7(4)
一週間以内…ギリギリセーフ…。
作戦っていうほど高尚なもんではないけどさ。
その言葉の後に続けた彼の『作戦』は、俺からしてみてもなかなかの有効な一手になりえると思った。
単純だが効果的、そんな楓の作戦は、どうやら俺にしか実行できないようだった。
階段わきからチラリと廊下を伺う。
下の階は完全にイガグリどもに占拠されていた。
ふさふさした俺がなんだか浮いてるみたいになるな…、このままだと。
「せんぱ〜い」
「ん、俺の事?」
屋上から下の階に降りた俺はとりあえず野球部の上級生と見られる人に出来るだけ気さくに話かけた。
あんたしかいないだろ、俺の前には。
「はい、先輩」
「なんだ?何か用か?」
おしおし、予想通り帽子を持ってない奴には襲いかからないようだな。当たり前ちゃあ、当たり前だけどよ。
なお、俺の帽子は芳生に取られてしまった事にしたので、楓と俺の立場が入れ替わった事になる。
元々、俺はタイムオーバー狙いだったのだけど、どちらにせよ不合格なら変わりはないしね。
「部室の方でミーティングするそうなんで集合するようにって先生が言ってました」
もちろんこれは俺の口からのホラ、嘘っぱちです。
おっと、せめるなら楓をせめてくれ、俺はあくまで屋上仲間のよしみで協力してやってるだけだからな。
ほんとは嫌だったんだけど、俺も彼らには追いかけ回されたりひどい目には合わされたのでね、その仕返しに嘘をつくくらい許されるだろ。
「おお、そうか。ありがとさん」
お礼を言うとガタイが良いガッシリとした坊主頭の先輩は大きな声で他の野球部に叫んだ。
っうう、少し罪悪感。
「集合〜!!」
彼の指示でみんなが俺たちの周りに集まり始めた。
うわぁ、なんか嫌だわ。
「お前何人捕まえた?」
「俺2人、これじゃデート権は無理だな…」
「途中から追い回すのが楽しくなっちまったぜ」
「あの時のやつ半泣きでにげてんの、ウケタわ」
「いやー、久し振りの鬼ごっこってのもいいもんだ」
野球部の人達はみんなそれぞれ楽しんだようだな。
まぁ、もっとも逃げる側はちっとも楽しくないけど。
「ん、お前…」
「な、なんですか?」
俺の隣りに立っていた先輩がこちらをジト目でみている。…間違いなく疑ってますよね。
「お前、うちの部にいたっけ?」
やべっ、気付かれた!
新入生がたくさん入るこの時期ならではの作戦だと思ったのだが、やはり無理があったか。
「いや、その…」
どうする、やばいぞ、ボコボコにはされないにしてもバレたら間違いなく怒られる。
かと言ってこのまま言葉に窮していると言うのも危うい。何か言わなければ…!
「俺、いや、僕はぁ、ですね…、入部希望者ですよ!」
娯楽ラブの方の(落ちるけど)。
「そうか。ふむ、通りで見掛けない顔なわけだ。おし、では柿沢に帽子を渡しに行くぞぉ!」
ほっ。
とりあえずは誤魔化せたようだ。
「先輩、自分は一足先に部室に戻ってますね!」
「おう、そうか!ご苦労さん!他のみんなは柿沢にコレを渡しにいくぞ!言っておくが、俺は帽子11個取った猛者だからな、デート権も俺がいただいたようなもんだぜ!ガッハハハ!」
火山の噴火口のような笑い声をあげているその人を筆頭に野球部はゾロゾロと多目的ホールの方向に向かっていった。
俺は彼らとは逆方向の屋上への階段に歩き始める。
「うまくいったみたいだね」
「ああ、すっかり騙されてたよ」
段に座っている楓と芳生に話かける。
「しかし、こうもうまく行くとはな…、」
「お前の作戦通りじゃん、てか、騙したみたいで俺のが気が引けるぜ」
「まぁ、いいんじゃない?」
「そうそう、早々に合格しちゃえばそれでクリアー、あ、ほら、野球部の人達が下に向って行くよ。時間もちょうどいいし、楓様様だね」
楓の作戦はこうだった。
野球部に先生が呼んでいると嘘の連絡をし(知り合いが部員にいる楓と芳生は野球部の人に話かける事が出来ない。なんでも野球部の知り合いがいるから内部の事情を知っていたらしい)、部室に彼らが集まっているうちに、柿沢さんに帽子を渡し、芳生は合格する。
俺と楓の二人は対となる帽子を持っていないので不合格になる、って寸法だ。
「雨音、なにやってんだ?いくぞ」
「お、おう」
楓に言われて俺は急いで彼らの後に続く。
多目的ホールの周りにはすでに野球部は一人もおらず、時計の針も、部長さんが指定した時刻の十分前で試験をクリアするには絶好の頃合に思われた。
もっとも、落ちる俺にはミジンコも関係のない事だが。
「芳生がドア開けろよ。俺たちは本当は行く必要ないんだからな」
「う〜、冷たい事言わないでよ。確かにその通りだけど悲しくなるじゃん」
楓が背中を押して、芳生は文句をいいながらも楽しそうに多目的ホールのドアを開けた。
「僕、この闘いが終わったら、部員になるんだ」
んなの、知ってから早く歩けよ。
「お、受験者か?」
声が響いた。
入ってすぐに、声の主である机の上に何とも偉そうに座っている一人の女生徒が目に入る。
見紛うはずが無い、一度みたら忘れないその強烈な存在感、加えて、俺の中では、今現在、最も好感度の低い女、柿沢秤娯楽ラブ部長だ。
恨み言の一つでも言ってやりたいところだがまずは芳生の用事を済ませてからにしといてやろう。
俺たちはホール中ほどまで進んでぴたりと歩みを止めた。
「ええーと、表雨音君に、…五十崎楓君、土宮芳生君だね?」
「そうでーす」
部長さんの呼び掛けに芳生は嬉しそうに声をあげた。
ん?なんで俺たちだって分かったんだ?
確かに俺は彼女の中で印象に残ってるとは思うが、芳生や楓まで記憶にインプットしてるなんて、この人凄い記憶力だな。
「ふむふむ、時間もちょうど良いし、なかなかうまい【作戦】を組んだようで何よりだ。だが、いかんせん、相手が悪かったな」
作戦?…え?
…まさか、とは思うが…。
「野球部の先生は今日は弔問でもうお帰りになられたのだよ。だから、先生が呼んでるなんてことは絶対にありえないのだ」
「ッ!?」
俺は、作戦がバレていた事よりも、まず、後ろからの、視線に、体が、固まった。
「っっっ」
恐る恐る、振り向く。
「ッ!?」
そこには、びっしりとイガグリがつまっていた。
お、前んち!おっばけ、屋敷ィィ!
「ひひ、芳生と楓か、どーりで」
イガグリの一人がニヤニヤと笑いながらいった。
彼が楓と芳生の知り合いの野球部か…。
って、今はそんな事はどうでもいい!
「まぁ、念の為にと部室の方には何人か行ってしまったのでホールに残っているのはそんなにいないが、君達相手では十分すぎる人員だろう」
いや、確かに嘘をついたのは悪いと思うけど、全然いいじゃんそれくらい。
「それでも君達はうまくやった方だぞ、なんてたって生き残っている4人のうちの3人だからね。だが…、ざ、ん、ね、ん」
彼女がそう言った瞬間、まるでその言葉が合図だったかのように、後ろの野球部達が一斉に、福男を決めるレースのスタートダッシュのような状態で走り始めた。
「オラオラ!」
「ウギャァァ」
さすがにあの人数相手では不利すぎる!
ここは逃げるのが得策なのだが…、出口は奴等の後ろだ…、に、にげられるわけがない!
と、ともかく動け足!動け両足!あれ?走る時って右足からだすんだっけ?
いやいや、そんなんどうでもいいから、早くッ!
動けェェェェェ!
必然的に野球部の手から逃れるためには部長さんがいる机の方に走り始めるマイレボリューション!
「うわぁ!ちょ、来るな!お前ら!バカァ!」
部長さんが女の子らしい反応をしたのを始めて見た…って、今はそんなもんに浸ってる暇はない。…てか、この人、バカだろ。後ろに配置すれば逃げ場所こっちしか残んないことくらい計算しとけよ。
そんな彼女を横目ですり抜け、俺たちは机のむこう側に避難するように移動した。よしよし、この机をうまく使えば、バリケードにはなるだろうし、その間にギブアップだって許されるかもしれない。
「この状況を打開するにはこれしかないねっ!」
「芳生!何してんだ!早くしないと野球部がッ!」
しかし、何故か机をはさんで芳生は部長さんと一緒にむこう側に残っていた。
つまり、あいつは俺と楓に置いてけぼりを食らったようになってしまっているのだが、なんだ、あの余裕は…。
野球部員達が彼の目前まで迫った瞬間、
「静まれぇい!」
芳生がそう叫んだが、当然そんな律義に言う事を聞くような奴等ではなく、一人の部員の右手がグンと芳生の帽子へと延びた。
あ、あいつ、死んだな。
思えばあの時『僕、この闘いが終わったら、部員になるんだ』って、言ってる事態でバッドエンドフラグがバリ3だったんだ。
気付いてやれなくて、ごめんよ…。当の本人よりも俺が覚悟した時だった。
「ふんふんふん!」
芳生は全身を動かし見事にそれを回避してみせた。
す、スゲー、連獅子の知り合いか?あいつ?
「…」
芳生は、みんなが彼の首に唖然としていたその間隙を縫って、今度は横にピョンと跳び、部長さんの頭をバスケットボールのようにつかんだのだ。
な、なにやってんだ?あいつ
…まさかッ!
「こいつがどうなってもいいのかッー!」
人質ッ!?
「芳生、考えたな!」
机に隠れるようにコソコソ成り行きを伺っている俺も言えたもんじゃないが、
「なに褒めてんだよ!止めろよ、常識で考えて…」
目を輝かせている楓に言った。
「ん…、いいんじゃないか?マイ○ル・ジャクソンだって子供落とそうとしたし、芳生のもまだ可愛いもんだろ」
「どっちも色々と問題があるよ!」
ダメだ。楓も当てにならん。俺が止めるしかないか。
「芳生、人質に取ったって意味ないぞー」
俺は穏便に済ませようとしてるんですよ。
ただ一人が暴走しちゃただけなんです。彼はほっといて俺を穏便に不合格にしてくださーい、と心の中で続ける。
「そんな事ないよ!」
いや、マジで人質は無意味だって、時間稼ぎにもなりゃしない。
「ふぅ、君は何がしたいんだ。髪が乱れるから頭を掴むのはやめてくれないか?」
「あ、ごめん、じゃ、肩にするね」
部長さんがそう言ったが彼女が言いたいのはそういう事じゃなくて、
「ならいいだろう」
いいのかよ。
「コラ、君。後ろの人の言う通りこんな事は無意味だぞ!大人しく投降しなさい!第一、脅すったって刃物もなしじゃ脅かし切れてないじゃないか」
俺が先ほど話かけたガタイのいい先輩の野球部の人が、前に出て言った。
なんか、まともな人は野球部くらいしかいないんじゃないか。
「そんな事ないよ!」
無駄な抵抗はやめたまえ、土宮芳生!徒手空拳じゃ無理があるだろ!
俺はお前が大人しくしないと出にくいだろうが!
「なにがそんな事ないんだね?」
「僕は十分彼女を脅せているよ!」
「全くいい加減にしないか!ほら!いくぞお前らかかれぇ!」
その号令で野球部が動き出した時だった。
「テメーら、大人しくしないと、彼女の『胸』を揉むぞ!」
芳生がそんな卑猥な事を叫んだ。
「…」
「…」
「…」
「…それは、勘弁してほしい」
ですよねー。
ざわっ、部員さんの声によって静寂が溶け始めたはいいが、芳生はなにやってんだよ…。
「下がれー、彼女がどうなってもいいのかぁー」
「くっ」
芳生の叫び声で野球部の連中は後ろに2、3歩後退りした。
素直ですね。
つか、マジで人質が通用しちゃってるよ…。
「お前たちの要求はなんだ?」
しかもちゃっかり俺たちも犯人の一味にされてるし。
「僕たちの要求はただひとつ!」
芳生もあっさり認めちゃてるし。
「野球部がさっさと練習を再開してくれればいいのだっー」
「くっ、確かに先生がいなくても練習は出来る…」
「そもそもこんなところで楽しく追いかけっこしてる暇があったらグラウンドで練習再開すべきでしょ!大会も近いんだから!一般生徒も期待してんだよ、頑張ってよ!」
なんて野球部思いの犯人なのだろうか…、実際にこんなとこでこいつら油売ってていいのかよ、とは思ったがそれはお節介かと思ってだれも意見しなかった事を芳生が言ったのだ。
「そうまで言われてしまったら期待にそえるよう頑張るしかないじゃないか」
なんだか知らんがその思いが届いてるみたいだ。
「みんな!部室に行くぞぉ」
「「オウ!」」
犯人・芳生の要求をあっさり呑んで、野球部の皆さんはホールからザッザッと出ていってしまった。
それを見送る芳生の頬には涙の筋が、野球部達はみんな自分に浸ってるし。
なに、そのいい話みたいな流れ…。
ごめん、俺、あのテンションについていけそうにないや。
机に腕を交差させるように置き、あごを乗せながら見ていた俺や楓から言わせてもらえばとんだ三文芝居だからな。
「うまくいったようだ」
「やっぱり野球部の連中も頭のネジがとんでたか…」
「ん?雨音なんかいったか?素晴らしい男達の友情じゃないか」
「…なんでもない」
楓にはあれが劇団四季にでも映ったのかよ。
「よくやったぞ芳生、危機を脱する事が出来た」
ハクナマタタっすね。心配ないさぁァー。
でも、楓の言う通り芳生の機転のお陰で俺は野球部に袋にされずにすんだのだからそこらへんは感謝しないとな。
「それで君らはいつになったら私を解放してくれるのだ?」
おっと、俺も芳生と同じく部長さんの背中をとってるって事をずっと忘れてたよ。
「あ、ごめん〜」
芳生は謝りながら肩を掴んだ手をはなし、机にいる俺たちのほうに歩いて来た。
顔にどんなもんだいって書いてあるかのように威風堂々とした歩みだ。俺も感謝はしてるから、運動会のラストで流れる、聖者の、いや、勇者の凱旋…だっけ?帰還…まぁ、それが脳内で流れていた。
そう、この時まで俺たちは自らの勝利に酔っていたのだ。
そんな俺たちをバカにするかのように部長さんが静かに哄笑した。
「ふふふ、まったく。君はレディにああいう発言はしてはいけないと」
あれ、目の錯覚だろうか、部長さんが浮いてるように、
「習わなかったのかね!」
「ぐへぇ」
見えるのだが…、
あ
「うわぁぁ」
「ば!芳生、こっちくん…」
「ぁああ゛う゛あ゛ぁあ」
「わぁー、くんなぁ!ぐはぁ!」
部長さんのドロップキックを食らった芳生が、机に倒れこむように飛んで来たので、さながらその机がギロチンのように移動し俺と楓の喉に直撃したのだ。
…てか、飛んでる時に部長さんのパンツが見えたんだが…、…水色だった…。
「ごほっ、ごほっ、うげ!芳生!お前なぁ」
「仕方ないじゃん!どんなに凄い格闘家も背中からの攻撃を避けれるわけないしさ!」
うう…、喉がいたい。
「さて、なんだかムシャクシャするから君達にはまだ立っていてもらおうか?あぁ、言っておくが私はクラブマガという複数の敵に対抗するイスラエルの武術を体得しているぞ!フォォォ」
アレ、母ちゃん、彼女の後ろに死兆星がみえるよ…。
そ、それがなんだ!俺だって漢検5級もってるし、チャレ○ジから掛け算全部覚えたで賞の金メダルだって持らったんだぜ!
臆することはない、部長さんは女性だ。
「ああ、あとカポエラもできる。気がする。…それはいいとして、早く立て。レディの胸を揉むとかそう言う事が言えなくなるようにやきを入れてやろう」
レディは、ドロップキックしない…。
「部長さん。何言ってんすか?」
なんだか彼女が武芸の達人みたいになってるがそんなはずないだろ。
あんなに細っちいんだぜ。
不意打ちさえ覚悟しておけば恐れる事など何もない。
「おお、表くん。残念だよ、君とは良好な関係を築けそうだったと言うのに…」
良好って…、少なくともイガグリの中にほうり込むような関係は良好って言わないよな。
「別にそんなのどうでもいいですけど。てか、部長さんは女性ですよ?俺たち男三人に腕力じゃ敵うわけないじゃないですか」
「鉄子なめた事、後悔させてやる」
なめてないし、今は触れてもいない。
ふぅ、やれやれ。本人がやる気なら仕方無いな。気乗りしないけど、テキトーにあしらって…
…
………………
………………………
「レ・ザア・マシオウッ!【闘いのアート】」
「ギャー」
「飛竜昇天破ッ!」
「ぐわァー」
「せんぷう剣ッ!」
「ブグァ」
「時計型麻酔銃!」
「それはち、がぁぁぁ」
な、なんで…、さ、サンデー攻め…。
「さぁ、立たんか?次はジャンプだ…」
「た、たすけ…」
注・全部タダの殴打です。
し、しかしこれは、チャンスだ…、楓が標的にされている今が脱出の…。
ザッ
ん?なんだ今の漫画キャラが移動した後に出る効果音みたいな音は…
「新旧どっちのジャンプがいい?表くん…」
「…旧で…やさしめの…」
いつの間にか目の前に現れた部長さんに命乞いする。
「オッケー!アバン・ストラッシュ!!」
「ギャャァァァ」
この時、町中に謎の悲鳴が響きわたったという。
「さぁ、すっきりしたぞ」
部長さんが一人満足そうに立っている足下に、ボロボロの男子三人が転がっていた。
どうやら、お仕置がすんだようだ。
「だがしかし、私はすっきりしたがホールがよごれてしまったみたいだな」
彼女は周りを見渡して嘆息した。
よごれているといっても最初に芳生が突込んだため倒れた机や、机の上のものが散らばっているくらいだ。
俺は体の埃をはらうように身を起こした。
「おはよう、表くん」
「…おはようございます。柿沢さん…」
軽めの挨拶を交わし、辛うじてまだついている両足を動かし、ホールのドアに向う。
痛ててて…、血が出てないのが奇跡だよ。全く…。
「む、待たんか?どこに行くんだ?」
部長さんに何時かのように呼び止められた。
あの時は平和だったとつくづく痛感するよ…。
「制裁が終わったみたいなんで、教室においてある鞄とって帰るんですけど」
「何言っとるんだ?君達は見事試験に合格したからこれから娯楽ラ部員になるんだぞ」
「…合格?」
「だから見事に一対の帽子を集めてだな…」
「あぁ、だったら無理っすよ。俺と楓は対になる帽子ゲット出来てませんもん」
「む?なんだと?」
「合格したのは、そこの土宮芳生だけですよ」
「ぬ」
部長さんは驚いたように、下に視線を落とし、ボロ雑巾のようになった元人間をマジマジとみた。
「そっちは五十崎楓で向こうです」
「こっちか、ふぅむ。…確かに彼は一対持ってるな…、これは君の帽子か」
「そうです。彼とは激闘のすえ取られたんですよ」
激闘=落ちるんだったらどっちでもいいや、という妥協。
「五十崎くんの方は自分の帽子しかもっていないようだな」
「あぁ、彼は結局手に入れる事が出来なかったんですよ」
「ほう、そうか。それで君は…、帽子があれば入部してくれるのかな?」
「いやぁ、僕も入部したかったんですけどルールですからね。辞退させてもらいますよ」
ほんとはそんな気持ちなんて、空気中のXe含有量級しかありませんけどね。
「ふむ、そうか。それは、残念だ。さて、このホールから出る前に荒れてしまった机かなんかを直してほしいのだが…」
「…そんなの一人で出来るでしょ?」
「私みたいなか弱い女子は箸より重たいものは持てないのだよ」
先ほどの男三人をボコボコにしたのはどこのどちら様でしたっけ?
「ふぅ、わかりましたよ、それじゃ後片付けさせてもらいましょう。ほら、楓と芳生もいつまでもねっ転がってないで」
「バレたか」
むくりと上体を起こして、そう呟くと楓は立ち上がった。
芳生も面倒くさそうに立ち上がると机の上にあったため散らばった帽子を拾い始めた。
部長さんも片付けを開始しはじめ、俺もだらだらと机に歩いていく。
おっ、帽子がこっち側にも飛んできてんじゃん。
てか、冷静にみると凄い帽子の数だな。
床に落ちている帽子を拾い集めながら部長さんたちに近付く。
その時だった。
「ドーン!時間ギリギリ一分前に華麗に到着!」
ホールの入口のドアを大きく開け放ち、一人の女子が中に入ってきた。
ウェーブがかかった長髪を揺らしながら彼女は部長さんに近付く。
あの人は最初らへんに斉藤の帽子を颯爽と奪っていった、水道橋さん。
無事野球部の追撃を回避してたんだ。
「どう!部長さん?任務達成よ」
「おぉ、驚いた。あれだけの数の鬼から逃げ切るとは君はやはりタダ者じゃないな?」
「フフフ、帽子を奪ったら私しか知らない秘密の場所にずっと隠れてたのよ」
秘密の場所?女子トイレとかだろうか?
ーーなお、俺たちが彼女の秘密の場所を知るのはそれから五か月後の台風の日だった。
「ともかく私はこれで晴れて娯楽ラ部員ね!私が第一号?」
「いや、第一号はそこの土宮芳生くんだ。君は第二号になる」
「どもー、僕が部員第一号必然的に副部長の土宮芳生です」
紹介された芳生が両手を広げて挨拶する。
「な!なんですって!?そ、そんなバカな!」
「まぁまぁ、部員同士の争いは誤法度だぞ。副部長についてはまたの機会に決めよう。あぁ、みんなこちらは部員第二号の水道橋和水さん」
「よろしくー。なごみぃ」
「気安く呼ぶなぁ!」
なんか楽しそうで何よりだ。俺と楓には関係がない話だけど。
俺は床に向き直して帽子拾いを再開する。
「はい」
「ん?」
いつの間にか隣りにいた部長さんが俺の頭に何やら乗せてきた。なんだ、これ?帽子?
「そして彼が娯楽ラ部員第三号、表雨音くん」
「えっ」
「そっちが第四号、五十崎楓くんだ」
「…ちょっと待って下さい」
楓が先に声をあげたので、お陰で俺は声をあげるタイミングを逃し、言葉を濁した。
部員っていったか、今?
「俺は試験に落ちましたよ!」
楓が叫ぶ。
楓は対となる帽子をゲット出来なかったという設定だ。
「確かに、でも…」
部長さんは静かに頷き、楓の手元を指差した。
彼の手には散らばった帽子を集めていたため幾つかのそれが握られていた。
まさか、
「持ってんじゃん。帽子」
「!」
「時計見て。3、2、1、はい今四時ー。合格おめでとー。五十崎くんに表くん」
「い、異議あり!」
「なんだい、表くん?」
ノリノリだった部長さんは俺の声で不機嫌そうにこっちをみながら意見を言う権利を与えてくれた。
「そんなデタラメな屁理屈うけつけられるはずないじゃないですか!?」
「私がルールだ。この試験ではな。私が合格と言ったら合格、地動説も天動説になるわけ」
「おかしいでしょ!大体俺は自分の帽子もな…、っは」
おい、まさか頭にのってるコレって…
「…」
やっぱり俺の帽子じゃないか…。
「と、言うわけだ。合格おめでとう諸君」
「…この帽子は、芳生くんに取られたんですけど」
今、おれの手に落ち着いているそれを見ながら言う。
帽子の裏面にある名前を書く欄には確かにおれの汚いミミズが這ったような文字で表雨音と書いてある。
「ほう。そうか、では芳生くんはどうかな?」
「僕は自分が合格ならどっちでもいいや」
最後に床に落ちていた帽子を拾って芳生は頭をかきながら言った。
おい、こら土宮!約束が違うぞ!
おれは不合格にならないと意味が無いんだよ。
「まぁ、合格するつもりで試験受けたんだったらいいじゃないか」
「う。そ、そりゃそうですけど」
部長さんの鋭い眼光に思わず体がピクリとする。
まさか、おれがハナから受かる気がないの見破ってるとか…、ないよな。
「冷かしじゃなければ、…喜ぶハズなんだがな…」
その目をやめてくれ…、心の芯が冷えきる感じになるから…。
「いやぁ、嬉しいんですけど、…」
うまくいって不合格にならないと…、言葉選びを慎重にしないといけない…。
くそぅ、ゲームとかだったら下に四択が出るのに…
「ほら!落ちた人に失礼な気がして」
「まぁ、それは分かる気がするな」
「でしょう!だから僕は、残念だけど辞退させて…」
「だけれども!!」
突然、部長さんがあまりにも大きな声をだしたので、片付けをしていた芳生と水道橋さんがビクッと震えた。
彼女と向き合っているため声の直撃を食らった俺と楓は鼓膜にその大声が直撃。もうちょっと考えて声を出してほしいところだ。
「部活申請するために必要な人数って何人か知ってるかな?君達二人は」
「5人…」
隣りの楓が苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「その通り!ではこのホールには今何人の人間がいるか言ってごらん」
「…5人」
隣りの楓が眉間に紙が挟めそうなほどシワをよせて言った。
「そうつまり私はここのメンバーに娯楽ラブに入ってもらわないと困るのだよ」
「…」
「…」
思わず言葉を失う。
言い返す言葉もございません。
「理解したなら、君達も突っ立ってないで片付けしたまえ」
だけど…、
流されるような生き方は…
「嫌です!」
「雨音?」
隣りの楓が憐憫の視線で諦めろと語っているが、そんなもの気にしている場合ではない。
今期の雨音は今までとはなんか違うのさ!
「正直に言います!部長さん!俺は冷かしで、今回の試験にさん…」
ゾワ…
鳥肌がたった。
なにか不吉なものが俺を包んでいるような感覚がする。
なんだろう、こんな不気味な感覚は小5の時にかかったインフルエンザの時以来だ…。
「冷かし、だと?娯楽をなめたのか?」
部長さんが静かに、けれども鋭く呟いた。
殺人者ッ!?
俺は彼女を見て思った。
そう思うほど彼女は殺気だっていたのだ。
「娯楽をなめ…」
「なぁんて、言ってみただけです。いやぁ、合格出来て良かったなぁ」
「あ゛?」
「ご、娯楽ラ部員第三号としてこれから頑張らせていただきますよ!これからよろしくお願いします。部長!」
「冷かし…」
「娯楽ラ部って名前から凄い惹かれてたんですよ!いやぁ、でも光栄だなぁ、俺が部員になれるだなんてぇ」
「…うむ、よろしくな!雨音!」
いきなり下の名前を呼ばれたので驚いた。芳生の時もそうだったが、この感覚には慣れないな…。
それにしても…、
ふぅ
どうにか命拾いしたらしい。
かぁちゃん、俺…また流されたよ…、だけど、いいだろ…死ぬよりわ…。
「ふぅ」
語り終わった俺は、一息ついて先生にバレないように鞄からペットボトルを取り出し、口に付けて喉の渇きを潤した。
「雨音さんはそんな試験だったんですね」
「うん。今もあの野球部の血眼が忘れられないよ」
ちなみに美影には俺のカッコわるいとこはうまくはぐらかして伝えた。
「でも、雨音さん。急にどうして試験に参加する気になったんですか?」
「え?」
「だって、最初は入部する気無かったんでしょう?」
「あぁ、それはねぇ」
言えない…
「なんでなんですか?」
言えるはずない…
「雨音さん?」
和水が可愛いなぁ、なんて思ったなんて、口が裂けても…言えるはずがない!
「部長があまりにも熱心だったから、だよ…」
「ほんとにですかぁ?」
俺はこれから次の目的地まで、彼女の追及を避ける事が出来るのだろうか…