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5(6)

第5話のエピローグその1です。


31日


「ふぃくし」


くしゃみがでた。

誰かが噂をしてるのかしら、と彼女は思いながら歩き続ける。


今日は全校生徒待ちに待った文化祭なのだが、彼女の心はいまいち晴れなかった。

彼女と一緒に回っていた相方がクラスの出し物の方に行ってしまったので彼女は一人で回るはめになってしまったからだ。


一人じゃ楽しさも半減だ。いっその事誰か誘ってくれないかしら。


と、彼女は思ったが、そんなにうまくいくはずがない事くらいわかっている


…つもりだった。


「よ、よぉ。水道橋、暇そうだな。なんだったら俺と一緒に回らね?」


同じクラスの男子が偉そうにヘラヘラと話かけてきた。

一人でいるのを見透かされたのだろうか、それがたまらなく恥ずかしく、また、腹立たしくもあった。


「結構。私は一人でできるもん」


一蹴するかの如く、彼女は彼を睨み付け、鼻をならし、

廊下には話しかけたままの状態で凍り付いた少年が残された。


余談だが-彼女が男の子に話かけられたのはこれで三回目でその度に彼女は馬鹿にされたものだと思い断ってきたのだった。

その誘いが少年達の精一杯の勇気だと知らずに。


「あっ!和泉さん」


突然、聞き覚えのない声と知らぬ名前を背中から呼ばれた。


どうやら自分に話かけられたものらしいので振り返ってみると、そこには男子生徒が立っていた。


「?」


面識はない。

身長が高い、

短髪の飾り気のない少年だ。

ネクタイの色から一学年上の二年生だとわかる。

落ち着きを覚え始めた、といった感じの上級生。


「良かったらうちのクラスきてよ」


名前を訂正する暇もなく彼はスタスタと歩いて行ってしまった。


「アンタ誰よ」


また一人になった彼女は目をしぼって彼を見てみる。

細くすればするほど段々と疑念がでてくるだけだった。


放っておこうかとも思ったが、見ればこれから丁度入ろうとしていた出店だったので素直に彼に従うことにする。


「ほら、ここだよ」


「部長のクラスの出し物ね」


前を歩いていた男子生徒に追いついて、そう呟いた。

クラス番号をみていたらその組は彼女の所属する部活、娯楽ラブの部長、柿沢秤のクラスの出店だということに気が付いたからだ。


男は少し考えるように上目使いになるとすぐに彼女の方を向いて答えた。


「あー、秤が部長の娯楽ラブの部員だっけ?俺も入ろうとしたんだけどよくわからない理由で却下されたんだよね、あ、座って、俺が奢るよ」


店員にテーブルに案内された二人はお互いに二、三言言葉を交わす。


「そりゃ、どうも」


「どういたしまして、さ」


なんだこの男?

態度でかいわね。

少し縮みなさい、見下されてるみたいで気分悪いわ。見知らぬ人なのに何故こんなに馴々しいのだ?

と様々な疑問が浮かんだが、水道橋家の家訓に『他人からの施しはどんどん受けろ』とあるので男の言葉に従い素直に着席する。


二年生の彼とは向かい合う形で本物の喫茶店のように座っている。


「メニュー好きなの選んでいいよ」


「カプチーノで」


「オ、カピートぉ、かしこまりました」


随分と本格的なコックが直接メニューを聞きに来て彼女はとりあえず目についたものを注文した。


「カプチーノか、渋いねぇ。まったくおたく渋いゼェ」


後ろに座っていた確実に知らない男がそんな事をいっていたが、気にせず彼女は目の前の男に質問する。


「あなた誰です?」


「え…、誰って、昨日会ったじゃん」


昨日?

昨日なにしたっけ?


「記憶にないわ」


昨日は盛林-彼女の家に勤めるメイド-の服を着ててきとうにほっつき歩いていたはずだ。

もしかしたらその時に会っているかもしれないが、そんなのいちいち覚えているはずがない。


「えー、そっかぁ、まぁ、ちょっと会話したくらいだからね。ほら、ハンカチ渡したじゃん」


「ハンカチ?」


思わず聞き返してしまった。そんなもの受け取った覚えも無ければ、やはり彼との面識はないように思われたからである。

新手のペテンかと少し疑ってかかっていた。


「昨日会った時に返したでしょ?制服のポケットにしまってたじゃん」


「ポケット…だって?」


彼女は恐る恐るブレザーのポケットをまさぐるように手をいれる。


「こ、これは、なくしていた私のハンカチッ!?」


白地のハンカチの右下に小学校から練習していた『和水』のサインが入っている。

見間違えるはずがない、まごう事なく、自らのハンカチだった。


「だからそう言ってんじゃん」


あっけらかんと彼は答えた。


なんだかよくわからないその態度がやけに鼻についた。


「おのれぇえ!サプライズ!」


「はい?」


「あなた、新手のスタンド使いねッ!?」


彼女にとって信じられない事が起こった瞬間だった。

このハンカチは随分前に無くしていたはずだ。

それが今、なぜか今、制服のポケットに戻っているのだ。


『マスク』のマスク級に怖いぞ。ブーメランか、これは。帰ったらお払いしよ。


と彼女はそれを見て思った。


「…いや違うけど…。今日どうしたの?テンション高いね。昨日あんなに低かったのに」


「そう?いつもこれくらいだけど…」


「ま、女の子も元気が一番だな!」


一人納得したようにうんうんと頷いている彼の顔を、見てあの疑問がぶり返してきた。


「それよりあなた、私にはやっぱりあなたと知り合いじゃないように思うんだけど」


「知り合いだってば」


「ま、基本私は用がない人間の事なんてすぐ忘れるようにしてるから、ごめんなさいねぇ」


「あ、いや、別に気にしてないから安心してよ」


謝っておいてなんだが、やはり彼と言葉を交わす度に知らない人物だという事だけがはっきりしてくる。本当に記憶にないわ、彼女が彼に対してもった感想はそれだけだった。


「和泉さんはさ、お茶けっこう飲む人?」


「まぁ好きよ…ん?」


また聞き慣れぬ単語が飛び出たぞ。

イズミ?

泉?


「和泉って何?」


「え?何って君のな…」


「お待たせ致しました。カプチーノとカフェオレです。それでは」


一人の男子生徒(ウェイター)がテーブルクロスのかかった学校机の上に慇懃な物腰でカップを二つ置いた。

彼はそれで口の先から出そうになった言葉を飲み込んだ。


「長かったな」


「全然OKラインでしょ」


少年の小さな苦情に口を尖らせてウェイターは答えると、そのまま奥の準備室に向かって歩いて行ったが、


「て、ちょっとまて」


その途中でぴたりと足を止めてスススと摺り足で戻って来る。


「金谷…お前…」


「あんだよ?」


ウェイターはグイと顔を近付けて座っている男に話かけた。どうやらウェイターの男性とこの男-金谷というらしい-は知り合いらしい。


カップに一口、口をつけて彼女は考えた。


金谷、やはり聞いた事のない名だ…


「っう」


その一口が外に出ないようにするため彼女は手を口にあて耐えた。


彼女にとって、それはあまりにもまずすぎるものだったのだ。


なにこれ、砂の味がする。


砂、食べた事ないけど。


「お前、なんで一年の水道橋とお茶してんだよ?」


ウェイターの男子生徒は金谷の耳元で、彼女(水道橋)に聞こえないように質問した。


「水道橋?」


思わず聞き返してしまった。水道橋、どっかの地名だろうか?アトム作った人?あれは御茶の水だっけ?

そういえば昨日も似たような事聞かれたっけ。

…誰に、だっけ?


「水道橋だよ。一年の水道橋和水。知らないの?かなりの金持ちで結構美人」


「ああ、和水さん。一年生の」


顔を見たことはないが、彼女の事については後輩から噂を聞いている。

尚、彼の中では『水道橋和水』のイメージは元気溌剌なショートカット(なぜか)の女の子で固まっていた。

一度固まってしまったイメージはなかなか崩れないものである。


「だからそういってるじゃん。で、問題はお前がなんでそんな娘とお茶してるんだって話なんだよ」


「水道橋さんとお茶?して無いじゃん」


「してんじゃねぇかよ!」


ウェイターのこめかみには青筋が浮かんでいる。

ふふふ、それはそうだろ。

水道橋さんはともかくこんな美人とお茶してるんだからな。

と、金谷は思ったのだが、一つ疑問が出て来た。


水道橋さんとお茶?


「だからしてないって、あぁ、もしかして勘違いしてるとか?


「勘違い?」


「彼女は和泉式って名前だぞ」


は? すっとんきょんな声がウェイターの口から漏れた。


「式?見た物の死の線が見える…って、何言ってんだお前?」



それはこっちのセリフだ。

金谷はそう言い返した。


「お前…、彼女は水道橋だぞ。水道橋和水、俺が見間違えるとでも?」


ウェイターの彼は情報通としてクラスでも知られていた。


「いや、そうは思わないけど、でも本人いってたもん」


「知らねぇよ。セレブの暇つぶし相手にからかわれたんじゃねぇの」


ちょっとよろしいでしょうか?


右手を小さくあげて件の少女が男同士の会話に入ってきた。

一瞬二人ともこわ張ったが、すぐに声をそろえてどうぞと続きを促した。


「私はそろそろおいとまさせていただきます」


テーブルに置かれた安いカプチーノに舌を誤魔化しながら彼女は言った。


「え?」


「知らない人にふいていっちゃダメって言ふぁれふぇるので、それでふぁ」


あかんべー、のようにベロを出して少女は言った。

決して悪意を含むものではない、ただひりひりする舌を冷やすためだ。


火傷しないように飲み干したカプチーノの入っていたカップをテーブルに音をたてないように置くと彼女は席をたった。


「あ、ちょっと待って…」


彼が自分の頼んだカフェオレに口をつける前に彼女はこの教室を後にしていた。

彼の横を、風が通り過ぎるかのように事の真偽を確かめる手段が音もなくすりぬけていった。


「私はクラゲ、私はクラゲ。歯をクラゲに変えて吸い取らせた。バァン」


廊下で彼女はゲップに近い息を吐きながら呟いた。





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