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7(2)

寝不足からか、目茶苦茶眠いです。


次の日の放課後、斉藤は俺の制止を振り切って意気揚々と多目的ホールに向かっていった。


あ〜、もう知らね


すべての言葉を通り抜けていく斉藤の耳に苛立ちを覚えつつ、俺は鞄を乱暴につかむと廊下に出て帰宅することにした。


この時間ならいつもより一本早い電車に乗れるはずだ。


一人で帰るのは久し振りで少し寂しいけどたまにはいいと思う。


左手の腕時計を確認しつつ、肩にかけてある鞄の位置を直した。

そろそろ斉藤以外にも友達つくらなきゃな。


自分のロッカーについたので中から靴を取り出し地面に音をたてて落とした。

上履きからうまい具合な形に並べられたそれに履き替える。


斉藤も全く面倒くさい女にゾッコンだな。絶対悪女だぞ、アレは。…根拠はないけど。

まぁ、いい。どうなろうと俺の知ったこちゃない。




エントランスのガラス張りの扉を押して外に出ようとした時だった。


「やぁ、君は3組の男子じゃないか」


声に呼び止められた。

足を止めて振り返る。


すのこの上に娯楽ラブ部長が上履きのまま立っていた。


げっ、心の中でも読んで現れたかのようなタイミングだな、おい。


彼女の事は魔女と呼ばせていただこう。


つか、なんで俺の事知ってんだ?

そしてなぜわざわざ話かけて来たんだろ。


「どうも」


軽い会釈をしドアを押そうと手に力を込めて外に出ようとした時だった。


「君は入部希望者ではないのか?」


と、彼女に尋ねられた。

そんなん俺を見ればわかるでしょうが…


ドアを閉めもう一度彼女の方を向き直し、


「違いますよ。俺は…、そうですね。バスケ部にでも入部しようかな、と」


と口からデマカセ、ちなみにバスケ部は候補にはいれているがまだ明確には決めていない。

このまま帰宅部でもいいか、なんて思い始めてる俺にそんな事聞かないで下さいよ。

俺には帰る家があるの!


「そうか。それは残念だな。しかし、君はなかなか脈ありだと思ったのだが…、すごく質問をして来たし、少なくとも私の中では印象に残った一人だったんだよ」


「ああ、だから俺が3組だって分かったんですか。…でも、俺がいなくても多分大丈夫ですよ。入部希望の人だったら野球チーム組めるくらいいますから。多分」


「…そう、だな」


部長さんは少しバツの悪い顔をして俺の意見に首肯した。


なんでだ?


部員が足りないと廃部になるって言ってたのは彼女だし、部員が多過ぎると大変だとは思うが困るなんてないだろう。


文化部ならなおさらだ。


しからば、喜びの表情を浮かべるのならまだしも悲しむ理由などないはずだ。


なのに、なんで彼女はそんなに嫌そうな顔をするのだろうか。


「なにか、不都合でもあるんですか?」


俺は彼女が、…言い方が悪いかもしれないが好きな方の部類には入らない、けれど、女性がそんな顔をしているのに見過ごすような生き方はしてきていない。


「ん、いや、初対面に近い君にこんな事言うのは、おかしいが…」


「俺は別に平気ですよ。どうせ、」


時計をチラリと見る。

いつも通りの電車でも問題はない。


「暇だし」


「そうか。そう言ってもらえるとなんだか言いやすくなるよ」


そう言ってから彼女は恥ずかしそうに髪をかきあげて、小さく息を吐きながら、一言言った。

彼女の話に興味がでてきたのいうのは確かだ。


「娯楽ラブはな、部員は私一人で、二年三年生はいないんだよ」


その話は、何回か聞いている。

だからこそ部員が必要なんじゃないのか?


「正確に言うといたけどやめてもらったんだ」


「は?」


思わず声が出てしまった。

いたけどやめてもらった、だって、意味がわからない。


「なんで…、ですか?」


「私は、自分で言うのはなんだが、顔がいいらしい。それで、私がいく所にはよく人が集まるのだよ」


ほんとによく自分で言えたものだな、とは思ったのだが、事実なので、何も言えない。

美人ってのは色々において有利だと思うのだが、俺は平均的な顔立ちなんでわからないけど、肌の白いは七難隠すってやつかな…違うか。


「この顔のせいでストーカーまがいの事を何度かされたし、ひがみからイジメにあったり、告白されたり、モデルにならないか?なんて聞かれた時もある」


「…色々と苦労してるんですね」


最後らへんのは自慢にしか聞こえられないけど。


「そんなんだから、私がこの高校に入学したときはなかなか荒んでたよ」


「荒む…って、そんな大袈裟な…」


「敵を作らないように地味に生きて行く事に努めた。部活なんてやる必要さえ感じず無味乾燥な日々を送っていたよ。そんな時、私は出合ったんだ」


思い出に浸るように彼女は一度目を閉じて言葉を続けた。よほど娯楽ラブに思い入れがあるんだな、なんて俺はそんな事を思った。

娯楽ラブに出会わなければきっと彼女の心は荒れたままだったのだろう。元気そうないまの姿からじゃ想像出来ない…


「鉄道部に」


…鉄道?


「っ、はい?」


鉄道って、…あれ?娯楽ラブは?


てか、鉄道ってアレだよね。あの、ほら、少し暗めな趣味と言ったら偏見かもしれないけど、汽車が走ってるの見て喜び、時刻表暗記したりしたりする…ちょっとマニアックなホビー。


そんな部活がこの学校にはあったのだろうか?


「部長さんって、…鉄ちゃんだったんですか?」


「違うぞ」


あ、否定するんだ。

よかった、よかっ…


「鉄子だ」


よくねぇー


「く、黒柳?」


「なに言っているんだ?鉄道好きな女子を総称してそう言うそうじゃないか、ならば、まぎれもなく私はそれだった」


「あ、そうなんですか…、でも、以外ですね、なんか、部長さんって、テレビも見そうにないくらい俗な事から離れてそうなのに」


「テレビなら見るさ。深夜23時ちょい過ぎ、テレ○朝日の『世○の車窓から』」


「そっすか…」


「…なんだその目は、何か悪いか?まぁ、もっとも好きと言ってもあくまで趣味の域をでないがな。それに今はもう熱も冷めたよ、情熱は残ってるけど」


「それで、その鉄道部がどうなったんですか?」


「ああ、話がズレ…、あっ、路線変更してしまってたな」


言い直してまで鉄道好きアピールしないでいいですよ。

ほんとにこの人、好きなのかな…。


「ともかく私は鉄道部に、正確には鉄道同好会だが、に入部する事に決めたんだ」


彼女は先ほどとは打って変わって楽しそうに口を動かし始めた。ここからが本題なのだろう。


「人数は私をいれて6人、一年の私と三年の先輩だけだった。ところがっ!」


「…どうしたんですか?」


「私が入部した途端に部員数が二桁になった。しかも全員男子だ」


それって、部長さんに釣られたって事か?

…男はバカだなぁ。

男たる者、自分の信念を持たないとダメだよね。


「なんか萎えたんでやめた」


「そうですか…」


今の話のクダリは必要か?

全くもっていらない気がするんだが…、早く本題に入ってほしいよ。

そんな俺の気持ちを思いを感じ取ってか、部長さんはどうやら話に本腰をいれてきたようだ。


「次に私は天文部に入部する事にした」


…また関係ないっぽいし。


「次って…鉄道からかなり離れましたね」


「そんな事ないぞ、私、銀河鉄道の夜好きだし」


「009?」


「999。それはサイボーグ。私が言ってるのはメーテルの方だ」


そう言うと部長は『世○の車窓から』のテーマソングを口ずさんだ。

いやいや、メーテルの方流そうよ。

「それで娯楽ラブにはいつ辿り着くんですか?」


「落ち着け。まぁ、天文部に入部希望…」


「て、ちょっと待って下さいよ。部活には興味ないんじゃなかったんじゃないんですか?鉄道はまだ趣味だったからって理由は分かりましたが、なんでわざわざ天文部に入部なんてしたんです?」


危うく気が付かないところだったよ。

よくよく考えたら色々と変じゃないか。


俺の指摘に部長さんは目に見えて慌てだした。


「それは、ほら、…小さい事気にするな…、お、男だろ!」


「納得出来ませんよ!ここまで聞いたんですから全部教えて下さいよ!」


「むぅ、仕方有るまい…。私はな、ムカついたんだよ」


ムカついた?

何に?キャベジンいる?


「い、意味が分からないです」


「私が生きて来て唯一負けたと感じた人物がそこにいたんだよ…」


なんか渋々語りだしたといった様子だ。

よっぽど悔しかったんだな。


「そりゃ、ふぅん、それで入部を決めたんですね」


「ああ、それで入部する際に試験を受けさせられたんだ。筆記テストをな」


「それで?」


「落ちた」


「まあ、勉強してなきゃ試験は落ちますよね」


入部試験なんて普通の部活でやるかどうかはともかく、天文学なんて専門知識がないとわかるはずがないのは確かだな。

俺だって星座の形でわかるのオリオン座くらいしかないもん。


「いや、違うんだ。私は天文に関する知識もなかなかあると自負している。だけど、あの試験は、反則なんだよ!」


「いや、見た事ないんでわからないんですが…」


「テスト問題のどれも卑怯なんだ。例えば問1、俺の飼ってるカメの名前は何?問2、俺の愛する妹の名前は?なんて知るわけがないだろ!そんなの!」


いやはや何とも…。酷い試験っすね。


「次の問いについてあってるものに×間違ってるものには○をつけなさい、とか、水金地火木土天海で10年後あたりにきっとお父さーん天体教えてー、と娘息子に聞かれた時に冥王星を入れるとバカにされるんだろうけどそんな事より冥王星が太陽系やめましたが、その時の冥王星の気持ちを10文字以上11文字以下で答えなさい。とか出された時は殺意わいたね」


「なんだそりゃ。…て、あなた地味に生きて行こうとしてたんじゃないんですか?」


そんな意味不明な部活に入ると目立つんじゃないのか?


「私は負けず嫌いだ」


「聞いてます?俺の話」


「それから私はその男を調査した。完全に火が付いたよ。私はバカにされたままでは気がすまないんだよ。調べて調べて調べまくった、そしたら…」


「さっき毎日が無味乾燥とか言ってた人とは思えませんね」


「省略」


「は?」


「こうして私は入部できました」


「こうしての部分がわからないんですが…」


おいおい、語りに入っといて自分から飽きたっぽいぞ、この人。


「君もなかなかしつこいな。私は天文部に入部出来た、これで終わりでいいだろ」


「じゃぁ、それでいいですよ…」


ああ、早く帰りてぇ。


「次に、部員の人数の問題が起こった」


「…メイドインヘブンやめて下さい」


「キングクリムゾンだ」


超真面目な目してるし。

なんだよ…。


「…部員問題が起こったんですか?はいはいそれで?」


悟ったぞ。今の彼女に付き合ってると時間が勿体ない。

「なんてったって部員は私と三年のその人だけだったからな」


よく成り立ってたなその部活。…あ、だから今ないのか。


「それはそうだろ。あんな入部試験クリア出来るのは私くらいしかいない。だけど何を思ってか、あの男はこう言ったんだ」


もうぶっちゃけると俺の興味は完全に次の電車に乗れるか否かに移っていた。


「名前が良くない」


今の時間なら早足でいけばギリで一歩早いのに乗れるぜ。

「こうして天文部は娯楽ラブに生まれ変わったのだ。試験内容は変わらず…」


あぁ、はいはい、よかったスねー。


「そうなんですか。いや、でもヘタに部長目当ての部員が増えなくてよかったじゃないですか」


「そこだよ!去年は私とその人との二人だけの部活(同好会)だったが、今年は違う!私目当ての人が入部してきてしまう。それは、嫌なんだよ!私は…私は、あの男が残した娯楽ラブをそんな私で潰してしまうのは!」


「だから?」


「君みたいに『柿沢秤』という人物に興味がない人に娯楽ラブに入部してほしいんだ」


なるほど、やけに俺にこだわる理由はそこですか、確かに俺は部長さんのように気が強そうな人はあまり好きじゃないですが…


「明らかな勧誘ありがとうございます。それでも、俺は、えーと、ほら、バスケ部に入りますから、これで」


「こらこら!女性がここまで頼んでるのに無視する気か?君は薄情な男だな!」


「娯楽ラブなんて入りたくないですもん。しかも仮に入部したいと思ってもテストで落ちるかもしれないじゃないですか」


俺がそう言った瞬間だった。部長さんは俺のその発言にしばらく動きを止めたかと思うとすぐに肩をふるわせてさながら月くんがキラだってばれた時のように笑い始めた。



「…フフ、フ、フフフフ、そうか、そうか!なるほど」


「な、なんですか、その不気味な笑いは…」


「君は怖いんだな」


「はい?」


「試験に落ちるかもしれないのが怖いんだ!そうだ!チキンな一年生だったんだな!」


「んな…、何言ってんスか…!」


「いや、いい、試験に受かる自信もない人にこんな願いは不躾過ぎたんだな…。いや、悪い、引き止めて悪かったな」


「し、失礼な!そんなに言うならやってやろうじゃな…、あ、だ、騙されるか!アブねぇ!」


「っち!」


なんという露骨な舌打ち、このままじゃ乗せられて娯楽ラブとかいうわけ分からん部活の入部希望者にされるところだったぜ。


なんか今年の雨音は落ち着いて行動出来るイケてる高校生になれてんじゃないか?


ふと、部長の後ろに誰かがいるのに気が付いた。


女生徒だ。


「部長さん、試験いかないんですか?」


「お、おお、スマンな、えーと、水道橋さん。私もすぐに向うよ」


その女生徒は気さくそうに部長に話かけ、その声に気が付いた部長さんは俺の方に向けていた目を後ろにやった。


部長さんの返事を聞き届けると水道橋さんと呼ばれた少女さはすぐにスタスタと歩いていってしまった。


「んで、君は本当に入部する気ないんだな」


「え、…はぁ」


女生徒が立ち去るとすぐに彼女は俺の方を向き直してまたしつこい勧誘をはじめる。


でも、まぁ、これが最後通告らしい。


部長さんは「そうか」と小さく呟いて、


「時間を取らせて悪かったな」


と言い残すとすぐに女生徒が向っていった方向に歩き始めた。


「っ、待って下さい!」


気が付いたら声をあげていた。

自分でも何をやっているのかわからない。哀愁漂う背中に惹かれたのか?背中フェチだったの、俺?


「なんだ?」


でもその声で彼女は立ち止まった。


「やっぱり、…俺も受けますよ。…試験」


先ほどまで厳として動くまいとしていたのに俺自身何をやってるのかわからない。

ま、表雨音はそういう人物だ。

気紛れで気分屋、憧れの人はスナフキン。フリーダムな生き方がしたいのさ。

そういえばガン○ムってフリーダムとガンボーイの略らしいね。どうでもいいけど。


「…急になんだその心変わりは?」


部長さんは振り向いて訝しげに俺を見るとそう言った。

当然疑問に思うだろう。

俺だって不思議だもん。


「俺、天の邪鬼なんで引かれると押したくなるんですよ」


「まぁ、君が言うならいいが…、じゃぁ、多目的ホールに来てくれ。じゃ」


「あ、待って下さい」


「なんだ?」


「場所、わかんないっす」


「…こっちだ」




こうして今までで一番間違った選択肢を選んでしまった俺は部長と並んで多目的ホールに行く事になったのだった。


今の俺は決して自由人なんかに惹かれない。堅実な人間になってやるんだ。


タイムマシンがあるなら、安易な選択肢をした俺を16コンボでボコボコにして目を覚まさせてやるのに…。




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