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加筆修正を予定しております。
お楽しみにっ!
前回までのあらすじ。
無実の罪で投獄された主人公雨音の身代わりに、牢屋に入った親友セリヌンベロチョン。
彼を救うため、自らの罪をはらす証拠、尻こ玉をもとめ雨音は一路、惑星ベジータを目指す。
一方そのころ幻の大地を旅する怨敵ヒッポタマスは、故郷に置いてきたはずの恋人ヒロミが全身黒タイツの謎の男と仲むつまじそうに二人三脚しているのを見つけて……。次回、おっさんだらけの水泳大会。
第44話『おー餅、もーちもち、スティーキーフィンガーズ』お楽しみねっ!
「雨音さん、何してるんですか」
そんな目で俺を見ないで下さい。
「部活の人?」
「ん、あぁ」
俺の胸部に押し付けた梓ちゃんの唇がボソボソ震え、声がする。
それにより、混乱から逃避を繰り広げていた思考は一気に現実と向き合おうと冷静さをとりもどした。
小さく深呼吸する。
定まらない視線を美影にむけて、弁解を開始しよう。
あ?
頭を駆け巡る無数の単語の羅列は意味を持ったものになることなく、ただの空気として吐き出されるだけだった。
俺の言葉の弾を受けるべき対象が複数人いることに気が付いたからだ。
二人?
「せっかく盛り上がってきたところだったのに美影は」
「和水さんだって人気のないとこでイチャイチャされるのは許せないってさっき言ってたじゃないですか」
美影と、そして和水が、俺の方を見ながら立っていた。
後ろの茂みから草を払いのけるように現れた和水はため息をつきながら、美影の横に立った。
「あ、あ?」
なんでここにいらっしゃるの
お二人さん。
今の二文字にはそういう意味が込められているのだが、残念なことに伝わらなかったみたいだ。二人は俺が酸素を求める金魚のように口をパクパクさせているのを知ってか知らずか、会話に華を咲かせている。
とにもかくにも現実問題としてこの状況を打開すべき案が、どうやっても出てきそうにない。誤解コース一直線だ。
元凶が俺に寄り添って離れないだもの。
「それはそうだけど、あんなに面白そうな舞台なら、隠れて見てる方が楽しいじゃない」
「むぅ…、だけど気になるじゃないですか…」
少し赤くなった頬を膨らませる美影。それよりも数倍赤くなる俺。なんとなくだけど、見せ物じゃねぇ、って和水にドロップキックかましたくなった。
「あー、えー、うん。ちょっと誤解、というか、勘違いされてそうだから言うけど…」
言葉がようやく思考に追いついてきた。日本語が俺の口から放たれる。
きちんとした意味をもった素晴らしい公用語だ。
「まず、ひとこと。俺に今、抱きついているこの女の子は楓の妹の、梓ちゃんです」
彼女の腰に回すことのなかった腕をあげ、梓ちゃんを指さしてみんなに聞こえるように言う。
そこらへんは説明しといて問題ないだろう。問題は彼女が俺にひっついて離れないことだ。
もういい加減離れてくれ。君はNSワッペンつけてるわけじゃないだろ?
「あ、雨音、あなた、友達の妹に手をだすなんて見下げ果てた男ねっ!」
「うん、和水、ちょっと黙ろうか」
「不潔!唾棄すべき男よっ!」
「はい、和水。お前が次、口を開いたら容赦ない延髄蹴りを食らわせますから覚悟してください」
切羽詰まった感じがなんとか伝わったらしく、やっと和水は口を閉じ、俺の言葉を聞く体勢に移ってくれた。やれやれ一安心だ。
「梓ちゃんは今日学校見学で羽路高に来ました」
活弁士のように順序立てて説明してあげる。
幼稚な感じがしてくる喋り方だが、二人は黙って俺の言葉に耳を傾けてくれている。
順番にゆっくり、が効いているのだろうか。
きちんと説明した方が二人からの疑いを晴らすには良さそうだ。
もっとも、長くなるので山本先生を探してたくだりとか柚ちゃんと一緒だったとかは省く。
「お昼休みに見学をしに来た梓ちゃんは彼女の兄、ふぐぅ…っ」
急に肺が圧迫された。
俺に腕を回している梓ちゃんが力をこめ、より強く抱きしめてきたのだ。苦しくなって声がでてしまった。
「ふぐ?」
「兄ふぐ、ってなによ?魚介類?」
不自然に途切れた言葉をうけて、美影と和水はクエスチョンマークを浮かべている。
どうやら、梓ちゃんは俺に口止めしているつもりらしい。
おそらく楓を話にからめたくないのだろう。お兄ちゃんの名前をだすなっ!って意味らしい。
洒落じゃないくらい強い力なんだけど。骨がミシミシ悲鳴挙げてるよ。
「雨音さん、どうしました、続けて下さい」
ああー、気のせいか梓ちゃんの頭上に【聖母の抱擁 (la sainte vierge d'emblassement)】っう技名がでてる気がするんだけど……うげぇ、口から疑似体液かなんかがでそう……。
「わ、わかってるから」
二人に聞こないようにぼそりと梓ちゃんに呟く。その瞬間、ふっ、と力が緩まった。あ、あぶなかった、天国が見えそうだったよ、ママン。
「ふぅ」
……天国といえば、
女の子に抱きしめられているこの状況は、十分天国に値するのだろうけど、生憎彼女、胸があんまりないから、まったくといっていいほど、柔らかみが伝わってこない。
まったく遺伝子というのは不思議なものだ。彼女の姉、柚ちゃんはそこそこ、長女桜さんに至っては バァァァン なのに梓ちゃんはそんなに胸がないんだなぁ。全くこれが美影だったらきっと半端ないことに…、うげぇ。
なんだか締め付けがキツくなった気がした。
「し、失礼。今のは、げっぷです」
「き、きたないわね」
「話をもどすぜ。ともかくお昼休みに羽路高を訪れた彼女は見ちゃたんだよ」
漸く本筋に到着だ。
これで俺の誤解が晴れるというもの。
だけど、問題は……
梓ちゃんがそこで見た光景、楓と中津川カップル、について口止めしていることだ。
うーむ、どうしようか。
「何を?」
もちろんソコをついてきますよね。それに対する返答はまだ用意されていない。
「何を、って、そりゃぁ、お前…」
なんだろう?
なにか、何かいい言い訳、何かっ!
まずい、沈黙で俺への疑念がみるみる膨らんでいるのを感じる、何か、何か言わなければっ!
「ごっ、ゴキブリっ!」
「は?」
微妙なチョイス。
なんでここでヤツの名が出たか、それは言った本人でさえ分からない。
和水と美影は少しだけ引いた顔をする。
いつかの出来事が思い起こされたのだろう。
「ゴ○ブリって、梓ちゃんが見たの?」
「……」
梓ちゃんは和水の問い掛けに応えることなく俺に引っ付いたままである。
うんともすんとも言わず、ただ俺に顔をうずめているだけだ。
「そ、それなら分かる気がするわ」
「え?」
「私もゴキ○リと遭遇しちゃったら喩え雨音だろうとショックで飛びついちゃうかもしれないし……」
「そっ、そうだよなっ!」
まさかの肯定!とっさにでた古代怪獣ゴモラが功を奏するとはっ!ありがとう、ゴッキー!ありがとう、和水!
あなたたちは私の貞操の守り手ですっ!
梓ちゃんは不本意なのか、意義を申したてるように強く抱きしめてきたが、俺の人格というイメージが無事ならそんなの屁でもない。だいたいもとより潔白の身の上だしさ。
「おかしい…」
しかし、忘れていた。
俺が相手どっているのはバカ正直な水道橋和水だけでなく、妙に感が鋭い裏美影がいるということを…。
「ゴキ○リを見たならその場で恐怖し、そこで飛びつくのではないでしょうか?雨音さんを見る限り、逃げる梓ちゃんを追いかけて来たようにしか見えませんでした」
「そういえばそうね、私も経験した事あるから分かるけど、ゴ○ブリってのは出会った瞬間に総毛立つものよね。わざわざ逃げた先で恐怖を感じて飛びつくなんて考えられないわ」
ぐっ、くそ、もうちょっとだったのに。
見事に美影に見破られてんじゃないか。
「私たちは最初から見てたから分かるわ」
目に力を取り戻した和水は俺に言い寄るように強い口調で続けた。
「ごまかされないわよっ」
……さっきまで騙されかけてたクセに……。
「つうか、お前ら、なんでこんなトコにいるんだよ…」
「別の話にしようとでも?ふふん、そうはさせない。私達はただ単に王子様を探してただけだから」
「……お前、まだやってたんだ。王子様探し…」
あの嘘占いを信じてるんだ。
なんてピュアなやつ。どうでもいいけど美影を巻き込むなよ。
「うるさいわね!そっ、そっちはどうなのよ!いい加減白状したらどうなの?」
「白状っていったって…」
正直に言っても俺にダメージは全くない。だけど、
腹部に感じる暖かな体温の持ち主はきっとものすごく恥ずかしくなるんだろう、と思うと、素直に白状するわけには行かないのだ。
だって、実の兄貴がラブラブしてるのを知って、誰でもいいから抱かれようとしてたんだぜ?
それ自体がもう、イタい行動じゃないか。
もし俺が斎藤とか山本だったら彼女の心に一生癒える事ない傷がつけられていたかもしれないし(偏見)。
かわいそうじゃないか、恥の上塗り、泣きっ面に蜂。
「雨音さん、すべて分かりましたよ…」
「美影。ど、どしたの?」
今日の彼女は勘が冴え渡っている。
「ズバリ、梓さんは楓さんと佐江ちゃんがお昼を供にしているのを見たのでしょう?」
ぎくっ!
な、なんで知ってるのさ!
「それで、ショックを受けた梓さんは、放心状態のまま、雨音さんに抱きついている、と」
「……」
「ふっふっふ。やはりそうですか。佐江ちゃんが楓さんとお弁当をいっしょに食べ出した、と聞いてましたからね。予想してみたんです」
俺は何も言えずに梓ちゃんを見た。名探偵のように弁がたつ美影とは対象的に、彼女は相変わらず無言だ。
その表情は伺いしれない。
「どうでしょう?」
沈黙は肯定と受け止められたらしい。確かな確信の宿った瞳で美影は俺と梓ちゃんに尋ねてきた。
「……」
俺は何も返事できない。
少なくとも、なんて答えていいのかわからない。
「佐江って、」
ぼそり。
くぐもった声が空気を震わせた。ひさかたぶりに梓ちゃんが喋りだしたのだ。
「あの人の名前?」
ガバッと、顔をあげた梓ちゃんはキッと睨みつけるように美影を見た。
その力のこもった視線に、たどたどしくも美影は返事する。
「え、えぇ。か、楓さんといっしょにお弁当を食べている女の子のことなら、佐江ちゃんに間違いないです、よ」
「あの人、」
空気を一回吸って溜めてから続けた。
「楓にぃのなんなんですか?」
激しい感情が隠そうともしない強い口調で梓ちゃんは美影に尋ねる。
その形相は、お風呂に突撃してきたときのそれだった。
「さ、佐江ちゃんは、と、友達ですよ」
「友達ぃ?」
わざとらしく語尾をあげ、嫌みったらしく梓ちゃんは続ける。
「ただの男女の友達がお昼を供にするとは考え辛いです」
「いや、でも、友達です」
「どうして言い切れるんです?その、こ、恋人じゃないんですか?」
さながら恋敵をみるような目つきで美影を睨みつける梓ちゃん。
やめてー、美影は関係ないでしょー。
「恋人じゃないです。ただの友達同士ですって。友達がお昼を供にするのは日常的なことですよ」
「だ、だからどうして言い切れるんですか?二人が付き合ってないって」
「え?だって、……」
言おうかどうか一瞬逡巡した後美影は小さくつぶやいた。
「佐江ちゃん、ふられたから」
「え?」
その言葉をうけて目をまるくする梓ちゃん。だがそれも数秒だ。すぐに、明るい笑顔になった。
「そぉなんですか」
ばっ、とすぐさま俺から離れる。
え、ちょっ、なんて厳禁なやつ。
「それはそうと助かりました。この人急に追いかけて抱きついてくるから困ってたんです。ありがとうございます」
知らぬ顔で俺を指差す梓ちゃん。
「……」
「……」
「え?なにこの感じ?」
和水と美影二人分の冷たい視線。
「ち、ちょっとなにいってんすか!?」
思わず年下に敬語を使ってしまった。