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一日またぎになってしまったけど、一話分とします。
1、2組の演劇を見てから俺と芳生はエントランスに集合した。
感想は、まぁ、普通。
なかなか原作に忠実だった。
「遅かったな」
最後に到着したのは俺たちのペアだったらしい。
すでにエントランスには俺と芳生以外のメンバーは集まっていた。
部長は腕組みをして俺たちを見つけるとすぐに歩き始めた。
「で、どうだった?」
歩きながら会話する。
「一年生のクラスは楽しかったですよ。部長たちは?」
「こっちもまぁまぁだった。だが、楓のやつが…」
と、言って彼女は楓を流し見た。
「あんなの、だれだって嫌がるに決まってるじゃないですか」
後ろを歩いていた楓は部長の視線を嫌そうに受け流すと、そう言った。
何があったんだ?
「ほい、一人2000円づつな」
「え?部長、金くれるんスか?」
部長がみんなにお札を手渡していく。今までにない珍しい展開だ。
「経費だよ。経費。たまにはね」
「経費って…、娯楽ラブって貰ってたんですか?」
「そりゃ、少ないけど部活動だから多少は」
「よく部活に上がれましたね、普通同好会以下のレベルですよ」
「顧問の先生さえ見つかればなんて事はないさ」
「顧問…ね」
むあ、と浮かんだ顔を書き消す。
いや、あれは、違う。
忘れよう、忘れよう。
「では、順番に食べて評価するように。あ、お釣は返せよ」
明けて一日。
部室にまた集まっていた俺たち6人はあまりにも人がこないので、おのおのの暇潰しを行っていた。
「こんなんじゃない!」
「ロボ?」
部長の叫びに芳生が暖かい言葉を送る。
「何意味わかんない事いってるんだ!誰もこないではないか」
文化祭(一般公開)開始一時間未だ客は0。
これは必然の事実であり、皆が理解できる一般事象だ。
「あたり前じゃないです?こんなわけわからない部に普通文化祭の時でもきませんよ」
楓が言った。
「わけのわからないとは失礼な!名前でなにやるかわかる素晴らしい部活じゃないか!?」
「そうですね、例えばジャンケン研究部って名前の部活がやっていたとします。行きます?」
「娯楽ラブとジャンケンを一緒にすんなぁ」
「行かないでしょ?つまり、そういう事です」
部長は合点がいかない様子だが俺は結構うまい例えだと思うぜ。
部長は眉ねを寄せて立っていたがしばらくすると椅子に座った。
腕を組んでなにやら考えている様子。
そんな部長をほっといて俺たちはまた個々の暇潰しに戻っていった。
「むぅ、どうするか…」
部長は納得いかないように呟いたがいくら策をねろうと無理なものは無理。
どか、と体を投げ出すように机に向かって頬杖をついた。
「雨音、干支何?」
突拍子もなく芳生が聞いてきた。
「申年だけど」
「ふんふんなるほど。で、楓は?」
「申」
「やっぱりなぁ〜」
「なにがやっぱりなんだ?」
「最近になって見つけた事実なんだけど」
芳生は声を弾ませて楽しそうに言う。
凄く嬉しそうだ。
「僕の周りには申年の人しかいないんだよ!凄くない!?」
「…」
凄いのはお前の頭だよ、と思ったが俺と楓はニッコリと笑って、
「凄いな〜」と頷くだけだった。
俺とお前は同じ学年だからね。
「ちょっと待って!その理論はおかしいわ!」
和水が割ってはいる。
ああ、いくらお前でもそれくらい知ってるのか、類友の君達ならお互いの脳のメカニズムを理解しているはずだから脳みそ解明しあう事も出来るやもしれんな。
「む、なんだよ和水!文句あるの?」
和水はうきうきしながら間違いを正すクラスに一人はいる雑学野郎みたいに芳生に教え始めた。
「私は酉年よ!あなたの理論は崩れたわ!」
「な、なんだってー!?」
バカがまた一人増えただけかよ…。
「惜しかったわね、私もそう思った事があったんだけど、部長が未年だって聞いて崩れたのよ」
「…あの、美影さん、干支というのはですね」
美影が和水に真相を教えてあげようとしているが、それは無駄だと思うよ。
和水と芳生はたった一つの真実を見抜けない見た目は大人(と言っても過言でない年齢)頭脳は子どもの二人だからな、二人に物を教えるとなるとなかなか苦労するのだ。
しかし、不思議なのは彼らはテストで赤点をとった事がないらしい、典型的勉強の出来るバカというやつだろう、決して前回のテストで古典22点を叩き出した俺の負け惜しみではないからな。
「つまりこういう事ね!異性に抱き付かれるとその干支に変身してしまうと」
「え!?水をかぶると親父はパンダになるの?…パンダって十二支に入ってたっけ?」
「なんでそうなるんですか!?だから十二支って言うのは…」
「おバカな会話はもういい!グッドアイデアが浮かんだぞ」
急に部長が叫んだ。
部員全員彼女の方を向く。
「アイデア?やめたほうがいいんじゃないですか?どっちみち誰もきませんよ」
ニヒルな口調で楓が部長を煽っている。
珍しい事があるもんだな。そういえば今日の楓はやけに部長と話をしている気がする。文化祭で距離が縮まったのだろうか、俺も美影と行っていれば今頃は…。
「楓、言うじゃないか…。よかろうならば賭けをしようではないか」
「賭け?」
部長に冷ややかな視線をプレゼントしていた楓は部長の提案を不思議そうに聞き返した。
部長はそれを獲物が釣竿にかかった釣り師のように実に嫌な笑いを浮かべて言葉を続ける。
「そう、ごく簡単な賭けだ。これからちょっと客引きにいってくるんでお客が今日中に50人行ったら私の言う事をなんでも聞いてもらおう」
「客引きって、それくらいでお客が入ったら苦労しませんよ」
楓は半笑いだったが、すぐに目を細くし、部長の顔を真面目な面持ちで見つめた。
「なるほど、俺のほうが分がある賭け事のように思われますね」
「だろう?どうだ、面白い賭けにな…」
「だが断る」
「何ィ!?」
「この五十崎楓のもっとも好きな事の一つは自分が世界の中心だと思っているやつにさからうことだ!…というのは、冗談ですけどギャンブルは身を滅ぼす事知ってるんでね。親父が言ってましたもん、『馬券はドリームパスポート』って、アレを聞いた時俺は一生賭け事はやらないって決めたんですよ」
親父のギャンブルが原因だったんだ。
楓の家庭事情を垣間見た気がした。
「むぅ、仕方無いならば条件を上げよう」
「条件?」
部長は仕方が無くやっているような顔ではなく、すべてが計算通りといったような嫌なにやけ顔で答えた。
「お前が勝利した時の条件だ。そうだな、お前が勝った場合には娯楽ラブ女子メンバー全員がいう事を一つきく」
「え!」
「なんで私達まで!?」
美影と和水が驚きながら声をあげ席をたった。ガタンと椅子がゆれる。
二人が納得しないのは当然だろう。理不尽な要望だからな。
「私達は関係ないじゃない!」
和水が怒鳴った。それは正当な意見だと俺は思うぜ。
部長はそんな女子2人をやんわりとした物言いで着席を促した後、楓に説明をつづけた。
「まぁ、落ち着いて。話は最後まで聞いてもらおうか」
「部長、他の人巻き込んじゃだめですよー」
俺は部長に警告を送る。
ものすごく嫌な予感がしてきたからだ。
「だから、最後まで言わせろって、いいか、楓。今度はこちらが勝った場合の条件だ」
「俺が部長の奴隷になるんでしょ?」
「奴隷って、そこまで酷くないぞ。ただいうことを一つ聞いてもらうだけだ。-お前ら男子全員にな」
「やっぱり巻き込みやがった…」
俺は頭を押さえて机に両肘をたてた。
大体予想通りさ。
俺は楓に注意の意を込めて話かける。
「楓、落ち着いて考えろ。すでにこれは個人の戦いではなく男子VS女子の戦いになってるからな」
「負けた時の事を考えると恐ろしいな」
楓もそこんとこはキチンと理解しているようだ。
安心安心。
「でも、勝てるんじゃない?そうだ参考までに勝ったら何したい?」
男子会議勃発。
芳生の発言に俺達は声を出さずしばらく考えた後、俺と楓は同じ事を言った。
「「俺が部長になる」」
「なるほど〜、ならやるしかないんじゃない」
「楓、俺も勝てると思うぜ」
50人なんて無理無理。
これは政権交代のチャンスだろ。
だって未だ客0だもん。
娯楽ラブなんてふざけた部活に来る客なんていないだろ。
「いや、まて、落ち着け。あの部長がやる気満々なんだぞ。何か考えがあるにちがいないだろ」
「100人でもいいぞ」
部長の不敵な発言に他の女子メンバーは二人とも「えっ!」と声をあげたあと部長を制止させようと一斉に声をあげる。
「無理です!」
「無理よ!」
油断からだろうか、なんだか俺たちに星が回ってきた気がするぞ!
「安心しろって勝てるから、ところで和水、昨日頼んだもの持って来てるか?」
「え?昨日頼んだもの…。えぇ、あるわ。でもそれがどうかしたの?」
「ふふふ、これで勝率がぐーんと上がったぞ」
そんな女子会議を尻目に俺たちは相談を終わらせた。
「のりましょう!」
部長の鼻を折れる日がついに来たのだ!
「行ってきまーす」
「それでは行って来る」
「行って…ぅぅ、きます…」
嬉しそうな和水、いつもの事だ。
いたってクールな部長、いつもの事だ。
涙目の美影、…いつもの事だ。
「…どう思う?」
「そ、そんなにうまくいくはずないだろ」
俺は自らの不安を他の男子に吐き出すように問いた。
「だといいねぇ」
芳生が一人、自嘲するように呟く。
やめてよ、不安になってくるだろ。
部屋から出て行った三人の背中を、残された俺たちは冷や汗だらだらで見送った。
「これさ、思ったんだけど…」
「ん?」
「賭けの前提から男子は何にも行動出来ないんだよね」
「俺もそう思った」
芳生の言葉に楓はそう言ってすべてを遮断するように耳にイヤホンを差し込み、
「ちょっと無限で夢幻な音の世界に逃げる事にするわ」
自分の淵に逃亡をはかるように目を閉じた。
自分の状況から目をそらすなよ。
俺は机の上にたたまれた3組の制服に目をやる。
「美影、最後まで抵抗してたな」
「普通は嫌がるでしょ」
芳生が返事をしてくれた。
「でもさ、俺の時はあんなに喜んでたのに」
「雨音は部内だけだったからね」
「そうだな。それを考えると…、うん、お可哀相に…」
和水が持って来た、メイド服×3に彼女達は袖を通し、客引きに向かっていった。
メイドの格好で客引きに向ったのだ。
団体の文化祭活動の際の格好申請なんてものの見事に無視した暴挙だ。
別になんのお咎めはないと思うがせめて気にしてほしい。
和水はすぐに了承した。
美影は最後まで渋っていたが、最後には落ちた。
本当にお可哀相に。
「芳生、将棋でも指すか」
「うん」
30分後
満足そうな部長と和水。
そしてボロボロになった美影がたくさんの客を連れて戻ってきた。
この日の客入り217人。
男子の完全敗北だ。
その内、5分の4は男性客。
男はバカだ。そう再認識した日だった。
「賭けの内容はまた後日な」
メイド服を着たまま部長は声高らかに言った。
あぁ、一番は…
俺たちは、バカだ…!(BJ風)