第11話(1)
前に一週間以内とか言ってたがありゃすまん、嘘だった。ま、頑張ったということで見逃してくれ。
…ほんと、
_| ̄|○スイマセンデシター
この時期の午後5時というと、日は落ち紫色になった空に太陽の代りの一番星が輝いていて、これからその黒いキャンパスにぽつぽつと色とりどりな点が増えていこうとする時間帯の事だ。
白色矮星だか赤色矮星だか、中学生の時の理科で習ったはいいが多分もう一生使わないであろう単語をいい機会だから思い出しておこう。
「さぁて、やっと話を進められるな。山本先生、今日は逃げないで下さいね」
外と違い蛍光灯のお陰で明るい部室の中で、さらに明るく部長が言った。
部員と部長と先生と。今日もまたフルメンバーなのだが、山本先生が二日連続で来るなんて実に珍しい。
「くぁー、めんどくせぇ」
先生が奇声とも取れる雄叫びをあげながら伸びをした。
なんだか解せないぞ。あの放任主義な男がいること事態がレアなのに。
「それで私から提案がある」
部長はそんな先生から目を逸らすと、机に手をついて、さも当然の事のように言った。
「我々娯楽ラ部はぁ、近々、合宿に行きたいと思います!!」
本気で言ってるんだったら、この部活が何やってきたか、胸に手をあてて考えてくれ。
そういえば昔何かの本で読んだ事がある。
古来、闇で人の顔の見分けがつかなくなる黄昏時の事を逢魔が時といって、その時間帯は魑魅魍魎がばっこする百鬼夜行なるものが起こるのだそうだ。
今の学校の怪談でもモノノケが出て来る時間は完全な夜と言うよりも、夕方の方が多い気がする。
だとしたら、
俺の目の前にいるこの女は、それこそ妖怪じゃないのか…。誰か俺に獣の槍か、鬼の手くれ。
「む、聞こえなかったのか?合宿ぅ」
全員口を閉ざしたままである。あの和水でさえだ。
部長がやけに先生を呼びたがる理由が判明した。
合宿と名乗ってはいるが、それは名目上で、実は部長が単なる旅行に行きたいだけなのだろう。だから合宿を騙る事によって費用を少しでも浮かそうとしているのだ。
なんとセコい女…倹約はいい事だと思うが、問題はそんな事じゃない。
「なんで?」
「ん?なにか質問か?雨音」
「娯楽ラブが合宿なんてする必要があるんですか?」
「…難しい質問だな…」
そう思うなら提案しないで下さい。
そもそも合宿って能力を向上させる為にするもんだろ。上げるべき能力が何もない娯楽ラブが合宿する意味などないように思われるのだが。
大体合宿して何をすんだよ。アレか?ギャンブルの腕でも上げにいくのか?賭博黙示録ハカリでも始めるつもりなのか。
「確かに娯楽ラブには合宿する意味などないように思われる」
そこは認めるんだ。
「だが、合宿はするのだ」
「意味わからないです」
「右を見ろ」
「は?」
突拍子がない部長の発言に促され俺は慌てて右を見た。
「私から見て右だ」
「はあ」
なんだか分からないが言われた通りの方向を向く。
なんだなんだ?
「何がある?」
「何って…」
部長が言った方向にあるのは…
四角くて中にたくさんの収納スペースがある…
「棚?」
「の上にぃ」
「ブックスタンドと本」
「の横にぃ」
「…地球儀?」
「そう、それだ。だがそれは地球儀ではない。もっとよぅく見てみろ」
よく見ろってたって…
「っは、雨音、違うぞ。これは地球儀じゃない!これは…」
一番ソレの近くにいた楓が、視力が落ちたのでよくみえなかった俺に変わって教えてくれた。
「これは、星座儀だッ!」
「は?」
せいざぎ?なにそれ?
「地球儀みたいに星座が並んでいる、星座儀というのかは知らないが、ともかくこれは地球儀ではない」
「へえ、今まで気にも止めて無かったけどなぁ」
そんな物が部室の中にあったなんて、…入部してから、一つのオブジェとしか捉えていなかったから知らなかったよ。
「ふふふ…、これでわかったかな?雨音くん」
「これがなんですか部長、正直『だから?』って感じです」
地球儀じゃなくて星座儀だからってなにか変わった事があるのだろうか。
俺にとっては花瓶の中の花の種類が違かったくらいにしか変化ないのだが。
「わかっらないかなぁ、それじゃ並んでる本のタイトルを読んで見ろ」
「…」
『宇宙の神秘』、『火星人の秘密』、『UFOの目撃者』……?
「わかったか?」
「えぇ、部長ってオカルトマニアだったんですね」
「違う!『宇宙』だッ!共通点は宇宙だ!」
「宇宙…?」
宇宙がどうしたのだろうか、全く娯楽ラブには関係がないように思われるのだが…。
「娯楽ラブのぉ、」
俺が無言になっただろう、部長は答え合わせよろしく、真実を打ち明ける。
「元祖は天文部であるー」
「はあ…、だからなんですか?」
そういえばそんな話を入部する前に言われた気がするが、今の今まですっかり忘れていた、というか思い出す必要が無かったような気がする。
「天文部だから合宿するというのはいささか強引な気がするんですか…、そっちで今まで活動して無かったし」
「始めようかぁ天体観測」
「へ?バンプ?」
「そういう事だよ、雨音くん」
どういう事っすか?
なんだか小さい子に物を教えるような丁寧な口調だ。
なにその宇宙と書いて【そら】と読むみたいな展開…。
「えーと、つまり、娯楽ラブではなく天文部として天体観測という名目で合宿に行くと…」
「聞こえは悪いがそんな感じだな」
悪いも何も、そのまんまじゃん。大体天文部でもUFOの研究はしねぇだろ。
「あっりえねぇー!」
「むっ、なんだと!?」
「おかしいでしょ、理論が破綻してますよ!そもそも娯楽ラブの前身が天文部だろうと今は関係がないじゃ無いですか!」
「ぐぬぬ…、な、ならこうしよう!
「なんですか?」
「多数決だ」
「…多数決?」
それはつまり、この場にいる人に合宿するかどうか尋ねるという事か。
多数決も納得がいかないが普段の部長からしてかなり譲歩したので大目にみてあげよう。
「いいですよ、多数決ですね」
行くべきか、行かざるべきか、それが疑問だ。
大体この場で合宿に行きたい奴なんて部長以外にいるはずが…
「合宿にいきたい奴ー、お手上げ、ぴっ」
…
え、マジで?
俺の考えとは逆に部室にいる俺を除く全員が手を上げていた。
お、おい、嘘だろ、芳生と和水はともかくなんで美影と楓も手を上げてるんだよ。
てか、山本(先生)ッ!
テメェもさり気に手上げてんじゃねぇぞ。
「ふ、ふふ、く、くははは!見ろ!雨音!皆は私の味方だぞ!はっははは、みんな!分からず屋をボコボコにしてやれ」
「おい、よく考えろよお前ら!合宿って一晩泊るって事だぞ!そう簡単に決められる事じゃねぇだろ!」
部長が高らかに笑っているがそれよりこの状況はなんだよ、みんな部長にマインドコントロールされてんのか?脳みそをキャトルミーティレーションされたのか?
「雨音もいい加減腹括りなよ〜、それにみんなと一緒に旅って楽しそうじゃん」
芳生がクリスマスイブの小学生みたいに本当に楽しみにしているといった様子で言った。っく、ダメだ、芳生に現実を知らしめてやんなきゃなんねぇようだな。
「いいか、ほうせ…」
「もう、雨音、空気読みなさい」
「な、なんだよ」
そんな俺の出鼻を挫くように和水が言った。
空気読めない、だと…、く、くそ、和水からそんな指摘を受けるとは…、
末代までの恥…
「みんなの気持ちが一つになっている時に水差すような行動は慎みなさい、全くこれだから便所コオロギは…」
ちがうぞ!俺の二つ名はシーモンキーだ!甲殻類なめんな!
「一つって…」
「普段と変わった空気を感じるのもいいじゃない」
「そりゃそうだけど…、あっ、ほら修学旅行にこの間行ったばかりだしまだ時期尚早じゃないか?合宿なんてこれから先何時でも出来るしさ」
ほんと言うと俺は集団旅行があまり好きじゃない。
修学旅行でさえ実は苦痛なのだ。重たい荷物を引き摺って、名所を適当に巡り、旅館についたら飯食って風呂入って睡眠をとる…。
なんと言うか、落ち着かない。
人生まったりが目標の俺にとって、なんでわざわざ高い金を払ってろくに知りもしない地域を慌ただしく訪れにゃあかんのか理解出来ない。
旅というのは落ち着いた時に静かな気持ちでするから価値があるのだ。
「いーい?旅行に時期なんて関係ないの、冬なら冬、夏なら夏のその土地の風情ってもんがあるのよ」
「その意見には同意するが、だけど、旅行じゃなくて合宿だろ?天体観測に行こうとか言ってるが何処にしに行くんだよ」
ミステリーツアーなんて御免だぜ。
「さぁ、それは…」
和水は俺の意見に視線を泳がせて部長を見た。
「それを今から決めるのだ」
部長は腕を組みをといて和水の肩をたたいた。
「…なんて無計画な…」
「だから計画をたてるんじゃないか。まぁ雨音落ち着きなさい。人生まったりすることが必要だぞ」
「…はい」
俺の人生哲学が…。
「雨音さんは合宿に反対なんですか?」
決めるに当たって準備がいると言って何やらゴソゴソし出した部長を放っておき椅子に腰掛けた俺に隣りの美影が話かけてきた。
「反対ってわけじゃないけど…、なんか娯楽部員だけで行くのって不安にならない?」
あっ、合宿って事は山本先生も引率でくんのか…。…不安三割増。
「それは、確かに…」
「それに基本うちの部って活動が不明瞭じゃん。それなのに他の部活を尻目に合宿ってのもおかしな話でしょ」
「フフ、そうですねー」
おいおい、今の笑うとこじゃないよ。
「しかし楓が反対しないってのは驚いたな」
頬杖ついて窓の外をボーと眺めていた楓に言うと、楓はあくびをしてから俺に返事した。
「だって合宿ってタダだろ?」
「…」
いや、楓、その理由はどうだろ。
「ただ、…なのか?少しは取られるんじゃない?」
「マジかよ」
楓は驚いたように目を見開くと、すぐに部長の方を向いて早速尋ねた。
「金をとるんですか?」
ストレートな聞き方だな、おい。
部長は乙女が上げるべきでない『あ゛ー』という声をだしながら、遊びを中断された子供のように顔を上げて答えた。
「今回は創刊号なので特別タダだ」
手首プラプラさせるのやめて下さい。
「ほら見ろ雨音、タダじゃないか」
「あ、そう」
創刊号とか意味がわかりません。毎号オマケを集めるほど俺に金銭的余裕はありませんよ。
「おし、準備が出来たぞ」
楓が納得が言ったと同時に部長は声を上げていた。