2 皇帝の願い
我々が住む地球によく似た星がこの世界にはあります。
ナインズワールド。
この星はそう呼ばれています。
その世界には、九つの大国と様々な文化を持つ民族が治める小さな国々があります。
そして、九つの大国は二つの大陸と巨大な島にあり、二つの大陸を分け隔てる二つの海があります。
その二つの内のひとつに一番大きな海があります。
『Great sea(偉大なる海)』
この星では、そう呼ばれています。
我々の世界で言えば太平洋に当たります。
ヤポニア帝国は、その海にある左側で、北半球に位置します。丁度、我々が住む地球では日本がある場所に位置すると言えば想像がつくでしょうか。
しかし。
日本のように北海道と本州、四国、九州というように、四つの島に分かれているわけではありません。この四つの島全てより一回り大きな島で周りに多数の島々に囲まれていました。
この国の首都としてある『京』は、日本で例えると大阪辺りに位置します。
この都市から海までは巨大な運河で繋がれており、海外からの船や自国の船は、この運河の関所で、税関検査を受けて首都まで行かねばなりません。
運河を通ると船は、首都を取り巻く3層になる環状海水路の港にたどり着きます。
港からは『京』の町は見えません。
見えるのは平らな地平線の中に飛び出たように建つ巨大な城と遠くの山のみです。
それもその筈です。
首都は、地面より深く掘られた何層にもなる城壁で分かれたすり鉢状になった街だからです。
街の中心には、巨大な広場があり、その広場で国民が皇帝と対面できるように創られていす。
そして、その広場の中心に巨大な城が光り輝きながら地平線より高く聳え立っているのでした。
その城は、日の光が街に挿すように城や城壁には沢山の鏡が貼り付けられています。
そして、この城を MirrorsCastle(鏡の城)と呼ばれていました。
城では毎日、この鏡を掃除する者達が、ゴンドラに乗って鏡をせっせと磨いています。
そして、その城に皇室が住む居住区があります。
その居住区にある皇帝の執務室に、皇帝ナリヒトが机に向かいながら呼び鈴をならします。
従者長クロガネが呼ばれて室内に入ってくるといきなりナリヒトが言い出します。
「街に出る。外務大臣サキホコベを見送りに行く。」
クロガネは、驚いた顔でナリヒトを見ます。
「陛下、何故で御座います?」
「予は、国の未来を決めるかもしれないサキホコベを見送りたい。クロガネ、支度せよ。」
ナリヒトの思いは重々わかってはいるものの、クロガネは後にナリヒトの立場に傷が入ることを恐れて言います。
「しかし、城を出るとなると、政府と軍部の承認が必要になります。」
「お忍びだ。見送りに行くくらいで、政府も軍部も騒ぐことではない。」
ナリヒトは、軍部と政府に苦言を言われることを覚悟していました。
しかし、クロガネは苦言のみならず、これからナリヒトの行動に制限がかかるかもしれない事を恐れています。
この国の政治的な承認は皇帝がしますが、それは承認のみです。拒否が出来ません。
拒否が出来ない代わりに、3回の再考を言えます。
この3回の再考を制限させられたら、政府と軍部の傀儡皇帝になることを決定づけられます。
なので派手な行動は慎んでもらわなければ、皇帝の立場を窮地に追いやってしまう恐れもありました。
「しかしながら、陛下、政府や軍部に上げ足を取られるような行動は。」
「わかっておる。」
ナリヒトは、ある考えが浮かびました。
「我が子、アキトを連れてまいれ。」
まだ、5歳になったばかり皇太子を一体どうするのか解らずに、クロガネは驚いて言います。
「皇太子殿下をですか?それは何故です。」
「アキトには、まだ、魔法列車を見せておらぬ。それゆえ、魔法列車をお忍びで見せに行く。」
すごく危うい考えですが、それならいい訳も出来るとクロガネは考えます。
「解りました。早速ご準備を致します。」
魔法列車は、首都『京』では、全面地下鉄となります。
地下鉄は、MirrorsCastleを中心に蜘蛛の巣状に伸びていました。
城の真下にあるMirrorsCastle駅構内で、これから世界軍縮会議に出席する3人の外交官と、それに伴う従者が外交官の荷物を持って歩いています。
3人の外交官の出で立ちは、山高帽に背広といったスーツ姿ではありません。従者たちはそのような姿ですが、外交官も聖魔導士と言われる魔法使いです。有事となれば、彼らも魔力を使って戦います。
その彼らは、魔法使い特有のローブを着ています。
主に政治家は聖魔導士がなります。闇魔導士は破壊に関する知識が豊富で、主に軍部の事務官は闇魔導士がなっています。
3人の外交官は、外務大臣サキホコベと外交事務次官テンガイキョウと同じく外交事務次官補佐のウンガイキョウが、今回の世界軍縮会議に出席するために、駅のホームに通じる階段い向かっていました。
外務大臣サキホコベは、女性の能面面を男にしたような顔をして、細い目を吊り上げながら艶やかなオールバックの髪を、たまに手で撫でながら歩いていました。
隣を歩くテンガイキョウは、頭の中央が剥げて左右にある黒髪を後ろにながして、時折顔半分の髭面を唾をつけて整えながら歩いています。
ウンガイキョウは、四角い顔と四角い大きな鼻が目立つ大柄な男性で、ふくよかな体格は胸を張りながらのっしのっしと能天気に歩いています。
彼においては、いつもなんだか楽しそうに思える笑顔が絶えない男性でした。
一行は、地下鉄の駅ホームに停車している魔法列車に乗り込むべく階段を下りていくのでした。
魔法列車、それは魔石を使った列車です。
魔石は、魔力を伝達する石であり、一つの魔法で複数の物質に影響を与えることが出来る魔力伝達石です。
この魔石は、魔力を増幅することが出来ます。
列車には魔法で車輪を動かすので機関部というようなものは存在しません。しかし、名称は何故か魔力機関部という名称になっています。
魔力機関士長である、オイカワは副機関士長見習いニワべに作業の手順を教えていました。
「いいか、よく見ておくんだ。魔石は各車両にある。最先端の機関車輛は、この魔石に魔力を送る。安定して俺たちが魔力を送るには、この魔石に6人の内4人が交代で魔法を送らないとならない。残り2人は補助につく。スピードに注意するんだ。一定のスピードを維持しないといけないから、速度計をよく見ながらやらないといけないぞ。魔力を出し過ぎても、出さな過ぎてもだめ。特にこの列車は特別列車だからな。緊張して来ただろう?」
オイカワはニワべにそう説明しながら、客車の方に歩いて行きます。ニワべもオイカワに付き従うように歩きます。
「客車の衝撃緩和をする時より、難しそうですね。」
ニワべは、客車の前後両端に2名づつ座って魔石を磨いている機関士たちを見てオイカワに言うのでした。
オイカワもチラリと機関士たちを見てニワべに言います。
「ああ、あの魔法は四人でするが、揺れを一定にする魔力は少しで済むからな。しかも、四人同時でやるから大したことはないが、機関部はそういう訳にはいかない。時速300㎞/hばかりの路線じゃないし、場所によっては半分の速度で走らんといかんからな。十分に魔力をコントロールするんだ。」
「大丈夫です。呪文はこの前の研修でトップで合格してきました。」
「そうか、それは心強いよ。」
魔法列車は、装飾は煌びやかですが、列車自体は木製で出来ています。形は今の新幹線に似て流線型の形をした機関車輛になっています。鉄の部分は車輪のみで、この列車は車輪を線路に乗せて走ればOKとなります。
列車は4人の機関士が1時間に一回交代すれば、中央都市である首都『京』からこの島の端まで4時間でつきます。
ニワべが駅のホームにたむろする人だかりを見て言います。
「しかし、今日は報道陣が多いですね。」
オイカワがチラリとホームを見て言います。
「政府のお偉いさんを乗せて今回走るからな。なあに、お偉いさんは、港までだから。その後は普通運航になる。その間は、速度は出せないから、お前でも十分にできるさ。ただし、速度は一定だからな。」
笑顔でニワべが答えます。
「早すぎず、遅すぎずですね。」
オイカワも笑顔で答えます。
「そう言事だ。」
二人は、駅のホームに一体どんな偉い人が乗りに来るのか興味津々で群がる報道陣を見つめ始めます。
外務大臣サキホコベ一行が現れると、小さな魔石を手のひらサイズの四角い箱の中心に埋め込んだ魔石カメラで、写真を撮っています。
魔石カメラで撮られた画像は、即座に編集室の魔石に中継され画像として、魔法紙に映し出されます。
この世界は、魔力を使った技術が進んでおり、科学的なのはあまり進んでいません。
全てが魔法で事足りるからです。
ですから、この世界で科学者を志す者は、変人扱いされてしまうので、誰も科学者になりたいと思う者はいません。
ですから、殆どの人が科学的な原理を誰も理解していないのです。
報道陣の記者たちが、それぞれが思い思いにサキホコベに質問しています。
「今回、会議に出られる心境をお聞かせ願えますか?」
記者の質問に、サキホコベが答えます。
「今回は、このヤポニアにとって重要な会議であるから、不退転の決意で会議に向かうつもりだ。」
記者の一人がサキホコベに、ヤポニア帝国の侵略問題に触れます。
「エトビア連邦の植民地の一部を、我々の領土となったわけですが、まさか、返還されるわけではないでしょうね。」
サキホコベは眉間に皺を寄せて言います。
「君は、私に何を言わせたいのかね。軍縮会議は、そのような会議ではない。領土返還要求はエトビアと我が国の間の交渉であって、軍縮とは関係ないだろう。」
記者はそれでも、何か言おうとした時に、ホーム内でざわつきが起こります。
誰かが、驚きの声をあげます。
「皇帝陛下!」
ホームに降りる階段の前に、人だかりができていたのが、サッと映画『十戒』のように、人だかりが割れていき道が出来ました。
皇帝を護るための衛士たちが、割れた道を確保するように並びます。
階段からゆっくりとした足取りで、皇帝ナリヒトが、我が子アキトを抱いて降りてきます。
皇帝ナリヒトの前を侍従長クロガネが、少し早歩きでサキホコベの前に行きます。
サキホコベも、まさか皇帝が現れるとは夢にも思っていませんでした。
「陛下。」
クロガネがサキホコベの耳元で囁きたいという、ジェスチャーをします。
自らの耳をクロガネの顔に近づけます。
「陛下はお忍びで来られている。領土返還もやむなしとお考えだが、それは陛下の口からは言えぬこと故、見送りの言葉で読み取ってくれ。」
サキホコベは、驚いた顔でクロガネを見ます。
「お忍びで来られたのですか?」
クロガネが答える前にナリヒトがサキホコベに声を掛けます。
「左様。予の子息、アキトに魔法列車を見せてあげたくなってな。サキホコベ、そなたはどこに行く?」
サキホコベは、敬礼として頭を30度の角度でお辞儀します。
「は!陛下、わたくしめは世界軍縮会議に出向こうと、これから、列車に乗る所でございます。」
ナリヒトは、緊張しているサキホコベの前に立ち、アキトに列車を見せています。
「アキト、御覧。これが魔法列車だ。とても速い列車だよ。」
皇太子アキトは、5歳になります。
よほど列車を見るのが好きなのか嬉しそうに、列車を見て喜んでいます。
記者たちが、侍従長に写真の許可を得ようとします。
「侍従長。陛下のお写真をお願いしたいのですが。」
クロガネにつく衛士長ゴウリキが、一喝します。
「無礼者!陛下はお忍びで来られておる!未だかつてお忍びで陛下を撮るような不届き者はおらぬが、お前たちはそれでも撮りたいというのか?」
ナリヒトがクロガネに言います。
「クロガネ、あまり皆を怖がらせるものではない。」
クロガネが、ナリヒトに30度の角度で敬礼をしてから記者たちに言います。
「記者の皆には、申し訳ないが、写真は控えてもらいたい。陛下のお忍びを快く思わないものもおる故。わしからも頼みたい。」
クロガネが記者にお辞儀するのを見届けて、ナリヒトは顔をまたサキホコベに向けます。
「今回は、船で行くのか?」
「は、重要な会議なので、安全な船でという事になります。」
サキホコベは、汗をかき始めます。
「そうか、それはそうとイスレイヤー帝国は、私も訪問したがとても良い国だった。特に外務大臣は先見の明があり、とても優秀だったと、我も思う。そなたも会ってみてはどうかね。」
サキホコベは、その言葉を聞いてすべてを理解しました。
「は、今回は、様々な国の者と協議します故、スガル王国のみならず、イスレイヤー帝国にも会う事となると思います故、陛下の仰る通り、外務大臣ともお会いする機会は十分にあります。」
ナリヒトは、言います。
「世界軍縮会議は、実りある会議になればよい。期待している。」
ナリヒトは踵を返して、ホームの階段に向かいます。
サキホコベは、斜め30度の位置で頭を下げての敬礼をしています。
彼は心の中で思います。
(御上は領土返還を餌に、イスレイヤー帝国に仲介させる気でいらっしゃるのか)
今、ヤポニア帝国はエトビア連邦と領土問題でもめていました。もともとはエトビア連邦になる前のデューマ帝国とヤポニア帝国の戦争で、デューマ帝国の植民地支配の解放を大義名分として、ヤポニア帝国がでっち上げたサイクル国樹立を手助けした形で、ヤポニア帝国も植民地を得たのです。
しかし。
デューマ帝国が革命により、エトビア連邦に変わったために、エトビア連邦がスガル王国とイスレイヤー帝国に仲介と経済制裁してもらい、領土返還要求をし始めていたのでした。
この要求は、ヤポニア帝国の世論に大きく響き、世論は我が国の領土を護れと、政府を突き上げ始めました。
しかし、仲介役のスガル王国は世界一の大国であり、ヤポニア帝国の国力と比べても、数百倍の違いがあります。
強気の姿勢を崩しても、スガル帝国ともめることは避けたいと政府は考えていましたが、国内ではスガル帝国との戦争もやむなしという考えが大半だったのです。
この両極端の考えが、政府にとってはジレンマとなっていました。
そして今、外務大臣サキホコベは皇帝ナリヒト自らの望みを聞いて、いかにしてスガル帝国ともめずに済ませるか考えていました。
(やはりイスレイヤー帝国の力を借りるしかないか)
サキホコベは、この会議が重要な分岐点になるとは、後で知ることになります。
2話目になります。
すこし、世界の情勢に触れた話なので、退屈な話になったかと思いますが、この世界を理解してもらうためにも重要な話になります。
それから、やっと2歳になる主人公が出てきました。
何の活躍もせずに、魔法列車を見て喜んでましたね。
今後の活躍を期待するとして、今回、物の単位で、こちらの世界と同じ速度をメートル法に致しました。
その方が理解しやすいと思いましたので、多分平行世界なので、進化の過程が違っても物の単位を測定するためには、メートル法が解りやすく採用したのではないだろうかと、勝手に考えました。
これから、ヤポニアの迷走が続いて行きます。
ご期待くださいと言いたいところですが、期待される方がおられましたら幸いです。