第10話
つなぎの話が思ったより長くなったので、一話分で投稿する事にしました。
不思議なのは、何だかんだで毎日、部室に足を向けている事だ。
俺自身そんなに暇だと思っていなかったが存外俺は暇人だったらしい。
だってそうだろ。普通の高校生っていったら、もっとこう、塾とかバイトとか恋とかスポーツとか色々とあるハズだ。
それなのにこんなところでお茶をすする毎日を送っている俺は青春の無駄使いをしているのではないかと、思わずにはいられない。
そう考えると、何だか悲しくなってくる。
だけど、なんだろ…。つまらなくはない。
部長に振り回される毎日だって、別の一面から考えればそんなに辛くはない、と最近思うようになった。
それが洗脳だろうと俺の思想がそうなったのだったら別に構わないと単純に俺は考える。
だけどね。
…いきなりソレはないだろ。部長。
そう思う事が何回かあるんだ。
そんな午後のある日、俺と美影が連なって部室入りするといつもと違った光景があった。
「あ」
美影が思わず口をあけて、久し振りのその人物の登場を確認した。
ちなみに今、部室には三人の人がいる。
俺と美影と、あと…
「っち、来たな」
山本先生である。
「お久し振りです」
先生のいきなりの舌打ちを気にしないで隣りの美影は丁寧な物腰で先生に挨拶すると、ニコリと笑って席についた。
俺も、美影とは違うが運動部のように省略しまくった挨拶をして、いつもの指定席につく。
あの人が来る時は大抵いい報せはない。
今回はなんで来たんだろう。
…この間来た時は特に何をするでもなく、走って行っちゃたんだっけ。今日もそういうのだと良いのだが。
「毎日ラブラブで忙しそうですね…、まったく…」
ふと、先生はぶつくさと独り言を、わざと俺に聞かせるためとしか思えないボリュームで言った。
そういえば…
「雨音さん…、先生にはまだ黙っておきましょう」
美影が隣りで小さく囁いた。
コンマ数秒黙っておくべき内容を考え俺は美影に同意する。
「そうだね。下手に騒がれると面倒だし…」
「ええ。だけど、…どうしてあんなに厄介な嘘をついてしまったんでしょう…私…。パニックになってたのかな、あの時…」
「どした?美影までぶつくさいうなよ」
「あぁ、すいません。でも、恋人のフリしたって根本的解決になりませんし、私があんな積極的な嘘を今考えたらつかないハズなんですけどね」
確かに、その通りだ。
あの時美影はいつもよりも体が熱だかなんだかで火照っていたように思える。だから、嘯いた内容があんなんだったのかもしれないな。
あれは…、そう文化祭があけて何日かたった日の事だ。
今日と同じように先生がいて、おれをひたすらに幼女趣味にしようとしたので美影が微妙な言い訳で俺をたすけてくれたのだ。
感謝はしてるが、無邪気に俺の心を傷付けた事は知っていてほしい。
「そりゃあ、俺もにびっくりしたよ。急にあんな嘘つくんだもん」
今思えば中途半端なバッファ○ー66だ。
「お前たちこれみがしにアピールすんじゃねぇ!」
先生は机に両手をついて立ち上がると、ツカツカと俺に歩みより、顔をグィと近付けて超至近距離で睨みつけながら言った。
「お前らが仲がいいのはよーく分かった。別れろ。馬鹿が」
「びっくりしたなぁ、なにを言ってるんですか?」
うわ、顔が近い、離れてくれ、可愛い女の子ならまだしもムサいオッさんの顔のドアップなんざ見たくもない。
「なんでお前にカノジョがいるんだよ!おかしいだろ!お前が彼女持ちなんてサ○エさんが最終回を迎えるくらいに起こりえない事だぞ」
「失礼な!先生にそんな事言われる筋合いありませんよ!」
「うるせぇ、教育者として言わせてもらうがな、お前みたいな奴は道に落ちてるカピカピになったエロ本くらいがお友達なんだよ。それが現実の女を手に入れるだと、つけあがるも大概にしろ!」
教育者とか関係ねぇただの妬みだし。
あんたみたいなのが教育者って点で俺は文部科学省を訴えたいよ。
「意味が分からないです!」
「だから、お前には三次元は勿体ない。二次元、いや一次元で十分だ」
そんな点だけの世界なんざ御免だぜ。
大体この先生はなにを考えているんだ、妬み嫉みから俺を目の敵にするのはやめてほしい、…そもそも俺は、美影のカレシでも無く、悲しい事にただの男友達でしかないんだから。
「だから先生は勘違いしてるんですって」
いろんな点で。
付き合ってるってのが嘘だっていうのはさっき美影と面倒なのでまだ秘密にしとこうと決めたので、その点については弁解はしないが、
コレ以上先生にネチネチと嫌味を言われるのはごめんなのでうまい具合にその話に近付けないよう、言葉を選びながら遠ざけていくようにしよう。
「勘違い?勘違いは貴様だ!自分がもてるだなんて幻想抱きやがって、いいか、お前のはとんだ妄想の暴走なんだよ!思い上がり甚だしい」
「いや、…ふぅ、だぁかぁらぁ」
「あ、今、溜め息ついた。溜め息ついたね。なんだこのバカって感じの溜め息ついたね!さいてぇい、差別よくないんだぁ」
「俺が誰と付き合おうと俺の勝手でしょうが」
ほんとは付き合ってもないけど。
「うるせー!バーカバーカ!」
「子供ですか!?あんた!?」
先生とでは大人と、しかも教師と言い合いをしていると言うよりも、小学生と言い合っているという感覚に陥る。
こういう大人にはならないぞ、と生徒に思わせる点ではいい反面教師だな。
また美影は、まぁまぁとなだめているだけで、いつかのように俺に助け舟を出してはくれないのだった。
「いよう、やってるな」
そんな俺達の口を止めたのは部室のドアをはしたなく足で開けて入ってきた部長だった。
やってるって何を言ってるんだか…
「先生がいてびっくりしただろう。さて、それじゃあ先生が今日来た理由を発表させてもら…」
知りたくないから今日は早引きさせて下さい、と言う前に部長は部室をぐるっと見渡して尋ねてきた。
「まて、和水、楓、芳生はどうした?」
「さぁ、どうしたんでしょうね」
そういえばあいつら今日はやけに遅いな。
今更だが、部室に他の一年生メンバーがいない事に気が付いた。
クラスの終わりの会が長引いたとかそんな理由じゃないよな。それこそ小学生じゃあるまいし。
ああいうのって、大抵女子が先生に意見言って長引いちゃうんだよな。男子がちゃんと掃除してませんでした、とか言って。
「こらぁ!待ちなさい!」
そう思った矢先に和水の叫びが廊下の方から聞こえてきた。元気そうで何よりだが、放課後とはいえ、まだ人がいるという事を考慮して、悪乗りした行動は自重してくれ。身内(変な部活仲間)だと思われると嫌だから。
「私の全勢力をもってお前達を否定してあげるわぁ!」
「芳生はやく入れ!」
「うわぁ、とっとと…」
ガラァ、っとなだれ込むように芳生と楓の二人が部室に入ってきた。
二人とも顔に脂汗を浮かばせササっといつも自分達が座る席に座り、そして、今自分達が入ってドアから目を逸らすように奥の窓に視点を定めて頬杖つく。
「逃がすかぁ!」
すると同時に和水がドアを蹴破るが勢いで入って来ると同時に叫びながら、クロスチョップで芳生の席に突進した。
「ルール!!ルール!!」
頭を和水に小突かれた芳生が意味の分からない雄叫びをあげている。
「これ和水、落ち着け。ルールを忘れるな」
「ルール…」
部長に諫められて和水は動きを静かに、止めた。
そういえばそんなルールあったな。
ルール、部室で暴れてはいけない。
いつか部長がそんな事を言っていたのを思いだした。
まぁ、もっともこのルールは部長がいなければ関係なく、鬼のいぬまにボール遊びとかし放題だけどね。
「く、ルールなら仕方無いわ。今は見逃してあげる。だけど、わかってるでしょうね!私の怒りはこんなんじゃ収まらないわよ」
「和水さん…、どうしたんですか?」
楓と芳生に当たり散らす和水を見て、美影が質問をした。
和水がこんな風に怒るのは、いつもの事なので、俺は別に気にしないけどね。
「そう!美影聞いてよ!私が歩いてたら芳生がいきなり『和水、糸屑ついてるよ』って言って私の髪の毛引っ張ったのよ!」
「…は?」
「…」
こりゃ、また、…随分と小さい理由だな。
その程度で怒るとか、人としての器が狭すぎるとしか言えないぞ。
「髪の毛を…、その、芳生さんが間違って引っ張っちゃっただけなんですか?」
「間違って、じゃない!わざとよ、わざと!楓が来るまで私の足を止める策略だったのよ」
「違うよ美影!僕は親切心からゴミを取ってあげただけなのに和水は怒ったんだよ!」
芳生が美影に助けを求めるように言ったが、和水はそれを肘でつついて止めた。
う、と小さく芳生がこぼしたが、和水は全く気にしてはいないようだ。
「黙りなさい芳生!それだけじゃないのよ!次は楓よ!私が芳生に足止めされているうちに楓はなにしたと思う?」
「え…、さぁ」
「だから誤解だって言ってるだろ」
芳生と違って、どうやらすでにこの状況適応できた楓が言葉をかけたが、和水には届かないのだった。
「口を慎みなさい楓!全女性の敵!」
「落とした物を拾っただけだろうが。近くにお前がいただけでなんで怒られなきゃなんないんだよ」
「痴漢した人は皆そうやって言うのよ!」
痴漢?
今…和水は痴漢と言ったか?楓が和水を痴漢したのか…?そ、そんな馬鹿な。
「え。楓さんが、…え?」
「そうよ!楓は私のスカートの中を覗いたの」
「「えぇー」」
部室にいる人たちが皆、声をあげた。
なお、一番大きいのは山本先生の声である。
「うわぁ、楓!さいてー!」
それよりももっと大きな声で先生は叫んだ。
楓はそれをしかめ面で聞いている。
「楓みたいなのが、将来セクハラしたりするんだよな!」
「ええ!先生!もっと言ってあげて!」
先生が和水とともに楓を罵倒し始めた。
…楓がスカートを覗くとか絶対しないと思うけどなぁ。
ましてや、和水のやつなんて。
なんていうか、和水見てると権利ばっかり主張する女性陣を思い出すよ。
「お前、あれだろ!階段になると身を屈めたり、上履きなのに靴紐結ぶマネしたりする人だろ?」
「俺はそんな事しない。それやってんのはあんたの方じゃないのか?」
「…うぐ」
楓の冷静な切り返しに先生は嗚咽をもら…、って、マジでやってたらやばい人じゃないか!
俺らの年齢ならイタズラですんでもアンタの歳なら性犯罪だぞ!
「うわぁ、先生、マジですか?ひくわぁ…」
「む、ちが、違うぞ!」
いつかのお返しで先生に言いまくる。
「手鏡かなんかを使うんですか?靴にカメラがついてるとか?」
ほら、バレても手鏡一枚没収ですんだ人とかいたじゃん。靴にカメラは黒人にバレてたけど。
「そ、そんなもん使わん!大体パンツなんて見たって何にも起こりはしないんだぞ。そんな無駄な行為を俺は断じてしたりしない」
「確かに、パンツ見たって何にも起こらないよなぁ…」
でも、なんで少し興奮するんだろう。布一枚って点では水着だって似たようなもんだしな。
チラリズムってやつか。
俺の呟きに呼応するように、先生は大きく、
「見えたらラッキーとは思うがな!」
と言い放った。
スッゲー…。
あんた漢だよ。
漢だけど、…バカだろ。
この場には、女子だっているんだぞ。
もちろんそんな発言は彼女らの反感を買うわけで、
「変態ッ!」
「ひえ?な、和水?何言ってんだ、あくまで俺は、一般論を…」
「変態ッ!変態ッ!変態ッ!」
「ちがっ…」
和水が顔を真っ青にして連呼するので、先生はそれを止めようと右手を彼女に伸ばしたが、それを和水は小さく悲鳴をあげて、はたき、さらに
「変態ぃッ!」
と叫んだ。
あそこまで行くと一種の苛めみたいだ。
「う。うわぁあぁん!」
さっきまで味方だった和水の攻撃が効いたのか、先生はまた叫びながら部室からでていってしまった。
「…」
なんで、今日来たんだよ…。あの人。
「へんた…、って、あれ?先生、もう行っちゃた?」
素知らぬ顔で和水が言った。確信犯か…、あの人はメンタル面が多少弱いんだから利用しちゃダメだよ。切り替えは早い人だから問題ないとは思うが。
「ん。そういえば、なんで先生いたの?」
「ああ、そういやあの人いたんだ」
と芳生と楓が続けていった。
なんだか不憫に思えてきたぞ。
「はぁ、またあの男は…」
部長はなんだかあきれていた。
先生を呼んだのは部長らしいけど、用事って一体なんだったんだろう。