1 狩られる者たち
この物語は、残酷な描写が数多く出てきます。
そのような描写がお嫌いな方には読まない事をお勧めしています。
また、歴史上似たようなところがでてきますが、平行世界なので似たような歴史的流れが起きるとお考えいただいて構いません。
鬱蒼と生い茂る森の中で、木と木の隙間を縫うようにして剣士ザクウェルは走ります。
彼の姿は、身軽な鎖帷子で全身を覆い、背中にブレードソードを挿しています。左右の腰にはショートバレルを挿しており、頭には少しばかりの装飾が施された鉄兜をかぶっていました。
彼はサイクロプスと呼ばれる巨人型モンスターを追っていました。
いいえ、彼だけではありません。彼の他にも数人の剣士がこの化け物を追っていました。
数人の剣士も皆、ザクウェルと同じ姿をして、背中に思い思いの剣や斧などを背負っています。
サイクロプスは、肉食で人まで食べます。人に恐怖を抱くことはありません。恐怖を抱かないという事は、人より強いと解っているからです。そして、人より自らの身体能力が勝っていることも知っています。
サイクロプスは走ります。戦えば勝てるかもしれません。しかし、彼は逃げることを選びました。
多勢に無勢という事を知っています。
今、仲間を呼べば勝てる見込みはあります。それはサイクロプスが確認している剣士の数で考えればです。
しかし、この化け物は、その後の事も考えることが出来ました。
サイクロプスにも名前はあります。
クイです。
仲間は、この化け物をそう呼びます。
単に、人一倍食欲が強いからなのですが、呼称をつける程知力があるからです。
今、クイは追ってくる剣士の数より、その数倍はいる剣士を恐れていました。
仲間を呼べば、その数倍の剣士によって皆殺しにされる。
まさしく、多勢に無勢です。
クイは走ります。
通常の人間より数倍はある筋力を使って。
ザクウェルは自らの魔力を使うために呪文を唱えます。
「Muscle strength improvement!
(筋力向上)
Speeding up!(高速化)」
魔力というエネルギー体が体の筋肉に分子レベルで染み渡るのを感じ取りながら走り続けています。
すると、今まで全速力だったはずの速度がさらに増していきます。
「More speed!(より早く)」
大地を蹴る力が常人離れしていきます。
ひとつ大地を蹴れば、コンマ1秒で体は数メートル先に移動する程の脚力で、ザクウェルは走ります。
80㎞/h以上の速度はでているでしょう。
現在、地球に住む私たちが走る速度として、その限界値は理論上は56㎞/h~64㎞/hだと言われています。
その限界値をはるかにしのぐ速度を出しています。
「More speed!(より早く)」
更に彼は呪文を唱えます。
しかし、速度は上がりません。
もう、彼の限界値を超えています。これ以上呪文を唱えても、彼の筋力が向上することはありません。
魔力は分子と単一金属原子や結晶体もしくは細胞の特性を生かす能力であり、特性以上の能力を引き出すものではありません。
限界があるのです。
魔力は私達から見れば便利な能力に思えます。
ですが・・・
決して万能ではないのです。
しかし、それでも彼は唱えずにはいられませんでした。
彼の数メートル先に、サイクロプスのクイが2mは優に超す体を、高速化した彼が未だに捉えることが出来ていないのですから。
ザクウェルは左右にいる仲間の剣士に合図します。
左右にいる剣士たちが、クイの先に見える大木に向かって、左右の腰に挿しているショードバレルを抜いて呪文を唱えます。
「Grenade!(擲弾)」
引き金を剣士が引くとショートバレルの銃口から火を噴きます。
クイは、左右の前方から爆音を耳にします。
彼の目の前の大木が倒れて視界を塞ぐ前に、彼は左に進路をとっていました。
しかし・・・
剣士たちは彼の行動を読んでいました。
クイが進路を左にとった瞬間に、爆音が彼の耳に届きます。
クイの進路先の大木が倒れます。
そして、右側の大木も同じく倒れ、彼は、進路を左にとるか、立ち止まるかしかできなくなります。
立ち止まって、倒れた木を飛び越えることも出来ます。
その一瞬が命取りです。
立ち止まれば、一瞬で追手に追いつかれてしまいます。
クイは敵の罠に掛ったと悟り、逃げることを止めにせざるを得ませんでした。
クイは叫びます。
「ううぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!」
ザクウェルの左側を走る剣士ドヘイテスは、自分の方に進路を取ったクイの叫び声を聞いて恐怖を感じます。
サイクロプスの声は精神に影響を受けやすい波長を持っています。ですから、その声を聴けば、人のみならず動物も恐怖で動くことが出来なくなります。
剣士ドヘイテスも、仲間の剣士からサイクロプスの声には気をつけろと言われていましたが、その声を初めて聴いて、恐怖に陥ってしまいました。
精神には質量がありません。魔力は質量がある物に絶大な効果があります。質量が発生しない、もしくは、まったく無い物にいくら魔法の呪文を唱えても効果がないのです。
ザクウェルが叫びます。
「怖がるな!たかが声だ!」
ドヘイテスはザクウェルの声に反応するかのように、背中に持っている巨大な斧を持って身構えます。
クイが正面に捕らえたドヘイテスに向かって、握り拳を振り上げて襲い掛かります。
「Physical strength improvement!
(腕力向上)
More power!(より力を)」
ドヘイテスが魔力によって向上した腕力に物を言わせて、斧を下からクイに向かって、右から斜めに振り上げます。
クイは、左腕でその斧の刃を受け止めます。
ザクウェルの叫び声が聞こえたのがドヘイテス、彼の最後でした。
「ドヘイテス!」
サイクロプスの腕は鉄のように固く、斧の刃もクイの腕を切り落とすことは出来ませんでした。
クイは、ドヘイテスの斧を受けつつ握り拳を、彼の体と頭に左から殴りつけます。
その瞬間は一秒も立たずに終わりました。
彼は上半身と下半身とに引き千切られて分かれてしまい、太陽の光によって血塗られた内臓はテカテカと光って、体から飛び出して上半身は地面に押し付けられて潰されてしまいます。
腰から下が仰向けに倒れます。
肉と血は飛び散り頭は潰されて、彼は泥まみれの肉塊となって、元は人間だったと解るのには、飛び出た目玉を見つけるかしばらく観察しないと解らないくらいにひしゃげていました。
ザクウェルが周りにいる剣士に伝えます。
「足だ!足を狙え!奴の足は皮が薄い!。」
弱点を、周囲にいる剣士に伝えると、ザクウェルの後方にいた剣士ドミニオンが声高に言います。
「周りの木を倒せ!奴の逃げ道を塞げ!」
ザクウェル達より一足遅く追ってくる剣士たちが、左右の腰に挿している銃を抜きます。
一斉に爆音が聞こえてきました。
爆音の後に、クイの周りに生い茂る複数の大木の根元が爆発します。
大木は、方向がバラバラになって一斉に倒れていきます。
爆音はさらに続いて聞えてきます。
そして、同じくクイの周りにある大木が倒れていきます。
クイは、周囲を見渡しながらここが死に場所だと感じ取りました。
クイは叫びます。
「ううぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!」
この化け物の叫び声を聞いて、襲い掛かろうとした剣士の内数人が恐怖して足を止めます。
ザクウェルが叫びます。
「怯えるな!勇気を出せ!」
ザクウェルは、クイが振り下ろす握り拳を躱すために、拳の下を滑り込んでいきます。
そして、拳を皮一枚の所を潜り抜ける際にクイの足にブロードソードの刃を当てていきます。
ブロードソードの刃は今朝丹念に研いだばかりで、刃を当てただけで、クイの足の皮がパックリと割れていきます。
皮が切れて血がドロリと出てきます。
剣士たちは、クイが繰り出す拳を避けながら決死の思いで足を切りつけていきます。
クイの足は忽ち血だらけになります。
クイはなす術無くただ斬られるだけではありません。
クイの拳が、幾人かの剣士を餌食にします。
ある剣士は、首が引き千切られます。
また、ある剣士はクイの両手に掴まれて、2つに裂かれてしまいます。
クイの健闘空しく、一人の剣士を殺している間に、他の剣士によって足を切りつけられて行きます。
やがて、クイは立つことが出来なくなります。
クイは叫びますが、もう、誰も恐怖を感じる事は有りません。
皆、戦闘で精神が興奮してしまっているからです。
クイは膝をつき、その場に座りながら襲い掛かる剣士を迎え撃つために拳を振り回します。
剣士たちは、クイを取り囲み、隙あれば一人一人が切りかかっていきます。
剣や斧ではクイの腕に遮られて致命傷を負わせることが出来ません。
ザクウェルは焦っていました。
「銃だ!銃を構えろ!早くしないと聖剣士がきて、手柄を取られるぞ!」
聖剣士は貴族のみがなれる剣士の称号です。
彼は聖剣士に手柄を取られたくありませんでした。
それは、皆同じ思いでした。
彼らは、この国では巨大な穴の下にある隔離された貧民街から、やっと地上に出ることが出来た者ばかりです。
貧民街は、一般市民が生活能力に欠けていると判断された者や、破産した者、そして犯罪者などがその街に隔離されてしまいます。
その街に隔離されたら最後で、一生出ることが不可能です。
唯一、地上に出ることが許されているのは、特別な恩赦を受けた者。
そして・・・
そこで生まれた子供たちです。
子供たちは、剣士という資格を得て、地上に出てきます。
地上に出たら、剣士たちはこのような化け物や、戦線でも一番厳しい戦地に送られ、先陣を切って突入しなければなりません。また、囮になることもあります。
敵の気を引き付けるために、全滅覚悟で戦わなければなりません。
戦いにおいて、嫌なことは全て剣士たちに課せられるのです。
しかし、彼らにもチャンスはあります。
それは手柄を立てる事です。
手柄を立てると、剣士の中でも位が高くなり、部下も持つことが出来ます。
また、剣士は腕次第では魔剣士という称号を得ることが出来ます。しかし、魔剣士はそうそう誰もがなれる称号ではありません。魔力において闇の資質を持つ者のみがなれるのです。
ですから、この化け物を仕留める手柄は、絶好のチャンスでした。
ザクウェル達は一斉にショートバレルを構えて、クイに狙いを定めます。
クイも急所である頭を隠すようにして、身を縮めて両腕の中に入れ込みます。
ザクウェルたち全員が一斉に呪文を唱えます。
「Armor-piercing shot and shell (徹甲弾)」
クイはこれから来る強い痛みに対して、心の準備をします。
(仲間よ、我の死を無駄にするな)
クイの脳裏に、仲間のサイクロプスたちの笑顔が浮かび上がります。
クイは、一つだけしかない巨大な目を閉じて、涙を流していました。
恐怖が初めて彼の全身を駆け巡ります。
そして、ガタガタと震えだします。
歯を食いしばり・・・
荒い息ををして・・・
これから訪れる死を待ちます。
周りを取り囲む銃口から火花が飛び散り爆音が、クイの耳に届きます。
クイの背後にいた剣士の銃口から飛び出た弾は、クイの背
中に突き刺さり更に体内に入り込んでいきます。
唯一、クイの腕の硬さが勝っていたのか、腕に当たった弾は滑って、違う方向に飛んでいきます。
クイは、まだ生きていました。
自分が生きていることにホッとして目を開けた時です。
腕で覆っていた頭に強い衝撃を感じます。
そこで、彼は絶命してしまいました。
腕と腕の隙間に、一本のブロードソードが垂直に刺さっています。
その剣先は、頭をかがめている後頭部を突き刺して、一つしかない巨大な目玉を突き抜けて、血を滴らせていました。
銃の発射と共にザクウェルが飛び出して、剣をクイの頭目掛けて突き刺したのでした。
ザクウェルが周りを見て声高に言います。
「この化け物は皆で仕留めた!これは俺たちの手柄だ!」
この言葉をザクウェルは、みんなの為にも言わなければなりませんでした。
止めを刺したのはザクウェルでした。
しかし、その止めを刺すきっかけは全員が協力して、銃を撃ったからです。後から来る隊長に報告するときに、全員で仕留めたと報告するためにも、全員にこの事を知らしめるためでした。
死んでいるクイを取り囲みながら、剣士たちは一斉に勝鬨の声をあげます。
剣士ドミニオンが、クイの頭からブロードソードを抜くザクウェルに声を掛けます。
「よく言ったな。半分以上はお前の手柄だ。自分の手柄と言えば、誰も文句は言うまい。」
歓声の中、首を振りながらザクウェルがドミニオンに言います。
「言えないさ。皆と共に上に上がらないと、俺に味方する者は誰もいなくなる。それに、今の皆は心を通わせた者ばかりだ。俺に必要なのは、そう言う連中さ。ドミニオン。お前もな。」
ドミニオンはザクウェルとハグして、礼を言います。
「有難う。魂の友よ。」
ザクウェルもドミニオンに言います。
「魂の友よ。」
クイが死んで、剣士たちに体を解体され始めたころ、その場所から数千㎞も離れた、この星で言えば南極に位置する地で、ある男が涙していました。
その場所は、冷えついた岩に覆われた洞窟の奥、巨大なすり鉢状の広場の中心に焚火があります。
焚火で暖を取る者幾人かがまばらに座り、黙って燃え盛る炎を見ていました。
涙している男は、人間とは言い難い者でした。
人の頭といえるところには無数の目が全方向についています。頭頂部には数本の髪の毛が針金のようにピンと立っています。鼻は無く口元に鼻があった場所からほうれい線が伸び、その線に沿って無数の皺があり、彼が年老いているのだと解ります。
その男はしわがれた声ですすり泣きます。
男の名前は、ドメン。
体中に目があり、百の目を持つ男として、そう呼ばれていました。
すすり泣くドメンの横に、年老いた鬼が座ります。
鬼は、2m~3mの間位の身長をして、筋肉粒々な体をしています。その体を覆うようにして、足まであるローブを纏い、その上に獣の毛皮で出来たチョッキを着ています。
腰にはベルトで毛皮のスカートを巻いて、足まであるローブを包み隠しています。
「クイが死にました。」
ドメンが泣きながらそう言うと、鬼は悲しげな眼差しを彼に向けます。
「そうか。彼は、勇敢だったか?」
ドメンが頷きます。
「はい、勇敢でした。仲間に救いを求めず、自ら戦って死ぬことを選びました。」
鬼の表情は、悲しさに覆われていました。
眉間に出ている一本の角は、長年の歳月で、角の筋に汚れが染みついています。彼の顔には目元から幾筋もの皺が流れていて、悲しげなその眼差しを一層悲しくさせるものにしています。皺で覆われた鬼の口元に、下歯から二本の牙が左右の口元から出ていますが、その牙でさえも、彼の悲しげな表情を消すことはできません。
「そうか、彼は勇敢だったか。それを聞いて、彼の死も浮かばれよう。」
ドメンは、鬼が来ているローブの袖を手探りで探して、しがみ付きます。
「もはや、我々の安住の地はこの凍てついたこの場所のみなのでしょうか?」
鬼が言います。
「我々は、バカではない。知識がある。きっと方法がある筈だ。それを我々はともに考えていこうではないか。なぁ、ドメン。」
ドメンは、すすり泣きながら、頷きます。
この世界の異形たちは、魔力は持ちませんが特殊な能力を個々に持っています。
しかし、異形たちは人を食料として捉えている者も多くいます。その異形たちは人間に駆逐されて、南の極寒の地、南極へと大多数の者が追いやられてしまいました。
そして、徐々に数が減ってきているのは確かなのです。
このままいけば、この極寒の地で滅亡していくのみでした。
鬼は思います。
(何か方法はある筈)
始まってしまいました。
毎日更新とはいきませんが、隔日午後15時更新としてやっていきたいと思います。
更新できなかった日は、設定資料のやり直しやら、資料不足で頭がはじけ飛んでいるか、執筆でキーを撃つのが遅くなっているか、体調不良がおきているとか、ただ単に映画やら本やら読みふけってサボっているなどいろんなことを考えて、駄目だなこいつはなどと思ってください。
記念すべきという言葉が、この作品に当てはまるかはわかりませんが、第1話には主人公は出てきていません。ただ、視点人物となるザクウェルやドミニオンが出てきます。
彼らも、ストーリーに深くかかわってくる人物です。
二人が会話する「魂の友よ」は猫型ロボットマンガに出てくるガキ大将から、リスペクトさせて頂きました。
これから、どんどん悲しい出来事が起きてきますが、この物語にお付き合いしてくださいましたら有難き幸せで御座います。