第12話(1)
本文をよりも、前書きに悩んでる気がします。
だったら書くなって話なんですけど一度始めた事だし、投げ出すわけにもいきません。
偶然とは重なるものだ。
もっとも重なっているからこそ偶然と言うのかもしれないが。
和水は学校を休んだ。
あいつも俺と同様皆勤を狙っていたはずなのに、珍しい事があるもんだ、と俺はその話を美影から聞いた時に思った。
楓は末の妹の椿ちゃんが風邪をひいてしまったらしく、今日は授業が終わるとともに早々に帰路についた。
芳生はたまにあるように図書委員会だ。
そんなこんなで、今日のクラブ活動に参加したのは、
部長、美影、そして俺。
3人参加の3人欠席。
総部員数6人の娯楽ラブで3人が休んだのだから、今日の出席率は半分になる。これはつまり30人クラスなら15人、15人クラスなら7.5人、らんまなら二分の一に該当するわけだ。
そしてこんなに人数が集まらなかったのは俺の知る限りこの日くらいのものだった。
「なんだこれは?」
部室の惨状を部長は顔をしかめて見ると言った。
「私たち以外はお休みですね」
美影が丁寧に部長に告げる。部長はもう一度あたりを見渡して再度部室にいるのが俺と美影の3組メンバーだという事を確認する。
「そんなの見れば分かるんだよ。私が言ってるのはなんであいつらが休んでるのか、ということだ」
「和水は欠席、楓は妹の看病、芳生は委員会、だそうです」
「…和水のようなタイプは風邪をひかないハズなのに」
遠回しに和水を馬鹿にしてますよね、まぁ、その意見には同意せざるをえませんが。
「風邪じゃないかもしれないじゃないですか」
「風邪じゃないならなんだ、インフルエンザか?どちらにせよ和水とは無縁の物に違いないのだが…。あいつに近付いた半径2mのウィルスは死滅するはずなのに」
うわぁ、和水スゲー。
その能力俺も欲しいよ。
「ん、楓はともかく芳生はどうした?あいつ委員会の仕事終わらせた、と喜んでたじゃないか」
「それが、この間金谷先輩にダメ出しくらってやり直しを要求されたんですよ」
「かっー、なんと間抜けなことか。金谷も金谷よ。融通の利かない男ね」
急に女言葉になるのやめて下さい、今この場には部長のクラスの人はいらっしゃいませんから、猫被る必要はございませんよ!
「それで部長今日はなにやるんですか?合宿の詳細を決めようにもこの人数じゃ相談になりゃしませんよ」
「ふむ、そうだな…」
部長はそこで親指を顎にあて考える動作をした。
シンキングタイム入ります。俺としては合宿の委細うんぬんよりも、やらない、という4文字の方を期待しているのだが、そうもいかないだろう。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、部長はすぐに顔を上げて言った。
「俺様ゲームをしよう」
「は?俺様ゲーム?」
聞いたことないゲーム名だな、どこかの地方ゲームか?
もしくは部長オリジナルとか。
「マツケンのパラパラじゃないぞ。簡単なゲームだ」
「ゲーム…、どんなルールなんですか?」
美影が興味津津といった様子で部長に尋ねた。
あまり期待しないほうがいいと思うよ。
「ルールは簡単だ。王様ゲームの王様が常に私で、お前たち二人がクジをひいて番号をきめ、私の命令に従ってもらう…、もちろん私の命名には絶対服従であり…」
「却ー下ッ!そんな遊び死んでもやりません!」
大体独裁国家だったら今とたいして変わんないじゃないか。
そんなゲームに喜び勇んで参加するような奴はバカかマゾかのどっちかだよ!
「む、いいのか?最初は『一番と二番がキス』と決めているのだが…」
「…う」
部長が親指をたてて、『私グッジョブ!』といったようににぱっと笑って俺にアピールしている。
それを美影は頭の上にクエスチョンマークを出して見ている。
や、やめろ!美影にバレたらどうするつもりだ!?
余計なお世話だよ!
そんなゲームで得たファーストキスなんて酸っぱすぎるにもほどがあるってば!
「と、とにかくそんなゲームやりませんよ!」
「なんだ文句ばっかり、そんなに言うんだったらお前が提案してみろ、なにか暇潰…活動内容を!」
いま明らかに暇潰しって言おうとしたじゃないですか!
「うーん…」
だがそうは言っても…部長の言う通りだ。何にもしないで文句ばっかりはよくないな。本来なら俺も何か提案すべきなのだろうが、生憎俺には新しいオリジナルゲームのアイデアも、みんなが絶対に盛り上がるゲームも知らない。そもそも三人以上で出来るゲームなんてジャンケンくらいしかしらないし。
「しりとりとか…」
あとはまぁこれくらいだろう。
そんな俺の叡智の結晶たる答えを部長は心底がっかりしたよう眉をひそめながらぼろ糞に言う。
「保母さんにならった遊びを言えと言ったのではないでちゅよー」
赤ちゃん言葉なんざこの世から消えちまえ。
俺は自身の右手をきつく握って屈辱に耐えた。
「私は今日のクラブ活動の内容を決定せよと言ったのだ。それが何?しりとり?君はアレか、ワギャンラ○ドのボスか、はたまた無類のしりとり好きか?」
「…しりとり好きの方向で」
部長は俺の言葉を聞くと目をこすりそれからその手を額にあて、軽く息を吐くと美影に「美影はなんかないか?」と尋ねた。華麗に俺の解答スルーですか、それはそれで悲しいです。
美影は部長の質問に一考すると答えた。
「そうですね…、山手線ゲームとかはどうでしょう」
「なにっ!?山手線だと!?な、なんなんだそのゲームはっ!?」
なんだか過剰に反応する部長、どうやらその反応見るにこのゲームを知らなかったらしい。珍しい事もあるもんだ。
コンパとか合コンでする遊びとは聞いていたが、俺らの世代まで堀さがってきたゲームだから知名度的には王様ゲームに勝るとも劣らないと思うのだが、部長だって万能人じゃないという事か。
「え、はあ、えっと、山手線の駅名のようにたくさん種類あるものをいいあって、リズムを外したり、間違ったり、つまったりしたら負けになる簡単なゲームです」
古今東西ゲームとも言うけどね。
詳しい説明は美影がしてくれるし、ここでそんな補足説明はいらないから何も言わないけど。
「また、お題に沿った解答をしなかったり、一度出た答えなんかもアウトになります。お題は別に『駅名』にかぎらなくても…」
美影の流暢な説明を半ば叫ぶように部長は止めた。
「いや、お題は山手線の駅名にしよう!私からいくぞ!」
この人ちゃんとルール把握したのかな、やけに意気込んでるけど。
「はぁ、それじゃ、部長さんからスタートで、手拍子に合わせて解答してい…」
「東京、神田、秋葉原、御徒町、上野、鶯谷、日暮里、西日暮里、田端、駒込、巣鴨…」
「…え」
「部長…?」
な、なんだ、この人…、目の色が違うぞ!
「大塚、池袋、目白、高田馬場、新大久保、新宿、代々木、原宿、渋谷、恵比寿、目黒…」
部長の口から立て板に水の如く単語がスラスラと流れ出ている。
その様子を俺と美影は目を点にして見る事しか出来ない。
よく、…噛まずに言えるな。
たしかそんな的はずれな事を考えていた。
「五反田、大崎、品川、田町、浜松町、新橋、有明町!ふぅ〜」
部長はそこで言い切ったというように息を吐き、満足そうに二回大きく頷いた。
な、な、なんだッ!?この人?
「さぁ、次は美影の番だぞ。何に挑戦するんだ?大阪環状線?」
「あ、いや、…えー」
美影は部長の剣幕に押されて口ごもっている。
当然だ、今の部長は水を得た魚のように実に生き生きとして水水しい、あんなに上機嫌な部長を見たのは始めてかもしれん。
…いや、てかルール間違ってね?自分の知識を一気に捲し立てるようなゲームじゃなかったハズだろ。
「環状線ならなんでもいいんだろ、早くしないか」
美影を催促する部長を見て、思い出した。
部長は自分で鉄子と名乗るほどの電車好きだったんだっけ。
「あの、部長さん…、……もう部長さんの勝ちでいいです」
「む、そうか?なんだ張り合いのない。私より凄い人なんざ五万といるぞ」
美影は開きかけた口を静かに閉じて、ギブアップを宣言した。言っても無駄だという事を理解したらしい。
ダメだよ、甘やかしちゃ、間違いはしっかりと訂正してあげないと…。
と、思うのだが俺も部長の間違いを指摘する気にはなれない。
「それじゃ、つぎは何をやるか?私的にはもう一度山手線ゲームを…」
「そ、それじゃ、部長10回『ピザ』って言って下さい」
とりあえず俺は部長の暴走を止めるため、なつかしの10回ゲームを仕掛ける事にした。
そんな俺の提案に露骨に不機嫌な顔を浮かべる部長。
「なぜそんな事をしなければならない?」
「いいから、いいから〜」
部長は俺に催促され渋々といった感じでぶっきらぼうに「ピザ、ピザ、ピザ…」と唱え始める。
「ピザ!…ほら言ったぞ」
「それじゃ、ここは?」
無事、さっきと同じよう流れるように言い切った部長は俺の出した問題の意味が分からないといった様子で一瞬目を見開いた。
そしてそのどんぐり眼の目で俺の右手の人差し指の位置を確認する。
今更説明するまでもないと思うが、俺が指しているのは左腕の肘である。
それを見てとふふんと鼻を鳴すと部長は「そんな事もしらないのか」と言った様子で言い始めた。
「腕の関節の折り曲げた時に外側になる部位、そこのカ所を我々は敬意もってこう呼ぶ――」
そんな肘に敬意をもった事は一度もありませんけど、人間の体はよく出来てるし、進化のはてにこの体になっているのだから、そういう…なんというか、構造に敬意はもつべきなのだろうか。
「――膝」
うん肘。
「…」
「なんだ?聞こえなかったのか?もう一度言ってやろう。腕の関節の…」
「『肘』」
「は?」
「正解は『ひじ』、です」
俺の出した正解に部長は、はっ、と気が付いた顔をして、そして、視線をつつつと横に流した。
「…肘…、は、はは、雨音今私がそう言ったじゃないか。肘ってな」
「部長は今、『膝』と言いました」
「…言ってないよ」
「は?今、確かに『ひざ』と…」
「言ってないッ!!」
うわぁ、うぜぇ。
なにを今更この方はほざいてらっしゃるんでしょう。
「言ってないったら言ってない!もし仮に言ったとしたならそれはわざとだ!ジョークだ!冗談だッ!」
仮じゃないし、わざとでもなければジョークでもなし、もちろん同じように冗談でもない。
かたくな自分の非を認めたがらない部長。変なところで頑固なんだから。
さすがに基本寛大な男、表雨音も多少カチンときちゃうわけで、…と、カチンと来ると同時にピコンとあるアイデアが俺の頭にふりかかって来た。
ぬふふふ、なつかしいなぁ。
「まぁまぁ部長、『ひじ』をこっちに突き出して下さい」
「う、うむ。ひ、『ひじ』を出せばいいんだな。肘だよな?」
なんだかいつもより素直に俺の言葉に従う部長。やはり少しは自分に非がある事を理解しているみたいだ。
スッと突き出された肘を俺は指を最大限に使って掴む。
なんだかよくわからないが、ちょっとエロティックだ。
「?何してるんだ?」
「まぁまぁ、ちょっと待ってて下さい」
親指を上下させてコリコリとさする。
「お前なに?女性の肘フェチ?」
「う〜ん、なかなか見付からないなぁ、えい」
「だから何をやっ、は、はにゃあぁ!!」
原理はほら、机に肘をガツンと当てた時に発生する痺れ、ようは肘を指でコリコリすると電気がビリッてくるやつ、なんつったっけ、俺の地方ではたしか…雷神腱?
部長は随分と可愛らしい声をだして、充電が切れかけたロボットのようにフラフラとその場にヘタリこんだ。
…
…えー、そんなに強力だった?
「なにをした…。貴様、私の、私の肘に…」
「ど、どうしたんですか!?気分が優れないのですか!?部長さん!」
美影はいつも気丈な部長がありえないほどうろたえているのを見て、キッと俺を睨み付けた。
え、なんか怒ってる?
「雨音さん!」
「は、はい!?」
「何をしたんですか!?」
可愛い顔で怒鳴り声をあげる、いつもの大人しい美影からは想像の出来ない剣幕だ。
「いや、ちょっとイタズラをね…」
「イタズラ?肘を揉んでたのがなんで…」
美影はそう言って自分の肘を揉み出した。
あぁー、違う違う。
「揉むんじゃなくて軽く引っ掻く感じで爪を立てずにここを…」
「こうです…、はっ、ひに!?ひににに!?ひにゃ?」
美影が人間と獣の中間の生物のような声をあげながら、部長とはまた違った反応を示す。
…と、いうか。
中毒者みたいに終いには自分一人で押しだしたんだけど…。
「ひに、ひにに、な、何なんですか?これ、ひゃあー、ふふふふ…、おもしろぉい、ふふ」
えー、この子笑いながら自分の肘をいじってる、ちょっと頭が残念な人みたいになってるよ。
「ファニーボーン…」
部長がわけのわからない事を呟きながらフラフラと立ち上がって、そして俺の頭に
「でりゃ!」と馬場チョップを食らわせた。
いてぇ!今ちょっと脳みそ揺れたよ…。
「貴様は何をやったかわかっているのか!?他人の上腕骨内上顆を弄るなど万死に値する!」
「え、部長、今なんて言ったの?」
「貴様!ここが炎症を起こしたら、バックハンドテニスエルボー、いわゆるテニス肘になるのだぞ!危険極まりない、ああ、こら美影!」
部長は一人楽しそうに肘を刺激しまくる美影の方をちらりと向いて、氷点下の如く言い放った。
「それ以上さすると――死ぬぞ」
「…え?」
ヒク、美影が音をたてて動きを止めた。青ざめている。
えー、別にここは神経が浅いところを通ってるから刺激が伝わりやすいだけで、別に危険はないんじゃなかったっけ?…まぁ、やり過ぎるのも絶対に良くないとは思うけど。
「全く、雨音が女性を痺れさせて、もてあそぶような奴だとは思わなかったよ!」
「や、やめて下さい!その言い方凄い語弊がありますから!」
「玩弄鬼畜変態野郎」
「…全部漢字ってかっこいいですけどタダの罵り言葉ですよね?」
こうして、いつもと違う、少し新鮮味がある部活動は続いていく。
…やってる事の下らなさはいつもと大して変わらないけど。