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5(4)

大体のプロットを決めていてもそれ通りうまくいかない事が多々あります。

よく一度決めた骨組みから逸脱すると良くないと言いますがその通りかもしれません。

かといって途中から、こういうのを入れたい、というのがでてきてしまうのも確かです。


入れるべきか入れざるべきか…。


しばらく進むとひらけた空間に出た。

もっとも、ひらけたと言っても畳6畳分ほどの広さしかないのだが。


墓地を模造したその広場は赤いセロハンを巻かれた電球がいくつか点在していて、人魂を兼ねた照明となっており、段ボールで出来た卒塔婆や墓石を赤く染めている。


ここまで来ればゴールは間近だ。


隣りの空き教室を含めた二教室を使用しているので結構広めのお化け屋敷となっていたが、それも終わると思うとそれはそれで寂しい気がする。


斉藤たちのせいでひりひりと痛む背中をさすりながら、歩いていると、なんだか辺りの光景に見覚えがあると気付いた。


ここは…。


そうだ。最後の女幽霊に会うための小道で、お化け役が客を驚かせるために出て来る予定の場の一つだ。


気付いたからには、みすみす驚かされてやる事あるまい。


ここの区域の担当は俺と仲がよい奴だという事も思い出した俺は口元を緩め身構えてそこに臨む。


ひひひ、俺を驚かせようなんて10年早いぜ。甘い甘い。


人がかくれられるようになっている壁からバーンと出て来る予定で、あそこからだったな、たしか。


だったら…


相手にわざと気付いてもらうために大きく足音をたてて近付く。


相手の油断はこちらのチャンス、娯楽ラブで学んだ数少ない教訓だ。

『油断が無ければ作ればいい』By師匠(部長)。

男ならヒビらされてるだけじゃダメですよね!



そして、次に出来るだけ足音を消して早歩きでその角に移動し、相手のお化け役を逆に驚かせてやろうと、俺は声をだしながら飛び出した。


「っわ」


「きゃ」


…きゃ?


女性があげるような悲鳴がした。


そんな馬鹿な。ここの担当者は剣道部のいかつい男子だぞ。間違っても『きゃ』なんて可愛らしい声、出さないと思うが…。


俺に驚かされたその人物は後ろに慌てたように飛び退いた。


その人物に目をやって確認してみると、随分と小柄な女生徒が胸の前に手を交差させおどおどとこっちを見ている。


やべぇ、間違った、剣道部のハゲじゃねぇじゃん。


「あ、あぁ、ごめん、大丈夫?」


俺は急いで彼女に近付いて謝罪する。人違いだ。


これは恥ずかしいぞ、いくらこの可愛いらしいお化けさんがクラスメイトと言ってもまだ半年くらいの付き合いだし、俺だって全員の顔を覚えているわけじゃない。

話をした事もない人なんて仲がいい友達以上にいる。


「はい、へ、平気です」


うつむきがちだった顔をあげて彼女は答えた。


「あ」


月並みな表現しかうかばないが見覚えのある端正な顔立ちがそこにはあり…

って、美影ぇ!?

確かに脅かし係をやるとは言っていたが、いつの間に担当時間になったの!?


お化けの格好-白い着物を着ているだけだが-をした美影がそこには立っていた。


着物似合うなぁ、何着ても似合うと思うけどね。


「あ、雨音さん。もぅ、酷いですよ!いきなり脅かすなんて」


声を小さく、でも調子を荒げて彼女は言った。


「いや、なんて言うか、その、悪気は無かったんだ」


「悪気が無くてもですね、そんな酷い…」

暗くてよく見えないが頬を膨らませてあの美影いつになく怒っているようだ。

なんだろ、怒ってるんだよね?照れてるようにも見れるけど…


「ちゃんと聞いて下さい!」


ひにゃ、すみませんッ!


「いや、ほんとにごめん。美影だと思わなくてさ」


「私以外の人は脅かすんですか?お化け屋敷でお化け役の人を脅かそうとするなんて…」


やば、地雷踏んだっぽい。


「ふざけあい、というか男子のお戯れと申しますか…」


へこへこしながら言う。

大丈夫、謝るのは慣れてるさ。生憎、人との関係が不和になるくらいなら捨てる程度のプライドしか持ち合わせていなくてね。人間だれだってそんなもんだろ、しかも相手は俺の思い人だしな。


「そうなんですか、全く。男の人の考えてる事はよくわかりません…」


彼女も納得とまではいかないが一応は俺の言い訳を認めてくれたみたいだ。


「よくある話だよ。気にしないで。…ところで芳生見なかった?」


bad endを回避するために話題のレールを変える。

芳生の叫び声が聞こえないのも気になるし。


美影はうーんとあごに手をあて、考えるように視線をあげた。


「芳生さんならさっき通って行きましたよ。話かけようとしたんですけど耳を塞いで『何も聞こえない、聞かせてくれない』って呟きながらスゴイ早さで私の目の前を通っていってしまったので何も出来ませんでした」


壊れかけのレディオ?

というかもう壊れてると思う。


歌を歌いながら早歩きか、お化け屋敷になんのために入ってるのか分からなくなる挙動だな。


ん、…そういや、本当にお化け屋敷ってなんであるんだ?


なぜわざわざ金払って驚かせてもらうんだろうか、人って時々意味不明な事に心惹かれるよな。


ま、下らないとは思うけど、俺は異議を唱える立場の人間じゃないしな。


「芳生は怖いの苦手なんだよ」


無理矢理いれさせたのはちょっと悪い事したと多少の罪の意識を込めて美影に懺悔する。


「そうなんですか、確かに凄いスピードでした。もう少しで前の人に追いつきそうでしたもの」


「怖いから早々に終わらせようとしてるのかな」


まぁ、きっとそうだろう。

あんなに入る前から怯えてたもんな。


「値段分は楽しんで欲しいところだけどね」


だとしたら、俺が言えたもんじゃないけど、残念だ。


「えぇ、本当に…」


彼女は目を細くして何かに浸るように穏やかな微笑みを浮かべつつ


「頑張って作りましたからねー」


そう言って満足気にあたりを見渡し二つの瞳に赤を宿らせた。

頬も化粧をしたように赤くなっている。


その両眼はクリスマスを待ちわびる子供のようなわくわくしたまなざしの一方で大人っぽい優美さを持ち合わせていた。


普段見ない彼女が見れたようで俺は少し興奮を覚える。


「美影、何時までお化け役演るの?」

気恥ずかしさのあまり俺は下をうつむきながら尋ねた。


嬉しそうに俺たちが作ったセットを眺める彼女を見てるとなんだかあの苦労が報われる気がしたが、あまり見惚れていると不審に思われるに違いないし、会話がないと雰囲気に押し潰されちゃいそうなので俺は彼女に話かけた。


「娯楽ラブの集合時間までには終われる予定ですよ」


エントランスに、えっと、外の模擬店の食品をたべに、…集合時間は、たしか


「と、いう事は…14時か…。ん、和水はどうしてるの?」


美影と和水はペアで一緒に回る算段になっていたはずなので、美影がここにいるということは和水は一人で文化祭を回っていることになる。


それは少し可哀相だ。


「私が担当の時間になってクラスの出し物に参加する事になったんで、和水さんには、あの…」


予想通りらしい。

美影は罪悪感でも感じているのだろうか、多少言い淀んで、というか完全に言葉を窮している。


仕方が無い事だけど、美影にも都合というものがある。


「一人で回ってるのか。気にしなくてもあいつ社交性抜群だから寂しさで死ぬ、なんて事はないよ」


美影の悩みが不憫でならなくなったので、和水には積極性という新たなパラメータを追加しておいてもらおう。

ま、実際その通りだし。

和水は人怖じせずに誰彼かまわず話かける特技がある。そのスキルさえ使えばなんて事ないだろう。俺も見習いたいものだ。微妙に人見知りするからな俺。

「そうですか、それならいいのですが…」


「美影が気にする事じゃないって」


俺が判断すべき事じゃないのはわかるけど和水、俺と美影の掛け橋になると思って我慢してくれ、と、俺はいずこかにいる和水に謝った。


キャア


入口の方から女の人の叫び声が聞こえた。

すっかり忘れていたが、そうだった、ここお化け屋敷だったんだ。


美影もハッとしたように目を見開いていた。

彼女も忘れてたのだろうか、和やかな空気をかもしだすべき場所では無かった。


そういえば…


叫び声を聞いたら、今朝の部長の廊下での大声を思いだした。

『楓、そこにいたかー!』

叫びのジャンルは違うけど、逃亡者五十崎楓と追跡者柿沢秤の勝負はなかなか見物だ。


「楓はどうなったのかな」


誰に尋ねるでもなく独り言のように呟いた声を美影は丁寧に聞き入れてくれたらしい。


「楓さんですか?」


楓は部長からの逃走は成功したのだろうか。

魔王部長とペアだからな、俺だったら即刻お父さんに助けを求めるね、…とどのつまり冷たくなるんだけど。でも、ま、正体は霧だから霧、娘は柳。


「楓さんなら…、部長さんに手錠されて引きずられているのに会いましたよ」


「あ〜、捕まっちまったんだ。ま、仕方無いわな」


前より待遇が酷くなってるわな。哀れだ。


キャアァ


また、誰かの叫び声が聞こえた。さっきよりも近くなってきている。


そうだ。なにやってんだ。忘れすぎだろ。


そろそろ行かなきゃまずいだろ。


後ろの人に追いつかれちゃダメなんだよ。


いつまでもここにいるわけにはいかないんだ。


「それじゃ、美影そろそろ俺はい…」


パシャア


この先のエンディングに進む事を美影に告げようとしたら、一瞬もの凄い光が俺を襲った。思わず目を閉じたがすぐに開き目の前のデジカメをもった美影を見つける。


光の点がまだ視界に焼き付いている。


そんなものどこから取り出したんだよ。


どうやら、本物のカメラのフラッシュらしい。


「私を驚かせた仕返しです」


彼女は悪戯そうに笑いながら言った。




後ろの人に追いつかれないように歩調を早め、おもちゃのカメラを幽霊に渡すと俺をドアを開けて明るい外の廊下に出た。


廊下の騒音に耳が一瞬麻痺する。


でもなんか、楽しかったな。俺が評価する人だったら間違いなく最高ランクだよ。

問題は判定員の芳生だけど。


その芳生がしかめっ面で仁王立ちしていた。


「芳生」


機嫌悪そうにこちらを流し目でみたあと芳生はポケットから何かを取り出し俺の手の平に包み込むように握らせた。


「なんだ?四角?」


「カメラ、返し忘れたから返してきて」


おいおい最後の女幽霊がご丁寧にも追いかけて回収してくれるはずだろ。


「しょうがねぇなぁー。んでどうだった?お化け屋敷は?」


「ハハハ、そんなにいうほど怖くなかったね」


「は、そう」


白々しいもの言いで芳生が返すので思わず鼻で笑って素知らぬ顔で返事してしまった。


「さ、そろそろそろ演劇の時間だ」


「お伽話が暴走を始めるぞ!」


「なに言ってんだか…、さ、行こうぜ。体育館だったな」


俺は心の中で美影と教室に別れを告げて歩き始めた。




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