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第7話(1)

段々と更新速度が落ちて来ているように見せかけて実はこれは、あれです。ほら、えっと、あの…ジラしプレイ?




お土産を入れる為に開いた旅行用鞄の底でホッチキスで止めた『旅のしおり』がバラバラになっていた。


全く直すのが面倒だ。

こんな時にホッチキス持って来ている人なんているのだろうか。




「いつかの質問。覚えてます?」


ほんのり紅葉し始めた樹々の下、駐車場に停車したバスの中、響く暖房の音に混じって彼女は俺に聞いて来た。


鞄のファスナーをつまんだまま、俺は首だけを彼女に向けて「何が?」と聞き返す。


「一番始めに雨音さんに会った時に…」


話の流れからいつの間にかそんな会話になっていた。


やめてくれ、そんな、天使のような笑顔でせままれたら…、すべてを…。


心の扉の錠が音をたてずに外されていく。

無邪気な笑顔の少女の手によって。


ごうごうごう。


暖房の音が無言の催促に聞こえてきた。


暖房切れよ、あつい、今日はそんなに寒くないだろ?







桜が咲いたら一年生なんて言うけれど、実際は新入生が入学するときには桜なんてとっくに散ってるし、良くて葉桜じゃないか。


それでもやはり春と言ったら桜のようにこの時期には欠かせないものの一つなのだろう。よくわからないが風流だし、趣がある。


頭についた桜の花びらを落とし、そびえる校舎を眺めながら、校門をくぐった。


俺が行く道はピンクの絨毯が延々と伸びている。

校舎の窓は春の陽気を美しく反射していた。


まだ着慣れない新しい制服に違和感を感じるが、期待感にそんなものは三秒で忘れたね。


ここが今日から俺が通う高校か。


一番始めの感想はそれだった。


中学校はそれなりに楽しかったがやはりフィクションなんかの世界でも高校生という時期は一生の内で一番貴重な経験を出来ると話には聞いている。


そう思うとわくわくせずにはいられない。


この学校で、待ち受ける出来事に期待を抱きここに表雨音という一高校生が誕生したのだ。




今思えば軽率だった。

もう少し考えていれば、俺は自分のやりたい事が出来たかも知れないのに。




入学して何週間か過ぎたある日の事、クラスにも新しい生活に慣れ始めた頃のことだ。


そろそろ部活の見学にでも行こうか。


そう思っていた時、入学して以来よくつるんでいた友達の一人である斉藤が俺に言った。


「知ってるか?なんだか半端ない部活がこの高校にはあるらしいぜ」


半端ない部活?

この学校の運動部はそれほど優秀じゃないと聞いてるし、文化部にいたっては何をやってるのかさえはっきりしない。


「陸上部のこと?」


ただ唯一入賞を果たすほどの功績を誇る陸上部の名をあげてみた。


「違う違う。賞とか取ってるとかじゃなくて、なんていうか名前からして終わってると言うか、いや始まってるのか…」


「なんだよそれ」


斉藤は両手を振りつつ明らかなオーバーリアクションしながら俺に言った。


「『娯楽ラブ』」


「…あ、なんだって?」


「だから娯楽ラブ。娯楽とクラブをかけてんだろ」


名前を聞いた時に思った感情を俺は今でも忘れずにいる。

なに、それ、頭おかしいんじゃないの?


「…活動趣旨は?」


「そんなん俺が知るかよ」


「斉藤、お前の情報はいつも中途半端だな」


情報通なのは確かに認めるが、彼の情報はどれも核心には触れていないものばかりだ。


「なんだよ。失礼な。あ、そういえば娯楽ラブについて活動目的ははっきりしないけど、いくつかデータはあるんだぜ、例えば…」


「例えばなにさ?」


「ただ一人の部員である部長は、もの凄い美人らしい」


「は?」


「かき…なんとかっていう人なんだけど学園のマドンナってのを如実に表したような人らしい、憧れの的ってやつ?」


中学校の時にもそんな風に言われてる人はいたが、周りからの羨望に気を良くして性格は最悪な奴がいたのを俺は思いだした。


「超どうでもいい情報をありがとう。そんな事に脳細胞が減ったかと思うと悲しくなるよ」


「はぁ?マドンナだぞ?普通もうちょっと反応あるだろ」


「学園のマドンナ、ね。一目見てみたいとはおもうけど大抵そういう高嶺の花はプライド高いから。それにいくら顔が良くても性格がクレイジーじゃ、ダメだね、そんなの」


「そう言うなって、お、そうそう、他にも情報はいっぱいあるんだぜ?」


「別に知りたくないんだが…」


「例えば、前は別の部活だったらしい、とか、前の三年の時に活動内容を変えたとか…」


「ああー、もういいよ、そんな部活一生関わり合いにならないだろうし」


油断…というのは違うけど、この時確かに俺はそんな馬鹿げた部活に干渉する予定なんて全くもって無かったはずだった。

次の瞬間までは…。


突然教室の雑音に混じって大きな声がした。


「こんにちは!」


教室のドアが半分開けられた状態で外の廊下にいる人が中の生徒たちに向かって大きく声をあげている。


教室にいる全員が一斉にそっちを向いた。


無論、俺と斉藤もだ。


「入って大丈夫かな?」


前にいる人達のせいで顔は見えないが声からして女の人らしい。


どうぞ、と誰かが小さくためらいがちな声をあげたのを聞き届けるとその人は「どうも」と言い残し教壇に向かって堂々とした歩調で向かっていった。


制服をきている、どうやら生徒の人らしい。


教壇に着くとその人は教卓に手をつきもう一度「こんにちは!」と大きく言った。


何人かの生徒がやっぱり小さく挨拶を返す。


「さて、今日私がここに来たのは他でもありません。単刀直入に言うと部活の勧誘です」


周りの様子なんて露にも気にせず、至極当然のことのように彼女は、


「娯楽ラブに入部しよう!」


と言い切った。



俺は、その名前を聞いてすぐ吹き出しそうになり隣りの机に座っている斉藤に彼女に聞こえないように耳打ちした。


「噂の娯楽ラブだぜ」


冷やかしのクスクス笑いの混じった声で斉藤に告げる。


「あ…ああ」


「斉藤?」


なんか心ここにあらずといった様子だ。いつもの斉藤ならば一緒になって笑い合うはずなのにどうしたのだろう、そう思いながら俺は斉藤の顔を覗き込むように見てみた。


うわの空、その言葉を表したかのような間抜け面がそこにあった。


「おーい、どしたよ?」


「惚れた…」


「はい?」


「ズッビシきた。俺はもう彼女に釘付け、恋漬け、首ったけ…、」


えーと、つまり、何?

俺には薬漬けにされたジャンキーにしか見えないんだが…


「娯楽ラブのあの人に恋しちゃたってわけ?」


「部長さんだ」


おい、マジかよ、目がハートだぞ。ートだぞ。


「よしっ、決めた。俺は入部する!」


「はっ!?バッカじゃないの!?もう少し考えてもの申せよ!」


「バカなのはお前だ!あの演説を聞いて何にも響かないのか?お前の心には?」


「演説だぁー?」


言われて俺は教壇に目を移した。


教壇では娯楽ラブ部長がなにやら演技調でやっている。


確かにすらりとした顔立ちで美人だと思うし、綺麗な長い黒髪が彼女が動く度にさらさらと揺れているのを見ると俺の心もかっさらわれそうになっていく、見るものを虜にする魔性の美という言葉を思いだすほどだ。

だが、なぜだろう?


彼女を見てると

「蛇」を思い出すのは…、危険な香りがする。


まぁ、まず間違いなく俺は彼女に近寄らぬ方がいいな、綺麗なバラにはトゲがあるというしね。


俺の目標は、目立たないけどいなくちゃ困るし、いてほしい、そういう地味な存在感を持っている人になりたいのだ、娯楽ラブなんてわけのわからん部活とその部長とつるんだら目立ってしゃあないじゃない。


「今年の娯楽ラ部員はなんと私だけなのだ。このままでは廃部になってしまう!誰か私を助けてくれ」


「…」


正直あんな演技に騙されるやつなんていないだろ、ほら周りの奴等も冷めた視線で彼女を見てい…


れ?


周りのやつらの視線は何故か同情と憐憫のそれだった。



「可哀相…」


女子の誰かが呟くのを聞いた。


お前マジであれが可哀相そうって思うんだったら一回脳外科行った方がいいとおもうぜ。

よくある勧誘手段じゃないか、これくらいで哀れみの感情を感じるんだったらそのへんの映画を見ただけで激しく落涙だよ。


将来キャッチセールスに気をつけな。



「雨音も一緒に入部しね?」


「あん、絶対に嫌だね。あんな…」


斉藤の誘いにヴィーンヴィーンと俺の第六感が赤い点滅を繰り返している。


やめたほうがいい

よしたほうがいい

関わらないほうがいい


俺を構築するすべての細胞が警鐘を鳴らしている。


虫のしらせってやつだろうか、雨音脳内会議でも満場一致で「虫さんに従う」という決定を下した。


「なにやるかわからない部活なんて遠慮だね」


「だから娯楽だろ?」


「娯楽ってなにさ?」


「そりゃ、…あれだよ、ほら、ん?…なんだろ…」


「そこの君!なかなかいい質問だな!お答えしよう」


斉藤と俺の会話を聞いていたのだろうか、こちらを指差して娯楽ラブ部長さんが叫んだ。なんつぅ地獄耳、悪口は聞こえて無いよね。


「わが部のこうふ、や、部風か、部風は『あらゆる娯楽を追及する』というのがモットーであり、遊びを求道する、これが第一目的であります」


答えになってないつぅの


「だから娯楽を追及ってなんなんスか?」


「言葉通りだ。それ以上も以下もない。どうだ?わが部に入れば永遠の安心感を約束しよう」


段々と化けの皮が剥れてきたぞ。


すると俺と彼女の会話に総務が入ってきてすごく現実的な質問をし始めた。


「進学とかのときに書類に書けるんですか?」


「無論書ける。しかもこの部活は滅多に無いので試験官や先生方の目に止まる事必須だ」


なにそれ?ふざけてるの?

万一所属しても恥ずかしくて書けないよ、せめて、名乗れる名前の部活にしろって。


「掛け持ちは出来るんですか?」


誰かが質問をした。

もしかしてオッケーって答えたら入部する気なのかよ。


「それは、要相談だな。しかし、基本は真剣に娯楽を追及出来る人を募集中だ」


真剣に娯楽を追及って何さ。そんなバイトみたいな感じでいいのかよ。

やっぱりこの部活、うさん臭いぞ、斉藤を引き止めるのも早めにしたほうがいいな。


「おい、斉藤、分かってると思うが」


もちろんさっきと同じように囁き声だ。


「やめと…」


「俺!絶対入部します!!」


ヌワァァァ!

おまえ、何言ってんだぁー!


「私も入部します!」


「お、俺も!」


「僕も入部します!」


斉藤に続いて続々と上がる声。


お、お前ら、一体どうしたんだよ!?

マルチ商法の勧誘式みたいになってるじゃん。


後に聞いてみた時、斉藤はこう語る「部長さんとあわよくば…、ムフムフ」…ものの見事に彼女の毒牙に当てられていた。


「ほう、そうか。それでは明日の放課後入部試験を行うので多目的ホールに来てくれ。それでは」


ん?入部試験?


って、ちょっとまて!なんで人数不足なのにそんなのやるんだよ!


と、俺が突込む前に彼女は次のクラスに向かって走り出していた。






ブロロロロ…


エンジン音を響かせてバスははゆっくりと動きだす。


3組のバスガイドが生徒たちに次の目的地の説明などを始めた。


みんな適当に聞き流してるけど。


俺と隣りの座席シートに座る美影もそうだ。

こんな時でも教室の席順から変えないとは…あるいみ、担任の意地というものを感じる。


「多目的ホールってなんですか?」


「あれ?美影、行ったことなかったけ?」


「多分ないですね、普通のホールと違うんですか?」



「いや、さほど違わないと思うよ。多目的ホールとはその名の通り色々な目的に使われる広い空間で、あまりにも寒い日など暖房が完備されていない体育館に変わって朝礼なんかがやられるらしいんだ。俺もそんなに利用した事ないけど、普段は卓球部が使ってるんじゃなかったけな」




バスは高速に乗ってスピードが段々と出て来た。

窓の景色が前から後ろに川の流れのように通り過ぎていく。


修学旅行一日目、無邪気な彼女が俺のトラウマを解放し始めたそんなバスの中だった。



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