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エピローグその2です。
エピローグを名乗る投稿は主人公の視点から離れたものにしてるので、練習も兼ねていわゆる神視点(第三者視点)に挑戦しています。が、やはりなかなか難しいですね。
奇妙なお茶会と時同じくして。
廊下の壁に寄り掛かって道行く人を観察している二人がいた。
二人の間には会話はなく、ひたすら行き交う人を見続けるだけだ。
「楓、これ」
その沈黙に耐え兼ねたのか二人の内の一人、少女の方がポケットから何かを取り出し少年に受け取るように促した。
「それは?」
「さっき手に入れたスーパーボールだ。恨みっこなしでこれをやる。だから機嫌をなおせ、な?」
「別に機嫌が悪いわけじゃないですけど…」
「ハイパーボールよりも劣るが収獲率はなかなかだぞ?」
「…」
見れば先ほど水の中を流れてたスーパーボールだ。
「分かってくれて嬉しいよ」
少年-五十崎楓は無言でそれを受け取りズボンのポケットに突込むと、溜め息と共にダランと首を下に向けた。
俺の苦労がわかるのは鏡の中の俺と影の俺だけだよ。
こんな憂鬱な時の気分の変え方を思い出してみる。
1、自分の影をジッと見つめる。
2、空を見上げる。
3、影が俺を見守っている。
「楓、なにしてんだ?」
「ちぃちゃんの影送りです。でも室内じゃ難しいですね」
少女-柿沢秤は不審な行動をする五十崎楓に尋ねた。
文化祭調査。
彼女が言い出した事に彼は今、巻き込まれている。
よりにもよって言い出しっぺの部長とペアなんて、…ヘヴィだ。
楓は流し目で彼女を見ながらそう思った。
「なんだそれ?新しい学校の怪談?夜きちんと寝ないとちぃちゃんが魂をあの世に送るとか?対処法バナナ?」
「知らないならいいです」
「意味不明なまじないならそこの占いの館でもやってろ」
少女は何かをひらめいた顔をして、一店の怪しげな出店を指差した。
「占いの館?」
看板にペンキで書かれている汚い字をそのまま読み上げてみた。読み上げてはみたものの魔法のように内容が変わる雰囲気は無い。
「おしっ、では、行こう!」
「は?なんで!?」
「まぁまぁ、あとあれで終わりだから」
「はぁ、ま、そういうことなら…」
すこぶる嫌な予感がするが、彼女がその気になったら従うしかない。
だって、
彼は自身の左手に視線を落とす。
だって、手錠がついてるんだもん。
逆上ること、二時間前。
廊下の端に追い詰められた。
袋の鼠だ。
窮鼠猫を噛めない。
「私はLです」
逃亡に失敗した彼は罰と称して彼女に左手の自由を奪われた。
その際に言われた一言が未だに耳に残っている。
「…アンタはSです」
嫌味で思わず口が勝手に動いていた。
もちろんそんなもの彼女には効きもしないのだが。
「ならあなたはMです」
秤の方も負けず劣らず言い返す。
「違います。私はKです」
楓の頭文字K…、っは!?
「自供しましたね?キラ!」
どうもこのテンションにはついていけそうも無かった。
「もうやだ…、こんな生活。誰か俺に、俺に自由【フリーダム】を…」
虚しい呟きは溶けるように文化祭という魔物に飲まれていった。
香の香りが鼻をついた。
しかし、占いの館らしいのはそれくらいしかない。
室内には制服姿の生徒が何人かが並べられた机の前でだべっており、その机の上にはパソコンとプリンターが置いてあるだけだ。
せめてタロットカードとかそういうの置いとけよ。
入店してすぐに彼はそう思った。
二人は寄り添うように店員のいる机に歩いていく。さながらそれは将来を誓いあったカップルのようだが、二人の間にはそんなロマンスは通っていない。
「部長離れて下さい。不快です」
「私だってお前が生涯の伴侶だなんて嫌だよ。だけど手錠があるんだから仕方無いだろ」
「だったら手錠外せばいいじゃないですか」
「逃げるだろ?」
「逃げますね」
「ならダメだ」
質問に即答で答えたはいいが、却下の返答も早かった。
正直に答え過ぎたか…
次に彼の口をついて出たのは本人いわくホワイトライだった。
「や、嘘です。冗談です。逃げませんって」
「…これを見ろ」
呆れた風にそう言うと彼女は内ポケットから写真を取り出して彼にそれを渡した。
「なんですか?部長の写真?」
「間違えた。それじゃない、その次のやつだ。その写真はいつの間にか隠し撮りされてたやつを私が買い取ったのだ。…もうすでに何枚か出回ってたみたいだかな」
「…人気者はつらいですね。次の写真…、次、これは!?」
写真の中は青い空、広いグラウンド、学校指定の体操服、
そして、
「体育祭の写真だよ。凧引き摺り大会のなッ!」
大爆笑の生徒達と若干涙目の男子生徒二名。土宮芳生と五十崎楓である。
「どこでこれを!?」
「さっき写真コーナーがあって売られてたのを私が買ったのだ。人気がないからか、その一枚しか無かったがな」
「…それで?」
「おっと返してもらおうか」
秤は楓の腕からひったくるように写真を奪いとった。
「なかなか写真部もいい仕事してるじゃないか。それで、楓、この写真見て何か感想は?」
「…実は、俺…」
一拍おいてから言う。
「占いとか、好きなんですよ」
その告白は涙の味がしたという。
「お名前は?」
「企業秘密だ。それを当てるのが占い師の仕事だろ?」
「彼女は柿沢秤、俺は五十崎楓」
「誕生日は?」
「未来予知で見ろ」
「彼女は11月20日、俺は6月2日」
「血液型は?」
「プラシーボ効果に流されるような生き方はしたくないのだ」
「俺も彼女もA型」
「はい、ありがとうございます」
「機械の箱だよりか?お前の能力を見せてみなよ」
「パソコンで調べられるんですか?」
「はい、今占いますね」
秤の挑発を受け流す店員に楓は心の中で拍手を送っていた。
「左クリックか。未来の糸は自分で紡ぐものであって電子網なんかじゃ未来は築けないと私は思う」
「パソコンで占いか、面白いな」
「あ、結果が出ました」
制服を着た眼鏡の店員は教えられたデータを入力し、エンターキーを音をたてて押すと、二人にも見えるようにパソコンの位置をずらした。
ディスプレイに写し出された点滅する赤い文字に楓は目を丸くする。
相性 100%
キューピットがラッパを吹きながらハートの回りを小蠅のように飛び回っている。
「なに、これ?」
「おお凄い。フィーリング率100%のカップルなんて始めて見ましたよ!」
何故か店員が嬉しそうに言っているのが酷く耳障りだ。
「なんで相性占いしてるんですか!?」
彼は堪らず机に乗り出して店員に怒鳴っていた。
店員はビクリとし震える口です、すみませんと答えた。
「違ったんですか!?僕はてっきり…」
「恋仲じゃねぇよ。謝罪いいから一人一人の占いの結果を見せてくれ」
彼は気がついたら敬語をやめていた。
「やっぱり」
「なにがやっぱりなんだ?」
パソコンの館を出て、占い結果の印刷された紙を見ながら彼は呟く。
「これですよ。見て下さい」
彼女の質問にその紙をひるがえすように広げて見せた。
「ふぅむ、なになに、五十崎楓、運勢…最悪…」
「わかったでしょ?」
「あ〜、なんつぅか、…お気の毒様。まぁ、占いなんて当たらない確率のほうが高いから」
彼女はそう言ってなぐさめた。
「違います。その下ですよ」
「へ?うむ、『唯々として服従すれば凶』…これがどうかしたのか?」
「わかるでしょ?」
「だから、なにが?」
「俺の服従相手がね」
「?」
「おつむを洗浄してほしい」
「意味わからない」
「災いの権化。俺の主がイナゴ並に質が悪いんです」
「…ほう。そりゃ、酷い。…んで?」
「ま、要約すると…。あんたが、俺の運を吸い取ってるんだよ!」
ふぅ、息を小さく吐くと秤は楓を睨み付けた。
「言うと思っていたが、ふむ。…そういえば楓」
「なんですか?」
「格闘技やなんかでよくKOってあるが、アレなんだ?」
「は?KO?knockoutの略ですけど」
「ノックアウト…どうやってやるんだ?」
「こう、相手の脳を揺らすように顔面を強打すれば…、って、部長!?」
楓がシャドーボクシングのように拳を突出している横で秤は拳を胸の前にそろえて戦闘態勢を整えていた。
「楓」
「な、なんすか?」
「歯を食いしばれ」
「ッ」
「ボディブローォォォ!」
雄叫びとともに華麗な拳が彼のお腹を捕らえて食らった。
「がふ!」
完璧に緩んだ腹筋の隙間に渾身の一撃が炸裂したのだ。
アレ?部長の右手には手錠がついてるはずなのに、なんで…、と、悲鳴をあげる思考で考える。
「なるほど、これがノックアウトか」
「ち、違、これ、自分でブローって言って、…う、モロみぞおち入った…」
歯を食いしばれといったのに秤が殴った部位は腹だ。もちろんそれを抜いてもそんなところを殴られて怒らない人はいない、彼も例外では無かった。
「痛いじゃない、ですか!部長…、ぐぅ、い、いい加減にしてくれ!」
怒り心頭に発する。
彼は堪らず怒鳴った。
「楓君が悪いんだからね!私をバカだって言うから」
「は?」
口調がいつもと違う。
多重人格並の豹変だった。
一瞬凍り付く。
目の前にいるのは確かに秤だ。
「ひどいよ!私だって、
楓君に好かれようと努力してるのに、そんな…。じゃ、どうすれば良かったのよ!」
だけど、誰だこれ?
「いや、あんた何やって…、殴らなきゃいいだけのはなし。ッハ」
彼はそこで回りの視線に気付いた。
狼。狼が俺を囲んでいる。
ルーガルーが俺を狙ってる。
憎悪の視線。
痴話喧嘩か、あの男、柿沢さんを…、死ねよ…
誰かが言ったのを彼は聞いた。
「楓君、どうしてそんなに意地悪ばかりするの?友達なんだから仲良くしようよ」
くん?
ぞわぞわと背筋に鳥肌がたつ。
お、おい、アレを見ろよ、手錠だぞ。なんて、ま、マニアックな。
また、なにか野次馬の男子が言っている。
違う、これは、違うぞ!
この手錠は俺の趣味じゃないぞ!
心の中で弁解するが、聞こえるはずがない。
「楓君」
「な、なんですか。か、柿沢さん?」
「仲良くしよ、っね?」
「…はい」
女は怖い。そう思った。
場所を移動する。とてもじゃないが、同じ場所にいられるような雰囲気では無かった。
楓が秤をリードするように歩き、やがて自動販売機がたくさん並ぶ一角に着くと、足を止めて彼は彼女の方を振り向き矢継ぎ早に文句を並べたてた。
「部長!なんなんですか!腹は痛いし、視線が痛いし、耳も痛い!それから心臓もなんか痛い!」
「大丈夫?楓君」
「…とりあえず、そのキャラやめて下さい」
「おお、そうか。いやぁ、ブリッ子もなかなか楽しいもんだぞ」
「知りませんよ」
彼は息をはきだすとともにそう言った。
「俺、女を殴りたいと思ったのは初めてです」
「お、さすがKだな」
「…俺は怒ってるんですよ。部長!」
わざわざ人気の無い場所に移動したのは、彼女の援軍に成りえる男性がいないからだ。
ここぞとばかりに怒りをぶちまけなければ、また彼女は調子に乗ってしまうやもしれない。
「大体腹を殴るのも意味わからないし、その後のあの演技!あれじゃ俺が悪役じゃないですか!」
「いやはや何とも…。あそこまでお前が狼狽するとは思わなんだ」
「とにかく、今日という今日は言わせてもらいます!」
「おお、聞いてやるぞ」
「あなたはですね!一度うまくいくと次々と回りに迷惑を振り撒いて生きているんです!まるで蛾ですよ!」
「ふむふむ言うじゃないか」
「あの演技にしたってそう!鳥肌がたつ様な事したり、手錠つけたり、普通の人の精神力ならとっくに廃人ですよ」
「いやいや、手錠は私とお前のシンクロ率をあげるためにね」
「そんな、福音いりません」
「ま、確かに行き過ぎた感はあったよ。すまんな」
随分と素直に謝罪をしたので彼はうろたえた。
謝りながら彼女は手錠を外す。
そしてまた彼を見るともう一度スマンと謝った。
「反省してくれるようなら、い、いいんですよ」
ぎこちない口で、許しを与えるが、
「反省してるさ。繰り返すだろうけどね」
彼女のその一言がまた滑舌を良くする油差しになった。
「だぁかぁら、それじゃ、ダメなんですよ!今度こんな事があったら俺はマジで部長の事を嫌いになりますね!きっと!多分!絶対!」
「私は何があろうとお前を嫌いにはならないよ」
「…ぇ?」
いきなりの発言に彼の頭は一瞬真っ白になる。
思考回路が焼き付きそうなほど顔が熱い。
「部長?」
「私は好きだ」
彼女は確認するように目を閉じてうつむき、嬉しそうに頬を上げて笑った。
まるで音楽を聞いてリラックスしている人のようだ。微笑を浮かべながら彼女はまた同じ言葉を繰り返す。
楓はただそれを何も言えずに見ている事しか出来なかった。
心臓が早鐘のように高鳴った。血液がお湯に変えられたのではないかと思うほど熱が体の芯から昇ってくる。
緊張する。なぜかわからないけど。
「美影も…」
「は?」
美影?
「和水も、芳生も」
羅列する名で脈を流れるのは冷や水に変わっていた。
「雨音も、楓も、私は娯楽ラブのメンバー全員愛しているぞ」
「…」
「ん?どうした、楓、まるでハトが豆鉄砲食らったような顔して…」
「な、なんでもありませんよッ!」
「顔が赤いが…」
「ほら!そろそろ待ち合わせの時間ですよ!エントランスに行きましょう!」
「お前がそう言うなら別にいいけど」
秤は納得がいかないように呟きながら先行する彼に続いて歩きだした。