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(5)


電話の前に来たとき、ちょうどチャイムが鳴り響いた。

どうやら昼休みが終わったらしい。あたりはガヤガヤとしだし、生徒たちはみな教室に戻ろうと急ぎ足だ。


「雨音、お前は戻れ」


携帯電話(ほんとは持ち込み禁止だけど)によってほとんど使われることのなくなった緑色の学校電話の受話器を持ち上げて部長はこちらを振り向かずに言った。


「まだ時間に余裕はあります」


「チャイムが鳴ってるのにその発言はないだろ」


今や珍しいテレホンカードを財布から取り出し、挿入、ウィンとカードが機械に吸い込まれていく。表示された残り使用回数はMAX50だった。残量は充分である。

メモを見ながらキーをたたく。


「5分あれば教室に戻れますよ」


部長はなにか言いかけたようだけど、グッと言葉を飲み込んで、電話口の音声に集中しはじめたようである。

しばらくの間、何も言わずに立ちすくんでいたが、

何秒か経った後、おもむろに受話器を置くとガッカリしたように呟いた。


「留守だ。平日だし、仕事だろう。たしか先輩は父親と二人暮らしだったからな」


ということは今は一人暮らしということになる。たしかに今日は週はじめ、いくら息子の一回忌とはいえ、会社を休むわけにはいかないのだろう。それにその分の法事は先週に済ませたそうだから尚更である。


「ど、どうすれば」


手詰まりだ。

唯一の目的が、潰えた。なにもすることがなくなった。


「大人しく、美影が帰ってくるのを、待とう」


「そんな…」


簡単に帰ってくるとは思えないから焦っているんじゃないか。帰る場所を作っているような人が友達に写真を残して行くとは考え辛い。いや、それこそ杞憂なのかもしれないけど。


「とにかく我々がこんなにうろたえていても仕方ない。一旦落ち着いて教室にもどろう。そもそも命日に無断早退したくらいで考えすぎなのかもしれんしな」


「それは確かにそうですけど」


「焦るのは私の仕事じゃない。美影だっていらん迷惑だろうよ。ちょっと気分転換に出かけただけで、大事にされたら。神妙になるのは違うだろ」


それは俺も思っていたことだ。

ただ単に美影がふらっと早退しただけで、俺たちが心配しすぎるというのもおかしな話で、そういうのは本来家族とか教師がすることだ。ただの友達がすべきことじゃない。

学生は学生らしく自分のことが手一杯といった様子で目先の期末テストに頭を悩ませていればいいのだ。


「でも、ただの気分転換なのに写真を置いていったりするでしょうか、これじゃまるで、」


立つ鳥、後を濁さず…

いやな言葉が浮かんだ。どこに行こうというんだ美影は。


「……ふん。たかが写真、たまたま今日渡したかっただけなんだろう。げすの勘ぐりだ。下らない考えを抱く分だけ脳の容量が無駄になるぞ」


「下らないって、」


「いいからお前はさっさと教室戻れ。そうこうしている内にもう授業開始五分前だぞ」


「…ええ、そうですね」


俺と部長は少しだけ早歩きで階段まで行き、

「じゃあ、また部活の時に会おう」

そこで別れた。

一年と二年では教室のある場所が違うから当然である。

人が少なくなった廊下をトボトボ歩きながら、もう一度考えた。


美影がなんでいなくなったのかを。


さっきまでいくら考えても答えが出なかったけど、今はすっかり真実にたどり着いている。

実の兄貴の命日だから。そんなバカな頭を殴りつけたくなる答えだけどもうそれ以外に考えつかない。


いやだ。

そんな答えは認めない。

否定を繰り返しても、やっぱり行くつく先は、『春野優人』という故人だった。


そもそも彼はなんなんだ。

部長の好きな人で、

美影の兄貴。


ズルい。我が部アイドル2人から慕われてだなんて。

それでいて、勝手に死んでしまうだなんて、卑怯だ。

こんな格差はあんまりだ。


部長が誰かのためにアレだけ必死になるくらい、心を奪っていった春野優人。

会ったことないけど、会ったら間違いなく、「あなたは幸せですね」と言ってしまうだろう。

春野優人と名前を出すだけで部長の瞳は潤み、

彼とまわったという文化祭の悲劇を思いだすだけで、怒りに震えるのだ。


さっきだって、先輩の個人情報を得ようと、彼女は必死になっていた。

泣き叫んだんだ。

俺がどれだけ境地に追い込まれようと、部長の鉄面皮を崩すことなんて出来ないだろう。

柿沢秤は、春野優人が好きだったから。


電話をかけるとき、少しだけ泣きそうになっていた。部長は泣き虫キャラじゃないんだぞ。いとも容易く泣き顔を見せるような人じゃないんだ。

今はだいぶ落ち着きを取り戻したみたいだけど、それでもあの時はすごかった。


きっと、教室に戻っても金谷先輩とか友達とかに普段通り接するんだろう。さっきまで号泣してたのに。


くくっ

笑いが口から漏れた。

あんなレアな部長を見れるなんてある意味俺は運がいいのかも。


でもやっぱり部長はすごい。

あんなにすぐに切り替えができるだなんて。

俺は未だにズルズル美影の事を考えているのに。


「あ、」


足を止めていた。

教室に戻ろうとする部長の姿が瞼に蘇る。

切り替えができていた?


もう一度考えてみたら、冷静になっていたのは口調くらいで、表情は相変わらず暗いものだったことを思い出した。

そうだ。

その睫毛はやっぱり濡れていたんだ。


わかった時、俺はもと来た道をダッシュで引き返していた。



「部長!」


肩で息しながら、教室に戻ると言っていた彼女に声をかける。走ってたどり着いたのは、今朝美影と別れたエントランスだった。

そして、俺が部長に、クラブに勧誘されたところ。立場があの時とは逆に、今度は俺から部長を呼び止める。


「雨音!?なんでお前、」


「部長まで、どこに行こうと言うんです?」


「……」


部長は何も答えてくれず、外履きに履き代えた靴先に視線を落とすだけだった。すぐに出て行こうとガラス戸にかけた手を動かさない。

何が教室に戻るだ、嘘じゃないか。


「一人で、春野先輩の家に行こうってんですか?」


「……」


部長は答えない。


「授業、サボって、美影を探しに行こうとしてるんですよね?」


「……ああ」


バレバレか、っと言ったように部長は息をはいた。

ギュッと俺はズボンの布を握る。


「…俺も行きます」


「何、言ってるんだ」


「だから、俺も美影を探しに行きます!ちょっと待っててください、すぐにローファーに履き代えてきますから」


「できるわけないだろう!」


部長は半ば怒鳴るように俺に叫んでいた。


「お前は戻って授業を受けろ!皆勤賞狙ってるんだろ!?」


「そんなもんいりません!卒業式の日に休んで『皆勤賞、表雨音!…本日欠席です』って言われたいだけですから!」


「下らん夢を語るんじゃない!お前まで休んだら問題が大きくなるだけじゃないか!」


「関係ありません!美影は俺に写真を渡したんだ!俺が探しにいかなきゃダメなんだ!」


胸ポケットに入った写真。

被写体は俺で不意打ちで撮られたものばかりだけど、合宿の時の集合写真だけ、撮影者である美影が映っている。

その彼女が、

あの時は楽しそうに笑っていた彼女が、

わざと顔を隠すようにしていただなんて、横にいた俺は気づけもしなかったんだ。


「だから、部長!俺が美影を見つけださなきゃいけないんです!俺がッ!」


人がすくなくなければ注目を浴びていただろう。

我を忘れて叫んでいた。

間抜けな高校生に目を向けるのはただ一人、部長だけだった。


「……私はこれから先輩のお墓に行くつもりだ」


「部長?」


やがて部長は俺の言葉に答えてはくれず、ゆっくりと独白するように目的地を告げた。


「雨音お前は残って、朝美影と会った同級生から話を聞いてくれ」


「部長!」


それじゃ、俺は美影を探しに行けないじゃないか!


「それで、ついでに私の担任に、柿沢秤は気分が悪くなって早退したと嘘いっといてくれないか?」


「え、嘘を?」


「そうだ。無断早退はみんなの心配をかって迷惑かかるからな。そう言っとかないと後々面倒だろう?まったく美影はそこらへんの気遣いが出来んとは、まだまだアマちゃんだな」


大仰にため息をついてやれやれと両手をクイっと上げる。

演技くさいその仕草が、堪らなく似合っていた。


だけど、彼女はやっぱり俺に待っていろと言うのか。


「部長の権限。部長の命令には絶対服従。……今はそんなことどうでもいいがな、雨音」


「はい」


「お前まで無断で早退したら、誰が私の早退を先生に告げるんだ?私はさぼり魔にはなりたくないんだよ」


だけど、

と言いかけた口を閉じる。

部長が目で俺に語りかけてきたからだ。

泣いてはおらず、表情は凜としたものに変わっていた。


「…わかりました」


「それでいいんだよ。美影のことは心配するな。今に私が見つけだして見せるから。なぁに私の中学生の頃のあだ名は『失せ物キャッチャーはかりん』だったからな。ああ、それはそうと部活のみんなにメールしといてくれ、今日部活動あるから、と」


ニカッ、と意味不明な座右の銘をのたまって部長は扉を押して外に出ていった。

俺はその背中に「おねがいします」と頭をさげるだけだった。

失せ物キャッチャーだかピッチャーだか知らないが今はその実力に賭けるだけである。嘘だろうと、部長を信じるだけだ。






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