事件の始まり11
カーターが帰った後にエディは別の部屋で崇の携帯をチェックする。
確かにウォンから着信が入っている。
そして、メールは無かった。
崇の携帯を彼の上着に戻すと自分の携帯を出し、誰かに電話をかける。
『あれを持ってるのは崇じゃない…ウォンからの着信が崇の携帯に入っている。ウォンを何とか探しだしてくれ…マズイ事に軍の中に裏切り者がいるみたいだ』
それだけ言うと電話を切った。
『崇が持ってないとすると、誰が持ってるんだ?』
エディは呟く。
◆◆◆
朝、何となく朗は佐世保駅に来てしまっていた。
別にチエコが気になってるわけじゃない、…ただの散歩だと朗は自分に言い聞かせている。
駐車場に視線が行くと、知っている後ろ姿を見つけた。
「崇」
背中を叩くと彼が振り向いた。
「何だ、お前か…」
崇は愛想なくそう言った。
「お前じゃないって、朗だよ!何やってんの?」
「人待ってる」
「ふ~ん、じゃぁ」
朗が行こうとすると、
「朗」
呼び止められた。
朗が振り返ると「この前の礼を言うの忘れてた」と言われた。
「何の?」と聞き返す。
「看病と…冷えて水吸った雑炊」
と最後は嫌みっぽく言った。
「そりゃぁ、どういたしまして」
朗は笑って返すと歩き出す。
◆◆◆
しばらく歩くと擦れ違い様に誰かとぶつかりそうになる。
『ごめん、大丈夫かい?』
両手にコーヒーカップを持ったエディが謝る。
「おじさん?」
朗は見覚えがある顔に声をかけた。
「おじさん、俺です。朗です」
「えっ、朗君?大きくなったね、身長も高くなったし…男前になってるし、…そして、娘を泣かした。」
華を泣かしたは小声で言った為に朗には聞こえてはいない。
「元気でしたか?」
「もちろんだよ、何年振りかな?前逢った時はまだ学生服だったよな?」
「あの時は高校生だったから、今はもう25です」
「そうか、今は何してるんだい?」
「えっ、あっ…まぁ…それなりに」
朗は胸張って探偵だとは言えなかった。
「それより、おじさん誰かと待ち合わせしてるんじゃない?」
話をそらしながらコーヒーを指差す。
「あぁ、通訳してくれてる子とね」
「おじさん、日本語話せるのに?」
「読み書きは苦手なんだよ、ところで首どうしたんだい?」
エディは朗の手当てされた首筋を指差す。
「あっこれ?昨日、彼女の部屋に泥棒が入って、その時に犯人にスタンガンか何かでやられた」
「はっ?」
エディは一瞬にして部屋に来たのが朗だと分かった。
『君…だったのか』
「えっ?何って言ったの?」
エディが早口の英語で言ったので朗は聞き返す。
「いや、何でもないよ。恋人居るのかい?名前は?」
「凛と言います、凄く可愛いです」
何も知らない朗は笑顔で答えた。
華の失恋の相手が朗だとも知っているし、崇が諦めようとしているのが凛だとエディは知っている。
『君は罪な子だね…、娘は泣かすし、崇の愛してる女性の恋人だなんてね』
決して嫌味ではない…ただ、本当にこの偶然に驚くだけだった。
原因を作った本人は屈託の無い笑顔で笑っている。
「おじさん、英語早いよ!」
ヒヤリングが上手く出来ず、朗はむくれる。
「ごめんごめん、今度食事しようよ華も一緒に」
と笑顔で言った。
「うん、じゃぁ…」
朗が立ち去ろうとした時にエディの方から冷たい風が吹き付けた。
それと同時に甘い香が微かに漂った。
朗はその甘い香に嗅ぎ覚えがあった。
「おじさん香水つけてる?」
「つけてるよ」
「名前は?」
「ブルガリだけど何?」
急な質問にエディは首を傾げている。
「彼女の部屋に入った泥棒と同じ匂い…、あの時もこの香水が微かに匂ったんだ…それから、もう一つ大事な事を思い出した。」
朗は微かに嗅いだ甘い匂いを昨日よりずっと前に嗅いでいた。
「何?大事な事って?」
「殺されたニュースの韓国人は…あの時、携帯をくれた外国人だ、その時も微かに甘い香がしたんだ」
「朗、それって…」
エディは息をのんだ…あれだけ探していた物を目の前の青年が持っている…。
朗はニュースを見た時、何か思い出しそうで、出せなかったのはこの事だったのだ…。
「朗、君は殺された人と会ってるのか?」
「うん、彼女のお兄さんが熱を出してて、看病した帰りに声を掛けられて…その時、携帯を渡されたんだ。何か言われたけど聞き取れなくて、ただ…拾ってくれただけだと勘違いして受け取った」




