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11(3)

第11話のエピローグ的話です。




午後18時。夏ならばまだ太陽がギラギラと輝いている時刻だが、この時期は違う。

すっかり日が落ち、校舎は闇に包まれていた。



「土宮のやろぉ、間違いだらけの記事出しやがって」


金谷尚貴が一人ぶつぶつと文句を言いながら薄暗い廊下を歩いていた。

彼がこんなに遅い時間に帰宅する事になったのにはわけがある。


図書委員である彼は毎月刊行される図書新聞の記事欄(記事と言っても本の内容などだが)を放課後に居残って、書いていたのだ。


元々文才が余りないと自負する彼は、それを完成させるのが他の人よりも遅く、いつも最後まで残るハメになる。


加えて、今日は彼の後輩、土宮芳生が中途半端な仕事も押しつけてきたのだ。


土宮はなかなか無責任な男で時たま人に仕事をなすり付けてくるので、困りものだ。


そうは思っていても、面と向かって口に出したりしないのは彼がお人好しだからだろうか。


「流されやすいとも言うけどな、…はぁ」


一人虚しく溜め息をついて、目的地である自分のロッカーにたどりついた。


くそ、今度あったらジュースかなんかを奢ってもらおう。じゃないと割に合わない。


いずこかにいる土宮に悪態を吐きながら、靴を取り出し履きかえる。口からまた溜め息が漏れそうになった。


「あ、ちぃわーす」


突然、背後から何者かに声がかけられた。

あまりにも急な事だったのでびっくりして声がでそうになたかったが、何とか平然を保ち彼はふりかえる。


この無邪気な明るい声には聞き覚えがあった。


「金谷先輩こんな遅くまで何やってんの?」


「土宮!」


件の少年、土宮芳生が立っていた。


「わっ、急に大きい声出さないでよ、なに?金谷先輩?」


土宮は名前を呼ばれてきょとんとしている。

その平穏な顔を見ていたら、段々と怒りが込み上げてきた。


「誰のせいでこんな遅くまでいたと思ってるんだ!こちとらお前の仕事もやってたんだよ」


「仕事?な、なに言ってんのさ!?ちゃんとやったじゃん!…それじゃあ」


廊下に響きわたる金谷の指摘に土宮は焦りながら弁解をすると、何事も無かったかのように会話を打ち切り、その場から逃げるように歩きだそうとしたが、腕を捕まれてしまったので、仕方が無く足を止めて嫌そうに金谷を見た。


金谷は引き止めるのに成功したと分かるやいなや、今日一日の自分の苦労を土宮にマシンガンのように吐き出す。


「相変わらず間違いが多いいんだよ!お前がオススメで紹介した本、一作目とか言ってたのに調べてみたら二作目じゃないか!本当に読んだのかよ?」


「…読んだよ」


目を合わせずに土宮は答えた。心なしか汗をかいているように見える。


「あぁ、芳生は『読まなくても書ける読書感想文』って本を読んでたな」


「お前なぁ」


「ぎゃ、雨音、ばらさないでよ!」


土宮の隣りにいた少年、表雨音が、土宮に代わって正直に金谷に教えた。

金谷は土宮の頭を軽く小突き、また説教を続ける。


「ともかくアレは没だ。ちぐはぐ過ぎるから書き直しをしろよ」


「げっー、なんでそんな事しなきゃなんないのさ」


「お前のせいで俺まで無責任な奴に見られてるんだぞ、それくらいしっかりしろ!大体お前は…、ん?」


ふと、金谷は土宮と表の後ろに、暗くて今まで気がつかなかったが、もう一つ影があるのに気が付いた。


随分と小柄な影だ。


「あ」


金谷の口から思わず言葉が漏れた。


そこにいたのは水道橋和水という名の一年生の女生徒だった。彼が彼女に会うのは始めてではないが久し振りの再会になる。


「和泉さんじゃん、いやぁ、偶然だねぇ、最初にあったときもこんな感じだったよね」


だが、彼は今だに名前を勘違いをしたままだった。

気さくに勘違いしたままで覚えている名前で彼女に呼び掛けるが、


「いずみ?」


水道橋は知らぬ名を呼ばれ、自分の後ろを振り向いてみたが、そこにはもちろん誰もおらず、彼が呼んだ「和泉」というのは自分をさしていると気が付くとすぐに訂正をした。


「私は水道橋よ」


「ん?」


その訂正に過剰に反応したのは金谷ではなく、表だった。

一方、金谷はというと腕を組み、頷きながら、呟いた。


「あー、やっぱりあいつがいってた通り君は水道橋さんか…」


「あいつって誰よ」


「あぁ、ほら文化祭の時にうちのクラスでウェイターやってたやつ」


「ウェイター…、ああ!あなたあの時の人ね!ハンカチの!」


「思いだしてくれたんだ。ん?でも、そしたら和泉さんは…」


「だから和泉って誰よ?」


「いや、でも君が名乗ったんだよ。和泉式ですって、名前聞いた時にさ」


「?そんなの知らないわよ、あなたとは文化祭の時くらいしか話をした覚えがないのだけど」


「あー、文化祭の時もそんな事言ってたね、だけど何回か会ってるんだよ。ほら一番最初に会った時は放課後でこんな風に暗くてさ、君が廊下で寝てたから起こしてあげたんだけど…」


「…」


「急に黙ってどうしたの?」


「なんでもないわよ!そ、そんな放課後の廊下で寝るなんて、あ、あるわけないじゃない。それこそ和泉とかいう人がやったんじゃないの?」


ちなみに水道橋は始めて金谷と出会った時の事をすでに思い出していたが、それを自分だと知られると恥ずかしいので誤魔化している。


そんな目の前で繰り広げられる問答に表は水道橋よりも顔を青くしていた。


彼もまた思いだしていたのだ。文化祭の悲劇を…



文化祭、正確には前日にあたる準備の日の事だ。

表は娯楽ラブの場に飲まれて、仕方無く、不本意だが女装するはめに陥った。

彼はその姿のまま、上級生である金谷尚貴に会い、名前を尋ねられた際に、表は適当に『和泉式』と名乗ったのだ。


それ以来金谷は水道橋と女装時の表を同一人物として判断し、水道橋の事を和泉と勘違いして呼んでいたのだった。


「まさか…」


「ん?雨音、まさかってどうしたの?」


一緒に水道橋と金谷のお喋りを見ていた土宮が事実に気付いて思わず口からもれた表の独り言に反応して質問してきた。

表はそれを「なんでもない」と流すとすぐに押し問答を続ける二人の間に割ってはいる。

今はともかく二人を納得させるのが最優先だ。


彼の考えはこれ以上自分の人生の汚点(女装)を人の耳に広げないために尽力を尽くすことだけだった。


「どうやら俺が勘違いしてたというのはわかったのだが…、でも、あの時の彼女は…」


「御託はいいのよ、今は私が私、水道橋和水だと分かればいいじゃないの」


「そ、そうだぜ!和水の言う通りだよ!今がよければそれでいいじゃん、先輩も気にし過ぎですよ!」


「は?」


「急になによ」


金谷と水道橋は自分たちの会話に急に入ってきた表を二人同時に見た。


「なんで雨音がフォローすんの?」


土宮が目を細めながら表にいった。金谷も水道橋も不思議そうに表の顔を見ている。


「うっ、いや、それは…」


なんと言えば良いのか、完全に分からなくなってしまった。


表は、その後も、言葉にならない声を出しているだけで、言い訳の一つも出てこないのだった。


不自然な割り込みという行動が完全に裏目にでた。


「だから、ね…」


そんな彼の狼狽する姿を他の三人は訝しげに見ているだけで、特に他の話題で話をする気もないみたいだ。

兎にも角にも、表の発言待ち。

今はそういった状況なのだった。


そんな表はというと、「王様の耳はロバの耳」そんな懐かしい童話の響きが頭でぐるぐる回っていた。


「ほ、ほら」


余計な事をしなければよかった。

そう思っても、後の祭りだ。


「…和水自分であだ名付けてたじゃん」


「は?」



俺は何を考えてるんだ。


表は考えながら言葉を繋げる。軽いパニック状態だった。


「和水がさ、ほら、自分の事を今日から『和泉』って呼べって…」


「…そんなのいうわけないじゃない…」


水道橋はやや呆れながら表の言葉に冷ややかに一蹴した。


そうだよねー


しかし、表は自分自身そう思いながらも、とにかくこの場を乗り切ろうと躍起になっている。


「いや、言ってたよ!自分の事は『なごみぃぃいずみ、そうだ!私の事はいずみ、今日から私を和泉って呼びなさい』って…」


「…頭おかしいじゃないの?そんなのあるわけないわ」


最早意地の張り合いなのだが、向こうにはその気はないようだ。


「おかしくないって、お前が…」


「あー、もうしつこいわね。和泉は私以外の別の人なんじゃないの」


「いんや、お前が自分でだな」


「だから、なんで私が無関係な名前を名乗らなきゃいけないのよ」


「和水ならありそうだなぁ」


そんな表の言い分を信用したのは土宮だけだったが、表はこれが好機とばかり彼を味方につけるために畳み掛けるように発言し続ける。


「なぁ!なぁ!芳生、そう言ってたべ!文化祭の時にさ」


「う〜ん、そう言われれば…、だった気がしないでもないなぁ」


気のせいなんだけどな。


心の中でほくそ笑みながら彼は記憶の改竄を施す。


「ないわよ!神に誓って!天に誓って!」


「いやぁ、あの時、和水はさ、変なあだ名を付けるのに凝ってたからね、自分の事を『和泉』って呼べって言い出したのはお前なんだけど、覚えてないのか?」


「…私は…」


段々水道橋自身疑心暗鬼になってきている。


「覚えてないのか、いやぁ、随分前の事だから仕方無いちゃあ、仕方無いけど」


「絶対にないわ!やっぱりそんな名前名乗った覚えなんてない!」


「記憶力弱いなぁ」


ここぞとばかりに追い討ちをかける。


「な、何を言って…」


「ついこの間の事なのにもう覚えてないのか」

「お、覚えてるわよ!私が和泉ってよべって頼んだのよ!」


落ちた。

記憶の捏造なんざ簡単に出来るとどこかの大学教授が深夜番組で説明していたが、まさにそのとおりじゃないか。


表は自身の手腕に笑みを隠すことが出来なかった。


「ふ、覚えてるならそれでいいんだよ」


一人勝利の余韻に浸る。

水道橋はそう言いながらも、首をひねりつつ、金谷に、


「そういう事らしいわ。私が和泉に間違いないみたい」



「あ、うん」


「まっちがいだァッー!」


話しかけた時だ。


奥のロッカーの横からそう叫びながらヒョコと柿沢秤が飛び出してきた。

どことなくその顔には笑みが浮かんでいる。

彼女の後ろには裏美影と五十崎楓もいた。


「雨音、嘘はよくないぞ!」


「ぶ、部長、急になんですか?」


そんな柿沢の様子をみて表は危機感を感じていた。


部長は、知っている。俺と金谷先輩の会話を聞いていたから。

表は青かった顔を一層青くして、柿沢の口止めをしようと慌てて呼び掛けた。


「部長!?部長!?ちょっ…」


「和水、騙されるなっ!和泉は別にいるぞ!」


「え、部長、それって本当!?…ん、じゃあ、なんで雨音は私が和泉って言い張るのよ?」


「あ、…う」


表は言葉が出なくなった口の変わりに目で柿沢に訴えかける。


部長、なんてことを…


柿沢はそんな表の視線を気にもせず、「さっきは酷い目にあったからな、軽い仕返しだ」と周りの人に聞こえないように小さく囁いた。


「雨音、黙ってないでなんでか教えてよ」


「女を騙すなんて最低ね」


「そうだぞ、雨音、なんであんな事いったんだよ?」


土宮、水道橋、金谷の三人の尋問に近い質問に表はさらに言葉に窮するだけだった。

柿沢はともかく後からきた五十崎と裏はなんの話をしているのだろうと言った様子で二人で顔を見合わせている。


「だから、ね」


「ふっ、私にまかせろ」


ただ言葉を口から出しているだけの彼を見兼ねてだろうか、後ろでニヤニヤにやついていた柿沢がズイと彼を押し退けるように前に出た。

前に出てから他の人達を宥めるように両手振り回しながら、柿沢は演説口調で言った。

何言ってんだ、状況を悪化させたのはアンタだろうが


その様子を表は苛立ちの目線で見る。


「さぁて、君達も気になっている和泉式ちゃんの事だが…」


柿沢はそこで一回もったいつけるように息を大きく吸い、それを吐き出すとともに場にいる人たちに語り始めた。


この間に『和泉式』という人物をどの位置に持ってくるか考えているのだ。

後先考えずに口出ししたはいいが、表の軌道に乗りかけた言い訳を自分が否定した分、それよりもしっくりくるものを用意しなくてはならない。


「彼女は私の従兄弟にあたる」


「部長の従兄弟?」


「ああ、私の従兄弟で可愛い後輩でな」

とりあえず当たり障りのない位置に『和泉』を持ってきたはいいが、その柿沢の話に水道橋が疑問を飛ばす。


「それでなんで雨音が彼女の存在を隠そうとするのよ?」


「ああ、それは、和泉は、えー、従兄弟の、妹で…」


従兄弟の妹も従兄弟だろうが。


柿沢の尻すぼみの言い訳に、表は呆れながらも自分の問題なので捨て置くわけにもいかず、その柿沢の言い訳に肉付けする形で膨らませなければならないのだった。

心の中で、部長さえ余計な事を言わなければ、と恨み言を呟くが、柿沢にとってはどうなろうと知ったことのない問題なので自然とやる気が縮小するのはしょうがない事なのかもしれない。


だが、表の場合そうもいかない。

女装の事実を部内だけならまだしも、外野の金谷に知られるのは堪え難い。

そういう意味でも、柿沢が付け足した和泉の新な設定を発展させなけばならないのだ。

「和泉さんがまだ従兄弟だってことは内緒にしてくれって言ってたんだよ」


「お、お〜、そうだ。和泉の奴がだな、私の威光に晒されたくないから秘密にしといてくれて頼んできたんだよ!」


柿沢も表の言い訳に便乗するように付け足す。


一応、筋が通った、かな?


表はとりあえずはこの言い訳で行く事に判断したのだった。


それでも水道橋をはじめ、この話を一から聞いてきたものはまだ納得していないようだ。


「威光に…、って何よ?それでなんで雨音は部長とその和泉さんが従兄弟って知ってるの?」


「探したけどウチの学校に『和泉』なんて人は所属していなかったのだが…」


「部長はなんで『和泉』って呼んでんの?『和泉』は名字でしょ?なんでそんな他人行儀なんだい」


「あの、先程から…なんの話をしてるんですか?」


「まだ終わらないのか。そろそろ帰りたいんだが」


静かだったロッカー前が堰を切ったように言葉の波が押し寄せる。


「いや、だからだな、部長が色々と目立つ事をやってるから、出来れば同人種に見られたくないと…」


「な、なに!?雨音、失礼だぞ!取り消せ!少なくとも部外では猫を被ってるわ!」


なんでアンタまで突っ掛かってくるんだよ。


雨音は多少イラっとしつつ、質問一個ずつ答える。


その際に金谷の顔が目に入った。金谷は恋敗れた中学生のような顔になっている。


ああ、部長の正体がショックだったなのかな。


「和泉さんはまだ体験入学をしてただけなんですよ」


表のそんな言葉も今の彼には届きそうも無かった。






帰宅ラッシュ時の電車に土宮と表は連なって乗り込んだ。


外の冷たい空気から籠った暖房の熱風を全身で浴びながら、二人はドア前に陣どる。


ラッシュと言っても、普段よりもこんでいるというだけで、座席シートはすべてうまっているわけではない。二人一緒に座れる余地がないというだけだ。


それでも二人が立って会話するくらいのスペースなら有り余るほどある。



なお土宮の質問「他人行儀」は柿沢の「家庭の事情だッ!」ですぐに解決したのだった。


「なんで日曜日の昼間って、ゴルフか競馬しかやってないんだと思う?」


土宮が真剣な面持ちで尋ねた。


二人とも無言になる気まずさを土宮相手なら感じる事はないのだが、話題が何ともセンスがないのが問題だ。


「ドラマの再放送もやってるぜ」


「ああ、火サスみたいなやつだよね。あれは何なんだろ、僕には興味外の番組プログラムばっかりだよ、日曜の昼は」


「俺もあの時間帯は退屈すぎて眠くなるが、…視聴率があるから放送してるんだろ?」


不毛な会話をしながら、階段近くに停車する車両だけ無駄に混んだ電車は線路を滑るように光の線をひきながら走っていく。


あの後、


とりあえずは誤魔化す事が出来たはいいが、最後に柿沢に言われた一言を、表は引き摺っていた。


「またいつか、和泉ちゃんに会う時がくるかもしれないな」


別の線のホームに行こうとする柿沢が定期で改札を抜ける時に呟いた。


表はその言葉に眉をしかめながら答える。


「絶対ありませんよ!二度とねっ!」


その言葉を柿沢は歯牙にもかけずにまた一人事のように呟く。


「線路は続くよどこまでも」


柿沢の遠い目が何処を見ているのか、それによって今後の表の被害の度合いが変わってくるのだ。




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