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作品の世界観を壊さないために、明らかにフィクションが含まれる表現は出来るだけ避けています。
この小説のコンセプトは『有りそうでない、逆もまたしかり』(今きめた)というわけで。
廊下の相変わらずの喧騒に混じって、一定のリズムを刻む大きな足音が響いているのが聞こえる。
なんだよ、うるせぇな。
俺は今から夢の中でトキメキメモリアルすんだから邪魔すんなよ。
「君さッ!」
ガタン
大きな足音を響かせて何者かが部室に入ってきた。
金谷先輩が出て行ってから10分も経っていないはずだぞ。
入って来ていきなり大声をあげたその人物は俺に歩みよる。
その声に驚いてビクリと体がふるえた。
「君…」
なんなんだ…、誰だよ…、
オレの側に近寄るなぁ!
「俺の事、知らない?」
この声は、
金谷先輩!?
なんでまた…来てるんすか…。
しかも、来て早々、これって運命じゃね?級にわけのわからん質問してきてるし…。
「いや、知らないッス」
「ッス?」
「知らないです!」
危なッ!一瞬素で答えちゃたよ…。
「本当に?ちょっと顔あげてくれないかな?」
そんなのになんで拘るんスか!?
「いや、えーと」
俺は机に顔をふせたまま近くに寄って来ただろう先輩を見ずに返事する。ここで先輩と目を合わせたら、俺が表雨音ってバレてしまうんじゃないだろうか?
かと、いってこのままだと言うのもおかしな話だし…。
「どうしたの?」
「お腹痛いんです…」
こういう時の常套手段、腹痛!
これならば顔をふせているのも不思議じゃあるまい。
矛盾なきよう俺は手で腹を押さえる。
「痛い痛い」
「え、大丈夫?保健室の先生呼んでこようか?」
「あ、なんか、引いてきた。あ〜、気分爽快だ。快調快調ー」
ダメだ。
このままじゃ大事になってしまう。
「ほんとに平気?」
「はい…」
誰か俺に怪盗ばりの変装術をレクチャーしてくれ…。
俺は嫌々ながら顔をあげた。
「あ、やっぱり…」
「何がやっぱりなんですか?」
先輩は俺の顔に何かついてるかのように凝視した後そんな言葉を漏らした。
「君、前に俺と会ったよね?」
先輩は俺を見つめて何とも意味深な一言を放った。
昨日もその前もそのまた前も顔を合わせてますよ、なんて口が裂けても言えるはずなく、先輩は俺の次の言葉をジッと待っている。
まさか、バレたのか…
気分がどんどん落ち込んできた。
「いや、知らないです」
俺は否定した。
これも全部部長のせいだ。部長が好事家なばかりに俺の立ち位置がどんどんおかしな方向に向かっていっちゃたんだ。
部長、恨みますよ…
「えー、本当に前に一回会ったじゃん、覚えてない?」
…ん
…まてよ
これが部長を知らない人が俺を見たらただの変態と思うかもしれないが、部長の事を知っている人なら今の俺の格好も笑い話にしてくれるんじゃないか?
先輩は部長と同じクラスメイトだから知ってる人じゃないか。いくら猫かぶりの部長でも、根本は同じ部長だから問題ない、…はず。
部員じゃないけど別に俺の言い分を認めてくれるに違いない。
そうだよ!楓みたいにドンマイって言ってくれるに違いないよ!
「会いましたね!」
俺は素直に先輩の言葉に同意した。
バレても構わないと思った瞬間、どこからか悪戯心が芽生えてきてギリギリまで粘ってみようって気になってきた。そう簡単には教えないぜ。
「だよね、2週間前くらいの放課後、俺が委員会で少し遅れた時にさ」
2週間くらい前?
あれかな、美影が転校してきた時の話かな?確かに放課後に会ったよな、たしか。
全く、先輩も意地が悪いぜ。
もう分かってるくせに知らないふりするなんてな。
「はい」
「それで廊下で寝てたんだよね?」
「はい?」
廊下で寝て?
なんの話をしてるんだ、先輩は?
俺そんな事したっけ?
いや、するわけねぇだろ。
それやったんだったら俺は頭のネジがゆるんでる人だぞ。
「校舎も結構暗くなっててさ、俺も最初お化けかと思ってびっくりしちゃたんだよ」
「…え?」
先輩は俺を誰かと勘違いしてるんじゃないのか?
俺に暗くなった校舎内で寝る趣味なんてないぞ。
「それで、君、名前なんていうの?」
「名前ですか!?」
ヤバい!今更俺の正体が実は表雨音でしたー、なんていう雰囲気じゃないし、何より先輩は俺を誰かと勘違いしてる。
そうだ。
素直にその校舎で寝てたバカは俺じゃないって事を言って今の女装した俺はこれまた別の女生徒だって事にしてもらおう!
「イズミとか?」
「和泉式部日記…」
「え?」
しまったぁあぁあ!
先輩の言葉でさっきのクロスワードの答えを思いだして思わず呟いちまった!
イズミって誰だよ!?
なんてバカな事したんだ俺!
「和泉式部日記、さん?」
「いえ、和泉式部、いや、和泉式です!」
「和泉式さんか!変わった名前だね!そうだ、これ忘れてったでしょ。さっき、君に会った時に思い出してロッカーにしまってたの持って来たんだ」
先輩はそう言うとポケットから白いハンカチを取り出して俺に渡した。
この、ハンカチ…見覚えあるぞ。
俺は先輩の前でハンカチを広げて右斜め下に書いてある名前を見つけた。
『和水』
ナゴミじゃん。
そういえばあいつハンカチ落としたって言ってたな。
先輩が拾ってたのか。
「ありがとうございます」
俺は一言お礼を告げると制服のポケットにそれをしまった。そもそもこの制服は和水のだからな、一石二鳥じゃん、俺の渡す手間も省けるしさ。
お、そうなると先輩は俺の事和水と勘違いしてるのかな。
なんだよ。だったら大した問題じゃねぇじゃん。和水だったら今、教室でバカやってんだからそっちにあなたの思い人はいるって教えてやりゃいい話だ。
「水道橋和水さんを御存じですか?」
「急に何?すいどう…?あぁ、知ってるよ、明るい元気な子でしょ?」
聞いてはみたけど、…はにゃ、先輩と和水は面識ないと思ったらあったのか。
じゃ、誰と俺とを勘違いしてるんだろう。
「それじゃ、裏美影さんは?」
「知ってる知ってる。転校生でしょ。会った事あるもん」
「それじゃあ、…」
俺はその後も知ってる女生徒の名前を何人かあげていったがこれといって特別な反応を先輩はしなかった。
先輩の中で俺は【和泉式】らしいが本当の【イズミ】ってのが誰か俺には分からない。というか、一年生にイズミなんて名前の人いたっけ。
「本当にどうしたの?急にそんな事聞いてきてさ」
「いや、…別にー」
どうやら俺の知らない一年生女子らしい。
まぁ、俺が知ってる女子なんてたかだか全体の2割いくかいかないかくらいだろうけどね。
「へっくし」
「大丈夫?」
「え、はぁ」
くしゃみがでた。
ブレス、ミー。
女子の制服ってスースーしてなんか寒いな、下着はトランクスだけど。
ってか、この人(金谷先輩)いつまでいるんだよ?
あなたの捜してる本当のイズミは俺が後で好奇心から捜しといてやるからそろそろ帰ってくれないだらうか、これ以上いられたらいつボロ出すか分からないし、芳生とか和水が帰ってきたら簡単に『雨音ー』とか言っちゃいそうで怖いよ。
「帰れ」なんて言えないしな。
かと言って、俺が部室を出て出かけるにしても知り合いに会って即刻嘲笑の的になってしまうかもしれないし…、
ジリ貧だ。
「和泉さんは娯楽部員なの?」
「いやぁ、そうと言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうだし…」
今の俺の立ち位置は何とも中途半端な宙ぶらりん。
このまま嘘を貫き通すのもだるいし、ならばいっそのことここですべてを吐いて楽になるって選択肢もある。
…どっちに転んでも地獄だ。
「え?どっちなの?」
「イレギュラーです」
「イレギュラー?えっとそれは…」
「つまり野球でいうポジションベンチ、二千円札、孫の手、ドラシエル、トルネコ、ゴリドラス、ヤマトヌマエビ。いてもいなくても変わらないけど別にいてもいいんじゃない?っていうのが俺の、いや、私の立場です」
ゴリドラスやエビは水槽の掃除をしてくれるんで役に立つのが俺に残された最後のプライドだった。
「はぁ、苦労してるんだね」
「そうなんですよ!大体、いつも汚れ役ばかり押しつけて。私だって色々と忙しいんですよ!」
「部長って、柿沢秤だよね?あの秤がそんな事するとは思えないけどなぁ」
そうだった、金谷先輩は秤部長にホの字なんだった。
あばたもえくぼ、恋は盲目、しかし、騙されてはいけない!彼の目を覚まさせる意味でもビシッと言ってやらなくては!
「あなたはあの人の正体を知らないんです!」
「へ?あの人って秤の事?」
「はい、猫かぶりの女狐なんですよ彼女は、まったく私の気持ちを少しも慮らないで…」
「そんな事ないぞ!」
俺が先輩に愚痴を零しているとそんな事を言いながら、バックグラウンドミュージックに廊下の喧騒を巻き込んで、ノックもせずに、部長が転がり込んできた。
って、部長ぅおぅ!?
今、一番聞かれたらまずい人が乱入してきちゃたじゃないか、完璧に聞かれたよな?俺の陰口…。
「秤!?」
思いがけない部長の登場で先輩も目を丸くしている。
「私はあなたのいいところちゃんと知ってるわよ」
来て早々に可愛らしくウインクしながら彼女はそんな言葉をはいた。
「え?」
「私はあなたが両親思いの事ちゃんと分かってる」
何を根拠に…。
部長は可愛らしく胸に手をあて瞳をとじて言った。
「あなたが最後まで【パパスの剣】で挑んだ事もエンディングで泣いた事も、ちゃぁんとびびっとなにからなにまでお見通しだ!」
なんで知ってんだー!?
な、なんなんだこの人の情報収集能力は…、もはや超能力の域に達してんじゃないか。それ中学の時の話だし…。
俺は何も言えずに気が付いたら口をパクパクと空気を求める金魚のように動かしていた。
「は、秤?急にどうした?」
そういえば、部長は部活以外では猫かぶりなんだった。
いつもの柿沢秤と違ってるんで金谷先輩はどうやら戸惑っているらしい。
「あら、金谷、なにやってんの?」
「いや、彼女に忘れ物を届けに」
「彼女?彼女ね…ふ〜ん」
ヤバいぞ!部長が何か企んでる、ここは会話を逸らさなくては。
「ぶ、部長は何しに来たんですか!?」
「出し物でカラーマジックペンが必要になってね、部室にあるのを思い出して取りに戻ったわけ」
棚まで歩きながらそう言うと、一式が入った箱を掴み、部長は俺と金谷先輩を改めて見返した。
含み笑いが不気味だ。
「それじゃ、私は帰るわね、金谷、イズミちゃんに手を出しちゃダメよ」
イズミちゃん!?
その呼び名を知ってるって事はだいぶ前から俺達の会話に聞き耳を立てていたことになるんじゃないか。
やば、恥ずかし!
顔が紅潮してきた。頭から湯気がのぼりそうだ。
…金谷先輩を俺みたいになっていた。好きな人にそんな事言われたらダメージあるよね、心中察します、同情はしないけど。
「お、俺も帰るわ、秤」
誤解を解くためか、金谷先輩は別に彼女(俺)には気がないんだよアピールを部長にし始めた。あからさま過ぎてうけるわ。なんつぅか、滑稽。
「あらそう。いいのよ、別にゆっくりしていっても」
「いや、落とし物も届けたし、もう用は、…ないから」
「ふーん、それじゃ教室に戻りましょ。そういえばあんたなんでここにいたの?」
「土宮に図書委員のオススメ本の冊子が出来たから渡そうと思ったんだけどいなかった。そしたら彼女がいて、前に会った時に落とし物してたの預かってたのを思い出して返しにきた。それだけだぜ」
最後のセリフを特に強調して金谷先輩は部長の横に立った。
「ま、前に?彼女に、会った?」
部長は歩みを止めて突っ立った。
先輩の言葉で引っ掛かる所があったのだろうか、なぜか表情はみるみるこわ張って行く。
…なんで、そんな狐に化かされたような顔してんだ。
「あ、あま…、いや、イズミ?」
「なんす…、えっと、なんです?」
「お前、前からそんな趣味が!」
「ありませんッ!!!」
そんな、女生徒の制服来て、校内を徘徊するようないかがわしい趣味は、断じてッ!
その後、2、3言会話を交わした後、さながら倦怠期のカップルのように二人はでていった。
部室に一人残された俺は深い深〜い溜め息を吐いて、もう一度机にふせた。
眠ろう、こう世知辛い世の中じゃ眠っている間だけ安穏とした時を過ごす事が出来るんだ。
夢の中の美影とラブラブするため、俺は重たい瞼を閉じた。
夢から覚めた、夢の、また、
夢…グゥ〜