ショートケーキ、ショートカット、ショートコント好きのショートストーリー
「今は裾を踏む様な履き方してないんだね」
待ち合わせのレストランで最初に掛けてきた言葉は、九州の田舎の港町で育った俺の、付き合っていた当時の似合わないファッションと今の違いを指摘する言葉だった。
「あの頃は腰パンなんて普通だっただろ」
「その普通が似合って無かったんだよ、今のシンプルな服装の方が絶対良いよ」
「ファッションなんて移り変わるもんだろ」
久々の食事だと言うのに彼女には何の緊張の色も見えなかった。
「こんな田舎じゃ俺は何も出来ない」
そう言って福岡の映像関係の専門に行き、自由にさせて貰ったのは、俺が末っ子三男なので良い意味で放任主義な両親と、自分に一番似ている孫を溺愛していた父方の爺さんのお陰だと思う。
両親も可愛がってはくれたのだが、爺さんの俺への溺愛っプリは孫ながらに少し行きすぎてるのでは無いかと思う位だった。
爺さんは昔の人なのにハーフで背が高く顔立ちがクッキリとしていた、親父や親父の兄弟は本当の子供では無いんじゃないかと言われる事も多かったらしい。
そんな事を長年言われ続けた爺さんの、俺が成長するに連れて自分に似てくる姿はとても嬉しいモノだった様だ。
そんな爺さんに金を出して貰っての専門学校生活は、自分で映画撮るという目標を俺にくれた。
当時の映像の師匠に映画を撮りたい事を伝えると
「東京に行け、ここよりも東京には可能性が転がってる」
との言葉を受け、なんのコネも無いままに二十歳で上京した。
しかし何のコネも無い為のはやはり厳しく。映画関係の仕事には着けずに当時アルバイトをしていた映像制作会社技術職としてに世話になる様になっていた。
技術職と言っても小さな制作会社であった為に編集作業なども叩き込まれ、新人で遊ぶお金も無いのでたまに先輩が飲みに連れて行ってくれる時以外は携帯ゲームで暇な時間を潰していた。
当時はそこまで規制が厳しくなく、ゲームの機能を出会い目的で使う人もかなり少なくはなかった。
だが俺には金が無く、同然遊ぶ金を捻出する事も難しい程であった。
突然会ったこともないゲーム仲間から
「ご飯にでも行きませんか」
とのメッセージが届いた時は焦ったものだ、たまに相談にのったりはする仲ではあったが、急にこういった事態になると、意外と人間って突然の対応がわからなくなったりするもんだなと思ったものだ。
後に本人に聞いた話だと、何でも相談にのって貰ってるうちにどんな人なのかが気になって来て、ダメ元で会ってみたいと思う様になったらしい。
そんなに考える事をしなかった当時の俺は、食事位ならと、何通かのメッセージのやり取りの後に承諾していた。
当日に待ち合わせの場所に待っていたのは、想像とは違ったなんと言うか『theお嬢様』と言うのがピッタリと当てはまる外見の女性だった。
「こんにちは、本日は宜しくお願いします」
メッセージでも丁寧な言葉遣いであったが、実際に会ってもこんなに丁寧なのかと関心したモノだった、だが比較的自由に育ってきた俺には少し丁寧過ぎた。
「あ、そんなに畏まらなくてもいいよ、気軽に普通の友達と話す様にお願い」
「初対面の人にはちゃんとしなさいって躾られてきたんだ、私も普通に話せる方が良いからこんな喋り方でいいよね」
「全然OK、じゃあ何食べようか」
取り敢えず気楽に話せる空気にはなったが、女性経験の少なかったに俺はどんなお店に行けば良いかもわからなかったので彼女の食べたいモノを提案して貰った。
「私、あんまりファーストフード的なモノを食べた事が無いんだ、だからオススメのファーストフード店があれば、そこに行きたい」
「あれ、もしかして超お嬢様だったりするの、友達とかとマック行ったりしなかったの」
「お嬢様ってわけではないけど、大学卒業まで私立で女子しか居なくて、帰りは車で送り迎えして貰ってたからそんなに出歩いて外食とかは出来なかったの」
その台詞があって、気になった俺は学校名も聞いてみたのだが、田舎者の俺でも知っている有名な私立女子大学だった
「マジか、ガチのお嬢様学校じゃないか住む世界が違うわ、俺とかと一緒で大丈夫なの、俺しがない技術職だよ」
「大丈夫、住む世界とか同じ世界に住んでるんだから一緒に決まってるよ」
そう言って笑いながら合わせてくれる彼女の気遣いに安心しながら
「じゃあ大定番のハンバーガーでも行きますか、俺のオススメのバーガーで唸らせてあげるよ」
と世間一般ではおよそ9割以上の人が食べた事があるであろう某ファーストフード店へと向かった。
今思えばもう少し良いところをチョイスしろよと思うが、当時の俺には女性への気遣いというモノが欠如していたのでは無いかと思う。
某ファーストフード店で某人気月見をコンセプトに作られたバーガーを食べながら色んな話をした。
彼女の話は面白く、両親の仕事の都合で海外に住んでいた時の話など、やはり住む世界が違うなと思うような話もいくつか出て、俺は地元や爺さんとの間での出来事を冗談も交えながら一時間程喋った位で、彼女が不意に聞いてきた
「その、ズボンを下に履いて裾を踏むのはわざとやってるの」
「え、ああ、これは最近のファッションで腰パンってヤツだよ、海外のラッパーとかを意識して流行ってるんだよ」
「あまり貴方には合わないと思うの、せっかく背が高いんだから足も長く見せた方が似合うと思う、それに裾が汚れてるからそこだけ浮いて見えるの」
「そんなもんかね、あんまり自分では気にしたことないから、まぁその内やらなくなるんじゃないかな」
どうも両親共にファッションの業界の人らしく丈などが人よりも気になる性分だと彼女は語っていた。
その日は合計で五時間は喋っていたと思う、帰り際に彼女から
「今日は楽しかったです、また会ってくれますか」
との問いに間髪入れずに俺は
「もちろん、俺からお願いしたい位だよ」
と。
そんなこんなで最初はどうしようと思ってた出会いは終了した。
その後も何度か二人で出掛けるうちに彼女の方から付き合おうとの提案を受け、俺はその提案に即効で了承の意思を伝えた。
当時はそんな考える事もしなかったが、今考えるとかなり彼女に熱中していたし、幸せだったのだと思う。
二人で浅草に行った時などは、俺が外国人のツアー客に間違えられる何とも言えないトラブルにあったりもしたし、横浜中華街では味の好みが結構似ている事に気付かされるし、彼女が俺の進めたポテトチップスなどのスナック菓子にはまり、俺の家には彼女が来た時用のスナック菓子が常備され、彼女の両親にも紹介され可愛がられ、確実に幸せな時間だったと思う。
でも人生って幸せなな時間だけでなくて、悲しい時も来るって事を考えてなかったんだと思う、そんな時に母親から爺さんの危篤の報が届いた。
俺が地元に着いた朝にはもう意識は無かったんだと思う、病室に入って様々な管を通されている爺さんを見た時には涙が溢れそうになった。
着いたその日の夕方に爺さんは他界していった。
親戚が集まってる時には皆
「爺さんはお前が来るまで頑張って待ってたんだと思う、一番下の孫だったし、一番爺さんに似ていて可愛がってたから最後にお前に会えて、爺さん良かったと思うよ」
その後は葬式でバタバタしてしまい悲しむ暇など無かった。
東京に戻ってきて少したってから彼女に会ったが、敢えて何も聞かないで居てくれる気遣いに感謝した。
その後も不幸は続くもので、その後1ヶ月もせずに彼女のお母さんが急病で倒れ天へと旅立った。
可愛がって貰ってたので葬儀の手伝いをし彼女を慰めていた。
そこから彼女は俺に異常な程に執着してきて、その態度に少し恐怖を感じる様になってきた。
俺の携帯を勝手に覗く様になったり、その頃少し出世した俺は仕事柄編集作業が詰まっている時は会社に泊まり込んで仕事をして納品、朝の9時過ぎに帰って寝るなんてのも多くなってきたんだが、帰ると彼女が来ており
「こんな時間まで何処にいたの、私を裏切って別の女の子の所にでも行ってたんじゃないでしょうね」
等と事ある毎に言ってくる様になっていた。
ある日二人で鍋をし、酒を飲み過ぎた俺の発言に怒った彼女は台所から包丁を取り出し、構えて俺に向かってきた。
間一髪なんとか包丁の柄を掴み彼女から奪い取っていっきに酔いが引いた俺は、発言に対する謝罪をした。
「なんで素直に刺されてくれないの、一緒に死のうと思ったのに…私にはもうアナタしか居ないんだよ…お父さんも、お母さんが居なくなってからどんどん痩せて行くの、あんなお父さん見てられないよ、アナタしか頼れないの…」
泣きながら絶叫してくる彼女の姿に出会った頃の印象はなく言葉を失い、ただ抱き締めて謝罪し、落ち着かせる事しか出来なかった。
次の日には彼女から電話があり、昨晩はごめんなさいとの謝罪と、嫌いにならないで欲しいという泣きながら嗚咽混じりの言葉があった。
好きだし彼女を支えたいと考えてた俺は一緒に居る事を約束した、しかし彼女が半年程して落ち着きだした時には、俺には最初の頃の様な彼女へ対する熱と言うものが冷めてしまっていた、勿論愛情はあるのだが、それとは違った熱量を持ったモノが抜け落ちていっているのが感じられた。
その事で嘘をつきたくない事を彼女に伝えたら
「ごめんね、私のせいでそんな風になっちゃって、少し距離を置いた方が良いのかも知れないね私たち」
との言葉に俺はうつ向いて、そうだねと一言だけ返した。
当然男女が距離を置いたからといって熱が復活するのは物語上だけだと言う事に例外はなく、だんだんと連絡も取らなくなり自然消滅となった。
その後は何人かと付き合い、それなりに充実した恋愛も送ったし、成長もしたと自分では思っている。
そんなこんなで数年たって、先日仕事が早く終わった俺は新しい服でも買おうと街をフラフラとしていたら、後ろから声を掛けられた。
「背中丸めながら歩くのはカッコ悪いよ、せっかく背が高いんだからしゃんとして歩かないと」
付き合ってた当初は何度も聞いた言葉だった、偶然の再会ってのはこんな大都会でもあるもんなんだなと感心してしまった。
「久しぶり、何度も言ったと思うけど、背が高い人間は後の人を気遣って背中丸めるもんなんだよ」
久々に会ってもこんなにスッと言葉って出るもんなんだなと変なの事を考えてしまう。
「久しぶり、こんな所で会うなんて思わなかった、偶然ってあるものね」
「そうだな、最初誰かと思ったけどあんまり見た目変わってなくてすぐにわかったよ」
「あら、そんなに若く見えるのかな、でも貴方はなんて言うか…少し貫禄が出た」
「素直に太ったって言ってくれて良いよ」
「いや、貫禄ね、ちょっとだけ日本人顔にはなったと思う、最初は人違いかと思ったけど、仕草は当時のままだったから」
「あれ、俺って体以外は成長してないのかな」
冗談交じりの会話もなんの違和感もなく出来るのが懐かしく感じた。
「今日はちょっとこれから用事あるんだけど、今週の何処か空いてる日はあるかしら、久しぶりに食事でもどう」
「お、良いねえ、この貧乏映像屋に奢ってくれるの」
「普通は誘うのも奢るのもレディの方からではなくて男の方からなんだからね、これでもまだ紳士からのお誘いは多いのよ」
「ならその紳士の為に時間使ってあげたら」
嬉しいのだがどうしても照れ隠しで皮肉混じりの冗談が出て来てしまうのを
「こんな美女に誘って貰えるんだから素直に受けなさいよ」
流石に付き合ってた事があるだけに返しも上手い。
なんだかんだで番号とLINEを交換し、その場は別れた。
当時の夜にに連絡があり、明後日の土曜日などはどうだろうかとの俺の提案に彼女からの了承の連絡がきた。
お店に連絡して予約を取り、彼女へと場所を送ったら
「随分とお洒落なお店を知ってるのね、私はラーメンとかでも良かったんだよ」
「まぁ横以外にも成長した所を見せないとと思ってね」
なんてやり取りを何度かして、当日を迎え、出だしからファッションチェックのこの発言だ。
「ファッションの移り変わりなんて当時のアナタなら考えなかったでしょうね、最初に会った時なんてあんな履き方だったのに」
「もうその話はいいでしょ、何飲む」
飲み物が来たらまずは何から話そう、何から聞こう。
今日は時間はたっぷりあるんだし、まずは彼女の話を聞こう…
時間はたっぷりあるんだから