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サンタクロースなんて、


いないじゃないですか



中休みという喧騒の最中でさえ、図書室は静寂が支配する音のオアシスと言ったところだった。

そしてやはり図書室と言ったらその本の数だろう。

ウチの学校も例外ではなく、中に入ると無数ある本が俺達を出迎えてくれた。

ビッシリとつまっているけど、小説しか読まない俺にしてみれば、専門書などはスペースをとる置物に他ならない。

全部小説とか漫画にしてくれたら足繁く通っていたに違いない、と思った。


「せ、せんせーはいるかな…」


柚ちゃんがあまりの静けさにおずおずと呟いた。


「さあ、いなきゃ困るけどね」


時計の針は既に中休み終了の10分前の位置に来ている。

俺だって次の授業の準備をしなくてはならないし、いつまでも彼女たちに付き合っている暇はないのだ。

となるとそろそろ山本先生に彼女達を預けて教室に戻らないとマズい。

次の授業の先生は比較的優しい人だけど遅刻にはうるさいのだ。


「パっと見…見当たらないけど」



梓ちゃんはキョロキョロとせわしく辺りを見渡している。

休み時間終了間近の図書室の密集度は驚くくらいに低い。チラホラと生徒がいることにはいるが、それでも廊下の方が人が多いくらいである。そんな中、制服以外を着た教師がいれば、当然目を引くはずなのだが、それがなかった。


「図書委員の人に訊いてくるね」


「あ、お願いします」


二人をその場に置いて俺はカウンターに座る図書委員の生徒のもとに向かった。

人に聞くのが確実だろう。

いるかいないかはっきりさせるのに、足より口を使った方が白黒つけるには丁度いいと悟ったからだ。


「すみませーん」


ボリュームをワンランク落とした声でカウンターにボーとしている女生徒に話かけた。

暇そうで何より。


「はい」


彼女がこっちを向く。


「「あ」」


横顔からでなく正面から見ることでわかった事がある。

貸し出しカウンターに座っている図書委員は見知った顔。

出来ることならお会いしたくない安藤さんという事実に他ならなかった。

来やがったな!パソコン出来ない機会音痴女子ッ!


「あああ安藤さんッ!?」


「たたた隊長ッ!?」


二つ合わせてケ○シロウのような声を出して戸惑う。

なんだってんだ一体っ!バレンタインから音沙汰無かったから安心してたっていうのに!


「ど、どうしてここに!?」


手元に乱雑に積まれたプリントの山をアタフタと片しながら、彼女は訊いてきた。無駄なことはやめろ。

つうかそりゃこっちの台詞だ、と思ったが、冷静に考えたら、安藤さんは芳生と同じ図書委員だった。仕事してるとこ見た事ないから忘れてたよ。


「一生徒だからたまの休み時間に図書室を利用することくらいあるよ」


「それにしたって急過ぎます!オフの時に現れるだなんて、隊長はまったく神出鬼没ですね!」


神出鬼没、だって?うん、今度は間違いなく使える。

そりゃこっちの台詞だッ!

……てか、オフの時ってなんだ?俺と会う時オンとオフの切り替えしてるっていうのか?何の為のスイッチだよ。

怖いから深く考えるのはよそう。


「……それより、訊きたいことが有るんだけど」


「はいはい。なんですか?大恩あるピンエレ隊長の頼みとあっちゃスルーは出来ませんよ。さぁ言ってみて下さい」


そう言って安藤さんは嬉しそうに胸をはった。


「ピンエレって、」


ピンクエレファントの略だよな。

いやなんか略称にするとそこはかとなく


「エッチな響き……」


になるよね。ピンク+エロみたいで。せめてもの救いはエロじゃなくエレってとこかな。

ん?


「って、わぁぁぁ!梓ちゃん、柚ちゃんッ!?なんでここにッ!?」


二人がいつの間にか近くに来ていた。

そんでもって後ろにいる梓ちゃんがポツリと俺が考えていたことを呟いたのだから驚きだ。


「話こんでるみたいだから注意をしに」


「あ、いや、今訊こうと思ってたんだよ」


「それならいいけど」


二人から向き直し、再度安藤さんの顔を見つめる。

安藤さんは不思議そうな瞳でいきなり現れた女子中学生二名を見ていた。


「隊長、そちらの方々は?」


「ん、ああ、友達の妹」


「はぁ、なるほど。変わった格好ですね」


「他校の制服ってだけじゃん……」


オトボケキャラは今日も健在のようです。


「ねぇ、柚ちゃん。なんでこの人、隊長って呼ばれてるの?」


「っし、梓。知らなくてもいい大人の世界というものがこの世にはあるのよ」


後ろで若干二名、勝手な話をしている人がいるけど今は無視だ。俺に残された時間は少ない(休み時間終了という意味で)。早々に用事を済ませなくては間に合わなくなってしまう。


「それより、安藤さん。山本先生がどこにいる知ってる?」


「山本先生、ですか?多分資料室にいらっしゃると思いますよ」


「資料室?」


初耳だった。そんなものどこにあるのだろう。自習室なら知っているのだが、一年通ってきて、資料室なるものを利用したことが俺にはなかった。


「資料室はカウンターの奥にある待機室みたいな部屋のことです」


安藤さんが後ろの扉を指差しながら教えてくれた。

ああ、なるほど。

言われて見れば、確かに奧にドアのようなものが見える。


「先生方が次の授業で図書室を利用する際、準備をしたりする為の部屋だそうですよ」


「はぁ、なるほど。資料室ねぇ」


「それで隊長、山本先生に用事でもあるんですか?」


「ああうん。ちょっとね。……これ、中に入っても大丈夫かな?」


奥にある部屋に入る為には、どうしてもカウンターの中を通る必要がある。

俺はカウンター入り口をパッタンパッタンと団扇のようにしながら彼女に尋ねた。


「ダメです」


「は?」


当然オーケーが貰える、という俺の予想は大きく外れた。

安藤さんはなんともシレっとした顔で続けた。


「ここから先は図書委員の神聖なる職場。いかに隊長と言えど、土足で上がらせるわけにはいきません」


「上履きなら履いてるよ」


「ヒユひょーげんです!」


柚ちゃんのズレた反論をこれまたズレた反論で言い返す安藤さん。

だぁ面倒くせぇなぁ、安藤さん。さっさと夜叉猿でも倒しに行ってくれりゃ楽なのに。まさかここに来て彼女がガーディアンとして我らの前に立ちふさがるとは……。

チラリと時計を見る。

残された時間は幾ばくもない。

彼女と付き合ってたら、足りない時間がまた過ぎ去ってしまう。

んー、だがどうしようか……。図書委員しか中に入っちゃダメというのは、まぁ頷けるし、俺もそんな忠告受けてなんか入りづらい。

彼女に先生を呼んできてもらうのも一つの手だけど……、

もういいや半ば強引に突破しちゃえ。

心に決めたら早かった。

脳からアドレナリンが大量に分泌される。βエンドルフィンも。


「ヤァーヤァー、ミス・アンドゥ」


「!?」


「ナイストゥミーチュー」


秘技、外人のふり!

その瞬間安藤さんの瞳に新たな光が宿った!

久しぶりの感触、再び俺と彼女はつながっている感覚に陥る。


「オウ!ナイストゥミーチューユー。た、タイチョー!」


「ノン!ノン!アイムノットタイチョー!」


「ホワイ!?」


「アイム・ア・キャプテン(キメ顔で)!」


資料室に入るタメの手段に外人のフリで押し通すという選択を取ったのだ。断っておくが、安藤さんという人物が相手じゃなければこの選択肢は存在しない。


「オォー!キャプテン!キャ…、…キャップ!オー!ミスターキャップ!ユーアーキャップ!」


突然始まった寸劇に梓ちゃんと柚ちゃんの二人は鳩が豆鉄砲食らったかのように目を丸くしているが、そんなの関係ない。

俺は二人のため、この関門を突破する!

二人の驚愕より今は前に進む為の手段の方が万倍も重要である。


「YES!アイアム!キャップ!キャップ!」


「イエス!ユーアーキャップ!」


ビシッと敬礼する安藤さん。


「HAHAHA!」


「HAHAHA!」


俺は笑いながら、普通カウンターの扉を上げて中に入った。


「HAHAHA」


「HAHA、…いえ、隊長、それはダメです。立入禁止です」


「ですよね」


そのままムーンウォークで後ろに下がる(出来てないけど)。

さて、思ったよりも簡単じゃないぞ、コレは。

安藤さんのことだからテキトーに外人のフリすりゃ中にはいれると思ったが、そんなに上手くは行かないらしい。

次はどうするか……


「隊長、いいですか?この中には図書委員と教員以外何人たりともはいちゃいけないんですよ!最近友達と一緒にお喋りしていた私が注意されたんですからこれは間違いない規則なんです!」


嫌に厳しいな、とは思ったが注意されたばかりだったからか、面倒くさいな。

融通きかない安藤さんだ。


「分かったら大人しく待ってて下さい。私が今、先生を呼んで来ますから」


瞬間、俺の脳裡に新たな考えが浮かんで爆ぜた。


「あ!見て!安藤さん!あんな所にアダムスキー型のUFOがっ!」


叫びながらあらぬ方向の窓を指差す。当然そんなモノ、見えてもいない。


「えぇ!?」


「オレンジ色の発行物体!うおっ、眩し!」


「どこ!?どこに!?」


キラリ瞳に星が宿る安藤さん。

安藤いつも晴れのちグゥだ。うん、バカっぽい。

だけど食いつきバッチリだ!


「ああ、ほらアソコ!アソコの窓!凄い!分裂し初めた」


「見えない!ここからじゃ見えない!UFO!UFOどこにあるんですか!えぇい」


彼女は元気いっぱい気合いを入れるとカウンターを乗り越え、俺が指差す窓の方に駆けていった。


「どこですか!UFOはどこに!きっと2012世界征服を企んでいるに違いないUFOが攻めてきたんですよ!一大事です!あああ!敵の姿が捕捉できない!タイチョー!どこにいるんですか!?」


窓の外を大慌てで確認する彼女には悪いが、当然そんなもの存在しておらず、閑静な住宅街が並ぶだけである。


「ああ、ほら赤い屋根の小さなお家の上に……」


「赤い屋根ッ!赤い屋根、どこでしょう!見当たりません!」


「ほら、右斜め45°の…」


俺は彼女にテキトーな指示をだしながら、そっとカウンター内の侵入に成功した。俺の後ろにはおずおずと柚ちゃんと梓ちゃんがついてくる。

図書室戦争、終戦。


「大人しく先生呼んでもらえば良かったじゃん」


うんでも負けた気がするんだよね。


「まあ、はいれたんだからいいじゃん」


「というかさっきの寸劇はなんですか?急にあんな…」


外人の件について言っているらしい。


「ああ。あれは俺と安藤さんの挨拶みたいなモンだから」


「……高校生って…」


少し肩を落とす柚ちゃん。

がっかりしたかい?これが現実だよ(一高校男子談)。



安藤さんという関門を突破した俺たちは無事にカウンター奥の資料室なる部屋にたどり着いた。

重たそうな鉄の扉に黒い文字で資料室と書かれているので間違いないだろう。

扉を軽くノックする。トントンというよりもカツンカツンと軽妙の音を響かせた音を受けて、中の人物は「どうぞ」と返答する。

やっとこさ、である。

なんだかドッと疲れた。

俺は安堵の息を吐きながら扉をあけた。


「山本先生」


「ん?雨音か…。あ。ああー」


一人納得したように先生は呟くと、柚ちゃんと梓ちゃんの肩をぽんと叩き、


「待たせたな!」


とわけの分からないことを親指立てて、宣った。二人はその発言を受け、戸惑いがちに視線を泳がせている。


「んじゃ、次の授業でも受けてくか?高校のハイレベルな講義を受け、ぐうの音も出ない状態にしてあげるぜ!」


「あ、いや、えっと……」


あんたの授業に限ってそれはない。


「それじゃ俺はここらへんで」


俺は呆れながらも先生に二人を預けると図書室をあとにした。


後ろで、山本や梓ちゃん達がお礼を言っている。

どういたしまして、と扉を閉める前に呟いた。


その後二人がどうするか、見学を続行するか、それとも帰宅するのかは知らないけど、俺と彼女たちの絡みはこれで終わりだろう。つうか、終われ。


色々メンタルに響くからアニキである楓に責任を丸投げしたいところ、だった……なぁ。しみじみ。




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