第6話
第5話は長すぎましたね。
大切なのはいかに自分の駒を中に入れ孤立させるか。
それでいて焦ってはいけない。一番注意すべきは目先の利益に囚われて長い目で見る事を忘れてしまう事だ。
しかし、これは逆のパターンでも言える事。つまり相手のミスを突く事も勝利への近道になりえるといえるだろう。
ウテ、ウテ、ウテ!
自分の番が終わったらひたすらそう祈る。
狙い通りの手が来たら後はもうこちらのものだ。
楓!白黒つけるぜ!
俺は楓と暇潰し、オセロゲームをやって、美影は芳生に勉強を教え、和水は一人でカラオケをして、部長は何か作業をしている。
和水の耳障りな歌声を聞きながら俺は端っこに自らの白い石を置いた。
秘技、ホワイトベースッ!
勝てば良かろうなのだァー!
ピクッ、楓の動きが一瞬静止する。
それからぎこちなく口を動かした。
「…待った」
「待てない」
明らかなミスをつくような一手に楓は困惑して俺に待ったをかけるがそんなもの受け入れるはずなくここに俺の逆転の布石がととのったわけだ。
「う。大体和水の歌で集中力が切れるんだよ。歌うな、音痴」
それは責任転嫁もいいところだろ。
でも、ひどく耳障りなのは間違いはない。
っま、今の俺にとっちゃどんなに音が外れている歌でも心に響く名曲になるんだけどね。なんてたって勝ちが決まっているような対局だもん。
「だってよ、和水。少し黙れ」
それでも楓の為に一応注意はしておく。公平じゃないもんね。
すべての言葉を無視して指でリズムをとりながら和水は歌い続ける。
「雨音、提案だが」
楓が俺の方を向き直して神妙な面持ちでいった。
「なんだよ。待ったは受け付けないぜ」
「いや、提案だ。今からこのゲームの内容を五目並べにしないか」
「無 理」
「…だよなー」
楓は口をへの字に結んであごに左手をあて、盤の一マスづつを指さししながら自分の最良の一手を模索し始めた。
全く無駄な事だよ、楓君。
にしても…長くなりそうだな。
俺は暇潰しの暇潰しがてら他の部員の観察を始めた。
まず、一番奥に座る部長に目がいった。
部長、…なにしてんだろ…?
日本地図を模写してるみたいだが…、それはともかく絵うまいっすね。
部長の意味ない意味不明な行動は今に始まった事じゃない、見て見ぬふりだ。つっこんだら絶対に取っ付きかかってくるもの。
「高知県ってブリッジしてるみたいだな」
つっこみませんよ。
部長は一人口笛を吹き楽しそう色鉛筆を滑らせている。
俺も視線を手前に滑らせた。
「何か質問ありますか?」
美影が芳生に尋ねていた。
芳生は明日数学?の小テストだそうで美影に教えをこいているのだ。
「はい!先生」
「はい、芳生君」
元気よく手をあげながら芳生は質問した。
「紫キャベツってなんで紫なんですか?」
「え?」
「パプリカって赤い方を指すんですか、黄色い方を指すんですか?」
「へ?」
「キャベツって何枚入ってるの?」
「いや、だから…」
「海の水は何故しょっぱいんですか?」
それは昔、塩吹き臼ってのがあって…、と、俺は思ったけど、美影はいきなりそんな事聞かれてもといったように唖然としている。
「数学の質問だけにして下さい!」
堪らず怒鳴っていた。
一方、和水の方は完全にノリノリでサビに突入する寸前だ。
「和水、やめろって」
俺の制止を止まれの看板程度にしか思っていないのだろうか、華麗にスルーする和水のやつ。
軽く違反です。
「あー、言い忘れてたが」
部長が和水の言葉に声をかぶせるようにいった。
色鉛筆を耳にはさんでいて、どうやら作業が一段落したらしい。
その声により和水はキョトンと口を閉じる。
しかし、俺の感謝はすぐに部長自身によって吹き飛ばされるのだった。
「今日、山本先生がくるぞ」
騒がしかった部室は静寂に包まれた。
部員一同沈黙する。
やま、も、と…
「はっ!?」
和水はもちろんのことみんなが一斉に声をあげていた。
「「なんでもっと早めにいってくれないんですか(よ)ッ!」」
美影だけはわけのわからないといった顔で俺たちの事を見渡している。
「美影逃げようッ!」
「えっ!?なんでです!?」
俺は彼女にそう叫んで手をとり、それを引っ張って彼女を立ち上がらせた。
質問に答えている暇はない。奴が来る前にここから逃げ出さなくては!
「や、きゃ」
「はやく!急がないと取り換えしのつかない事になっちゃうよ!」
「はぁ」
すっとんきょんな返事を確認して俺は彼女の手を引き入口のドアに向かって小走りで向った。
「こら!雨音、美影!どこにいく!?」
部長が叫んでいるのが後ろから聞こえたが俺は聞こえないふりをして歩みを止めずにドアに近付いていく、その声に引き止められいたら、不幸になるのは自明の理だからだ。
この手は死んでも離さない、君の魂ごと離してしまいそうだから。
「っえ、あ、雨音さん…」
小さな彼女が喉をふるわせて俺の首あたりにある口からたどたどしい音を発した。
ん?美影なに赤くなって…
…
視線を落とす。
手が手が繋がっている。
この、手?
彼女の体温が右手を通じて流れ込んで、
…
ふぎゃあぁあ!!!!!!
いつの間にか手を握ってたぁぁ!
「ご、ごめん!美影!わざとじゃないんだ!」
急いで振りほどくように手を離し、弁解する。いやぁ、…俺が悪いんだけど。
「へいきです…」
「美影?お〜い」
「…」
「美影?」
「ははははい!?な、なんですか!?」
「ボーッとしてどうしたの?」
「べ、べつに!い、一回、お、落ち着きましょ!っね!席に戻って、ね!」
だけど、彼女はなんだかポーとしていて落ち着きがない。
そのままおぼつかない千鳥足でもといた椅子に座って魂が本当に抜けたかのようにポーとしている。
…ん。
状況が読めていないのだから当然といえば当然だな。
だが、今はそんな事気にしている暇はない。
やつが来るッ!
やつが来るんだよ、上から読んでも下から読んでも山本山がッ!
「山本先生って…」
魂が黄泉から帰ってきたらしい、美影が元の流暢な日本語で尋ねてきた。
「山本先生って、誰です?」
「俺たちの顧問だよ。認めたくないけど」
「顧問…、いらっしゃたんですか」
「そりゃいるよ、部活だからね」
部長がほくそ笑みながら会話に入ってきた。
「最近平和ボケし過ぎてたからな、いい起爆剤になるだろ。いろんな意味でな」
「今までなぜかお会いした事がなかったですからね!これは是非挨拶しなくてはいけませんね!」
美影今までの会話聞いてた?
スゴイ意気込んでるけど…。
「部長、用事を思い出したんで帰ります」
また逃亡をはかる楓。
「ダメだ」
もちろん却下される。
「右手と左手で何回連続ジャンケン出来るかしら…」
和水は混乱している!
「おし、僕は今から旅に出るよ!喋る一輪車グッチと共に遠くの世界へ!」
所属してもいない一輪車クラブに逃げようとする芳生。
「卑怯だぞ芳生!俺も行く!」
賛同する、俺。
「誰がいかせるか!」
もちろん却下される。
落ち着きを失ってみながみな騒いでいたのだが、
「待たせたなッ!」
ガラ、扉が音をたてて見たくもないにやけ顔が現れた途端、部室は再び、水を打った様に静まりかえった。
来たよ…
大魔神が来ちまったよ。
「この部にくるのも久し振りだなッ!ヒーローとは遅れて登場するもんなのさ!」
「山本…」
楓が呟くのを俺は聞いた。
山本治郎先生、26歳、独身、夢はハッピー玉の輿ライフ。
好きな事はナンパで何故か教員をやっている。担当科目現代文。
彼を見るたびこの男を採用する羽路学園の度量の深さともう少しちゃんと面接をしろと思わずにはいられない。
そんな最悪の災厄が俺たちの目の前に再び降り立ったのだ。
「チッ、男子メンバーはまだいたのか!やめろ!娯楽ラブは俺のハーレムランドとして存在する予定なのだよ!」
ウザイ事言ってるだろ、教員なんだぜ、これ。
「早く失せろうんこども!」
俺だって失せたいよ…。
だけど美影っていう新女子メンバーがいる手前、男の俺が部長とかアンタの魔手から守ってやらなきゃなんねぇんだよ。
…やべぇ、今の俺かっこよくね?王子様じゃね?心の中だけ。
「そ、それで、先生、今日はどういったご用件かしら?」
和水が核心をついた質問をした。
そうだそうだ、早々にご用をすませてお帰りいただくが賢明だな。
「うぉ〜、和水ィ。婿入りの件真面目に考えてくれてるかー」
「…」
即刻会話のレールを外れたな、オイ。
「いや、だから先生、私は一生独身で過ごすって」
「結婚してくれー」
断る手前和水はそういう言い訳をしてるのだった。
もちろん通用していないけど。
「ああ!もうセクハラで訴えますよ」
「世間を敵に回しても君とともに…」
君(和水)も敵だけどね。
「さて、部員と交友を深めたところでお茶にするか、誰か俺のスケルトンTが描かれた湯飲み知らんかぁ?」
機嫌良く鼻歌混じりに和水と戯れていた山本先生は、飽きたらしく、椅子に座って机をバンバン叩いて催促する。
誰もお茶くみなんてやらないだろうし、第一先生には言っていないがその湯飲みはこの間俺と楓と芳生がボール遊び中に割ってしまった。
骸骨が描かれた不気味なデザインだったのできれいさっぱり片付けて燃えないゴミにだしときましたよ。
「なんか飲みたいぃ!先生命令だ!秤、お茶!」
何とも偉そうに先生は部長を指名した。
あーあ、知らねぇぞ、俺。
「なんで私がそんな事やらなくちゃいけないんですか?」
さすが部長、ニッコリ笑って反逆スマイル発動、あの先生に真っ向から反抗するなんて、やっぱり我が部の最終兵器は切れ味が違いますね。
「ほら、俺は教師だし…」
高圧的態度に段々と腰が引けて来ている先生。
「それは確かに。ですが、先生だったら私たちのお金で働かせてもらっているいわばサービス業なわけですし、先生が生徒に奉仕するならまだしも逆はありえません。生徒がいないと学校は成り立ちませんし、この理論からいって知識量という点では私は教員という職業は尊敬しますが、残念ながら私はあなたを尊敬していないので、お茶を持っていくというのは理にかなわない事なので、いきません」
「う…。ま、秤は頭いいからな…」
認めんなよ。他の先生に失礼だぞ。
ちなみに部長はこの学校始まって以来の天才と言われていて、色々と凄いらしいのだが、俺はその凄いところを見た事がなく、大抵バカみたいな提案をして尻切れトンボで終わっている娯楽ラブ部長柿沢秤の一面しか俺の中では彼女は存在していない。
それはともかく、部長のカリスマ性に惹かれてファンが増えるらしいのだが、正直その人達はもうちょっと柿沢秤という人物について調べてみるといい。落胆するから。
…俺も、入部前にちゃんと調べればよかったんだよ。
「いやぁ、でも、なんか物足んないよなぁ!そこの白い壁に今度俺がポスターでも貼り付けようかしらぁ、…ん?」
何とも言えない空気を誤魔化すためにか、先生は物色するかのようにふらふらと泳がせていた視線を一ヵ所に止めて注視した。
視線の先にいたのは美影である。
「おい、雨音」
「なんすか?」
「彼女は誰だ?」
気付いてしまったらしい。
出来る事なら永遠に交差してほしくない運命だったのだが。
「裏美影。娯楽部員の新メンバーです」
簡略に教える。
「…どうも、よ、よろしくお願いします!」
美影は緊張ぎみにそう答えた。そういえば初対面だったな。
「…」
先生はそれを震えながら無言で聞いている。
「山本…先生…?」
「…違う、違うぞ」
「え?違うって…」
「おにいちゃん、だ」
「はい?」
「…俺の事はおにいちゃんと呼びなさい」
やっとこさ発した声は何とも言えぬ無粋な発言だった。
マジで一回死んだ方が脳みその浄化にはいいんじゃないか。
「おに、おにいちゃん?」
「ワンモアセッ!」
「え?」
「ワンモアセッ!」
「おにいちゃん?」
「OH!グッドォ!!」
ハハ、ついに頭イカれたみたいだね。このおっさん。
「なにやってるんすか?わけわからん」
「なにぃ?わからないのか雨音?彼女を見て何にも感じるところがないというのか?」
「感じる?」
「男ならわかるはずだろ!?貴様人間じゃないな!…もしかして、お前は『姉派』かッ!?それなら分からなくもない!」
「姉?ほんとに先生、何を言って…」
姉だとかおにいちゃんだとか…、家族構成の話でもして…
はっ!?
わかったぞ!
「いいか!雨音!俺の好きな漢字は『悟り』と『好き』だ!この意味、お前ならわかるだろ?」
悟り、という字をばらせば『小五ロリ』。
好きという字をばらせば『女子』。
えぇい、このロリコン野郎!
…分かってしまった自分が悲しい。
それにしてもあんた凄いよ、こんなに自分の性癖をアピールするなんて…、俺にはとてもじゃないが出来な…
「って、いやいやいや、あんた教師だし、まずいだろ、色々と」
「ハハハ、タッキーだって先生と付き合ってたじゃない、年の差なんて関係ないぜ。ようはハートだよ。雨音君」
それでも犯罪じゃないのか?その年の差は!
「見境い無さ過ぎだろ、おい!」
「俺は下は11ヵ月(イレブンマンス!)から上は80までオッケーの好打者なんだよ。おっと勘違いしないでほしい、異性としてではなく愛でたいという感情からさ」
「敵投手が弱いんですよ。てか、それでなんで美影が妹なんですか!?」
「だからみれば分かるだろ。この顔!身長!態度!オーラ!」
先生が口を開くたびに美影の顔がみるみる赤くなっていく。
彼女は目をギュとつむって下をむいた。
「えーと、美影、気にすんなって」
美影は泣きそう、というか恥ずかしそうといった感じだ。
それを見ると確かに妹みたいな感じだなと思った。
妹なんていないけど。
あ〜、でも妹欲しかったなぁ、別次元にいるはずなんだけどもし三次元にいたとしたら美影みたいな娘が…
「雨音達、何を盛り上がってる?」
部長が汚物でも見るように俺達に言葉をかけた。
…達?達って、俺とこいつ(山本先生)?
ち、
「違います!俺とこいつのストライクゾーンは違いますって」
「安心しろって!頭の中で妄想するだけなら犯罪になんねぇから、な、師匠!」
手の平をこっちに向けてアメリカ人みたく耳の横でひらひらとふっている山本の狂った発言に部室はまたもや静寂に包まれた。
なに言ってんだよ、お前と一緒にすんな!
「だ、だから、俺は…!」
弁解するしかないだろ、ちゃんと言わなきゃ、このままじゃ、俺は…
「雨音って…」
和水が俺の話を遮るように口を開いた。
「そうだったの?ご、ごめん。今度から近付かないでちょうだい!」
え?ちょっ、何いってんの?
「っおい、和水…勘違いすんなぁ、俺は違う!俺はそんな、変態趣味なんて」
「…あ、雨音さんは、私は、…。うん、大丈夫!私は多少変わっていても引いたり、しませんよ!…多分…」
美影の優しさが妙に痛かった。
「あ、ありがとう!って、俺は山本とは違う!俺は清廉潔白だ!」
女子達の俺をみる視線は例えるならば毛虫とかそういう害虫を見るようなのに変わっている。
男子は、楓も芳生も、笑いを堪えてやがる。
お前ら、覚えとけよ。
「ハハハ、心配するなって雨音、傷心の彼女は俺が貰っといてやるから。つかお前、俺を呼び捨てにすんなよ、先生つけろ、バカ」
朗らかな笑顔を振り撒く、こん畜生山本がほざく。誰のせいでこんな目にあってると思ってんだ。
一番傷心なのは俺だよ!
山本の発言にさすがの俺の堪忍袋の尾が切れた。
なんだか腹が立ってきたぞ、こいつを懲らしめる方法なんかないだろうか…
と、いくら考えても俺のちっこい脳みそじゃ良い考えが浮かびそうもなく、無念だが俺はこのままロリコンという事になって…
「んなの、認めるかッー」
「ははは、美影ちゃんは俺のものになってお前はロリコン野郎に確定さ!ざまぁみろ!俺の目が黒い内はこの学校の男子に青春なんて歩ませねぇのよ。ふははは」
「俺は年下趣味じゃない!だから、そんな目で俺を見るな!」
「先生、それは違います!」
急に美影が声と顔をあげた。一体全体なにを考えているんだろう、今の山本は危険だ。
本気になれば人さらいすら平気でするかもしれないのに…
美影触れちゃダメだ!君のきれいな白い手が生ゴミに汚染されちゃう。
「ど、どしたの美影ちゃん」
なに『ちゃん付け』してんだよ。
どれだけ発展させてんだ!
目をカッと見開いて先生を見ながら美影は言い切った。
「雨音さんはロリコンなんかじゃありません!」
…
み、美影ぇ。
なんだか涙がでてきたよ…。俺の変わりに弁解してくれるだなんて、め、女神様じゃあ!
気の利いた良い子じゃないか、俺が惚れたのはそういう性格なんだよ。決して外見だけじゃ…。
…うん、6対4くらいは外見が好きなんだけどね。
性格も最高なのは確か、まさに日本女性の鑑。
美影だけは分かってくれるって信じてました。
ありがとうございます!
「雨音さんは、…えっと、その、私の!」
言ってやってくれ!美影!
俺は美影の、
美影の…
ん?俺は美影のなんだ?
「彼氏です!」
そう彼っし、
ぅえ
「っええぇええ!!」
「彼氏って、雨音、ぼぼぼーぼぼーぼぼくより先に!?」
「嘘ッ!嘘でしょ!?美影ほんとに!?」
「お前ら、私に隠れてそんな関係に…」
「しゅ、祝福する。彼氏と彼女の事情の関係にはそれが必要だ…、おめでと」
意味わからんちん。
何がなんだか。
彼氏ぃ(語尾上がる)、彼女ぉ(語尾下がる)って、なに?
パニック、って、こういう事の事を言うのかな。
あはははは
おっとと、俺がさっぱり妖精になってしまっちゃいけないな。落ち着いて美影に聞かなきゃいかんわ。
「美影、何を言って…?」
「だから、だから雨音さんはロリコンじゃありません!」
「…え」
その話は…
言い訳?
カムフラージュ…、偽装カップル
誤魔化しかぁ、うん、そんな関係になった覚えないしね。
やぁ、ありがとう!美影大明神!これでワタクシの疑いも晴れるというもの!
あれ、そもそも美影が年下っぽいからこの話になったんじゃなかったっけ?
根本的解決になってないじゃないんじゃないかな。
いや、ともかく美影、突拍子がないって。
なんだか大人の階段を2、3段飛び越えた感じ。
「雨音のこの!」
あ、山本先生、忘れてた。
「不純異性交遊ぅぅ!うわぁああぁぁん、バカやろぉおぉ」
先生はそう叫ぶとドアを乱暴に開けて出ていった。いい感じに語尾が伸びている。
音楽の先生に聴かせてあげたいよ。
「あ、先生!」
何故か部長が去って行く先生を呼び止めようとしたけれど、すぐに「ま、いいか」と目をそばめて一人呟くと直ぐさま俺たちの方を向いた。
これで災厄が去っていったわけだけど、状況は収拾がつかないほど膨れ上がっていた。
「美影そうだったの?」
「二人がまさかな〜、信じられないよ」
「しかし、ほんとにいつから…」
「そうだな。是非とも二人の馴れ初めを聞きたいものだ」
すっかり忘れられてる山本先生に多少同情しつつ、俺は美影の次の発言にわくわくした。
俺でも予想がつかない美影の発言だったのだから他の人にしてみればかなり寝耳に水だったのだろう。
みんなが美影を囲んで色々とはやし立てていたが、
「あれは嘘です」
突然のカミングアウトに、
「「ふぇ!?」」
俺と美影を除いた全員がなんとも間抜けが声が出ていた。
うん、そうだよね。普通は。
「雨音さんが、その、あまりにも、可哀相だったのでつい…」
静々と美影が余計なことしました?みたいに言っているが、とんでもない、助かったよ。
彼女は照れたように後頭部に手をやって頭をかいた。
ただ助からないのは先生と俺の深層心理だけです。
「山本は凄いショックを受けてたみたいだが…」
楓がもとの落ち着いた口調でそう言った。
「はい、私もあそこまで驚かれるとは…、思いませんでした」
「まぁ、良かったんじゃないか?これであの先生に言い寄られる事はなくなったぞ」
「言い寄るって、嫌だなぁ、楓くん、そんな事するわけないじゃないですか」
「私の事みれば分かるでしょ。はぁ、全くあの男は…」
和水が凄く疲れた声でがっくりと肩を落とした。
「私も彼氏持ちって事にしたら、楽になるかしら」
「それはないな。まず間違いなく彼氏役の方があいつから嫌がらせにあうぞ。ま、ドンマイ雨音」
「っおい、楓。不吉な事言うなよ!」
実際にそうなりそうで怖い。
「山本先生は、ふぅ、これでは何のために来たのか分からないではないか…」
部長が溜め息をつきながら椅子に座り直しそう言った。
滅多に部室に来ないあのものぐさ先生が今日来た理由…
なんだ?
「そういえば、あの人なんで来たんですか?」
「ん?あぁ、それは…」
部長はなにやら言いかけたが、すぐに口の動きを止め、その耽美な口元はいつも浮かべるような嫌な悪戯っぽい笑顔に変わっていた。
「それは、秘密だ。またの機会にな」
部長がそんな風に物事を伏せる時には必ずと言っていいほど俺の精神に甚大な被害にさらされるのだが、残念ながら部長に言い寄っても教えてくれそうもないし、いつか知れると言っているのだからそうなるのだろう。
俺は今までの心の古傷をなめるように自嘲ぎみに笑った。
どっちみち暗い未来ならば、せめて今は平和というぬるま湯に浸かっていよう。
「部長質問なんですけど…」
「む、なんだ雨音?まだ教えないぞ」
「いや、そっちじゃなくて、単なる好奇心からなんですけど」
「うむ?」
「さっきの山本先生の発言を校長に言ったら解雇させられますよね?」
「まぁ、厳重注意はうけるだろうな」
「色々と綱渡りな人ですねぇ、あの人…」
「ハハハ、頼むから言うなよ!娯楽ラブも潰れちゃうから」
そいつはいいな。
「お、おい、雨音!なんだそのブラックな表情は…」
「いえ、別にぃ」
ま、ぬるま湯が冷めるまで今しばらくはかかるんだろうし、冷めてもこの人なら沸かし直すんだから俺に選択肢なんてはなからないんだけど。
遠くの廊下から山本先生の雄叫びが聞こえた気がした。