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33(5)


現在の部屋の気温、14℃。

寒いです。




と、うまくいくはずはなかった。

二時間後、昼休みに廊下に待ち受けていたのは中休みと変わらぬシチュエーションだった。


「あの〜、お帰りになられたのではないのでしょうか?」


「私は残った。確かめたいことがあるの」


梓ちゃん、だ。

梓ちゃんが俺を睨みつけている。目つき悪ッ!

教室から聞こえるガヤが耳に痛い。特に斎藤の声。


「あ、あれ?柚ちゃんは?」


中休みと人数が変わっている。もう一人の中学生、柚ちゃんの姿が見えなかった。


「柚ちゃんは先に帰った。学校見学という名目は果たしたから」


少しだけ寂しそうな顔でそう呟くと彼女は小さく息を吐いた。考えてみれば彼女はまだ子供、沢山の年上に囲まれ、姉という味方がいない今、心細いのだろう。

でも、不思議なのは、そんな状況になるのがわかっていて、なんでここに居残ったか、である。



「ふぅん。それで梓ちゃんはどうして残ったのさ?」


「さっきから言おうと思っていたんだけど、馴れ馴れしく『ちゃん』付けするの、止めてくれない?虫酸が走るの。前にも似たようなこと言わなかったっけ?」


「……五十崎さんはどうして残ったんですか?」


ふははは、手厳しい。

五十崎一家は人数が多いから、固有名詞使わないとごっちゃごっちゃになっちゃうのだが、本人がそう言うなら仕方ない。

つうか姉がいなくなった途端、調子乗り初めやがったな。


「あなたに着いてきて欲しいところがあるの」


「へ?」


教室の騒がしさと廊下の騒がしさが、真夏の蝉時雨のように溶け合い、俺の鼓膜を揺さぶった。様々な音に包まれ、一瞬、茫然とする。

自分がここにいない感じ、体験としては余りないが、体がフワリと浮かぶような不思議な感覚に陥る。

だけど、そのお陰で、俺は彼女の言葉を深く考えずに済んだ。



「えーと、つまり……」


「楓にぃのお昼を調べる」


教室でやんややんやと騒ぎ立てる斎藤を残し、俺は楓(あと芳生)のクラスの方に、梓ちゃんと向かっていた。

不思議な感覚は既になく、今、俺を支配するのは確かな自我である。出来ることならもう少し何も考えずに済んだら良かったのだが、話はそううまい方には転がってくれないようだ。

彼女曰わく、


「楓にぃがもうお弁当を作らなくていい、って」


ものっ凄い寂しそうな顔して呟くので反応に困ってしまった。

そんなことより、楓のお昼ご飯の秘密が明かされた。妹たる中学生が早起きして、手作りですか。いじらしいですね。


「楓の弁当、いままで梓ちゃんが作ってたの?」


愛妹(?)弁当かよ、ちきしょう!

思わず微笑ましさよりも憎らしさが表立ちそうになったが、ここはぐっとこらえた。


「うん」


こくり、と一回だけ頷くと、ため息をついて続けた。


「朝、早起きするの疲れるだろ?明日から、作ってくれなくていいぞ。って少し前に。全然苦じゃないのに……」


その優しさが辛い。

彼女はそこまで言わなかったが、続く言葉があったとしたらソレだった。


「はぁ〜、つまり楓が急にお弁当を作らなくていいと言って来たから一体全体どうしたんだろう、って、こと?」


「平たく言えばそうなる。それで実際楓にぃは昼ご飯をどうしてるのか気になって」


「ふーん。でもなんで俺がそれに付き合わなきゃいけないのさ?山本とか柚ちゃんに頼めばよかっただろう?」


「私だって異性、特にアナタなんかに頼みたくなかった。だけど知ってる人がアナタくらいしかいないんだもん。柚ちゃんはもう用が済んだから引き止めるのも悪いし」


「……和水とか、美影とか。それに山本だって一応先生なんだし……」


「楓にぃが部活の人たちを家に連れて来た時、会話したのアナタくらいしか、いないだもん……。山本先生にしたって、話してたのは柚ちゃんだけだし……。私は、何も」


「人見知りか」


「……うん」


そんなオドオドしたタイプなら、人の入浴中に勇気凛々乱入してくんなよ!


「まあ、いいさ。楓が何食ってるか見るだけだろ?教室チラって覗くだけだし」


「ありがと。一人じゃ心細くて。この格好じゃ目立つから」


自分の制服を指し示しすように胸に手を置くと、首を少しだけ傾けた。その拍子にお似合いの短髪がサラリと揺れる。全く将来の美貌が確約されているヤツは羨ましい限りだ。今のあどけない感じも良いちゃ良いが。



「ここが、楓のクラスだよ」


なんだかんだやっている内に目的地に到着していた。

いくら友達のとはいえ他クラスだ。微妙に行き辛い場所ではある。


「ここが……」


クラスの入り口たる扉を見て梓ちゃんはほっぺたを赤くして、目を輝かせた。

何をそんなに嬉しそうなんだか。


「じゃ、ちら見しますかな」


「まって」


「ん?」


「私が、見る」


言うやいなや俺を押しのけ、彼女はドアのガラス部分にピタリと貼り付き教室内部を伺い始めた。押されてビックリ……つうより、やめてー!はずかしぃー!


「おかしい」


「自分の状態?」


「違う。楓にぃが中にいない……。ここ本当に楓にぃのクラス?」


俺の勇気を振り絞った精一杯の突っ込みは見事にスルーされたがそれより彼女がその後続けた言葉が気になる。


「見逃してんじゃない?もっとよく見て」


「私が楓にぃを見過ごすはずない」


「その自信がどこから来るのかわかんないけど、ここは確かに楓のクラスだよ」


梓ちゃんはガバッと顔を上げてクラス表記を確認すると二回ほど頷いた。

彼女が顔をつけていたガラス部分が息で白くなっていたが、直ぐにもとの透明度になっていく。


「確かにそれは間違いないみたい。だけど楓にぃは中にいない。どういうこと?」


「いや、俺に聞かれても……。あ、あれだ!学食にいるんじゃない?それだったらお弁当を必要としなくなったのも頷けるよ。きっとそうだ。楓は学食派になったんだよ」


中休み賑わっていた学生食堂が思い出させられる。中休みであれだけの混雑具合だから、お昼休みは凄まじい状態になっているに違いない。その内の一人が楓だとしてもなんら不思議じゃないわけだ。

お昼休みに教室で弁当食べてなきゃ学食にいると考えるのが自然だろう。

しかし、俺の意見は、


「それは有り得ない」


と、彼女によってキッパリと否定された。


「なんで?証拠は?根拠は?」


名推理に泥が塗られて、小学生並に短気になっております。


「楓にぃの口癖は贅沢は敵だ、だから。学食はお金に余裕がある人が行くところ、でしょ?楓にぃに限って学食でご飯食べるなんてことはまずありえない」


「学食は良心的な値段でご飯を提供して下さってると思うけど」


「毎日学食で500円の定食を頼んだとすると単純計算で1ヶ月500×30日で15000円。土日を抜いても10000円は出費することになる。これを贅沢と言わずなんというの?」


「……じゃ、楓はどこにいるのさ?」


「それがわからないから聞いてるんじゃない」


やれやれ。そんな風に露骨にため息をつかれても反応に困ります。

梓ちゃんは首を捻りながら、続けた。


「他に楓にぃがいそうな所に心当たりない?」


「特にないな」


クラスにいないとなると、彼の行動範囲的に、あとは部室くらいしか思い浮かばないが、お昼休みにそれもないだろう。

皆目見当もつかない。大体、俺、部活動以外で楓とあまり行動を共にしないし。

お手上げというジェスチャーをとろうとした時だった。


「あー、やっぱりー」


梓ちゃんの後ろのドアがガラリと開いて、教室から一人の男子生徒が出てきた。

明るくハキハキとした口調でそう言うと彼はにっこりとこっちを向いて微笑んだ。


「あなたは、えーと」


突然現れた人物に戸惑いながらも梓ちゃんは答えようとする。しかし、誰なのか分かっていないようである。

顔は知ってるけど……、って表情で言葉を濁らせている。


「どうした、芳生?」


名前も覚えてなさそうだったので、俺が先に彼に話かけることにした。

娯楽ラ部員が一人、土宮芳生である。

芳生は梓ちゃんから視線をこっちに移して続けた。


「ああ雨音。どうした、って言われても、なんーか知ってる顔があるなぁーって思ったら、ほら、……」


「……楓の妹な」


「そう!楓の妹がいるじゃん。ビックリしてさ!なんだろう、って思って出てきたんだよ!」


と、芳生はブイサインをした。それが何を伝えたいのかさっぱりだけど、取りあえず丁度いいタイミングで出てきてくれたことに感謝だ。

流石芳生、使える男!


「楓の妹がさ、楓に用があるんだと」


「まぁ、用が無きゃ普通来ないよね。それで雨音は何してんの?」


「勝手知ったる羽路高を案内してんの。そのついでに楓探しも手伝ってる」


「なるほど〜。だけど凄い勇気だね。単身お兄ちゃんの学校に乗り込んで来るだなんて」


芳生の言葉を受けて梓ちゃんは恥ずかしそうに頬を掻いた。

兄貴がいるとはいえ他校だ。兄弟がいたとしても、気軽に行けるようなとこじゃないもんな。

まぁ、さっきまで柚ちゃんもいたけど。


「それで楓は?見たとこ教室にいないみたいだけど、学食でお昼食べてんのか?」


この説を否定仕切ることが俺には出来なかった。

俺の発言を受けた芳生は一瞬キョトンとした顔になった。


「あれ?雨音、知らないの?ううん、違うよ。楓は学食にはいないよ」


「学食にいないならお昼どうしてんだよ。それに、知らないって、何が?」


「ふーん。まぁ、そうか。最近のこと、だしね……、雨音、僕は悔しいよ」


どよ〜ん、とさっきまでの明るい感じが一気に下がって、いきなりローテンションになる芳生。なにが悔しいのかわからないけど、天真爛漫がウリの彼がここまで落ち込むだなんてよほどのことがあったんだろう。

この場合、楓が。楓が何が芳生の気に障ることをやった、のが原因なんだろうか。


「どうしたんだ?」


「どうしたもこうしたも……」


ショボショボと地面に落ちる寸前の線香花火のようなまま芳生はゆっくり言葉を続けた。


「あ、ああ、僕の口から説明しなくても、今から楓に会えば分かるよ」


「なぜもったい付ける……」


「まぁまぁ、楓ならこの棟の二階、サンクガーデンにいるはずだから」


「サンクガーデン?今、冬だぞ、あそこメッチャ冷えるだろ」


サンクガーデンというのは簡単に言えば広いベランダで、学校から外の景色が見れるプチ屋上といった所だ。


「確かに冷えるけど、いつも心はほっかほかなのさ!」


「意味わかんねぇ。楓もそんなとこになにしに行ってんだよ。あそこの植木の様子でも見に行ってんのか?」


「それは本人に会えば分かること。僕の口からはとてもとても。ふ、ふーん」


おどけた口調でわざとらしく鼻を鳴らした。

しかし、以外な場所が出たもんである。

サンクガーデン自体はとても開放的な作りになっており、学校生活の鬱屈を吹き飛ばしてくれる気持ちのいい場所だ。

緑化運動で植えられた緑と見晴らしの良さはまさしく青春サポーターといったヤツだが、いかんせん、冬はただ単に寒いだけである。

それに教師の目を忍んで、喫煙に走る不良生徒もいるらしく、余りオススメできる場所でないのが現状である。まあ、冬だからそういった人たちもいないとは思うけど。


「そいじゃ、今からサンクガーデンに行ってみるおば」


「そう、彼はまだ知らなかった。これから先、彼を待ち受ける絶望という名の輪舞曲ロンドを……」


「変なナレーションを勝手に付けるなッ!」


芳生と別れ、梓ちゃんと一緒にサンクガーデンに向かう。

妙に落ち込んだ芳生の顔が気にならないと言ったら嘘になるけど、今の俺の目的は梓ちゃんの用事を終わらせて、さよならすることである。他に構っていられない。


「それにしても、芳生のあの言い方…妙にひっかかるな」


「そう、だね」


芳生の気概が移ったのか梓ちゃんもどんよりと返事をした。





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