事件の始まり9
「そい、いつね?」
朗は必死の形相で聞いた。
「う~ん、いつやったかな?」
必死な朗に気付かず、おじいさんは考え込む。
「朗、風呂はいれ!」
竜太朗が店から出て来て、鈴木のおじいさんに気付き、慌てた。
「じいさん、何ばしょっとね」
竜太朗はまさか言ってないだろうな?と確認するようにわざと朗の前に立つ。
「あれ、竜太朗。今な、チエコちゃんの話ばしよったとさ…あぁ、思い出した。水曜日やった」
おじいさんはようやく思い出したと喜んでいる。
確信も無いのに言ったのか、このクソじじい!と竜太朗は怒鳴りたい気分だった。
朗の気持ちを考えていない発言に竜太朗は腹が立っていた。
「違う、曜日なんか聞いとらん」
朗は少し、感情的になっている。
「じいさん、もう夜遅かけん帰らんね」
竜太朗はおじいさんを追い返すように急かす。
「ほいじゃぁのぉ、お休み」
おじいさんはゆっくりと歩き出す。
「待って、まだ話は終わっとらん」
後を追おうとする朗を竜太朗は体ごと止める。
「中へ入ろう」
「嫌だ、聞いただろ?アイツが…」
感情的になり、まだ後を追おうとする朗を担ぐと無理矢理店の中へ入れた。
「ちょ!!竜太朗さん、邪魔しないでよ!おろせよ!!」
ジタバタ暴れる朗を降ろす。
「落ち着け、ただ、似てるだけだ」
と両腕を掴み、落ち着かせようとする。
「なっ、落ち着け。あのじいさんは少しボケてるから、似てる誰かと間違えただけかも知れないだろ?」
「アイツだったら?」
「チエコだったらどうするんだ?感動の対面か?」
「感動なんかするかよ、殴るか怒鳴るかどっちかだよ」
朗は竜太朗の手を払い退けると入口へ向かう。
「待て!感情的になるな、今はとにかく風呂に入れ」
と腕を掴む。
「こんな時に入れるか!」
「こんな時だから入るんだよ!風呂入って、頭冷やして冷静になれ!」
竜太朗は力強く怒鳴る。
「どうした?」
騒ぎを聞き付けた蓮が顔を出した。
蓮が来た事で朗は大人しくなり、
「風呂入る」
と風呂場へ向かう。
「着替えとタオル置いてるからな」
その後ろ姿に竜太朗は声を掛ける。
「そうか…だから怒鳴り合ってたのか」
竜太朗に説明を受けた蓮は納得する。
「しばらくは荒れるな…」
竜太朗と蓮はため息をつく。
◆◆◆◆
朗は湯舟に浸かり…ため息をついた。
「アイツ、帰って来たのか…」
そう呟くと胸が締め付けられるように痛くなる。逢いたいのか、逢いたくないのか分からない…。
今更?…何しに?
金が底をついた?男に捨てられた?ふざけんじゃねーぞ!
朗は母親が戻ってきた理由を勝手に想像している。
そんなくだらない理由で戻って来たんなら、絶対に許さない!
ふと、じゃぁ違ったら?と考える。
凛が言うように自分がした事に後悔をして…今まで戻れずに居たとしたら?
本当はとっくに戻って来ていて、謝るタイミングを見ているのだとしたら?
フン、だったら何だよ!だからって許さないし、例え謝ろうと…絶対に会ってやらない!
いや、待てよ文句の一つくらい…
いやいや、会ってやったら調子に乗る!
「あー、もう!」
朗は答の出ない自問自答を繰り返す。
◆◆◆◆
「何だよ…これ?」
崇は自分の部屋が荒らされているのに驚き立ち尽くしている。
まだ残っていた警官に話を聞いて、凛が無事だと聞いた。
崇は凛に電話を入れる。
「もしもし、お兄ちゃん?ずっと電話してたんだよ、私達の部屋ね」
「知ってる、今居るから…お前はどこに居るんだ?」
凛の元気そうな声にとりあえずはホッとした。
「友達の家に居るの。お兄ちゃんはどうするの?」
「俺は大丈夫。知り合いに頼んで泊めてもらうから…でも、お前が無事で良かった。」
そう言って電話を切った。
『妹さんは?』
待ち構えたようにエディは聞く。
『大丈夫みたいです。今、友達の家に居るって…』
『そうか、それなら安心だね。君も私の泊まっているホテルに来なさい、これじゃぁ寝る所もないし、怖いだろ?』
そして何より、崇が心配だった。
『何だよ…いったい。ウォンは居なくなるし、部屋は荒らされてる…もう、訳がわからない。』
崇は先程のウォンからの着信もあり、かなり動揺していた。
『崇、少し休もう。ここを出よう』
エディに連れられ、車に乗り込む。




