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第5話(1)

更新速度のムラは仕様です。


太陽はまだ東の山に隠れ、秋の夜明けは優雅に過ぎていく。


目覚し時計よりも幾分と早く目が覚めてしまった俺はカーテンを開けまだほの暗い外の風景を目をこすりながら眺める。

今から寝ると寝過ごしてしまうに違いないので、登校の時間まで起きておくことにした。

まだ早い秋の早朝は空気がとても澄んでいて、寒気も起こるがそんなものなど気にもならないほど、見慣れたはずの見慣れぬ光景に陶酔していたのかもしれない。温めた『午後○紅茶』を口に含み、まだほのかに残る明けの明星を眺めながら、昨日の事を思い出した。


30日。俺の開けてはいけないパンドラボックス行きの思い出が一つ増えた。出来る事ならば今日は学校に行きたくないのだが皆勤賞を狙っているためそうもいかない。

海の底で私は貝になりたい。


願わくば、今日31日。文化祭。平穏無事に過ごせるよう。

神様、本当、マジで、この通り、お願いしますッ!




「え〜、我々3組は今回の文化祭において、お化け屋敷をやることになり、この日のために我々は、余念のなきよう準備を行い、富士○にも劣らぬお化け屋敷を完成させました。お化け役の人達も放課後遅くまで残り訓練に訓練を重ね稲川淳○ばりの脅かし術をマスターされたとの事。兎にも角にも、私が言いたいのは、絶対に成功させましょう!ただそれだけです!」


クラス総務がかっこよく決めてるの尻目に俺は窓の景色に見惚れていた。

朝の空気を感じていると今朝早く見た星を思い出してきて、再び俺はその見えない星に今日一日の平穏を祈る。


頼んます!ヴィーナス!この願いを叶えてくれるのならば、一生語尾に『〜ズラ』をつけてもいいズラ!


「文化祭は15時終了…」


総務が確認としての連絡事項を伝えようとした時だった。

教室の引き戸が勢いよく開かれて、ガラリといい音をたてた。それに反応したみんなは一斉に音源の方に目をやる。

俺も例外ではなく、窓から扉へと視線をずらし、ホームルーム中にも関わらずドアを開けた来訪者の顔を見てやろうした。


しかし、俺の両目はその人物を捕らえたまま動けなくなってしまう。

よく知る人物がそこに立っていたからだ。


その人物は周りの視線など露ほど気にせず、呼んでも欲しくない名を指名し、教室に反響するほどの大声で叫んだ。


合唱コンならば100点満点だがそんな行事は俺達の高校にはやっていない。


「雨音ぇ!美影ぇ!よう、やってる?はよ、準備に行こうぜ…、って、まだ打ち合わせやってたの、…こりゃ、ごめんね、待ってるんで準備出来たら廊下に来て下さーい」


土宮芳生、その人である。


俺たちクラスの団結ムードを打ち破るためにやっているのではないかというほどの声だけを残し芳生はその場を後にした。


みんな芳生が入口から出ていった後を見送ると、すぐに俺と美影の方を向いて何も言わずに前を向き直した。

せめてなんか言ってくれ。

心の中だけで『またあのクラブか』なんて思ってるのはみえみえですから。


逆に恥ずかしくなって俺は机に視線を落とした。

机には小さな窪みがあり、練り消しと合わせる事で机上ゴルフが出来るようになっている。

高校生になってそんなバカな事やる奴がいるのかは知らんが俺が前の代からこの机を引き受けた時にはすでに彫られていた。

端っこだし目立たない位置なので気にしてはいないが。


などと至極どうでもいい事を考えていると沸騰しかけていた脳みそが鎮まってきた。


というか、こういう事が日常茶飯事過ぎて慣れたというのがあるのかもしれない。


落ち着いたらある疑問が浮かんできた。


芳生、よく俺達の居る場所がが分かったな。


只今お化け屋敷になってる1-3の教室の変わりに俺たち生徒は余っている教室を割り与えられていた。

そんな所がわかるだなんてあいつ何者だ、赤影が親戚にいるとか?


「芳生君には私が教えときましたよ」


「あ、なるほど美影が教えといてくれたんだ」


隣りの席の美影が俺の不思議そうな顔を見て察して教えてくれた。


なるほど納得は出来たが余計な事を、と心の底から思います。


ちなみに席順は教室が変わっても普段の教室と同じように座っている。


「…それじゃ、先生、何かありますか?」


総務がこちらを流し目で見てから担任に尋ねた。

あー、総務、俺らの事は気にしないでやってくれ。


「んー?ない、適当にやってくれ」


担任のテキトーさがほとばしる。

担任の竹中先生はなんでこの職業選んだんだ、っていうくらいの文字通り反面教師で、あきれるほどの無気力だ。


そんな先生だからこそ生徒の自主性が育てられるといったところだろうか。


いつも通り先生はまた居眠りを始めた。こいつに金払ってると思うと腹立ってくるね。

そんな俺らを今まで引張って来てくれたのが総務だ。総務が俺たちにとってみては先生のかわりみたいなものなのである。

言っとくけど、俺、結構お前の事尊敬してんだぜ。


今朝のホームルームは文化祭という事もあり担任に変わって彼が執り行っていた。


「それでは9時30分からの生徒公開に向けて、再度打ち合わせを…」


ガラリ


扉がまた音をたてて開かれた。

嫌な予感が頭を過ぎる。


「美影ぇー、行きましょー、あら、雨音、おはよ!悪いけど今はあなたに用はないのよ、今用があるのは美影の方なの、ほら私達ってペアじゃない、だから一緒に行きましょ…って、まだホームルーム終わって無かったのね、これは失礼、おほほほ」


突然教室内に響いたのは我らが娯楽ラブメンバーが一人、水道橋和水の声である。


和水は教室いっぱい声を響かせた後、扉を閉めて廊下に引っ込んだ。


またさっきと同じようなクラスメイトの視線と失笑を受けた俺と美影は先ほどの俺と同じようにうつむいた。


そのまま美影は独白するように呟く。


「な、和水さんにも私が教えておきました…」


「そっか…」


今度から芳生と和水には気をつけよう、そう二人で顔を見合わせた。


「う、打ち合わせを…」


総務は黒板の前で言い淀んでいる。

頑張れ総務!

俺にはここから応援する事しか出来ないけど心の底からそう思うぜ!


ガララ


また、音がした。

あ、こんにちは、部長


今、俺泣いてないよね?

恥ずかしさのあまり冷や汗を目からだしそうだよ。


ドアには部長が立っていた。彼女は息をきらせて扉を開けると俺たちと目が合い声を大きくあげた。


「美影!雨音!楓知らんか!?あいつ、逃げやがった!…って、まだホームルームやってるのか?全くちんたらと、案ずるより産むが易しだ!それでは!」


ガララ

さよなら、部長。


廊下のほうから

「楓、そこにいたかァッーー!」と部長が叫びながら走って行く音が轟いた。


「私が…、部長に、…その、ごめんなさい…」


「美影は悪くないよ、ただ謝るなら俺に謝るより総務に謝ってあげて…」


「…打ち合わせ、しましょう…」


なんかごめんな、総務。






「おっそーい、待ったわよ!早く行きましょ!」


打ち合わせも終わり、脅かし係第1班に混じって廊下でた俺と美影に和水が元気いっぱい近付いてきた。


「すみません、ホームルーム長引いちゃって…」


「そんなの見ればわかるわよ、いいから行きましょ、私達は2年生担当よ。それじゃ芳生、雨音、また14時にエントランスで会いましょうね!」


14時から娯楽ラブは全員集合して今度は外で行われている模擬店の料理を食べる事になっている。


和水は美影の手を掴み、そのまま廊下の奥へと姿を消した。

それを見届けてから俺は横に立っていた芳生に話かける。


「芳生、俺らもいくか」


「それじゃ端っこから行こうよ」


「うい〜、俺らは一年生だよな」


文化祭開始5分くらいだからだろうか、学校の廊下はまだそれほど騒がしくないが、

いつもの学校に比べたらどことなく浮ついているように思える。

歩いてしばらくするとすぐに行き止まりに行き着いた。

それは一階廊下端ということだ。


すぐそこの教室が早速出店しているらしい。


「芳生、ここは?」


「クラブだね。えっと、バードウォチング部、だって」


バード、鳥を見るための部?

入口に立てられている看板を見つけた。確かにバードウォチング部と書いてある。


…うわぁ、つまんなそー、そんな鳥の事を観察して何が楽しいんだよ。


そんな部活うちにあった事も知らなかったよ。同好会の間違いじゃないの?



「…入んなきゃダメかな?」


出来る事ならこんなとこスキップして早く隣りの理科部でベッコウ飴とかカルメ焼き作って食べたいぜ、人工イクラってのも気になるし、プラバンとかスライムとか、この歳になっても心踊るイベント尽くしじゃないか!


鳥なんかより、そっちのほうが数十倍楽しめるって。


「全部調べろって部長の命令だからね。我慢我慢、さ、入ろ」


「はぁ、やだやだ規則にガチガチの人って融通効かないんだから、こんなの見る前からつまらなかったで終わりじゃん」


「わからないよぉ、もしかしたら楽しいかもしれないじゃん」


「ハッ、鳥で俺が興味そそられんのは焼き鳥だけだぜ、早く外の模擬店で食いてー」



芳生に半ば引きずられる形で仕方が無く俺はバードウォチング部に突入した。


それから10分。


俺はさめやらぬ興奮を覚えていた。


「やべぇ、楽しい!なんだよ!うちの学校にこんなに楽しい部活あったのかよ!」


バードウォチング部、素晴らしい!


口からは賞賛の言葉が滑りでる。

立て板に水、ホースの水が途絶える事がないかぎり、俺の熱弁は続くぜ。


「翼の造型美、色鮮やかな羽毛、多種多様なくちばし、美しい調べ、旋律、鳴き声だけでも丸一日語れるよ!」


「みてみて雨音、このヒバリのポストカード、イカしてると思わない?部員の人に見せてもらった鳥の鳴き声がでるあの笛ほしーい」


確かにあの笛スゲーよ!

それに画材とかもあって俺にみたいに絵心が無くても一枚描きたくなってくるね。


「娯楽ラブなんてよしてあっちにはいっときゃよかったぜ!トラツグミなんて俺好み!カワセミが可愛いらしい!」


「ワンダーフォーゲル部も兼ねてるなんて凄いよね!一石二鳥だと思わない?鳥だけにね!」


「くっだらねぇけど、座布団一枚ッ!」


今の俺ならどんな下らないギャグでも座布団大盤振る舞いだね。

テンション上がってきたー!


もうね、10分前の俺を小一時間叱り付けたいよ全く!


「さ、次はお待ち兼ねの理科部だね」


「理科部?それはいいからもう一回バードウォチング部に行かない?」


「もう、ほら行くよ」


「また来るよ!来るよ!必ず行くよ!会いに行くよ!この自然界ィィ!」




理科部は予想通り楽しかった。だけど、なんかが物足んないんだよなぁ、なにかが…。


俺は出来上がったスライム(S)の入ったフィルムケースを振りながら、その何かについて考える。


いまいち俺の趣味に合わなかったのだろうか、ま、戦利品あればいいよな。

カルメ焼きおいしかったし。


とりあえずこのスライムの名前は『スラ坊』にしとくか。もちろんカラーはブルーだ。


「楽しかったね〜、見て僕のスライム、なんか光沢があるよ」


「芳生のスライムは赤色か、ベスだなベス、亜種だ亜種」


「む〜、なにさ。そんなに言うなら雨音のスライムちょっと貸してよ」


別に悪口じゃないのに。

俺は素直に芳生にスライムをわたした。


それを受け取った芳生はフィルムケースのフタを外して手の平に出し、それを上に掲げては、んにょ〜ん、と伸ばし、べちょ、と潰してを繰り返している。


「何がしたいんだ、お前は?」


「こんなスライムなんてこうだこう!てりゃ」


赤いスライムと

青いスライムが


「ぬあー!なにやってんだぁ!」


配合ッ!


紫スライム(M)爆誕!!


「んななな…、スラ坊…」


スラぼうはみるみるあかいスライムにとりこまれていく!

コマンド?


→こうげき どうぐ

ぼうぎょ にげる



「やめろー!そいつは健やかなる時も病める時もスナスナの実で水分を取られたみたいにカラカラになるまで、そばにいるよ、って決めてたのに!憎き赤スライムめ!」


「ふふふ、誰も僕を止める事は出来ない!」


「ピエールやってやってくれ、うりゃ!とりゃ!」


「ミス!」


「なんだとォ!スライムのくせに自重しろ!」

!」


「なんだとォ!スライムのくせに自重しろ!」


「ぷるぷる、ぼく、わるいスライムだよ!」


「ちきしょー」


「パパー、パパー、ベイビースライムだよ!パパー、パパー」


「くそ、俺のスライムを奪った事から憎悪しか浮かばんわ…、いくら息子でも愛せないッ!」


「娘です」


「知るか!」


そんなテンションのまま次の出店に移動する。

周りからの好奇な視線も今日文化祭という日に限っては限定、分散されるのだ。


てか、廊下にいる人達のほうが面白い。


馬のマスク、獣耳のカチューシャ、ゾンビなんでもありだ。

カオナシとスクリームのストリートファイトなんてのもやってるし。


「そういえば今日、ハロウィンだね」


「おう、そうだな」


はっきり言うと、俺はハロウィンがあまり好きじゃない。日本でいう盆にあたるこの日を騒ぎ倒すというのを好めないのは俺が生粋の日本人だからなのだろうか、まぁ、騒ぎたい人は騒げば?ただし他人に迷惑かけんなよ。みたいな感じだ。

従って芳生への返答もそれに伴いぶっきらぼうになってしまうのも致し方有るまい。


「雨音はお化け役やらないの?」


「ハロウィンからいきなり俺のクラスについてか?やらないよ」


「雨音ならノーメイクでやれるのに」


「…どういう意味だ?あぁ?」


「…顔面にハンディキャプ負って生まれて大変だなって」


「…」


「いや、冗談です」


さ、次のクラスに行こうか。



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