7 是か非か
エーリッヒは悔いていました。
自分が良かれとしたことで、二人の男を死に追いやってしまったことを。
エーリッヒはジークの胸に縋り付き泣いています。
ここは、エーリッヒの部屋であり、ベッドにエーリッヒとジークが一緒に座っています。
巨大な城の部屋として、この部屋は王室の部屋とは言い難い広さです。
しかし、無駄なく机があり、書物も書棚にぎっしりと詰められて、装飾の細工を施した衣装棚もあり、クローゼットもしっかり備え付けられてはいます。
そして、窓辺には座れるスペースもあり、窓の近くに顔を洗うように洗面器と水差しを置いている机もあります。机の壁には煌びやかな装飾に施された鏡が掛けれており、その机の隣にベランダに続くガラスの扉が付いています。
ベランダにもテーブルと椅子が二つセットとして置いてあり、外を眺めれば、巨大な街が一望できます。
しかし、その部屋は裕福な家庭の8畳くらいの部屋にしかならず、大きな家具で、ある程度一人が移動できる範囲の空間しかありません。
王室の部屋としては、優雅さにかけます。しかし、機能で考えれば、一人がこの部屋を使うには十分な広さを持っています。
ベットで寛げば、広い空間が上の方には待っています。
十分寛げる広さです。
それは、この世界の人間が必要とする最低限度の広さを保持していました。
その部屋でジークはエーリッヒを慰めていました。
目の前には母ルイーゼがチェストに座り、同じく賢者ヘルムートも隣に座っています。
「エーリッヒ、もう悲しまないで。せっかく父上のお誕生日ですもの。悲しめば、父上を祝ってあげられないでしょ?」
「ごめんなさい。母上様。でも、城に来るまでは二人は生きていました。リンゲンは私達に部下の無礼を平に謝りました。なのに。」
エーリッヒはまたジークの胸に顔を埋めます。
「そうね、でも彼らは私兵とはいえ兵士なの。兵士は部下の失態の責任を問われなければいけない。それが規律となり統制が取れた軍隊となるの。彼らにとっては不幸ではあるけど、兵士とは主に命を預けなくてはならないのよ。ローゼンハインツも王に忠誠を見せなくてならないから、あのような行動に出たと思うの。父上はその思いも汲み取ってやらなければならないの。すごく判断に迷うところを、王は即時に判断したの。解ってあげて。」
ジークは自分の中の疑念を母にぶつけます。
「でも、あの女はどこか信用できません。やり方が派手過ぎます。」
ヘルムートがジークの意見にくぎを刺します。
「そのような言葉はめったやたらに言うものではありませんぞ。王の部下を、ご子息が信用していないとなれば、王の威信にも響くもの。よいですかな、何が正しくて何が間違いかは場合によっては、時が判断する時もあるもの。王はあのものが信用できないからこそ、近くに置いたのですぞ。」
エーリッヒが母の胸にうずもれながらヘルムートを見ます。
「どうしてそんな危険なことするの?」
「危険なものはすぐ傍に置いて、見張っておくことが一番。そうすれば、何が危険なのか見極めることができる。それが王としての判断だからですぞ。」
エーリッヒが泣き止み、埋めた顔をあげます。
「お父様は、危険だと思ったから大臣にしたという事?」
ヘルムートが頷きます。
ジークは母ルイーゼの方に顔を向けます。
「母上はどう思うの?」
ルイーゼは複雑な表情を見せています。
「そうね。あの行為は酷過ぎると思うけど、あの場を治めるためには仕方なかったと思うわ。王は天秤の柱でなければいけないの。片方の言い分だけで判断してはいけないのよ。両方の意見でバランスが良い所を判断しなければいけないの。あなた達には、まだ、難しい選択だから王はあなた達にそのようなところを見せてしまったことを、すごく気にしていたわ。時間が有るならもう少し大きくなってから見せるべきものだったのよ。父上は、父としてあなた達に申し訳なく思っているのよ。」
二人は、父が申し訳ないと聞いて驚きます。
「そんな、父上様は何も悪くはないわ。」
エーリッヒは父の事を心配になってそう言いました。
「そう父上が思っているなら、私たちはどうすればいいんです?」
ジークがそう言うと、ルイーゼは優しく微笑み首を振ります。
「何もしなくていいの。ただ、王の気持ちを汲み取って理解してあげればいいのよ。」
エーリッヒは、自分の思いだけで泣いていたことを恥じていました。エーリッヒは、涙を手で拭って母とヘルムートに謝ります。
「ごめんなさい。父上の思いも知らずに。私だけ泣いたりして。」
ルイーゼはエーリッヒを抱きしめます。
「いいのよ。あなたはまだこれから沢山色々なことを学ばなければいけません。いつかこのような難しい判断を迫られると思うわ。その時に今日の事を思い出せばいいのよ。」
ジークも二人に謝ります。
「ごめんなさい。僕も自分勝手すぎたかもしれない。」
エーリッヒを抱きしめたまま、ルイーゼはジークに向かって優しく微笑み、そして小さく首を振ります。
「いいえ、あなたは自分勝手ではないわ。疑念を持つことも必要なのよ。ただ、その疑念に支配されてはいけないの。疑念だけでは人を信用できないだけ。人を信じるためにやることを考えなければいけないのよ。」
エーリッヒは、抱かれた体を母から離して、彼女を見つめます。
「解りましたわ。母上様。」
ルイーゼは、二人の肩に両手を延ばします。
「今日は、もう宴には出なくていいから、二人とも、この部屋でお休みなさい。ジーク、エーリッヒの事をよろしくお願いね。」
ジークは、母に向かって頷きます。
ルイーゼはそれから続けて言います。
「それから、父上があなた達が捕らえた猪を大変うれしく思っていたわ。そのお礼を言う時間がなかったって言ってたの。私が代わって言うわ。心からあなた達を愛してる。」
二人に笑顔が戻ってきました。
「さぁ、今日はお休みなさい。色々あって疲れたでしょう。」
彼女はドレスのポケットに入れている呼び鈴を取り出して、鈴の音を響かせます。
すると、部屋の扉から2名のメイドが現れてお辞儀をします。
「お妃様。お呼びでしょうか?」
ルイーゼがメイドたちに二人を寝かせつけるように指示を出して、ヘルムートと共に部屋を出ていくのでした。
部屋を出ていくときにエーリッヒが呼び止めます。
ルイーゼが振り返ると、服をメイドに脱がせてもらいながらエーリッヒが母に言います。
「母上様、父上様にお伝えください。私達も愛していると。」
ジークは母と目があい、微笑んでいます。
「わかりました。父上もお喜びになるでしょう。」
そう言って部屋を出ていきました。
ルイーゼはヘルムートと共に宴の席である大広間に向かいます。
「ヘルムート。子供たちには言わなかったけど、何かこれから恐ろしい事が起きそうな気がするの。」
「何を仰います。お妃様。陛下がいる限りそのような事は置きますまい。陛下は賢明なお方。聖騎士にあられて賢者の称号まで持つお方ですぞ。そのような事が起きる筈がないでしょう。」
ヘルムートは歩きながら、ルイーゼの不安を取り除こうとします。
「いいえ、陛下はご高齢です。そのご高齢が災いを成すかもしれません。ヘルムート。」
ルイーゼが立ち止まり、おくれてヘルムートが立ち止まります。
そして、彼は不安げな表情を見せる彼女を白い眉毛と皺に隠れた目を大きく見開き見つめます。
「何かあったら、あなたの命に代えても、子供たちを護って頂戴。」
ヘルムートは白い顎髭をしごきながら、ルイーゼの不安が何なのかを考えます。
「解りました。この老いさらばえた体。命ある限り王太子をお護りする所存で御座います。」
片膝をついて、ルイーゼに首を垂れるヘルムートでした。
ルイーゼはひとこと言ってヘルムートを残して大広間に向かいます。
「頼みましたよ。」
歩き去った後、ヘルムートは立ち上がり、歩き去るルイーゼを見送ります。
「女の感はよく当たると聞く。誠にならねば良いが。」
ルイーゼは、既に始まっている宴の席である大広間に着きました。従者に合図すると、従者が声高に妃が到着したことを大広間中に響かせます。
「お妃様のご到着!」
メイドがルイーゼに一礼して席まで案内します。
全員が食事を止めて、ルイーゼが席に着くのを待ち、彼女を見ていました。
ルイーゼが上座にある席に着くと、四角く囲んである長テーブルに座る列席者を見渡します。
「王の妃として、遅れたことを皆に謝ります。第2王子と第3王子が初めてのことなので、緊張し気分が優れないことと相成りました。介抱のために国王ヒンデンゲルグの指示によってお時間を頂く事になったことを平に謝ります。王子達は、既に気分も落ち着きましたが、用心のために、この宴には出席できない事となりました。このような祝いの席に、斯様な失態を見せたことを皆の多大なる慈悲を受けたいと思います。」
王子が具合が悪くなったことを、心配して列席者たちは隣同士で具合は如何だろうかと話し合って場内をざわつかせていました。
ただ、末席に座っている女性である聖魔導士ローゼンハインツは下を向いて、長い髪で顔を隠してほくそ笑んでいました。
彼女は、自分の部下の首をはねることで、王子達に当てつけのように見せたのは事実だからです。
ローゼンハインツの隣にいる大蔵大臣シャルルエッセは王子の事を心配して、ローゼンハインツに話しかけます。
「王子の具合は如何なものだろうか?ローゼンハインツ。お主は最後の謁見であろう。その時の王子達は如何であった?」
ローゼンハインツは心配な表情を作り、隣で本気で心配している大蔵大臣に言うのです。
「は、そういえば、少し青ざめていたかと思います。緊張しすぎて、少し血の気を亡くしたのではないでしょうか。」
大蔵大臣は、偽りの表情を信じ込んでいました。
「貧血で済めばよいが。陛下もご高齢だ。王子達が病気になられては国民が不安がるからのぉ。」
この馬鹿正直から顔をそらして、ローゼンハインツは鼻で笑います。
(この国は馬鹿ばかりだ)
国王ヒンデンゲルグが衛士長シャルンホルストに支えられながら席から立ち上がります。
「わしの祝いの席で、このように集まってくれた皆には感謝をしている。アドリア王国からお越しになられたヒメリア妃に関しましても、このような失態、私からも謝らせていただく。」
そう言って、隣に座るヒメリア妃に頭を下げます。
ヒメリア妃は立ち上がり、ヒンデンゲルグが頭を下げている体に両手を差し出して、体を起こさせます。
「何をもったいない。ご子息たちも具合が悪い中で立派に謁見を終わらせました。これもひとえに陛下のご尽力があったればこそですわ。さぁ、皆さんも王子達の分まで陛下のお誕生日を祝いましょう。」
ルイーゼがヒメリア妃に頭を下げてから、列席者に言います。
「有難う、伯母上。さぁ、今宵のメニューにないものを王子達より王に贈られました。今日狩り捕ったばかりの猪の肉です。総料理長自ら腕を振るって作りました。大変おいしくできていますから、皆で堪能してくださいね。」
そう言われて、また、和やかに列席者たちは食事を始めるのでした。
三人が席に座ると、ヒンデンゲルグがヒメリアに言います。
「すまない。我が国の失態を治めるのにヒメリア殿に力を借りねばならない事を。心からお詫びする。」
ヒメリアは、笑顔で年老いた王を見ます。
「いいえ。姪のためですもの。この位構いません事よ。それより王子達は大丈夫なの?ルイーゼ。」
ルイーゼは、笑顔で答えます。
「ええ、大丈夫よ。今頃メイドたちに寝かしつけられてスヤスヤと寝ている筈よ。」
ヒメリアは安心した表情になります。
「そう、それはよかった。明日、あなたの子供たちに会えるかしら?」
ルイーゼは、苦笑します。
「子供たちが、大喜びしますわ。もしかしたら、狩場に連れていかれるかもしれないわよ。」
ヒメリアはそう言われて嬉しそうでした。
「では、私が鷹狩の手本を見せましょうかしら。」
ヒンデンゲルグが笑います。
「ヒメリア殿は、それが狙いで来られたのではないでしょうな?」
ヒメリアが満面の笑顔を国王に見せます。
「当り前じゃないですか。姪の子供たちがどれほど腕をあげているか。楽しみに来たのに。それを見ずして国には帰れません。」
三人は笑い合いました。
ヒメリア妃は、アドリア王国で第2王妃になります。
アドリア王国はイセプロン王国から南の国境に接した国で、古くから血縁関係を築いている同盟国です。国王であるヘイムッソーは、側室を持たずに9人の王妃を娶っています。
そう王妃たちにはそれぞれが子供を持ち、その子供たちで成長したものは、国王の信用できる側近として勤めています。
ヒメリアにも子供が二人いますが、二人とも王女でした。
ヒンデンゲルグとヘイムッソーは、ゆくゆくはこの二人の王女と歳が近いフリードとジークに嫁がせようと、口約束をしていました。
その為に、ヒメリアは、自分の二人の王女を引き連れて王の祝いに出席していたのでした。
また、ヘイムッソーは乱暴者だったために、礼儀作法がなってない事も、もうひとつの理由にはなっていました。
彼女は、ルイーゼとあまり変わりない年です。
少しばかりヒメリアの方が年上になります。
彼女は14歳にしてヘイムッソーの妃になりました。
それでも、子供が出来たのはルイーゼとあまり変わりがありません。
彼女は聡明で美しい南部の顔立ちをしています。そして美しいブロンドの髪を綺麗に三つ編みにして頭の上にまとめて、細身のドレスを着こなしています。
ですが、かなりの行動派で、男顔負けの狩りの名手でもあります。
特にボウガンと鷹狩の腕前は、目を見張るものがありました。
また、三人の王子達にも大変好かれており、彼女の人懐っこい性格がそれを証明していました。
その夜は、宴も滞りなく終わり王と王妃は、二人の寝室に行き二人抱き合いながら、ベッドの床に着きました。
彼女はこの部屋でのみ、王妃としてではなく一人の女として愛する男の胸に顔を埋めることが出来ました。
「ねぇ。パウロ。あの女と帰り際に何を話していたの?」
パウロは、ヒンデンゲルグの幼少名です。彼は、この部屋でのみ彼女にその名前を言わせていました。
「なんだ、焼きもちか?」
ヒンデンゲルグがそう笑いながら言うと、彼の胸に当てていた顔を起こして、笑っている彼を見るのでした。
「違うわ。あの女がなんだか気味悪くて怖いのよ。」
ヒンデンゲルグが笑顔を絶やさず、少し考えて言います。
「あやつ、軍需工場をもっと増やしたらどうかと言ってきおった。」
「工場を作って雇用を増やすという事?」
「ああ、そうだ。しかし、それは断った。」
「どうして?」
「魔法に機械は必要ない。機械を作れば資源が枯渇する。この星は魔法のおかげで人口が異常に増えている。なんせ、怪我をしてもすぐ魔法で直せるからな。スガル王国なんか100億以上の民を抱えている。機械を大量に作れば、この星の資源をあっという間に掘りつくすのは目に見えている。魔石だって、枯渇資源の一つになりつつあるのに、そんなことが出来るわけがないだろう。」
ルイーゼはまた、ヒルデンゲルグの胸に顔の頬を当てて、あの女の事を話します。
「そうね。でもなんだか怖いの。あの女の野心的な目を見ていると。何でもかんでも丸呑みしてくる蛇みたいで。」
ヒンデンゲルグが、ルイーゼの銀色の髪の毛を優しくなでます。
「大丈夫だ。だからわしの近くに置いている。あの女が何を企んでいるのか知らねばならん。わしも老いた。子供たちに残してやれるものを選ぶ時期に来ていることは確かだ。今信じられるものは、衛士長シャルンホルストと従者長ドリントルの二人だけ。どちらも、歳が行きすぎとる。子供たちが成人するまで、あと少しだ。それまでに信じられる者たちを残してやりたいんだよ。」
「駄目よ。」
「ん?」
「あなたはまだまだ、国の為に頑張らないと。」
「こら!わしにまだ働けというのか?」
「そうよ。だって、私はまだ若いんですもの。」
二人は笑います。そして、二人は唇を重ねあいます。
「パウロ。死ぬときは一緒よ。」
「わかった。お前が死ぬまで生きてやるよ。」
そう言って、二人はベッドのシーツの中で抱き合うのでした。
二人が言っていたあの女は当然、ローゼンハインツの事です。
そのローゼンハインツは、次の日、軍務省に足を運びます。
軍務省の軍務大臣に会うためです。
国務大臣経済担当官としての挨拶をしに来たのです。
「ローゼンハインツ。君は女性で初めて、異例の出世を成し遂げたね。いや、君の手腕をいかに見せてくれるか、楽しみだよ。」
軍務大臣メイロンが大臣室で、葉巻を銜えて自分の机を前にして椅子に座りふんぞり返っていました。
「閣下、女は関係ありません。しかしながら手腕を見せろというご要望なら、今すぐにお見せしますが。」
メイロンは、銜えている葉巻の煙を鼻で勢いよく出します。
「ほぉ、なら今すぐ見せてくれ。」
ローゼンハインツはニヤリと口をゆがめて、片方のほうれい線を濃くして笑いの表情を見せます。
「民間で軍需工場と開発を任せます。その為の補助金を軍務省から出して支援させます。補助金の名目は平和利用という形が良いでしょう。」
何を馬鹿げたことをという表情を眉間に皺をつくり、片方の太い白髪交じりの眉毛をあげて笑います。
「気は確かかね。陛下がこれを知ったら失望されるぞ。第一、工場建設は環境汚染の悪化を招くために、陛下自ら御触れを出して制限されてるんだぞ。そんなこと出来る訳がないだろう。バカも休み休みだ。」
ローゼンハインツは、心の中で(やっぱり馬鹿か)と思いますが、表情に出さずに言います。
「だから、先の大戦でマルセイユ公国に負けたのです。」
メイロンの眉毛がピクリと動き、先ほどまで馬鹿にしていた表情が消えうせます。
彼は軍人の顔になります。
「貴様、まだ大臣になりたての癖によくそんなことを言えるな。陛下にはこの事は言わずに不問にしておくことを有難く思え。」
「しかしながら、マルセイユ公国との戦で撤退を余儀なくされたのは、兵力差はもとより、敵の国境における砦攻略がままならなかったからではないでしょうか。」
「何を知った風なことを言いおって、あれは、敵がマルセイユ公国のみならず、イスレイヤー帝国とスガル王国が加担したからだ。マルセイユ公国だけなら勝てた戦いだ。」
ローゼンハインツは、その言葉を待っていました。
「だからです。圧倒的な戦力差を補う兵器が必要になります。」
ローゼンハインツは後ろに控えていたグスタフに眼差しを向けます。
「グスタフ。例の物を。」
グスタフは、房が付いたヘルメットを小脇に持って、持っていた魔法祇をいれた筒を彼女に渡します。
彼女は筒から魔法祇を取り出すと、メイロンの机に広げます。
「これは!」
メイロンは、魔法紙から飛び出て空中に映し出される立体図面を見て驚きます。
「これは、圧倒的戦力差を補うために考えたものです。これがあれば、圧倒的戦力差を言い訳にせずに済み、我らに勝利をもたらすものです。」
メイロンは、その兵器を見て汗をかき始めます。
「しかし、これは陛下に御見せせんとなんとも・・・」
ローゼンハインツはふんぞり返っているメイロンの傍に行き、ひじ掛けに座り、彼の肩に手を回します。そしてメイロンが銜えている葉巻を取り、自らがその葉巻を吸い、煙をメイロンに吹きかけます。
その時、彼女は回している手から、気付かれないように白い粉を煙に紛れさせます。
彼女は葉巻をメイロンの机にある灰皿に乗せてから彼の額に自分の額を付けます。
「陛下はご高齢です。もう戦線は大臣にまかせっきりでは御座いませんか?」
メイロンは目がトロンとなってきました。別に眠たい訳ではないのですが、目に力が入らないのです。
「しかし、これは大量の魔石がいるぞ。魔石は必需品だ。新たに産出量を増やさねばなるまい。」
彼女は、メイロンに抱き着いて耳元でささやきます。
「増やせば宜しいじゃないですか。」
メイロンは頷きます。
「考えてみよう。」
彼女は、メイロンの首を絞めるそぶりをします。
「いいえ、考えるのではなく。やってみるのです。結果を出せばきっと陛下もご納得致すでしょう。」
メイロンは震えるように小刻みに頷きます。
そして、唾をのみ込みます。
「わかったやってみよう。」
その言葉を待っていたかのように、ローゼンハインツがメイロンの唇に自分の唇を重ねます。
口づけを躱し終えると、メイロンは離れ行くローゼンハインツの虜になっていました。
彼は彼女を追いかけて椅子から離れようとします。それを止めるかのように、彼女は彼の両肩を両手で押さえて椅子に止め置きます。
落ち着かなさそうにしているメイロンをしり目に、入り口に向かって歩き、扉を開けて振り返ります。
「楽しみに待ってます。」
ぎこちなく頷くメイロンを見てグスタフと共に部屋から出ていきました。
メイロンは、身震いして彼女が灰皿に置いて行った自分の葉巻を見ます。慌てたようにしてその葉巻を吸って煙を出して、中毒患者のように安堵に満ちた表情を浮かべるのでした。
第7話になります。
登場人物の紹介的な話になりますが、この世界を知ってもらうためにはまだまだか切れていない所も多々あります。
今回は、ヒンデンゲルグ王と若きお妃様のお話と、ローゼンハインツが徐々に野望のために動き出すところまでを書きました。その中で資源や人口などに触れている通り、この世界は異常に人口が多い世界なのです。我々地球の人口で80億を超えれば、地球は破滅するそうですが、その倍以上いると考えてください。
その人口の多さで、失業率は各国で課題となっています。もちろんワークシェア政策なども取られて、一人一人に職を与えるなど、様々な政策を取られてきています。その一例としてヤポニア帝国で書かれた魔法列車です。魔法列車ひとつとっても、我々の世界の新幹線に乗っている職員の倍以上の数が働いています。また、安い賃金で買えるように物価も安く抑える政策が各国で取られていることは、前回のあとがきで書かれた通りです。
やっと、ローゼンハインツが野望のために動き出しました。
次回から、スガル王国編に変わり新たな主人公たちが出てきます。
さて、どのような主人公たちが出てくるか、また次回も読んでくださいましたら幸せです。