5 エレメント教
王都ブリリアント(輝ける)は、中世のお城のように町を城壁で取り囲み、更に、城を城壁で囲んでいます。
城下町を取り囲む城壁の外にも町は広がり、巨大な都市として存在しています。
城は都市の中心からやや北部にずれて建てられており、その城から都市の中心に向かって、街の上に一本の高速道路が伸びています。
その高速道路は都市の中心からやや南のクローバー型分岐点で、十字に分かれています。
その高速道路は、都市の外側まで続き、やがて都市の上ではなくて、車線は増え地続きの巨大な道路に変わっていきます。
この巨大な車線の中に複数の護衛者に守られながら古風なリムジンに似た魔法車が走っています。
リムジンの後ろには、箱型でフルサイズバンタイプの魔法車が走っています。
この二台を取り囲むように6台の黒地に金の装飾を施した魔法装甲車が走っています。
リムジンには、イセプロン王国の3人の王子達と、賢者ヘルムート、そして従者長モーハンが後部座先で向かい合うように乗っていました。
三人は運転手と助手席を背に運転席側にフリード、真ん中にジーク、助手席側にエーリッヒの順で座っています。
運転席と助手席には、お抱え運転手ムトーが運転しており、助手席に衛士長モルトゲが目の前のダッシュボードの魔石で各装甲車に連絡を取っていました。
魔法車にはハンドルは有りません。もちろん、車輪の駆動部は存在してますが、魔石に魔力を送って駆動部を動かして操作します。運転手は座席に座りハンドル大の魔石に手を当てて、魔力を調整しながら走ります。
もし、我々の世界でこのような技術があったら、公害問題は起きなかったでしょう。
魔法車の車内では、国王ヒンデンゲルグが陣頭指揮をしたタンネの戦いで花を咲かせていました。
「父上は、魔法列車で兵員輸送を考えたんでしょ?それって凄い事なの?」
エーリッヒは女の子のような喋り方をよくします。
「そうだよ。魔法列車は陸上では一番早いからね。エーリッヒもこの前習ったように、イセプロン王国はマルセイユ公国とデューマ帝国の二つの大国を相手にしていたから、我が国は板挟みの状態だったんだ。だから、どちらも兵員不足にあえいでいた。だから戦況を見て、魔法列車で兵員を即時に輸送して兵員不足を補ったんだよ。」
フリードは優しくエーリッヒに教えながら、ちらりと賢者ヘルムートを見ます。
ヘルムートはニコニコと口元に笑みを浮かべながら、顎から伸びた白いひげをしごいています。
衛士長モルトゲがその会話に口を挟みます。
「その配分を陛下より、私モルトゲが承り
ましたのは、ご存じなかったでしょう。」
「え!モルトゲが兵隊を動かしていたの!」
エーリッヒが好奇心を膨らまして、自分の後ろにある助手席に座るモルトゲの方に振り返ります。
モルトゲが自慢げに話します。
「あの時は、すさまじい戦いの中で、どちらも兵員が足りませんでした。ですが、このモルトゲは陛下の戦況分析を信じて兵員を配分いたしましたら、見事タンネの戦いでの勝利に貢献いたしました。これも、戦況を見抜いた陛下のお力故で御座いますな。」
「へー御父上は凄い事をしたんだ。」
ジークが苦笑しながら隣に座るエーリッヒを揶揄います。
「今頃、お父上の凄さに気づくなんて、ヘルムートの授業を寝てばかりいるからだな。」
エーリッヒがまた、頬を膨らませて怒ります。
「もう、お兄様ったら、また、ヘルムートの前でそんなことを言う。ヘルムート、なんか言ってよ。」
「ほほほ。そうですな。寝てはおりませんが、王子は時たま、小鳥にご興味があらせられる場合が御座いますな。」
笑いながら、賢者は顎髭をしごいています。
フリードがエーリッヒの方を向いて言います。
「なんだ、寝てはいないけど余所見はしてるのか?」
エーリッヒが赤くなりながら困ります。
「フリードお兄様違います。ただ、たまに小鳥が可愛いなと思うことがあるだけです。」
ジークは、追い打ちを掛けます。
「それを余所見というんだよ。」
一同が笑います。
衛士長モルトゲが振り返り、王子達に呼びかけます。
「さぁ、城壁をくぐりました。前方にGolden Castleが見えてきましたぞ。」
黄金の城Golden Castleは、黄土色の石煉瓦で造られた城です。
朝日を浴びると城はよく研磨された石が光って、黄金のように輝きます。
三人は、体を運転席の方に向けて、フロントガラスから見える城を見ます。夕焼けに染まって赤く黄金色に輝いています。
「この道が出来て、見やすくなったね。」
エーリッヒが二人の王子に言います。
フリードがこの道のおかげで解消されたことを二人に話して聞かせます。
「この道も、父上が御造りになられた。この道のおかげで失業した国民も減ったと聞く。まことにお父上は凄いお方だ。」
「うん、凄い!」
フリードが言う言葉を聞いて、自分の父ヒンデンゲルグ王の凄さを嬉しく思うエーリッヒでした。
「ねぇ、久しぶりに王都に来たんだから、街の中も通って見ない?」
このエーリッヒの提案に、フリードが諫めます。
「こら、我々だけではないんだぞ。衛士たちが護衛しているんだ。護っている衛士たちに失礼だぞ。」
エーリッヒは、モルトゲに懇願します。
「ねぇ、モルトゲ。最後のジャンクションからだったら、お城まですぐなんだから、街を見ても良いでしょう?衛士たちには城についたら謝るから。」
衛士長モルトゲは、エーリッヒが懇願したらすぐに折れて聞き入れてしまいます。
彼にとってはエーリッヒは可愛い子供で赤ん坊の時から守っているので、自分の孫のように目に入れても痛くない存在でした。
「我々は、どのような場所でもお護り致しますから、大丈夫ですが、従者長殿と賢者様は如何でしょうか?」
エーリッヒは、目を輝かせて、賢者ヘルムートと従者長モーハンを見つめます。
ヘルムートは笑いながら、モーハンを見て言います。
「王子の向学のためなら致し方ないが、モーハン、おぬしはどうかな?」
モーハンは、最後の決断を振られて目を大きくしてから、眉間に皺を寄せます。
「さて、困りましたな。ここは王様にお聞きしないと、判断できないですな。」
エーリッヒは、悲しそうな顔をして駄々をこねます。
「えー、父上はここにいないじゃない。酷ーい。」
そして、頬を膨らませて怒り始めます。
モーハンも、この頬を膨らませて怒るエーリッヒの顔が大好きでした。
モーハンは、この表情を見て満足しています。
「よろしいですよ。ムトー。最後のジャンクションで街に降りなさい。そこから城に向かう。それから、衛士長。贈り物の車に装甲車を2台つけて、残りの4台でこの車を護るようにするように。」
エーリッヒは喜んで、モーハンに抱き着きます。
「ありがとう!モーハン!大好き!」
モーハンは抱き着かれて、少々困りながら嬉しく笑います。
「これ、王子、むやみに従者に抱き着くものではないですぞ。」
一行は二手に分かれて、王子達はジャンクションで降りて街へ。
贈り物を乗せたフルサイズバンは、真っ直ぐ高速で城に向かいます。
街の中の車道は石畳になっており、ゆっくりと車を進めます。
エーリッヒは、興味津々で街を見ています。
二人の王子は、既に王室として公務を始めていますので、視察などで、街を見て回る機会があるものだから、エーリッヒほど、燥いではいません。
フリードは2年前から視察を開始していますので、王と周辺の街は見慣れた景色になっていました。
ジークは今年始めたばかりなので、エーリッヒに店の事などを色々説明しています。
エーリッヒが車の窓から町を見ていると、白い制服を着て魔法ライフルを肩に背負っている兵士風の男が店の前に立っているのに気付きます。
「ねぇ、あの人たちは何?」
ジークが嫌悪感を表情に出していいます。
「白シャツ。ストライクレンジャー。SR。色々呼び名があるが結局はローゼンハインツの私設軍隊だ。可哀そうに、店の中に入れないように立っているんだ。」
「どうして店に入らせないの?」
エーリッヒの質問にフリードが答えます。
「エレメント教を迫害しているのさ。」
従者モーハンがジークの言葉を訂正します。
「今はエレメント人ですぞ。王子。」
エレメント教。
宗教というよりは、思想家たちの集まりに近い人たちです。
今から600年ほど前にパラケルススが唱えた四元素の精霊を信じる者達のことを言います。彼らには地・水・風・火の四元素をもとに四つの派閥を作り、ともに協力し合って生きることを信条としています。この人々は派閥間の争いは無く共に協議し、憎しみ合わずにそれぞれの意見を熟慮して物事を決めていく考えを解いているのです。また、派閥ごとに着る服を統一しているのも、この人々の特徴です。地の派閥は黄土色。水の派閥はライトブルー。風の派閥は銀色。火の派閥は赤色として、お互いの色を侮辱しない決まりなど、争わない方法の戒律を決めて、他人を認める事を信条としています。
「White castleの村にも、エレメントの人はいるけど、みんな良い人よ。どうしてそんなことをするの?」
エーリッヒの言葉は当然でした。
しかし、フリードが言います。
「エレメント人は他国からも迫害されて、我々の地に移住してきたから、それを排除したいのさ。ローゼンハインツが主張しているのは、単一民族に統一された国。そして統一された国で結束を図りたいのさ。」
「そう、イセプロン人の祖先である、プロスト人の血を受け継いだ者だけでやっていこうという馬鹿げた話さ。」
ジークがそう言うと、ヘルムートが口を開きます。
「王子達、そのような言葉はお控えなされ。よいですかな。王としての条件として、どのような事でも、よく調べ、よく聞き、よく見て。」
「真の眼で真実を知る!」
3人の王子が同時に言うので、賢者ヘルムートは驚いて笑い出します。
「左様、ローゼンハインツは経済担当官であり、内政にも広く見識がある人物、軽々しく自分の考えを言うのはよくないですぞ。」
ヘルムートが言い終わると、急に車が止まります。
従者モーハンがモルトゲに聞きます。
「どうした?」
モルトゲが、目の前にある魔石に手を当て、前方車輛の装甲車に連絡を入れています。
モルトゲが振り返ります。
「どうやら、路上で喧嘩があったみたいですな。今、衛士たちが喧嘩を止めさせようとしています。」
エーリッヒが車の扉を開けて外にでます。
モルトゲが車から出て後を追いながらエーリッヒを止めようとします。
「王子!みだらに街に出てはいけませんぞ。」
エーリッヒは顔だけ振り返りながら言います。
「大丈夫。見てくるだけだから。」
そう言って、装甲車の前に走っていきます。
装甲車の前では、衛士が白シャツの兵士と揉めています。
その兵士の足元に、かなり殴られている女性がいました。
エーリッヒは衛士に聞きます。
「何事だ。」
第3王子は、いつもの女の子のような話し方ではありません。
衛士が、王子に敬礼して言います。
「は!この者が、道端で女性を殴っておりましたので、早くどくように言っていた所です。」
エーリッヒは、白シャツと殴られた女性を見て言います。
「我がイセプロンでは、女性を殴るような無礼な振る舞いは恥ずべきことと言われているが、そなたは、ローゼンハインツの私設の兵士であろう。お前の雇い主は、女性を殴れと命令したのか?」
白シャツの兵士がエーリッヒを王子だとは思っていないよ
うです。
「うるせぇ!何処の子爵の小僧か知らないが。偉そうに俺に言うんじゃねぇ!俺は、エレメント人を甚振っていただけだ。イセプロンの女性を殴ってるわけじゃねぇ!」
エーリッヒの後から来た衛士長モルトゲが一括しようと口を開くと、エーリッヒが軽く手をあげて、それを止めさせます。
二人の王子も後からやって来ます。そして、従者モーハンもその後からやって来ました。
「エレメント人も立派なイセプロンの国民ではないのか?」
エーリッヒの言葉に、白シャツが笑います。
「何言ってんだ。こいつが国民だって!こいつがいるから国が腐敗するんだよ!みろ、この王都を、街の隅で失業している奴は、このエレメント人が仕事を奪うから、ああやって、その日の食事にも困る始末じゃねぇか!俺は、そんなエレメント人を懲らしめてるんだ!文句があるなら!俺の主人ローゼンハインツ様に言ってみろ!」
エーリッヒは、街の路地の隅で物乞いをしている男性を見ます。
車内では気づきませんでしたが、確かに街の周りを見てみると、何人かの薄汚れた男性や女性が町の隅や交差点にいました。ある男は首から看板をぶら下げており、その看板には『何でもします。』という文字がイセプロン語で書かれています。また、ある女性は町の隅で、黙って座っており、何日も風呂に入ってないのか髪がバサバサです。そのように、金がなく町の隅で生きながらえている人々が至る所にいました。
「わかった。このことはお父上に、街で困っている者がいると伝えておこう。それでも、この者を傷付ける理由は理不尽であろう。」
「なんだとぉ!」
白シャツがエーリッヒに喰って掛かろうとします。それを衛士が止めに入ります。
衛士長が大声を張り上げます。
「無礼者!このお方は第3王子エーリッヒ殿下なるぞ!控えんか!」
騒ぎを聞きつけてやって来た民衆がみな片膝をつきます。
白シャツが驚いていました。
「う、嘘をつくな!第3王子エーリッヒ殿下がこんな街に居るわけがなかろう!」
「馬鹿者!」
同じ白い制服を着て白い軍用ヘルメットをかぶる兵士が走ってきて、白シャツの顔を殴ります。
殴られた白シャツが、半回転して頭を石畳にぶつけて倒れます。
白いヘルメットの男は、エーリッヒたちに片膝をついて、頭を垂れます。
「申し訳ございません。私は、この男の上司であるリンゲンと申す者。ストライクレンジャーで分隊長を務めております。この男は、最近田舎のチンピラから我が隊に入ったばかりの者ですので、まったくの無学です。今回の件は、わたくしの主にご報告いたして、然るべき謝罪を致したく思いますので、この場はご容赦くださいますよう、お願いいたします。」
リンゲンの言葉を聞いて、やっと理解したのか、白シャツが慌てて片膝をついて頭を垂れます。
白シャツは、ガタガタと震えています。
「私は第3王子エーリッヒの兄であり、第1王子であるフリード。リンゲン、そなたらの言い分もあるだろうが、その者が悪事を働いたのではないのだろう?」
フリードがエーリッヒの前に立ち、リンゲンに問いますと、彼は、白シャツを見ます。
白シャツは、ガタガタと震えながら答えます。
「は、はい。何もしておりません。ただ、城に近いこの街を歩いていただけであります。」
フリードが白シャツに言います。
「ならば、罪もない女を殴る権利はお前たちにはない。この者を介抱してやり、この場で謝罪するがよい。リンゲンお前もだ。」
リンゲンは、え!という顔をして顔をあげますが、グッと堪えて、また、頭を垂れます。
「解りました。おい、このご婦人を起こしてやれ。」
白シャツが慌てて、女性を丁寧に立たせて、体についた埃をパタパタとはたいて、また、リンゲンの横に行き、片膝をつきます。
二人は、片膝をつきながら女性の方を向きます。
「この度は、申し訳なかった。」
そう言うと、リンゲンは頭を下げてグッと歯を噛み締めます。
女性は、王子達の方を向くと、片膝をついて頭を下げます。
「有難うございます。殿下たちに自然のご加護があらせられることをお祈りいたします。」
フリードが女性に言います。
「よい。それより、傷がひどいようだな。モルトゲ。」
モルトゲがサッとフリードの方を向きます。
「は!」
「この者を、城で手当てするので連れてく行くがよい。」
モルトゲが素早く敬礼して答えます。
「は、フリード殿下の言わすとおりに致します。」
モルトゲは女性の背中に手を回して、装甲車に連れていきます。女性は遠慮していましたが、モルトゲが「王子のご配慮だから、有難くお受けなさい。」などと言って、装甲車に乗せるのでした。
フリードが、リンゲン達に言います。
「我らは城に向かう途中故、これにて不問に致す。道を早く空けよ。」
リンゲンたちが慌てて、歩道により、また片膝をついて首を垂れるのでした。
王子達は車に戻り一行は城に向かってゆっくりと車を走らせていきました。
王子を見送った後に、リンゲンが白シャツをまた殴ります。
「馬鹿野郎!王室の車も知らんのか!」
白シャツはリンゲンに怯えながら言い訳をします。
「し、知らなかったんでさぁ。王室の車なんて俺の田舎で見たこともなかったもんで。」
リンゲンが白シャツを足蹴にします。
「それで、よく我が隊に入ったものだ!恥を知れ!」
リンゲンは、国から排除したいエレメント人に頭を下げたことを、心の底から悔しがります。
「お前のせいで、下げなくても良い相手に頭を下げねばならんこの悔しさお前に解るか!よくも俺の前で失態をしてくれたな。隊に帰ったら上に報告してやるから覚悟しておけ!」
しかし、この後リンゲンは白シャツ同様に攻めを受けねばならないとは、リンゲン本人も知らない事でした。
5話目です。
今回、人種差別がでてきましたが、この作品の重要なテーマの一つになります。
本文でも書いた通り、エレメンタル教は、宗教というより、思想家の集まりになります。
ただ、四代元素を思想の原点にしていますので、魔法を使わない人たちで、自然のままに生きていくことを信条としています。生活は一般大衆と変わりはありませんが、協力し合いながら生活をしているので、誰かが商売を始めれば、誰かが無償で助けるといった協力関係が築かれています。また、人から殴られても、一人では抵抗せずに暴力以外の抵抗をするなど、平和的に解決方法を模索している人たちでもあります。
この事は、後に本文に描くかもしれませんが、このあとがきに記しておきます。
このエレメント教は、この物語で重要な役割を今後していきます。
そして、次回は3人の王子のお父さん、ヒンデンゲルグ王が登場します。
そして、王子達のお母さんも登場します。
皆さん気付いたでしょうか?御年72歳の時に、エーリッヒが生まれていることを。
精力絶倫な王様ですね。
では、そんな王様を(どんな王様?)期待していただけたらありがたいです。