表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/36

8 貧民街

スガル王国では、貧しい者や破産した者、犯罪を犯した者などを隔離するために巨大な穴が掘られています。


その者たちは自給自足をしています。


国はこの貧民街に税金を使わずに穴に閉じ込めるだけです。維持管理などもしません。穴も貧民街の住民に掘らせました。その間の監視者も貧民街で気が利くものだけでやらせて、まったく国税を使わずに穴は出来たのです。





ただ、国がしたのは賢者たちが作った永久結界のみ。






穴は永久結界で一生出られないようにしています。

この穴に入ったら最後、誰も出ることが出来ません。


そして、穴で暮らすための家は自らが造らねばなりません。その為に、無法地帯である貧民街は、全て自分でやり、住む所が無ければ、穴を掘って暮らすしかありませんでした。





このおかげで、スガル王国の失業率が無くなったのでした。





いわば、国策による国のリストラになります。






ただし、この街で生まれた子供にはわずかな希望がありました。







剣士の称号を得て、貧民街を出ることが可能でした。






剣士になれば、少ないながらも給料が出ます。

また、食事もでるし、住むところも着る物もあたえられます。


剣士ザクウェルとドミニオンもそうやって貧民街から剣士になりました。一般庶民がよほどの事情がない限り剣士になる事は有りません。






前にも書いたとおりに過酷な兵隊生活です。






誰も、剣士になりたいというものはいません。

しかし、貧民街の穴倉で生活するよりは、剣士になった方が彼らにとっては幸せなのです。








10歳になるアリスもいつか剣士になりたいと思い、近所の元女剣士ナミキ・ヘイワードに剣を習い始めたばかりでした。






「魔法の呪文は、いわば自己暗示よ。」






貧民街でも穴の壁に近い街はずれで、ナミキはアリスにそう言いました。




「自己暗示って何?」




アリスは、小さな顔立ちで将来美しい女性になるだろうと思わせる程、均整が取れた顔立ちをしていました。髪はショートで美しい金色の髪をしています。細身の体は、食事のせいでしょう。少し痩せてはいました。



「自己暗示は、自分にそう思い込ませることよ。今持っている石の棒は、強くたたけば折れてしまうけど、折れないように強化の魔法をかけるの。その為には自分の魔力を石に流し込まなければならないの。折れないほど硬くなれと念じるの。でも、自分がそう思わないと魔力は石に流れ込まないのよ。」


ナミキは石の棒を片手で構えます。


Streng(ストレング)thening(ティング)(強化)」


呪文を唱えると、彼女は石の棒を穴の壁にぶつけます。

金属音が響き、石は砕けずにそのままの形を維持しています。


「これで、この石はちょっとやそっとじゃ折れないわ。ただし魔法も限界があるから絶対折れない訳じゃないのを覚えていて。」


アリスは頷きます。

「わかった。」


アリスは石の棒を構えます。

そして、気持ちを集中させて石が硬くなれと念じます。


Streng(ストレング)thening(ティング)(強化)」




魔力が腕を通るのを感じ取ります。





そして、結晶体に魔力が流れ込むイメージを彼女は感じ取ります。結晶体は魔力の影響を受けて、結晶体が変わっていくのが解ります。






そして、アリスが石の棒を横に振って穴の壁に棒をぶち当てます。






見事に折れてしまいます。








「ええええええええええ!」





アリスの思い空しく折れてしまった石の棒を、拾いながらナミキは笑います。

「まだ、暗示にかかりきっていなかったようね。石が変わっていく様子は感じた?」


アリスは、何度も頷きます。


ナミキは折れた石を観察しながら、石に変化が起きたかを確認します。

「まだ、きちんと変わりきっていなかったようね。でも、筋は良いわ。その証拠に強化が半分かかっているから。」

そう言って、石が折れた断面を見せると、鉄鉱石のように黒くなっていました。

「しばらく、この呪文を練習しておいて。これが基本だから、剣の練習はそれからよ。」

そう言うと、ナミキは折れて二つになった石の棒を呪文によって、また元に戻そうとします。



Return(リターン)(戻る)」



すると、元通りに石の棒が一つになります。


ナミキは、その棒をまたアリスに渡します。






アリスはまた構えて、神経を集中していきます。






ナミキが、耳元でささやきます。

「その石は本当は硬い物よ。細いから折れるなんて嘘。」






アリスは、硬くなれとまた念じます。







耳元でナミキの声が聞えます。

「あなたが念じればどんどん硬くなっていくわ。」








アリスは石の棒が、凄く硬い物のように感じてきました。

「さぁ、呪文を唱えてごらん。」





アリスが呪文を唱えます。


Streng(ストレング)thening(ティング)(強化)」





また、彼女の腕から魔力が流れていくのが感じてきます。







さっきとは違い、魔力が大量に流れていくのを感じます。







石の結晶にまた魔力が反応していきます。







そして、結晶体が変わっていくのが感じ取れます。







耳元でナミキのささやき声が聞こえてきました。

「まだよ。石が今硬くなろうと頑張ってるから待っててあげて。」






彼女は、その声の通り待ち続けます。








まだ、彼女の腕から魔力が流れ込んで行ってます。







石の結晶体が変化するのが止まったことが解ると。


「えい!」

アリスがまた横に石の棒を振ります。










ナミキが壁に当てた金属音より高い、美しい音を響かせています。










石の棒は折れていません。



「やった。」



アリスは、驚きを隠せずにナミキを見ます。







しかし・・・








逆にナミキが驚いていました。


「あなた、今何をイメージしたの?」


「え?」








ナミキは、アリスが持つ石の棒を見つめています。








石は見事な金色に変わっていました。








「そんな馬鹿な。」




ナミキの驚きは異常でした。

事態を飲み込めずにいるアリスは、喜んでいいのかどうなのかが解りませんでした。








「失敗したの?ナミキ。」






ナミキは、黙ったままアリスの石の棒を見ていました。








その時、女性の怒鳴り声が聞えます。

「アリス!」




アリスは、その声が不安ではなく恐怖に変わるのが解りました。







「お母さん。」



青ざめたアリスは、声がした方を恐る恐る振り向きます。

アリスの母シグレでした。


人気のない路地裏でアリスは、母親に隠れてナミキに剣を教えてもらっていました。


「何をしている?」

シグレはかなり怒っていました。



シグレは、肩は筋肉で盛り上がり、豊かな胸も半分筋肉となり、女性にしては少し背が高く、体は引き締まっていました。

ボディビルダーのように無駄な筋肉はついてないので、スマートには見えますが、決して痩せているわけではありません。



彼女は、灰色の囚人服のようないでたちで、つるはしを持っており、この路地裏入口に立ちアリスを睨んでいます。


表情は怖い顔をしていますが、長い黒髪を後ろで土ネズミの紐でまとめて綺麗な顔立ちはしていました。




「その、剣の修行を。」




アリスが恐る恐る言うと、シグレはズカズカと歩き出してアリスに近づくと彼女の手を取って、路地裏入口に向かって歩き始めます。

アリスは抵抗しても無駄だと解って、引っ張られるままついて行きます。

ナミキに手を振りながら、アリスは苦笑いをするのでした。


「ナミキ、また、今度ね。」


ナミキが手を振ろうと手をあげた時に、シグレが立ち止まりナミキを睨みます。








「二度と娘に剣術を教えないでくれ。」






ナミキは、その眼力の凄さに言葉を無くします。

シグレは、そのままアリスの手を引いて路地裏から出ていきました。

手を振ろうとして上げていた手をおろして、アリスが強化した石の棒をまた見つめます。


(この石の材質からして、できるのは鋼製の棒のみ)


彼女が、石の壁に向かってこの棒を横に振ります。

美しい高音があたりに響きます。

そして、また、この棒を見ます。







(オリハルコン?まさか強化でこれを作ったというなら)






その夜、ナミキはシグレの家に訪れます。




シグレとナミキは十年来の付き合いでした。



ナミキは十年前に、仲間の裏切りにあい、罪を着せられてこの貧民街に落とされたのでした。




彼女は、貧民街に来てすぐに、シグレと出会います。

シグレは、不愛想ながら家の作り方から、仕事の見つけ方、貧民街でのみ流通する金の種類を教えてもらいました。


金は、希少金属の含有量で価値が決まり、取引するときは魔力でそれを見ることも教えてもらいました。


また、穴の壁から染み出す水も、様々な水がしみ出していて、どの水が飲めるか、どの水と土と混ぜれば硬いレンガになるかなどを教えてもらったのです。

右も左も解らないナミキに、貧民街での暮らし方を教えてくれたのがシグレでした。



ナミキはシグレの家の戸を叩きます。



シグレがまた、不愛想な顔をして扉を開けます。

「何か用か?」

ナミキは、シグレに睨まれても慣れた感じでいました。

「アリスについて聞きたい。」

シグレは、睨んだままそっけなく答えます。

「ナミキに言う事はない。帰れ。」

扉を閉めようとするシグレに、扉にしがみ付いてナミキが言います。

「待ってくれ!彼女は凄い魔力の持ち主だ。あなたは知っていたのか?」

「アリスは、普通の女の子だ。すごい魔力など持っていない。帰れ。」






「これを見てくれ。」






ナミキは、アリスが強化した金の棒を見せます。

シグレは、それを見て一瞬目を見開きますが、それをナミキは見逃してしまいます。






「それがどうした?」






「アリスが強化した石の棒だ。この石の性質として鉄分を含有している石だから、強化しても(はがね)製の棒に変わるだけだ。なのに、彼女はオリハルコンに変えた。こんな魔法を使えるのは賢者クラスだ。いや、上位の賢者でもできないかもしれない。なのに彼女が何故できたのか。」


「偶然できたのだろう。アリスの魔力は私がよく解っている。」


ナミキは、シグレの態度に何か訳があると思いました。

「アリスは、きっとすごい剣士になる。この貧民街で一生を終える子じゃない。頼むから、アリスに剣術を教えさせてほしい。」


シグレはその言葉を聞いても動じません。







「アリスは、この貧民街で一生を終える。剣士など私がさせない。」







ナミキは、驚きます。







貧民街の子供は誰でも地上に出る夢を持っています。

この貧民街で暮らしていて幸せと思っている者は監視者の子供かごく僅かです。



「子供の将来を考えれば、剣士となって地上に出れば、その後どんな職業だってつける可能性が出来るのに、何故、あなたは子供の夢を摘んでしまうんだ?」



シグレは、不愛想なまま答えます。

「ナミキに言う事ではない。アリスが寝ている。帰ってくれ。」

そう言って、扉を閉じてしまいます。







ナミキは、シグレが何と言おうとアリスに剣を教えようと思いました。








このまま、貧民街で一生を終えるにはあまりにも不憫だと思ったからです。貧民街には多くの犯罪者もいます。自警団だって心優しい者などいません。ほぼ、犯罪者か腕に覚えがある者だけです。貧民街で弱い女性は大人だろうが子供だろうが、殺されるかレイプされるかという程の治安の悪さです。そんな街で一生を終えさせるのは可哀そうに思うのでした。




ナミキはシグレの隣の家に住んでいます。


その家に帰ると、オリハルコンの棒をベッドの下に隠しました。


恐らくオリハルコンを知っている者など、この貧民街には滅多にいないでしょう。


もしいるとしたら、聖魔導士で政治犯として貧民街に落とされた者ですが、そのような者は我々の世界と違ってかなりの少なさです。貧民街に落とされる以前に処刑されるからです。


国としては、なるべくそういうものに経費を掛けたくないし、救済処置を取ろうとも思いません。

どのような犯罪者も、賢者の手に掛ればすべて見抜かれますので、まず、捕まれば即処刑です。

ただし、聖魔導士クラスになれば、なかなか犯罪を見抜くことも困難になります。ですから、不正を働かないようにスガル王国では、聖魔導士の政治家は全ての者に監視が付きます。

聖魔導士は、魔石を埋め込まれてそれで監視されます。








ですから、貧民街に落ちてくる聖魔導士はよっぽど間抜けな魔導士になります。







そんな魔導士がオリハルコンの知識を持つ者の方が奇跡に近かったのです。


しかし、隠しておいた方が良いとナミキは思いました。

この棒の価値を知れば、この棒で暴動並みの争いが起きると思うからです。




次の日の朝。と言っても、この穴は地上から500mはあります。穴の直径は50キロはあります。穴の壁にも家々が貼りついて、自分たちで作った階段もあります。

この穴に日の光がさすのは6~8時間です。あとは暗闇がほとんどです。

ですから、貧民街の人々はライトの魔法をよく使います。

時間は親切な監視者が朝昼晩と三回鐘を鳴らして時を知らせます


アリスが朝の鐘の音で目が覚めます。


彼女は石で造った二段ベッドから土ネズミの毛皮をつなぎ合わせたシーツを剥いで起き上がります



light(ライト)



眠い目をこすりながら、アリスは一部屋しかない家の中の明りを灯します。

彼女は二段ベッドの上の段から、石で作った梯子をつたって降りてきます。


石のレンガで丸くドームになった天井に埋め込んである光る石が電球のように光り出します。


眠いのでしょう、目をコシコシと腕で擦りながら外に出ていきます。

家を出ると、すぐ家の裏側に向かいます。




母シグレがそこにいるからです。





家の裏側には狭いながらも、石でできた樽がいくつも置いてありました。魔力で造った水をこの樽に溜めておくためです。

その樽の傍で、上半身裸になって、土ネズミの皮で体を拭いているシグレがいます。







「お母さん。お早う。」






シグレは、普段不愛想ですがアリスにだけ微笑んでくれます。彼女はアリスに微笑みで返します。








アリスが傍に来ると、彼女はそのままの格好でアリスをギュッと抱きしめるのです。


「お早うアリス。ちゃんと眠れたかい?」




アリスは、土ネズミの匂いが染みついた母の体に抱きしめられて安心します。

「うん。ちゃんと眠れた。」

「そうかい。それじゃ、朝食を作ろうか。」



「うん。」




朝食と言っても、土ネズミの肉の干物と雑草を岩塩で炒めたものと土ネズミの骨と岩塩のスープです。

「今日は土ネズミの牧場に行くからついておいで。」


土ネズミの肉を何度も噛み締めているアリスに、シグレが言います。


「最近、大ミミズが土ネズミを襲っているそうだから、もしかしたら退治しないといけない。アリス、手伝ってくれるね。」


アリスは、土ネズミの肉の干物を味が出るまで何度も噛み締めながら、頷きます。

シグレは、そんなアリスを見ながら思います。






(ナミキは危険だ。何とかしないといけないね)





第8話まで来てしまいました。

物語はゆっくり進みますので、退屈されている方は申し訳ございません。

今回から、スガル王国編になります。

そして、主人公であるアリスがやっと登場しました。

彼女がこの物語でどうかかわっていくかが、変な話ですが描いている私がすごく楽しみにしています。

今回、貧民街についてかなりの量の説明を書くことが出来ませんでしたので、少しずつ書いていきます。

まず、貧民街ですが、この街に住む者は国に税金を納めない代わりに監視者という貧民街でも特権階級の者たちによって、街を区割りして監視されています。監視者はいわば町長に当たる役割を持ち、街の自治権を持っています。ただし、貧民街では警察がいないので、犯罪や殺人は野放しになります。その代わり、監視者が自警団を作り犯罪の抑制と裁きまで担います。ただし、殺人の犯人が解ればの話です。人が死んでも捜査などは自警団は行いません。人が減ればその分自分たちの食い扶持が増えると考えるからです。

ですから、街の住民は自分の身は自分で守るを信条としています。

つまり、国に見捨てられて、国外にも出れないようにして、隔離された街です。

これは、人口問題に直結します。

人口が増えすぎたので、納税不可能の国民を国が補助できない事を意味しています。

また、この世界がやっと各国の協調路線に切り替わろうかとしている時代なので、多国に迷惑を掛ける事も、国際非難の的になります。人道上どうとかという概念はこの世界ではまだ薄いので、こういった政策も取ることが出来るのですね。

さぁ、アリスがどうなるのか期待してくれたら有難き幸せです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ