃダメだろ!おい
「い、嫌です!なんで部室でそんな事やらかさなくちゃなんないんですか!?」
「えっ!部室じゃなかったらやるの!?へ、変態露出狂!」
「しません!そんな事しません!俺が一糸纏わぬ姿になるのは自宅の風呂と脱衣所だけです!」
「ならいいじゃん。ここを脱衣所だと思えば」
「思えません!無理です!」
これって訴えたら、逆セクハラで勝てるよね!
「落ち着け、雨音」
「おれは、ハァハァ、お、落ち着いてます、ふぅ、よ」
一気に空気とともに言葉を吐いたので、息切れしてるけど、これは別にパニックになっているからじゃない。
俺は冷静だ。至って平穏さ。平穏じゃないのは、この女の頭の中だ。
「逆を言えば-お前がこの後のゲームで勝てば、美少女二人が…、…ふ、ふふ、むふふな展開に…」
怪しげな笑みで俺に語りかける悪魔。
「な」
言葉を失う俺。
葛藤。
自責。
「だ、ダメです!不純だ!良くないっ!」
勝ったのは俺の正義の心。
激しい闘いだった。
多分この世で一番短い戦争だった。
「む、雨音がそういうなら、仕方無いな」
そんな俺の力強い言葉に悪魔は逃げて…
「じゃ、一枚でいいぞ」
いくわけが無かった。
「一枚ってなんですか!?」
「だから野球拳よろしく一枚づつ」
野球拳…って、あの欽ちゃんがやってた番組のやつ?
つまり昔は地上波だったゲームだよな。
「…ま、まぁ、それくらいだったら」
蘇る俺の悪の心。
仕方無いのさ。それくらいだったら、男子でも遊びでやるし、…多少美影や部長が薄着になろうとそれはペトロイトゲームの公式ルールなんだからさっ!
10分後…
何ターンか経過した。
ネタ切れ。
ここまでくると、それが顕著だ。
みんなが共感できる事など、そう易々と思い浮かぶものではない。
ちなみに、ペトロイトゲームにまた新ルールが追加された。
罰ゲームの際、服を脱ぐのに手をつないでいたら面倒くさいから、しなくてもよくなったのだ。
それが当たり前だとは思うが、あの時の苦労を考えると部長の行き当たりばったりのゲームに多少の苛つきを覚えた。
そんなこんなで、今の部室では椅子にも座らないで真剣にバトルが展開されている。
時間的にも季節的にも、外は結構さむくなっているはずだ。
それでも部室の中はバトルの熱気と暖房とで、自身の薄着さえ気にもならない。
いかんせん、みんな正直なのだ。
嘘をついて一人を貶める。そんな事をしない善良な愚者どもなのだ。
だから、皆、平等に一枚づつはぎ取られていって…
今に至る。
「美影、罰ゲーム!脱ぐものは?」
「…り、りぼんで」
美影はためらいがちに首からリボンを外して、それを机の上の自分のたたんであるブレザーとセーターの上においた。
な、なんか…、興奮して、…い、いや、いかんいかん、これは真剣なバトルなのだ。それに我らはまだ学生!こういうのは一歩手前で踏み止どまらなくては!
「それじゃ、次のターンいくぞ!私からだな『どこかにぶつかって、別に痛く無くてもとりあえず「いて」と言ってしまう』」
部長1ポイント、賛同者俺。
「『よくわからない話でもとりあえず相槌はうっておく』」
美影、2ポイント、賛同者俺と部長。
「『ゲームしてる時に叫ぶ!』」
俺、0ポイント、理由
「私はあまりテレビゲームをしませんからね…」
「ゲームやってる時は静かに黙ってやるもんだろ?」
男子の熱き魂は女子には理解されないようだった。
「このターンは雨音が罰ゲームだな。脱ぐものは?」
「上履きで…」
部長に尋ねられて、俺は上履きを揃えておいた。部長いわく、二つで一組のものは同時に脱がなくてはいけないらしい。
「ふふふ、雨音。段々貴様のシールドが薄くなってきているようだな」
「う、それは部長とて同じ事でしょうが」
下着を露出した時点でゲームオーバーだとして、今の惨状をありのまま伝えるとすれば、
俺は、靴下で長袖のシャツとズボン。ブレザー、ネクタイ、上履き、がはぎ取られた事になる。つまり今は防御力3、…ふふふ、見た目わね。
部長は、長袖のシャツにスカート、上履きと靴下。ブレザーを着用せずセーターのみだった部長は、セーター、リボンを取られて防御力4の状態。
美影はシャツにスカート、靴下、上履き。はぎ取られたのはブレザーとセーター、リボン。防御力4の状態。
なかなか接戦だ。
「次のターン!『夜中、救急車のサイレンの音にびっくりする』」
部長1ポイント。賛同者、美影。
「『暇な時に一人しりとり』」
美影1ポイント、賛同者部長。
「『宿題の提出日に手を付けてもいないけど、やってきたけど忘れた、という言い訳』」
俺、0ポイント。罰ゲーム…。
っく、そうだった、この二人基本勉強が出来る方達なんだった。
靴下というシールドがはぎ取られる。
やばいぞ、よもや連敗するとは。ここで食い止めなくては…。
「次のターン!『手についた糊を皮みたいにはがして快感を覚える』」
部長1ポイント。賛同者俺。
「『磁石が二個あったら間にものをはさんで手品っぽく片方を動かす』」
美影1ポイント、賛同者俺。
「『テストが終わったら「死んだ」とか「終わった…」と友達に言う』」
俺1ポイント、賛同者美影。
滞りなく進んでいたゲームだったが、ここで始めて待ったがかかった。
「む、みんな1ポイントで同点か」
「こういう場合どうするんですか?次のゲームに流れるとか?」
「嫌だよ面倒くさい。そうだな…」
美影に質問された部長はペトロイトゲームの新しいルールを付け足そうと思案している。
ちなみに俺は部長の新ルールなんて鼻から期待していない、どうせジャンケンとかで落ち着くんだから。
「おし!ジャンケンで決めよう!」
やっぱりな。
だがしかし、なにげに俺が一番ヤバいぞ…ここで罰ゲーム食らったら、3連敗+ゲームオーバー一歩手前と言った状況に追い込まれてしまう。
それだけは避けなくては…、
「最初はグー!」
絶対にッ
「ジャン、ケン、」
勝たなくてはッ!
「ぽいッ」
あ
「さて、雨音、脱ぐものは?」
新しい共感出来たよ!
ここぞというジャンケンで負ける!これどうかな!
…俺は部長に尋ねられて溜め息を付きながら答えた。
「聞くまでもないでしょ」
「いや、わからないよ。もしかしたら雨音がとんでもなく自分の下着を見せたい人かもしれないし」
「…脱ぐのはシャツです」
ズボンとシャツだったら、罰ゲームで脱ぐのはシャツが優先だろ。普通は。
「ということは上半身裸になるわけだな。やらしぃー」
やらしいじゃねぇよ。
「プールで男子の上半身だったらいくらでも見れるじゃないですか。それにそう思うならこのルール改変して下さいよ…」
文句を言いながらシャツのボタンに手をかける。
部長の向こう側で美影が顔を両手で覆っていた。
ひき締まった肉体ではないので見られないにこした事はないけど、美影のそういう初々しい反応は可愛いな。
別段変わった様子を見せない部長とは大違いだ。
たとえ指の隙間から、ご覧になられてても。
まぁ、もっとも、まだ素肌が見られるというわけではないけどね。
「な、貴様!それは…」
「シールドトリガー、『冬の朝はかなり寒いんで下に一枚着てますけど何か?』発動!」
学校指定のシャツ+ズボンから、私服シャツ+ズボンにクラスチェンジ。
防御力は変わらず2。
どっちみち危うい状況だが、BADENDよりはましだろう。
それにシャツの下に一枚半袖を着るのは校則で規制されてるわけではない。
これが俺の首の皮一枚という奴だ。
「ず、ずるいぞ!それだったらセーターを着ろ!」
なんかちょっと的はずれじゃね?
「俺学校指定セーター買ってないんすよねぇ」
俺の隠れ切り札に、部長は渋々といった様子で納得してくれたようだ。
「…まぁ、いいだろう。次で貴様の息の根を止めてやる」
「そううまくいきますかね?」
「ふん、ほざいてろ。決めてやる!いくぞ!美影!」
「あ、はい!」
急に呼び掛けられた美影は慌てながら部長に返事をした。
美影の声が引き金となり次のゲームが開始される。
話の流れ的に俺が素っ裸にされて、『助けてください』みたいになるのが普通だと思う。
だが、意外な事が起こった。
男の俺としては奇跡と捉えるべきなのだろうが、残念な事にそれは学生の身分では荷が重すぎる考え方だ。
ここに来てまさかの美影の連敗。美影は今、靴下と上履きを脱いで素足の状態だ。さながら売られて行く子牛のように潤んだ瞳でこちらをみている。
「美影罰ゲーム!」
さらに悪い事に美影はまた負けてしまったのだ。スランプもスランプ。つまり俺の3連敗から美影の3連敗に繋がったわけだ。
部長が
「脱ぐものは?」と尋ねてもただ頬を紅潮させるだけでそれに答えようともしない。
それはそうだろう、彼女は今、シャツとスカートなのだ。
俺が和水とかだったらこの場には女子しかいなくなり、気兼ね無く脱ぐ事が出来るのだろうけど、残念ながら俺は表雨音という男子に他ならない。いくら名前が女子みたいでもね。
それでもって、美影は花も恥じろう乙女、男の目の前で下着を見せるだなんてできっこないのだ。
「シャ…、…シャツを」
終始無言だった美影が肩を震わせて言った。
さっきも言ったように彼女は今シャツとスカートだけだ。つまり、今、シャツを脱いだら彼女の下着がこんにちは、するわけだ。
俺としては嬉しいけど、それってどうよ?
男に生まれて十と六、始めてみる女性用下着が罰ゲームで脱いだ女性のものってさ。いただけないぜ。
だから、俺は男として、いや、漢として、部長の暴挙を食い止めなくてはいけないのだ。
…と、思うんだけど、人間思ったような行動ができないから困る。
女性間でああいうやりとりをしている時、漢、いや男、…♂は指をくわえて見ていることしか出来ないのだ。
「え、と、じゃ、じゃあ」
美影はためらいがちにシャツのボタンに手を掛けた。
…ほんとにいいのか、俺…?ペトロイトゲームの打ち切りを訴えかけなくて…。
だ、ダメだッ!美影のたわわに実った…(自主規制)…を白日(俺)のもとにさらすだなんて、やってはいけない事じゃないか!
止めなくては!漢として!
「ぶちょ…」
「雨音!」
「…え?」
俺の勇気が待っていたのは部長の怒号だった。
「な、なんです?」
だが、部長の声で美影の手は第一ボタンを外しただけで止まっている。
「なにが、って、雨音!貴様、レディが脱がされようとしているのを黙って見ているような外道な野郎だったのか?」
部長はどうやら俺が黙って動向を伺っていたのを叱責しているようだ。
だが、それは誤解というやつだ。
「ち、違います!丁度声をあげようとした時に…」
「言い訳無用!貴様の漢ランクはEランクだ!」
どうやら俺の声は部長には聞こえていなかったらしい。
なんかムカツクわ。
「だから、俺はほんとにここまでにしときましょうと声をあげようとした瞬間に部長も声をあげたから被って聞きづらくなってしまったんですよ!」
「…情けない!実に情けない!自分の非を認めないどころか言い訳までしだす始末とは…、貴様の漢ランクはただいまをもって測定不可能なほどマイナスに落ちたぞ!」
「いっ!?言い訳じゃないですって!」
「素直に言え!美影のブラジャーが見たかったんだと!」
それは否定できない。
「だからですね!俺は確かに…」
「毎日毎日インターネットで年齢詐称してるくせにいまだに女性用下着にこだっているとはなんと珍妙な男よ!」
「失礼な!俺はワンクリックが怖いから年齢詐称なんてしません!」
それにリアルで見るのと、画像とかで見るのは違うだろ!…突込み所が違うか。
「ならば性のベクトルはどこに向かうのだ…、っは!?まさか…」
「もう、…もうアンタ黙っててくれ…」
「痴漢ッ!?」
「黙れェェェェェ」
そんな俺と部長のやり取りをポカンと見ていた美影だが、やがて静かに「脱がなくていいんですか?」と聞いてきた。
「別にいいよ。部長のクソゲーになんか付き合う必要はないし」
「あ、えっと、それじゃあ」
美影は部長を気遣いながら机の上に置いてある自身の制服を手に取るとそれを着始めた。
俺と部長も、美影の様に無言で服を着る。
今日わかった事。
部長に付き合えば虚しい気分になるだけだ。
これを胸に刻んでおいておこう。