3 王子
「国が望む王とはどのような王と思いますかな?」
老人は3人の王子に話しかけます。
その部屋の壁はイセプロン王国の主な歴史をレリーフにして描かれています。
外の中庭に差し込む日差しを取り込むように窓側は、一切の壁を取り払われて、ベランダに直接続いています。天井では、絵画が貼り付けてあり、その絵は神話や逸話そして戒めをイメージしてありました。天井中央部には円形の天窓が日の光を取り込み、室内中央に日差しが斜めに降り注いでいます。
その日差しを浴びながら賢者である老人ヘルムートは、3人の王子に質問したのでした。
第3王子エーリッヒが手をあげます。
賢者ヘルムートは、三人を見回して手をあげているエーリッヒを見つけて喜びの表情を見せて指差します。
「国民に好かれる王です。」
恥ずかしそうに頬を赤らめながら答えるエーリッヒに、ヘルムートはなるほどという風に顎髭をしごきます。
「そう、それも条件に入るが、第9代ハイトマン王は、国民に絶大な人気があったにもかかわらず、隣国オストマ共和国との戦いで、命を落とした。国民に好かれるばかりが良い王とは言えませんな。さぁ、他にはありませんかな?」
賢者ヘルムートは嬉しそうに三人を見渡します。
第1王子フリードが、手をあげます。
「強き王。そして、決断できる王。」
賢者ヘルムートは、皺と白くなった眉に隠れた目を、大きく見開きます。
「そう、それも条件に入るが、第4代パウレ王は、勇敢な戦士であり、決断力も優れておいででした。そのおかげで、我が国の領土は強大になり、ナインズワールドにおいて大国の一つになった。しかし、側近たちの意見を聞かずに、内政はあまり良いとは言えず、側近の忠告を聞かずに狩りに出かけて、ゴブリンと相打ちになり、死んでしまった。さぁ、他にはありますかな?」
賢者ヘルムートは、第2王子ジークを見つめます。
まだ、彼は答えてません。ですが、彼はニコニコしながらヘルムートを見ています。
賢者ヘルムートは、びっくりしたような表情でジークを見つめます。いえ、彼は睨んでいるのです。ジークは、ニコニコしながら手をあげようかどうしようかと迷います。
隣に座る兄、フリードを見ます。フリードは、顎をしゃくって手をあげるように即します。
ジークは、笑顔はそのままで恐る恐る手をあげようとします。
その時です。
扉が開き王子付きの従者モーハンが慌ただしく入ってきます。
「さぁ!王子様達。狩りのご準備が出来ましたぞ!」
賢者ヘルムートがモーハンに言います。
「これ、モーハン、まだ、歴史と思想の授業が終わっとらんぞ。」
「これはこれは、失礼いたしました。しかしながら、今日は父君の御誕生日故、そのプレゼントの準備も致しませんと、今夜の誕生会に間に合いませんぞ。」
フリードがヘルムートに懇願します。
「お願いだ。ヘルムート。父上に猪の肉をプレゼントしたいんだ。」
エーリッヒも懇願します。
「お願い。ヘルムート。今度は一日中授業受けるから。」
ジークもこれはチャンスと思ってヘルムートに懇願します。
「ヘルムート。今日は父上が喜ぶ顔が見たいんだ。」
賢者ヘルムートは目を丸くして、笑っています。
「ああ、解りました。王子達よ。この続きは明日にしましょう。さぁ、わしの気が変わらぬうちにおい来なさい。」
エーリッヒは、ヘルムートにハグをして、白いひげに覆われた中に少しだけ見える頬にキスをして、走って部屋から出ていきます。ヘルムートは皺と白い眉に隠れている目を、また大きく見開いて喜びます。
フリードも、ヘルムートにハグをして礼を言います。
「有難う。ヘルムート。今度はたっぷり教えてくれ。」
そう言って、エーリッヒの後を追います。
「エーリッヒ!一人で勝手に外に出るじゃないぞ!」
ヘルムートは、フリードとエーリッヒを満足そうに見送ります。
彼が振り返ると、ジークがハグをしてきます。
「ごめんなさい。なんだか最後に言うのが恥ずかしくて。」
ジークがハグをし終わると、ヘルムートは、笑いながら小さく頷きます。
「ジーク王子はお優しい。先に答えた兄上に気を使われたのでしょう。皆に気を遣う心。それも大事な王の条件です。」
ジークは、恥ずかしそうにヘルムートを見ながら、部屋の扉に少しずつ後退していきます。
「さっきの王の条件の一つ。」
ヘルムートが白い髭を扱きながら興味津々で聞きます。
「ほう、なんですかな?」
「知恵がある者達の意見を聞いて、それが真実か嘘かを見抜く力と、その者たちが信じられるか、信じられないかを確かめることが出来る王。そして。」
ジークは、一呼吸おいてその言葉を言うのでした。
「決して、人に操られない王。」
「ほう。それも素晴らしい王の条件ですな。」
恥ずかしそうにして、ジークはヘルムートにお辞儀をして、従者モーハンと共に出ていきます。
モーハンの声が小さくなりながら聞えてきます。
「急いでください。皆がまってますよ。」
モーハンの声が聞えなくなると、辺りは静かになりベランダから見える中庭の日差しと、天井から挿す光に包まれたヘルムートだけになります。
賢者ヘルムートが天窓から挿す光を見上げます。
そして、天に向かって祈りを捧げます。
「ああ、神よ。素晴らしい3人の若き王子を私にめぐり合わせてくださいまして、感謝します。願わくば、末永くこの3人の王子達が共に手を携えて国をお守りくださいますよう。」
しかし。
ヘルムートの願いは、天に聞き届けらられることが無い事を知るのはずっと後の事でした。
第1王子フリードは14歳。第2王子ジークは12歳。第3王子エーリッヒは10歳。この三人は非常に仲が良い兄弟でした。
何をするにしてもこの三人の兄弟はいつも一緒です。
そして、今日は国王ヒンデンゲルグの誕生日に贈るために、三人一緒になって猪を狩りに行く日でした。
狩りをするときは、皮のジャケットを着て、ベルトには魔法ライフルに込める石の玉を、ベルトバッグに詰め込んでいます。
基本はボウガンを使います。ですので、背中にはボウガンの矢を詰めた筒を背負います。ブーツは狩り用に軽量に出来た皮のブーツを履きます。皮のブーツには、狩った動物を解体したり、皮をはいだりするときに使うナイフを入れておきます。
王族が狩りをするときは、国によって違います。
このイセプロン王国では、狩りをするときに30名の一個小隊を引き連れて狩りをします。
3名の分隊長とそれを束ねる小隊長は、いざという時に王子を護るために甲冑を着こんでいました。そして、面が付いていない兜を被っています。
ほかの兵士は鎖帷子の軽装で、全員、左右の腰にショートバレルを持っています。
10名一組の3分隊に分かれて、1分隊は木や枝を刈るために斧と鉈を背中に背負っており、残り2分隊は、軽量のクレイモアを背中に挿しています。
また、小隊の他に、王室御用達の猟師が指導のために付き従っています。
それから、獲物を見つける為に嗅覚が異常に発達した男を2名従えています。
その者達は、地走りと呼ばれる者達でした。
それから、王子専任の従者モーハンが三人の食事を馬に乗せて、兵士たちの食事は馬車に乗せて付き添います。
この世界では、自動車といった機械の移動手段はありませんが、似たような車はあります。魔石を用いた車です。
しかし、様式美をモットーとする風習があるこの世界では、あまり便利な道具に頼らずに、こうして、馬や馬車などを使って狩りをします。
そうやって、苦労して狩った獲物は、贈り物として大変喜ばれるものだからです。
王子達は、自分の力で狩った獲物を父であるヒンデンゲルグ王に捧げようと考えたのでした。
第1王子フリードが、馬上でこの狩りのために集められた兵士を労います。
「皆の者、我ら三人のためによくぞ集まってくれた。感謝する。今日は王の誕辰故、必ず王の笑顔を見れるよう獲物を刈ってくれようぞ!」
兵士たちが威勢よく掛け声をあげます。
「おー!」
「よいか、今日は天候もよい。そして、お前たちが集まってくれた。必ず良い獲物が捕らえることが出来るであろう!」
「おー!」
「では、狩りに出かける!」
「おー!」
従者モーハンが兵士に号令を掛けます。
「しゅっぱーつ!」
三人の王子は馬に乗り、城の門をくぐります。城の近くに見える王室の狩場まで、ゆっくりと馬を進めていくのでした。
3人の王子は横一列になりながら馬を進めていきます。
「ねぇ、お兄様方。今日は僕に先陣を切らせて。」
エーリッヒは二人に話しかけます。
「そう言えば、先陣を切ったことがなかったな。」
フリードがエーリッヒの方を軽く向いて答えます。
ジークがフリードに眼差しを向けて言います。
「兄上、いいんじゃないですか?」
フリードがエーリッヒを揶揄います。
「先陣切って、崖から落ちるんじゃないのか?」
エーリッヒが頬を膨らませて怒ります。
「兄上、私も10歳になりました。この前のように転んだりはしません。」
エーリッヒは、どこか女性らしい仕草が見え隠れして、幼い彼は、二人の兄から愛されていました。
フリードは揶揄いながらも、エーリッヒにケガをさせたくないという心配も少々あります。
「では、ジークと一緒に先陣でよいか?」
エーリッヒは、半ば自分には心配性の兄フリードの事だから却下されるのではと思っていましたが、フリードの許可が大変嬉しく思えました。
「本当に!」
「ジーク、エーリッヒが転ばぬように見ておくんだぞ。」
ジークはエーリッヒを見てにっこり笑います。
「エーリッヒ、良かったな。今日の獲物はお前が捕ったと父上に言ってやるよ。」
エーリッヒは有頂天になります。
「有難う、お兄様方。」
フリードがくぎを刺します。
「喜ぶのは、獲物を捕らえてからにしろよ。」
3人の王子一行が狩場についたのは城を出て、20分もかかっていません。狩場は、敵の侵入を防ぐために、柵をして3山ほど囲ってあります。もちろん、狩場を監視する警備兵が、狩場の門に屯所を設けて待機しています。
警備兵は、いわば警察に所属します。ですから、服装も黒い制服を着て、腰に短銃を備え、警棒とショートバレルを肩にかけています。
従者モーハンが、警備兵に号令を掛けます。
「門を開けよ!」
号令に従って、警備兵が門を開けます。
門が開くと一行は、門をくぐって、門の傍にある屯所前に集合するのでした。
屯所はログハウスで出来ており、奥の部屋は警備兵が寝泊まりできるようになっています。
これから3人の王子は馬から降りて、徒歩で狩場に入っていくのです。
3人の王子は、馬を警備兵にあずけて、屯所に入って食事をします。これから狩場に入るので、まずは腹ごしらえをして入るのです。
食事には、狩場に入る時は、消化に良い食事になります。
イセプロン王国は、腸詰肉やハムなど、手の込んだ温かい料理を昼食にします。しかし、狩場に入るときは、手の込んだ料理などできないので、あらかじめ城で作った料理を魔力で温めて食べるようにしています。
もちろ、ワインも出ます。しかし、まだ3人は子供ですから、小さいコップ一杯で、後は温かいミルクか、紅茶を飲んで食事をします。
エーリッヒは、ラスクを温かいミルクに浸して口の中に、ポイッと投げ入れます。
その屯所の窓から、従者モーハンが地走りに何か話しかけていました。地走りは魔石を従者モーハンから貰い受けると、狩場の方に入っていくのが見えます。
その様子を窓から見ていたエーリッヒは、また、ラスクをミルクにポチャポチャと浸しながらまた口の中に投げ入れます。
投げ入れたラスクを、食べ終わると二人の兄に話しかけます。
「ねぇ、お兄様方。地走りは何を食べてるの?食事もしないで森に入っていったけど。」
二人の兄は、顔を見合わせて笑います。
ジークが、エーリッヒに教えてあげます。
「地走りは、ここでは食事をしないんだ。食事の匂いで獲物をうまく見つけることが出来ないんだ。だから、山の中で食事するのさ。自分で食べ物を見つけてね。」
「え、ランチを持ってきてないの?」
フリードが笑います。
エーリッヒが頬を膨らまして怒ります。
「ねぇ、何がおかしいのお兄様。」
フリードが謝ります。
「すまん、エーリッヒ。地走りは、生肉を食べるんだよ。」
ジークが頷いてエーリッヒに言います。
「それも、血が付いた生肉を食べるんだ。」
エーリッヒが驚きます。
「えー!」
ジークが笑いながら説明します。
「地走りは、嗅覚が仕事道具だから、幼い時から、血が付いた生肉を食べて、その血の匂いがどの動物の匂いなのか覚えるんだ。ほら、エーリッヒがこの前の狩りの時、転んで傷ついた猪を見失っただろ?でも、ちゃんと捕まえることが出来たのは、地走りの御蔭さ。彼らは獣の匂いをちゃんと嗅ぎ分けられるように、日ごろから、動物の匂いに慣れ親しんでいるのさ。」
エーリッヒは感心します。
「お兄様方、地走りって凄い!」
ジークがエーリッヒを揶揄います。
「地走りは、モンスターの匂いも嗅ぎ分けられるんだよ。」
「本当!」
ジークが自信満々に言います。
「ああ、だって、モンスターも食べたことがあるからさ。」
「嘘!人も食べるモンスターを食べるって、凄すぎる。」
感心しているエーリッヒを見てジークが笑います。
「ああ!ジークお兄様、嘘でしょ?」
「ばれた?」
エーリッヒが頬を膨らまして怒ります。
「もう、酷い!」
二人の兄は、この頬を膨らませて怒るエーリッヒを非常に気に入っていました。だから、わざと揶揄って怒らせてしまうのです。
ジークはエーリッヒに笑いながら謝るのでした。
「ごめん。ごめん。」
三人が楽しそうに食事している頃、森の中で地走りが、山ネズミをナイフで捕らえて食事していました。
地走りのヤサヤが食事を止めて、鼻をヒクヒクします。
もう一人の地走り、ゴウヤがヤサヤに言います。
「何か臭うか?」
ヤサヤが首を振ります。
「気のせいか、何か異形の匂いがしたが。」
ゴウヤが笑います。
「そうだろうよ。異形は匂いが強い。近くにいればすぐわかる。風に運ばれて遠くの異形の匂いを持ってきたのさ。」
彼らが言う異形とはモンスターの事です。
彼らは知りませんでした。狩場の外れにある崖の洞くつで、どこからか群れに逸れたゴブリンが、クマの毛皮を着て身を潜めていたことを。
第3話になります。
割とここまでは、サクサクとかけて自分だけ満足していて申し訳ございません。<m(__)m>
今回、出てきた地走りは、ハンティングだけでなく、軍隊でも使われます。
森の中や、暗く冷えている洞窟の中など、はたまた、迷宮の中など、臭いで敵を見つける索敵を専門とする斥候になります。魔力で敵がどこにいるかと、探っても、この世界は同じ魔力を持った者同士です。そう簡単に見つかるわけがありません。
そこで、魔力以外の力が必要になります。
アメリカ軍のようにハイテク兵器を持たない、また、その知識がない彼らは、独自の文化を持って、戦闘に生かしていきます。
この地走りもその類で、ゲリラ的に出没します。
現在、私たちの世界でも、最強と呼ばれるアメリカ兵ですが、アフガニスタンや中東のゲリラなどに手を焼いて、時には負けたりもします。彼らは、アメリカのようにハイテクに頼らずに、地形や人海戦術をいかして、ハイテク兵器の弱点を突きながら戦ったりもします。
ですので、魔法がハイテクなら、ローテクが地走りといった感じになります。
しかし、この地走りも今後、いろんな形で物語に出てくる予定です。
ご期待するのは私だけだったりするこの頃ですが、またのご利用をお待ちしております。