33(2)
何でもない日常を面白く書けるのが、才能ある文章力だと思います。
そういう人に私はなりたい。
中休み継続中。廊下は生徒の活気で満ち溢れている。私服高校でもないため、みんな制服に身をつつんでいるわけだが、そんな統一された制服の中を、2つの異質な存在が闊歩していた。
「今日休みなんでしょ?なのになんで制服で来てるの」
「愚問ですね。学校見学に私服は失礼でしょ」
異質な存在というのは、他校の、しかも中学校の制服の事である。
そんな場違いの仲間外れが廊下を歩けば当然目をひく。
加えて、可憐にその制服を着こなしているのが、なかなかの美少女ときた。そんなこんなで彼女たちに集まる視線が、俺にも注がれているようで恥ずかしかった。
目的地、職員室までの道中、すれちがう人みな、彼女たちに一瞥をくれる。
やっぱり目立ってるよなぁ、と小さく溜め息をついた。
それもこれもしっかりと監督していなかった山本先生が悪い。彼さえしっかりと彼女たちを案内していれば、俺がこんなことしなくてもすんだのだ。
とりあえず、ただ歩いているのもなんなので、物珍しそうに辺りをキョロキョロと伺う梓ちゃんに「なんで山本とはぐれたの?」と伺ってみることにした。
「秘密」
「……なぜ?」
「ひ、秘密は女を美しくみせるもの…」
「は?」
「……」
コンマ数秒で返ってきた答えは理解に苦しむものだった。しかも、彼女はそれ以上喋る気がないらしく、だんまりを決め込んだようである。仄かに紅く染まっている頬がなにを意味するか、話を聞かない限りは分からない。
彼女の隣りでにやけている柚ちゃんに同じ質問をしてみた。
「へへー、はぐれたのは全部梓のせいだもんね」
「ほう、と言いますと?」
思った通り、彼女は話してくれそうだ。それなら是非とも詳細を知りたいところである。
「ゆ、柚ちゃん。やめて」
梓ちゃんは顔を紅くしたまま、口走りそうになっている柚ちゃんを静止しようとした。
というか、梓ちゃんは姉の柚ちゃんのこと「ちゃん」付けで呼ぶんだな。
「いやいや、こういうのはきちんと第三者に聞いてもらって反省の要因にしたほうがいいんだよ。ほら、鬼子母神も河童も、反省することによって改心するんだから」
喩えがよくわからん。
「う、うん……」
一回唸ると彼女は無口になった。どうやら言い負かされたらしい。俺には今の柚ちゃんの発言のどこが決め手になったのかさっぱりだ。
「というわけで聴いて下さいよ!えっと……」
「表雨音ね」
名前が聞きたそうだったので、先に名乗る。
「あ、失礼しました。久し振りなので忘れてましたよ。そう、それで茨木さん。なんと梓ったら」
「ちょっとまてぇい!」
真顔で人の名を間違えやがった。絶対わざとだよ、この中学生ッ!
「はい?」
「茨木ってなんだよっ!たった今名乗ったばっかりだろうが!表雨音だっうの!」
「ああ、ごめんなさい。名前を略すなんて失礼でしたよね。そう、それで茨木童子さん。なんと梓は…」
「話を聞けぇい!なんだ次は!なんだ茨木童子って!?略すとかそういう話はしてないんだ!」
「まあ!まさか自分の正体を忘れてしまったの!婢妖に記憶でも食べられたんですか?もう、仕方ないですね、もう一度説明してあげますよ、いいですか、茨木童子というのは、京都愛宕山で…」
「あぁ、うん、わかった、思い出した。もうそれでいいから話続けて」
話が長くなりそうだったので、諦めて先を促す。
「はい。それでですね。梓ったら先生の後をついて行きながら校庭で走り幅跳びやってる楓にぃに目が釘付けだったんですよ。こう、一直線に目線がねっ。もうさながら、恋する乙女の瞳でしたよ」
その評価、あながち間違いじゃないかも。
「廊下の窓から体育やってる楓が見えたんだ」
「そうです。それに夢中になってたらしくて、先を行く先生になんて目がくれず、立ち止まっちゃったから大変です。私は先生の後をついて行こうと、梓の袖を引っ張ったんですけど、結局……」
「はぐれたんだ」
やっぱり彼女はブラコンだな。
俺の視線に気が付いた梓ちゃんは恥ずかしそうに目を伏せた。
「さ、ついたよ」
そんな風に楽しく会話をしていたらいつの間にか目的地である職員室に到着していた。
あとは簡単である。山本先生にバトンタッチするだけ。別に俺なしでも出来るだろう。
「うわぁい、サンクスー」
「ユアーウェルカムだよ。んじゃ、俺は教室に戻るけど、何か用があったら、いつでもよんでね」
俺の出番、終了。
「はい、なにからなにまでお世話になりました。助かりました。それじゃ、またいつかお会いしましょう」
「ありがとう」
二人分のお礼を背に、俺は颯爽とその場を後にした。
いやぁ、いいことしたあとは気分が晴れ晴れしいなぁ。
教室に帰ろうと歩く。しばらく歩いてから、なんの気なしに思い出した。
斎藤とポテトを学食に食べに行く約束をしてたんだった。それを破って、中学生の相手をしていたのはいささか失礼ではないか。
一応学食に行ってみよう。まだ食堂に斎藤がいるかもしれない。
もしいたら、素直に謝ろう、その場を取り繕うためとはいえ、あんな風に逃走する形は酷すぎだ。
俺は教室に向けていた足を慌てて学食に向けなおした。
学食にはすぐについた。
食堂は思ったよりも混んでいて、人混みを避けながら斎藤を探すのは一苦労だ。昼休みならまだしも中休みでこれなら、なかなか良い商売になりそうである。
そんなことより、斎藤はいるのだろうか。
もしかしたら、教室にいるかもしれないが。
全体をザッと見渡す。
誰も彼も同じ格好なので見分けがつけ辛い。まったく制服で学校の個性を出すのはいいが、生徒自体は没個性じゃないか。そんなかでも髪を染めたり着崩したりして個性をアピールしている連中をなんだか応援したくなってきた。
と言っても斎藤は制服になんの改造を施していないので意味ないのだけど。
「あ、いた」
俺の視線の先に、椅子に座ってポテトを食べる斎藤の姿があった。
慌てて彼に駆け寄る。
「さいとー、悪い。用事すんだぜ」
「おう。雨音、あの二人のうち一人くらいは分けてくれよな」
ポテトをくわえ煙草のようにしながら、斎藤が言ってきた。
憎まれ口はともかくキチンと謝罪できて良かった。
「友達の妹なだけで、疚しい関係じゃないっうの」
斎藤の隣の椅子を引いて座る。彼の向かいは誰かに座られていたからだ。
「全く、お前の意味不明な人脈には驚かされるぜ」
「大したことない人間関係が表だって出てるだけだよ」
「表だけにか」
「…そんなギャグを意図して言ったわけじゃない」
パクパクとうまそうにポテトを食べる斎藤を見ていたら俺も無性にお口が寂しくなってきた。
俺も何か買おうかなと、席を立った時だった。
向かいに座っていた人が、話かけてきた。
「おいっす」
「や、山本ッ!?」
急に話かけてきた人物をよく見ると、今まで探していた人物、山本治郎に他なら無かった。
あまりの衝撃に開いた口がふさがらない。
教員室でなく、学食にいる、だと…。
山本は「だから先生をつけろって言ってるだろぉー」と笑いながら、手元に合ったかき揚げ定食の味噌汁を軽くすすった。
「あ、あんた何やってるんだ!?」
「こらこら、一応生徒と教師なんだから、けじめはつけなさい。怒るよ。プンプン」
うるせー!
「す、すみません。…じゃなくてっ!山本先生!学校見学来てる中学生ほったらかして何やってるんですか!?」
ぶほっ、山本は盛大に味噌汁を吹き出した。
気管に入ったらしい、ゴホゴホと咳払いをしながら、脂汗をたらして訊いてきた。
「な、なんで知ってる?」
「会ったからです!先生とはぐれたって言って捜してましたよ!それなのにあなたはここで何やってるんですか!?」
「かき揚げ食ってる」
「んなの見りゃわかんだよっ!」
俺は、中学生ほったらかして、学食でメシ食ってるワケを訊きたいんだ。まさか見たまんま職務怠慢なわけないだろ?ん?
山本は俺の怒りのオーラを感じ取ったのか、静静と唇を尖らせて言い訳を開始した。
「お、俺だって、二人がいなくなってることに気が付いて必死になって探したさ。だけど見つからないんだもん。人が集まるココなら情報収集できるし、小腹もすいたから、かき揚げでも食べながら今後の方針について考えてたんだ」
「ほんとかよ……」
「まじよまじ。俺、学食来て聞き込みしてたんだもん。今だって斎藤にインタビューよ」
胡散臭い発言を受けて、俺は斎藤に視線をやった。
斎藤は「いんやー」と二度ほど首を左右に振ると、ポテトをうまそうに咀嚼している。
決定的な証言を手に入れた俺はジト目で山本をねめつけた。
「さ、斎藤〜、証言を撤回してくれれば内申を考慮してやるぞー」
「お、まじすか?雨音、さっきのなしなし。山本先生はマジで刑事さながら聞き込みしてたぜ」
「遅いッ!」
今更そんなこと言われても説得力など皆無である。
俺は目つきを鋭くして、なおも山本を睨みつけた。
「あ、いや、ほら、大人には色々と事情が、」
「そんなのどうでもいいですから!二人とも職員室にいますよ!今すぐ戻って下さい!」
見苦しい言い訳などはなから訊く耳もたん。
そんなことより早々と行動に移ってほしいところだ。
「うう、わかったよ。あ、ちょっと待って」
「?なにがですか?」
「もうちょいでかき揚げ食い終わるから」
「早く行けよっ!」
俺が学食の活気に負けないように叫んだ瞬間だった。
キンコンカンコン、と短めなチャイムが鳴ると、『一年生の表雨音、一年生の表雨音、至急教員室に来るように。繰り返す、一年生の…』と校内放送が響いていた。
「え?」
校内放送で呼び出しをくらうのは初体験である。
「なにかしたんか?」
「いや、別に何もしてないと、思う」
斎藤が人事のように訊いてきた。
身に覚えがないけれど、校内放送で呼び出しを食らったからにはなにかあるのだろう、考えただけで嫌な汗が流れてくる。
「ほら、大至急だぞ」
「う、ぐ」
山本がニタニタ笑いながらかき揚げを頬張っている。
タイミングが悪すぎだ。悔しいがこの場は退くしかない。
「先生も早く職員室に行けよっ!」
中途半端な捨てセリフをはいて、俺は食堂を駆け足で去った。
「はぁはぁ」
職員室に到着した。学食と職員室であまり距離がないのが救いだ。
ちょうど顔見知りの先生が前を横切ったので呼び止める。
「せ、先生っ、いま放送で呼ばれたんですけど、なんですかね」
「あら、表くん。放送したのは私よ」
「そ、そうなんですか。それで何があったんです?」
そいつは手間が省けた。
俺の質問に先生はニコっと笑顔になってから俺の後ろを指さした。
「頼まれたの」
「あ、へ?」
「妹さん?」
俺の後ろにはいつのまにか、柚ちゃんと梓ちゃんが壁によりかかってこっちを見ていた。
「彼女たちに話かけたらあなたを呼び出すように言われたの。じゃ、先生はもう行くわね」
ひらひらー、と手をふって先生はニコニコと去っていった。
二人はそれに答えるように、手を振り返している。
「ありがとうございました」とお礼はキチンと述べてはいるが、友人の見送りのように馴れ馴れしい。
「それで放送で呼び出してまでなんの用?」
二人にそう詰めかけた。久しぶり、と挨拶を交わすような合間は無かったし、何より君たちが探していた山本を見つけた途端だ。自然と語尾が強くなる。
「いや、困ったことがあったら呼べ、と言われたんで」
「あ、ああ。そ、それで何があったの?」
別れて数秒の相手を呼び出すなんてよっぽどなことがあったのだろう。俺は思わず唾を飲み込んだ。
「はい。山本先生が、いないんです」
「は?」
「職員室にあの人がいない」
「だっ」
だったら俺じゃなくて山本を放送で呼び出せよっ!
悪戯な笑みを浮かべる二人に、俺はそう叫ぶ前に脱力してしまった。
そのニヤけ顔は明らかに嫌がらせに、放送を利用したと物語っていたからだった。
もう嫌、こいつら。