一ノ瀬椿、享年16歳
思ったより長くなっちゃった。
嫉妬。そう、最初はほんの、嫉妬心だったんだ。
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一ノ瀬椿16歳。好きなものはK-POPと小動物、嫌いなものはひじき。勉強も運動も人並み以上にはできて、容姿にも気を使っているから悪くないと思う。
好きな人はいるけど、学校中に名前が知れ渡っているほどのハイスペックイケメン。名前は裕人くん。色んな人が好意を寄せていて、告白されるのも珍しくないくらいだから、彼が誰かに告白することなんてないと、なんとなく思っていた。
だから余計に驚いた。彼が、うちのクラスの生鷺郁に告白したらしいと聞いて。
確かに彼女は、彼に釣り合う人なんだと思った。目の色が左右で違うだとかで眼帯をしているけど、その顔立ちは多くの女子が憧れるものだろうなと4月に思ったのを覚えている。勉強もできて、授業で当てられた時なんかは淀みなく答えるし、運動だってできるらしかった。
美男美女カップルの誕生か、これで失恋する女子が校内にどれ程いるのかな―――まぁ、私もその一人だけどね。
なんて考えていたのに、私の耳に届いた事実は予想外のものだった。
『生鷺郁が裕人くんを振った。』
理由は「好きじゃないから」らしい。まぁ好きじゃなきゃ付き合わないよね。理由としてはもっともね。
でも、なんで。可愛くて、勉強も運動もできて。それでできたチャンスを、生鷺は易々と投げ捨てた。
私はこんなに裕人くんのことが好きなのに、裕人くんは私を見てはくれない。
裕人くんが見てるあの女は、裕人くんを見てはいない。
そう考えると、嫉妬やら妬みやらが、お腹の底からじわじわと沸いてきて、どんどん濃くなっていった。
そうして膨らんだ負の感情は、嫌がらせという形で破裂した。
「バカ」とか「アホ」とか、そんな小学生みたいな言葉を書いた紙を、生鷺の下駄箱に入れた。
やってはいけない事だと思ったけど、何故か、私が生鷺より優位に立てた気がした。
人間としては堕ちていっただけだったのに、罪悪感と緊張感の中には確かに、「やってやった」という達成感があった。
それがきっかけだったのだろう。裕人くんに好意を寄せていた一部の女子から、生鷺への嫌がらせが始まった。
一度始まったそれは、止まることなくエスカレートしていった。
私もその輪の中に居た。
生鷺に対して感じる劣等感を武器にして、生鷺を追い詰めようとしていた。でも生鷺は何をされても、表情を変えることは無かった。常に涼しい顔して、威圧するような冷たい目をして。
そんな生鷺を見る度、嫌がらせは劣等感からくるものだと見透かされているようで、見下されているようで。
そうして自分の中に生まれた焦燥と膨らんだ劣等感から目を逸らそうと、さらにひどい嫌がらせをして。
下駄箱に紙を入れた。でも駄目だった。
靴を隠した。でも駄目だった。
目のことを馬鹿にした。でも駄目だった。
教科書をゴミ箱に捨てた。でも駄目だった。
弁当に泥を入れた。でも駄目だった。
殴ったり蹴ったりした――――――でも駄目だった。
「なんでこんなことしてしまったんだろう」とすべてを後悔したのは、生鷺が学校の屋上から飛び降りた後だった。
その日の昼休み、放送で職員室まで呼び出されて。
「いじめをしているだろう」って言われて。
「親に連絡する」って言われて。
いま考えれば、完全に八つ当たりだった。
教室に入るなり友達の所まで行って、先生に呼び出された、こんなことを言われたと話した。
その間も、生鷺は黙々と弁当を食べていた。
その様子に苛ついて、つい言ってしまった。
「ふざけんなよ!お前がいなければ私は楽しい学校生活送れたのに!!お前のせいでセンセーにも呼び出されて親にも連絡するって言われて、私の人生台無しだ!!お前なんかいなきゃいいんだよ!!死ねッ!死ねよクズ!!殺す!ぶっ殺す!!」
私の声は教室に響いて、クラスメイトは静まり返った。
直後に返ってきた生鷺の声は、予想外なもので、静かになった教室ではひどく冷たく聞こえた。
「…今私が死んだら、担任はいじめが原因だと考えるんじゃないの。そしたらあんたはもっと立場悪くなる。それであんたが心地よく過ごせるとは思えない。だからって私を殺せば、あんたは殺人犯だ。どっちにしろ、居心地が良くなるとは思えないけど。担任に呼び出されたのも親に連絡されるのも、自業自得なんじゃないの。」
自業自得。図星だった。
興奮していてよく覚えてないけど、きっと、余計にひどいことを言ったと思う。
そんな中でもやたら鮮明に覚えているのは、生鷺が放った「これからいろいろ大変だろうけど、『必死に頑張って』ね。」という言葉だった。
生鷺が選んだのは『自殺』だった。
教室を出ていこうとする生鷺を、私は止められなかった。謝れなかった。
『後悔先に立たず』なんてことわざを、これほどまでに実感する日が来るなんて、と思うのはしばらく経ったあとだった。
生鷺の葬式の日、生鷺の母親に声をかけられた。
「あんたのせいで郁は自殺なんてしたのよ…、あんたが…あんたが郁を殺したのよ!あんたさえいなければ郁は幸せに生きていられたのに!あんたなんかのせいで…!」
そんなことを叫びながら、親族に連れて行かれた。
私は謝ることができなくて、声がでなくて、連れて行かれる生鷺の母親に向かって頭を下げた。
けど、頭を下げたからって私のしたことが無かった事になる訳でもない。
親にからは「あなたをそんな子に育てたつもりはない」って言われた。学校では、私が嫌がらせを受け始めた。
そんな環境から逃げたくて、人生で初めて、死にたいと思った。
その環境は私が作ったものだったのに。
それでも死ぬ勇気なんて私には無いから、ただぼんやりと、私のしたことを後悔しながら毎日をやり過ごしていた。
そんなある日だった。駅のホームで電車を待っていた。
その日は近くでお祭りがあったらしく、やけに人が多かった。
「―番線に―行き列車が参ります。危ないですから黄色いせんの内側に立って―――」
駅のホーム特有のアナウンスが流れたとき、妙な浮遊感を感じた。直後、体に衝撃と痛みが走る。起き上がると、視界に見知った顔がいた。その人は私よりだいぶ高い位置にいて――――。約1秒で、私の脳は答えを出した。私は線路に落ちた。いや、落とされたんだ。
轟音と光が迫ってくる。電車に轢かれる直前に、私は見知った顔の彼の名前を思い出した。彼は、裕人くんだ――――。
…好きな人殺されたんじゃ、私のこと殺したくもなるかぁ…。
轟音も光もすぐそこまで迫っていたけど、なぜか怖くはなかった。
強い衝撃と痛みを感じたけど、ほんの一瞬だった。
だから私は死んだと思った。
けど、私はまた目を覚ました。
病院の待合室みたいなところだった。
状況が理解できずにいると、「一ノ瀬椿さーん」と呼ばれ、部屋に案内された。
部屋にいたのは若い男女だった。
男が言った。
「一ノ瀬椿さん、おめでとーございまーす!あなたは『幸福賠償システム』が適用されることになりましたー!」
何これ、訳わかんない。
そんな思いが顔に出ていたのか、女性が言った。
「神、落ち着いてください。私が説明してもよろしいですね?」
「えー、僕説明したいー」
「神は早口なうえ相手が理解しているかを確認しませんから。この間来た方はなんとか理解できていた様ですが、毎回それでは不安なので今回は私が説明させて頂きます。」
淡々と言う女性と、ちぇー、といった様子の男。
そういえば、この女性はさっき、男を「神」と呼んだ。
余計に不思議だ。なんなんだろう。
「それでは、ご説明いたしますね。」
話を聞くと、ここは死後の世界だという。
生きている間の幸福より不幸の方が多い人のみ集められるらしい。
生きてる間に得られなかった幸福を得る為に、『改世』ってところで生活できるんだとかなんとか。
話が長くてよくわからなかったけど、まぁだいたいこんな事を言っていた。
女性が部屋の奥にあるドアを指して言った。
「こちらが『改世』へ繋がる扉となります。お元気で。」
ドアノブに手を掛けたとき、男が言った。
「あ、『改世』じゃ見た目は自由に変えられるけど、君の目の色は赤にしとくよ。神様権限で、それは変えられないから。」
「…そうですか。」
扉を後ろ手で閉めようとしたとき、また男が口を開いた。
「ウサギちゃんに、謝ってきてね。」
生鷺ちゃん。どういうことか尋ねるつもりでと扉をもう一度開けようとしたけど、いつの間にか私の手からドアノブの感触は消えて、扉は見る影もなかった。
とりあえず家を探さなければと、街を歩いていたときだった。
生鷺がいた。
「え、あんた、なんで…、もしかしてあの男が言ってたのって…」
生鷺はきょとんとしていた。私のことなど知らないように。
そのあと生鷺の家に招いてもらって、今に至る、という訳だった。
「…ごめんなさい。謝って済むことじゃないけれど。」
そう言って頭を下げた私を見て、生鷺が言った。
「…あんたに何があったか、聞かせてもらえない?」
私は生鷺をいじめ始めるあたりから、ぽつりぽつりと話した。
全て聞き終えた時、生鷺が言った。
「…一ノ瀬、あんた、馬鹿なんだね。」
これでちょっと椿の印象変わるかな…?