35(5)
なんだかんだで前書きを書くのはこれが最後になると思います。コメディパートは35話で終了、お世話になりました。
思えば一年と半年、長かったような短かったような……
話数としてはありえないほどの大ボリュームになってしまったんですが、やりたいことはやりつくし、一抹の後悔も残っていません。
当初の予定として第15話あたりで終わらせるつもりだったんですが、『彼ら』の世界があまりにも心地よく長く滞在しすぎたようです。
冗長とは自分も感じてはいますが、これだけ文を綴れたのはひとえに応援して下さった皆様のお陰。読んでくれたあなた様に、エンディングロール最後の『AND YOU』を送りたいと思います。ありがとうございました。
と、まだ終わってもないのに締めに入ってますが、話は本当に『あともうちょっとだけ続くんじゃ』。
とにもかくにもあれだけ苦しめられた前書きが終わると思うと少しだけ寂しくはあります。後はもう後書きを書くだけ。なぁに、もうすぐさ、と言っておく。
また会う時が来るかはわかりませんが、その時までこんな前書きがあったという事を覚えていてもらえると作者冥利につきます。
さ、あと『12』話分。
最後最後と言っといてまだ続くのか、という感じですが、読んでくれると嬉しいです。
明日には更新できる、かと。ちなみに次回からこのコーナー、『前書きウォーズ』が始まります(嘘)
女心と秋の空。季節は肌を突き刺すような冷たい空気の冬だけど、今の状況にはその慣用句が一番しっくり来ていた。
部長がバンドをやめてハモろうとか言い始めたのだ。あれだけバンド活動の件を盛り上げといて何という変わり身の速さだろう、と呆れさせられる。
俺としては、キーボードという難行をしなくなるので万々歳なのだが、しかし、散々乗る気だった和水はやはり面白くないようだ、噛みつくような勢いで部長に食ってかかっていった。
「話が違うじゃない!」
何事にも真剣に取り組む、とかほざいてた部長のあるまじき行為にさすがの和水も怒鳴らずにはいられないようだった。
俺からしてみたら部長の飽きっぽさに感謝というところだが。
「ヴォーカルの件はどうなるのよ!」
…そっち?
部長は和水の怒りにしばしの間無言になったが、しばらくしてから気にした風もなく、優しく悟らせるような感じで和水に語りかけた。
「ハモりというのは楽器を使わないというだけだ、ヴォーカルは必要要員だから問題ないだろ」
「あ、そうなの。ならいいわ」
いい…のか?
俺がいうのもなんだけど、部長も和水も意志薄弱だな。貫き通す信念というのが足りない気がする。
「良くないよ!」
そうは思っていてもバンドより、ハモリの方がダメージが少なくてすむので黙りを決め込んでいる俺に代わって芳生が叫んでいた。
「ど、どうしたのよ芳生。そんなにいきり立って…」
「和水、君にはガッカリしたよっ!二人のドラマーとしてバンドを盛り上げていこうとスポットライトに誓ったのを忘れたのかいっ!」
あぁ、そうだったな。和水はヴォーカルだけではなくドラムを兼業していたはずだ。というか先に決まった分、寧ろこっちが主だし。
芳生の言い分をまとめるとこうだ。
バンド活動の話の時では、芳生とドラムを二人で叩き合う仲だったというのに、その信念を簡単に捨てていいのかッ!?
その和水のテキトーっぷりに、眉を吊り上げて怒っているようである。
「ひゃ!そ、そんなこと言ったって、こっちの方が面白そうなんだもん」
芳生は肩を掴んで和水を軽く揺すっている。和水はそのセクハラ行為に汗を垂らしながら、焦ったように言い訳を開始した。
「私だってドラムやってみたかったけど、楓にやられっぱなしも癪だしさぁ」
「関係ないよ。信念を持とうよ!ドラムに!」
「うぅ〜、だってぇ……」
「だってもそってもないよ!」
「心配ないさ!」
突如として部長が、ライオンキングの芸人みたいな叫び声をあげながら、文字通り二人の間に割って入っていった。
喧嘩の仲裁でもする気なのだろうか。どちらかと言えば火に油を注ぐ事が多い彼女には何も期待しないのが一番なのだが。
「ふふふ、ボイスパーカションの別名を知ってるか?」
「「は?」」
二人の間に挟まれた部長はカッコ良くニヒルな笑いを浮かべながら、議題と関係ない質問を二人に訊いた。その質問に和水が考える間もなく即答する。
「ボイパー」
「それは略称だ」
部長は和水の答えに落第点を与え、しばらくの間、他の答えが上がるのを待っているようだったが、和水も芳生もただ黙って頭を捻らせているだけなので、痺れを切らしたらしく、最後には自ら解答を明らかにしていた。
「正解はマウスドラムスだ」
「!」
「な、そ、それって…部長っ!?」
へー、そうなんだ。
予想通りといった反応に部長はほくそ笑むと、さらに詳しいうんちくを披露し始める。
…というかあの二人はなんでそこまで驚いた顔しているんだろう。
「ああ、そもそもボイパーというのは打楽器音を口で表現する事だからな、ドラムに通じるところがあるんじゃないか?」
「ドラムに通じる……」
部長の一言に雷にでも撃たれたように衝撃を受けたらしい芳生は、しばらく動きを停止していた。
一方和水はというと拳を握りしめてしきりガッツポーズをしている。
俺には彼女の行動の真意は分からないけど、どうやら嬉しいということは分かった。
そんな猿みたいな行動を取る和水の正面で相も変わらず身動きを取っていなかった芳生はハッとしたように、声をあげた。
「そ、そうだったのかッーー!」
ワンテンポ遅れて叫びだした芳生は何だかもの凄く嬉しそうだ。目の前の和水に負けず劣らずなテンションである。感化でもされたのだろうか。
「和水ッ」
がっ、肩を奮わせてガッツポーズを取っていた和水の肩をもう一度強く掴むと芳生は彼女に信念を伝えた。
「二人でボイパーを頑張ろう!」
「ええッ!」
「しゃぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁ!」
「「わっーーー!」」
そう言って二人はゲラゲラと下品な笑い声を上げながら、肩を仲良く叩き合い始めた。
何その奇妙な友情。二人の間だけで流れる不思議なシンパシーを俺は感じることは出来そうにない。
間に挟まれていた部長はそっと身を屈めてそこから脱出すると、彼らの横で腕を組み、監督者さながら盛り上がる二人を眺め、偉そうに頷き一人ごちた。
「うむうむ、信念を貫き通す大切さを教わったみたいだな」
はぁ、信念を貫き通す大切さ、だぁ?
「あんたが言うなや」
余りにも知った風な部長の言葉に思わず俺の口が動いていた。
ああ、しまった、出来るだけ傍観者決め込もうと決めていたのに。
いくら後悔しても、後の祭りだ。
部長は俺の言葉に器用に耳だけをピクリとさせるアクションをしてから首を機械人形のように動かし振り向いて怖い顔して言ってきた。
「それはどういう意味だ、雨音」
「どういう意味って、」
言葉通りの意味だろ。
「だから、信念を貫くという事を私が言っていけないとはどういう意味かと訊いているのだっ」
あの一言に過剰に反応し過ぎだろ、扱い難しいなおい。
もういいや、正直に言ってやれ、これ以上立場悪くなってもかわらんしな。
「だから、信念を貫き通すとか、言うことがコロコロ変わる部長のセリフじゃないよな、って。気に障ったのなら謝ります」
「心外な」
そりゃどうもスミマセンでした。
「私ほど真っ直ぐな女はいないぞ。そう、それは原野に長く真っ直ぐ延びる線路のように……」
何が真っ直ぐだ。
さっきバンドを組もうとか言って今はハモろうとかいってるやつのセリフとは思えんわな。音楽という面からしてみたら同じかも違うけど細かい分類ではだいぶ違うとこにカテゴリーされるぞ、この2つ。
今、これを言うと、「じゃ、バンドしようか」とか言い始めるかもしれないので言わないけど。
「私の父の教えは、『秤、お主は雑草になれ、踏まれても除草されてもしつこく生える立派な雑草に』とな」
いやな教えだなオイ。
せめてアスファルトに咲く花とかにしとけよ、粘着質な雑草はないわ。
「この教えを胸に育った私のどこが真っ直ぐで無いのだろうか、いや真っ直ぐである!」
漢文の反語だかを彷彿とさせる言い方をした部長はフンと鼻息を荒げた。
ああ、はいはい、そうですねー。
もうこれ以上絡むのは御免な俺は適当な相槌をうって彼女から逃れることにした。
「いや、雨音が言いたいのはそういうことじゃないだろ」
と、俺が妥協したところで楓が少しばかり遅れた助け船を出してくれた。
気持ちはありがたいが、正直この話を蒸し返すのもめんどくさいのだ、出来ることならほっといてくれ。
「む、次は楓か?なんだ雨音の気持ちの代弁でもしようというのか?よかろう、聞いてやろうではないか。さぁ、なにかな、なにを雨音はいいたいのかな?ん?」
挑発的に部長は俺から楓の方に向き直した。
「……みんなでハモるとか言ってるのは良いとして、……バンド活動をしようという提案から始まった今回の部活が、なぜハモるという方向にいっているのか、という話です」
楓の指摘。
「そりゃ、」
一瞬の静寂。
「……ねぇ?」
謎の同意を求められた。
しっかりして下さい、部長。
「いや、私は別にバンドでもいいんだよ。ただ単に音楽をやりたいだけだから」
「そこ」
「え?」
「音楽にも様々なジャンルがある中を……。首尾一貫した考えでないと言いたいんだ。……雨音は」
か、楓ッ!
さては俺に責任を押し付けて言いたいことを全部言うつもりだな!
「大体あなたの提案はいつも独走してるんだ。文化祭に出ようだの野球をやろうだの、全部一人で暴走し、他の部員の意見に耳を貸そうとしない!その上、舌の根が乾かぬうちに別の提案がくりだされる!つき合わされる部員の身にもなってくれ!……と雨音は言いたいんだ!」
「うぐ……」
言葉に詰まる部長。
そこまで言う気はないのに、俺という隠れ蓑を得ているからだろうか、今日の楓は舌の回りがいいようだ。
「ひで〜、雨音あそこまで……」
「楽しんでるフリして腹のそこは笑ってなかったのよ。お〜こわ」
こそこそと人を指差して芳生と和水の二人が内緒話をしている。
だだ聞こえなのだが、言われのない話で盛り上がられるのは侵害です。
つうか、…勘弁してくれ。
「わ、私はただ単にみんなで楽しみたくて」
「みんなで楽しむんだったら意見はちゃんと訊かなきゃだめでしょう。嫌だと言ったのに体育祭の時、無理矢理俺と芳生に凧上げさせ、痛い目にあわせたのはどこの誰です!?……と雨音は言いたいんだろう」
お前のトラウマについて言及するきはサラサラないのだが……。
かといってここで話に割り込めばとばっちりをくうのは目に見えてるし、下手したら攻撃対象が俺になりそうなのでなにも言えない。
「う、う。す、すまなかったとは思っている。反省はしてるんだ。許してくれ」
「口だけならどうとでも言える。学習してもらわなくちゃ困ります。二度と繰り返えさないと誓ってもらわなくちゃね」
「わ、わかった。かえ……雨音の言いたいことは十分わかったから!つまりやる時はみんなの意見を取り入れろ、と言いたいんだな?」
「そういうことは雨音に。今の発言の責任は全て雨音にあるからな」
楓がサラっと、俺に話題をふっかけてきた。
言われたとおり部長は俺に頭を軽くさげて言った。
「本当にすまないと思っている」
部長に頭下げられた……。
悲願のはずなのに微妙に嫌だ。
「あ、いや別に気にしてないんで」
「そこで!」
俺の言葉を受けた瞬間部長はガバッと頭を上げて、叫んでいた。
復活が早すぎる。もうちょっと殊勝な態度でいてくれ。
「こんどはきちんと意見を訊こうではないか!さぁ皆の衆!いかんなき意見を存分に発言したまえ!」
「……」
反省の色、なし。
この人には幾度となく失望させられてきたから、もう慣れっこだけどね!
「はい」
「お、なんだ美影」
すっ、と小さく手が上がった。
何か意見があるらしい美影は、部長に発言権をもらうやいなや、直ぐに提案とやらを開始する。
「音楽活動というからには、やっぱり楽しむべきですよね」
美影の問いかけに部長を含めた部員全員が頷く。
「だったら、やっぱりレベルよりも、楽しむ事を優先すべきだと思うんですよ」
「その通ーり」
「つまり、ハモリにしても、まずは楽しむ、という事を念頭に置いて活動しましょう」
「うむ!そうだ!美影の言うとおり!聞いたかお前たち、今素晴らしい意見が出たぞ!音を楽しむとかいて音楽。誰にでも音を奏でる喜びだ!」
「はい。レベルとか関係なしにまずは楽しみましょう!私がいいたい事はそれだけです」
それで、
夕暮れの校舎、響く歌声。
薄暗闇の中、灯る電灯の下、口を大きく開いて、みんなが楽しむイコールみんな知ってる懐かしの童謡を熱唱する。
レベルを関係なしにただ楽しむ、それを優先した結果がこれだった。
美影の意見を取り入れた我がクラブは、見事に合唱コンクールの練習のようになっている。
部長は不服そうに唇を尖らせていたが、やがて音を楽しむの言葉通り、どんどん笑顔になっていた。
いやぁ、良かった、今回もまたバカな活動に終わって。
冬の凍てついた空気も、どことなく歌声で暖かいものに変わった気がするなぁ。