7(3)
一週間に最低でも一回は更新したいところです。
「結局受けるんじゃん?」
「うるせ、黙ってろ」
「ヒドッ!いいじゃん別に本当の事なんだから」
斉藤の言うとおりだけど…。
俺は娯楽ラブの試験とやらを受ける列に並んでいる。
意外だったのは受験者数が野球チームどころかラグビーチームを軽く作れるくらいいたことだ。
そのほとんどが男子、女子は数人いることにはいるが、男女比でいうと8:2くらいしかない。
奥の方にある長机に部長さんが手の甲にあごを乗せる形でおり、隣りには顧問の先生と見られる人がいた。
「時間だ」
よく聞き取れなかったが雰囲気から見てそう言ったらしい。
彼女の横にいた男の先生はスクッと立ち上がると、試験内容を口頭で説明し始めた。
「はいはい、受付人数締切りね。それじゃ試験内容発表するわ」
緊張の一瞬…なのか?
誰かが唾を飲む音がした。
「試験は騎馬なし騎馬戦をしてもらうから」
…
なんつった、今?
「ルールは赤白帽でそれぞれ赤と白に分かれてもらい、それぞれ自分の色と違う色の帽子をゲット出来れば合格。但し…」
ビシッ、と親指をたててそれをクイっと後ろに向けた。
俺たち受験者も先生たちの後ろを見る。
後ろには、坊主頭のイカつい男子が何人か並んでいた。
さっきから気にはなってはいたが…
「後ろの野球部たちは赤も白も関係なく二チーム狙うけどね。彼らはこちらが用意した鬼みたいなもんさ」
野球部…だって?
あの首から上はマックロクロスケみたいな連中から逃げろ…だと…
無理無理無理無理だって!
「それじゃ、色わけね!」
ガタン、席を音をたてて部長さんが立ち上がった。
お、おいっ!試験って筆記じゃないのかよ!
これじゃ騎馬戦じゃなくて隠れんぼになるって。
「そこッ!」
そんな俺達の困惑を知ってか知らずが、どことなく楽しそうに彼女は俺を指差した。
「え?おれ?」
いきなりの行動に戸惑いの声が漏れる。
しかし、彼女は何も答えず人差し指の指先をスススっと俺から見て右にずらし、俺と斉藤の間を示した。
「…から、そっち赤組ね」
つまり、俺は白組になるのか。
って、納得してる場合ではない!
早く辞退させてもらおうか。今、流行のやっぱやーめた、ってやつだ。若者らしくていいだろ?
「名簿にクラス番号名前を書いてもらい、帽子を受け取ったらスタートね。早めに敵の帽子を手に入れて野球部の人達から隠れられればゲームを有利に展開出来るぞ。手に入れた帽子と自分の帽子を16時ぴったりにここに持ってこられたら合格だ。ああ、いくら懐かしの赤白帽だからといってウルトラマンなんてやらないように。帽子受け取ったら裏に名前書くように。不正防止ためにね」
「…」
やめたい、…なんて言える雰囲気ではないな。
「ほい。ふむ、おもて…あまおと君かな。変わった名字に名前だね」
順番に待って名簿に俺の名前を書いたところ、それを見て部長さんが言った。
「あまね、です」
「ほう。あまねか。なかなかいい名前だな」
「はぁ、ありがとうございます。てか、帽子よく手に入りましたね」
「思ったより簡単に手に入ったよ。さ、君は白組だ。頑張って合格して娯楽ラ部員になるんだぞ!」
「ま、人並みには頑張りますよ」
すぐにリタイアしますけどね。
「あ〜!男子メンバーはいらないぞ!女子だけ仲間に加えればいいのだ」
なんだ?あの先生。
「ほら、あそこの女子なんて仲間になりたそうな目でこっちを見てるじゃないか、それだけで合格にすればいいじゃないか!」
「先生顧問をもってくれて感謝してますが、いささか短絡的すぎます…」
頭を抱えて部長さんが先生に言った。
よくわからんが帽子は受け取ったしもう用はないな。
さ、行こう。
この帽子は斉藤あたりにあげっかな。
多目的ホールを出てすぐのところに斉藤が立っていた。
お、グッドタイミングじゃん。
「よ!雨音!さっきぶり」
「おう」
斉藤が気さくに話かけてきたのでこちらも軽く応じてやると、やつは俺の右手に握り締められたままの帽子を一度チラリと見て、白々しく聞いてきた。
「お前白だっけ?」
「おう」
「俺赤なんだ」
んなの、さっきあんなに分かりやすく色分けされたから互いに知ってるはずだろうが。
「と、いうことはよぉ」
なげーよ、早くしろよ。
「お前の帽子を俺にくれぇ」
「おう」
「え?いいの?」
あんぐりと口を開けたまま斉藤は何とも言えぬ顔で静止している。
「いいよ、いいから早く受け取れよ、んでお前が受かったときに雨音は俺との死闘で砕け散ったとでも言っといてくれ」
一応、頑張る宣言した手前、開始数分でリタイアなんて恥ずかしいからな。体裁くらいは整えなくちゃ。
「お前受かりたくないの?」
「受かってなんの意味があんだよ?俺にはお前がなんでこんなに必死こいて頑張ってんのかが不明だぜ。なんでそんなに切羽詰まってるだか。お前あれか、センター試験前の受験生か?一週間前の定期テストじゃあるまいし」
「な、なんだよ急に」
「いや、ちょっと気分が乗って来ただけ、ほらよ、早く受け取れよ」
「お、おう。ハッハッハ、拍子抜けだぜ全く」
俺はそれだけ伝えると俺の帽子を斉藤に差し出した。
斉藤はその帽子を嬉しそうに受け取ろうとした、時だった。
「隙ありぃ」
「な!?」
パシィ、まるで水鳥が魚を捕らえるような無駄のないきれいな動きで斉藤の頭が赤から黒に戻っていた。
「あなたの帽子は私が貰ったわ!そんなところでボケっーと突っ立ってる方が悪いのよ!それじゃね」
律義に被っていた斉藤の赤帽子をこれまた律義に白帽子を被った女の子が颯爽と奪って逃げていく。
うわぁい、足早いねぇ。
それをポカーンと見ていた斉藤は逃げ去る彼女の背中に向って、
「ひ、卑怯だぞー!」
と叫んだが彼女の背中はすでに手の届かないところにあるのでどうしようもないのだった。
…どっかで見た顔だなって思ったら、さっき部長さんとエントランスで話してた時に彼女に話かけた女子だった。
たしか、水道橋だっけ。
そんな事より、この茫然自失した男を俺はどうしたらいいのだろう。
「斉藤…」
「…」
「ドンマイ」
がっくりと落とされた肩にポンと手をおいて労ってやるが、斉藤のリタイアよりも俺にとっての問題はこの帽子を誰にやるべきかという事のほうが重要だった。
いっそ野球部の人たちに差し出そうか…。
俺が一つの結論にたどり着こうとしたときだった。
「行くぞぉ!」
「ヤァァァ」
多目的ホールの中から校舎に震わすような大声がこだましたかと思うと、ズンズンと空気が震えだし、何かとてつもないものが来る気配が俺の体を包みこむ。
な、なにコレ?
ちょっと待てよ…、野球部だろ?ア、アメフト部みたいなんだけど…。
「獲物発見ッ!」
うわぁあぁ!
野球部の人が俺を指差すと同時に俺は走り出した。
なんで、あんなに血眼なんだよ、この帽子がなんの意味があるってんだ。
廊下を走るな!
そんなカラフルなポスカで描かれたポスターが壁に貼られているのをガン無視し、俺は自身の最高速度を記録したであろう逃げ足で突っ走る。
縮地だぁ!
そんな俺に立ちふさがるように俺の白帽子を狙う赤帽子のやつが身構えていた。
「その白帽子、貰いうける!」
アンタ、誰だよ…、
あぶなぁい!ここでインド人を右に!デビルバットゴースト!
俺は華麗なステップで彼を抜きさる。
凄いぜ!
驚きの丸い目が俺に向けられているのを背中に感じる。
自分でも驚くような動きです、ドブロク先生ッ!
「ギャァ」
後ろから俺の帽子を狙っていた赤帽子の悲鳴が聞こえた。
合唱。
おそらく、ピラニア野球部の連中に食われたのであろう。
だが、しかし、俺に振り返っている暇はない。
彼らにやられるのだけは嫌だ。なんか痛そうだもん。
どぅん
普通のドアより少し重たい鉄扉に体当たりするように、俺はそのままの速度で一気に屋上に飛び出た。
おそらくだが屋上に入ったところは誰にも見られていない。特に野球部には細心の注意を払っていたはずだ。
「ふぅー」
途切れ途切れだった呼吸を整え、俺は深く安堵の息をはいた。
先ほどまでの圧迫感がすっきりとした開放感にかわる。
目の前に拡がるのは素晴らしき絶景。校庭、道路、公園、ビル、家、家、家。ここからならこの町の隅々まで見渡せる。
ふわり
効果音をつけるならばそんな感じの心地よい春の風が俺を撫でた。
気持ち良いな。
もう一度周囲を見渡す。
今度は念入りに360度ぐるりと。
入ってきたドアに目が止まった。
「…」
下に逃げたほうが良かったただろうか。
一抹の不安が…
い、いや、そんな事はない!
普通の人は下に逃げると思って上は捜さないだろう…たぶん。それを逆手に取ったのだ。
でも、考えてみれば何も誰かに帽子をあげる必要なんかなく、このまま誰の帽子を奪わずに時間切れを狙えば無事不合格じゃないか。
そうだよな。
自己犠牲の精神なんて糞食らえだし、誰かが俺の帽子で喜ぶのは癪だ。捻くれ物と言われればそこまでかもしれないけど、これが俺の生きる道。
ひとまず、ここで16時まで籠城作戦だな。
段々と日が延びてきたこの時期、屋上で日光浴なんてのも乙だ。
あくびをしながら、誰が来ても見逃すような隠れられる死角を求めて俺は歩きだした。
前に学校探険と称して校内を回ったのがこんな時に役に立つとは、…屋上は二層になっていて、層と言っても上段はボイラーや貯水タンクなんかがある場所なのでよほどの事がない限り上にいくことはない。
先生たちも危険なので立ち入りを禁止している。しかし、屋上だって用がない一般生徒の立ち入りを禁止しているのでそれを破った俺にはもう関係がないことだった。
本気で止める気があるなら鍵をかけておくはずだしね。
先生達は優しいからここでお弁当を食べたり告白の場所にしたりと、甘酸っぱい青春の1ページが築けるよう考慮してくれているんだな、というのが俺の勝手な解釈。
「よっこらしょっ」
俺は上にいくための梯子に手をかけ、昇りきった。
天国が雲の上にあると仮定して、天国により近くなったからだろうか?馬鹿と煙じゃなくてもさらに気分爽快だ。
これだけ気分がいいと、今の微妙な状況を忘れさせてくれる。
「君は入部試験の参加者?」
「!」
慌てて声がした方を向く。
どうやら先客がいたらしい。
俺の視線の先にはのほほんと男子が二人座っていた。
「ああ、そうだよ。…君達も?」
悪い人達じゃなさそうだし、ネクタイの色からみて、俺と同じ1学年のようなので、なるたけ気楽に答える。
「うん、楓が開始してすぐにあんまり動かないですむ屋上にいこう、って、言うからここで僕たちは引きこもってるのさ」
明るく、その男子は答えてくれた。はきはきと気さくに話かけてくれると、彼のその気安さが、俺も話やすくさせてくれて助かる。
「楓?」
だけど話の中で聞き慣れぬ名がでた。
誰だ?それ?
「あぁ、楓はこっちの人。五十崎楓。僕は土宮芳生、君は?」
言われて奥の男子が軽くお辞儀するように頭を下げた。
俺も返す。
「俺は表雨音。俺たち同じ一年生みたいだね、それでこれまた同じクラブの受験者」
自己紹介がてら軽くバレないくらいの皮肉を言う。
「そうだねぇ、だけど、これだけいい天気だと試験の事忘れちゃうよ。実に、小春日和だねぇ」
「芳生、小春日和は春の天気じゃないし、もう時間的に夕方だぞ」
ジャパネット○田のCMのように奥に座ってる人が突込んだかと思ったら、
「君は白?」
素知らぬ顔で手前の彼が質問してきた。
「うん、君達は…」
先ほど、楓と呼ばれた方は右手に俺と同じように白い面にした帽子を握っているが、一方芳生と名乗った方は、頭にそれを被っていた。
ウルトラマンスタイルで。
「…」
「あぁ、ごめん、僕は赤で楓は白だよ!雨音の後ろに僕たちは並んでたんだ」
いきなりの呼び捨てにドキリとしたが、そっちの方がこちらとしてもいい。俺も気楽に下の名前で彼らを呼ぶ許可証を貰ったようなものだからな。
それより俺の後ろに並んでたから彼らは色がちがうのか。
それからしばらくとりとめの無い会話が始まった。
「ところで雨音は彼女いるのか?」
楓がニヘラと笑いながら、聞いてきた。
いねーよ、そんな想像上の生き物。
「なにそれ?日本じゃすでに絶滅危惧種だろ?天然記念物って個人が所有しちゃダメなハズだろ?」
「天然記念物…」
「なに言ってんだよ、お前」
二人とも何とも言えない表情で俺を見ている。なんだかそれ、心外だぜ。
「そう言う二人はいないの?」
「…」
「…」
「無言になるなよ…」
つまり、それはいないという事ですね?
ここに男が三人もいるのに三人とも世界からはじかれてるなんて、世界はなんと残酷なのか。
「僕にはいるよ」
一人芳生が勝ち誇った。
そ、そんな馬鹿な!?
「な、なんだと!?芳生お前それマジで言ってんのか!?」
「初対面で不躾だが、言わせてもらおう!マジかよっ!?」
嘘ッ!?俺の近くに彼女持ちの人がいるなんて…、そういうのは迷信だと思ってたよ!
「ふふふ…、携帯の待ち受けも彼女なんだ、ほら」
芳生ぃ、私はあなたを待ち受けにするから、あなたは私を待ち受けにしてよぉ
そんなショートストーリが俺の脳内で上映されていると、芳生は鼻歌混じりで携帯を取り出しパカっと二つ折りのそれを開いて俺たちに見えるように液晶画面をこっちに向けた。
クソッ、ラブラブかよ…
「…」
わぁ、かわいい
「ハムスター?」
彼の携帯の待ち受けは写メで撮られたと思われる小動物だった。
「なんて名前?」
「杉山ゴンゾウ3世、かわいいでしょ?ジャンガリアンのメスなんだ」
「もっと可愛い名前をつけてあげろよ…、女の子なんだろ…」
「えー、可愛いじゃん」
「芳生、彼女ってのは女の子って意味じゃなくて、いや、女って意味なんだけどなんていうか、ほら、異性の対象、つまり恋仲の女性の事をさすんであって、ハムスターとかそう言う話はしてないんだわ」
あ、もう教えちゃうの?
「あ〜、そっちの彼女ね。…いないよ」
男が集まったら普通そっちの意味でしょ
「作らないの?」
嫌味です。
「彼女って作るもんなの?どうやって?」
「どうやって、って…そりゃ、…知らないよ…。大体知ってたら俺に彼女がいるハズでしょ」
「帰ったらパソコンで検索してみよっと」
「…多分載ってないと思うんだが」
「そう?冷蔵庫の中身で錬成出来るかな?」
「…人体錬成は禁止されてます」
「…芳生、雨音。もうそろそろ時間だぜ」
呆れたような表情の楓がポケットから携帯を取り出して言った。
俺も腕時計を見て確認する。
確かにもう時間が無かった。
「俺は受かる気ないから別にいいや。野球部に捕まらなきゃそれでいいし」
半分独り言のように呟くと、楓が思った以上の反応を示した。
「ん?お前も合格する気が無かったんだ」
「お前、も?」
楓も受かる気ないのか?
「ああ、俺も受かる気なんか元より無い。俺はそこの芳生に面白そうだからという理由で無理矢理参加させられたようなものだからな」
「えー、結構乗り気だったじゃん」
歯を見せ笑いながらした芳生のからかいを鼻で笑い、楓はまた俺に言った。
「雨音はどうして参加したんだ?」
「俺は無理矢理というわけじゃないけど、…気紛れかな」
俺の参加理由に一番ふさわしい言葉がそれだと思う。
「気紛れで参加して、不合格を願うってのもおかしな話だな」
「それもそうだね。でも、実際俺は娯楽ラブになんて所属する気なんて今現在ないし。このまま時間切れで不合格でいいんだよ」
「なるほど、時間切れね。俺はこの帽子を芳生にやって不合格を狙ってるんだが、お前は時間切れで不合格を狙ってんのか」
「おう。さっき言った通り、野球部に捕まりさえしなきゃ、それでいいし」
「野球部?なんで捕まりたくないんだ」
「なんか痛そうじゃん」
俺がそう言うと、楓と芳生は声をあげて笑った。
「それは確かに。てか、なんで野球部が娯楽ラブに協力してるか知ってるか?」
「あー、そういえばそうだね。知らねぇや。なんで?」
第一野球部だって暇じゃないはずだろ、小学校の頃、野球クラブだった俺が言うんだから間違いない。
大会が無いにしても練習で忙しいはずだし、今日のような平日はうちのような弱小でも練習をさぼるなんて暴挙しないはずだ。
「あいつら、あの人、えーと」
「柿沢秤さんね」
芳生が横から教えた。
「そうそう柿沢秤さん目当てなんだぜ」
柿沢秤…というと部長さんか。
「部長目当てというのはどういうこと?」
「今回のこの試験に参加すると学園のアイドルである柿沢秤が野球部の一日マネージャーを務めてくれるんだと」
一日マネージャー?
「な、なにそれ?」
自分目当ての人は嫌なんじゃなかったのか?
…あれは入部希望者がそれだと嫌だって話だったっけ、…いや、それでも似たようなもんだろ。
やっぱり信用ならねぇぞ
柿沢秤!
「しかも、一番多く帽子をゲットできた人にはデート権をプレゼント、だそうだ。凄いよな」
「…」
「雨音。黙っちゃってどうした?」
なんだよ、それぇー!?
デート権とか完全に自分の美貌をエサにしているようなものじゃないか!
なんか騙された感からふつふつと怒りの感情がわきあがってきているのが自分でもわかった。
私目当ての人に娯楽ラブを潰されたくない…、だっけ?
確かに言ってる事は間違ってないよ。だが、
…あぁ、俺がバカでした、俺がただの勘違い野郎でしたよ。
部長さんのような美人な人にヨイショされて少し気分が良かった事は認めましょう!
わずかながら、特別扱いされてる事に喜びを感じていなかったと言ったらそれは嘘になるだろうし、優越感のようなものに浸っていたかもしれません。
それが、彼女流の勧誘、引き込みテクニックだったというのか!?
やはりファーストインプレション通り彼女は悪女だ。
これはもう揺るがない事実!
最早そうじゃないと思った時点で俺は彼女の蜘蛛の巣から脱出する権利が奪われると考えていいだろう。
しかし、彼女の策略にはまって、娯楽ラブの入部試験に参加する事になってしまったのも、また事実であり、俺の負けで、彼女の勝利だ。
だが、まだ俺はやり直せる。
この試験に落ちれば元の鞘に収まる。
普段と同じ生活に戻るのだ。
俺の最後の砦はそこのみになっていた。
金輪際、そんなミスはしないぞ。
なに、そう難しい事じゃない、大体試験のに受かるのは大変だけど落ちるのは簡単な事だ。筆記なら名前を書かなきゃ、実技ならわざと失敗すればいいだけの話。
今回の場合は動かなきゃいい。
「雨音ぇ?」
「お、おう!悪い、ボーッとしてた、で何の話?」
「何、じゃないよ。そろそろ下に行こうって話だけど雨音どうする?」
芳生が俺に聞いてきた。
どうするって、そりゃ、ここに止どまってそれで不合格で終わり…、ん?
「でも野球部がうろちょろしてんのにそんなにうまく多目的ホールに行けんのか?
そもそも俺は野球部から逃げてここまで来たんだから。
「あー、それについて俺に作戦がある」
スッと楓が手を上げてそう言った。