事件の始まり8
『それはどういたしまして』
エディは笑顔で返す。
『お父さん、ここで停めて』
『家の前で停めるよ』
華が停めてと言った場所は彼女の家から少し遠い。
『無理よ、家の前は工事中よ』
そう言うと華は降りる準備をする。
『崇君、今日は楽しかった。ウチねロジックってハンバーガー屋してるの、今度食べに来て、おごるから』
『ロジック?国際通りにある?あの店なら何度か買いに行った事があるよ』
崇は振り向き、華を見た。
『本当に?また来てね』
車が停まり、華は降りる。
『お休み崇君』
そう言って華は手を振り歩き出す。
エディも車から降りると華を玄関の前まて送って行った。
崇はその風景をずっと見続ける。
エディが車に戻り、乗り込む。
『待たせたね、次は崇の番だ。アパートまで送るよ』
『なんか…良い親子ですね』
車が走り出すと崇がそう言った。
『そうか?普通の親子だよ』
『普通かぁ…、あれが普通なんですね…。娘が失恋したら逃げ込む場所を作ってあげたり、男に泣かされたら怒鳴ったり…』
崇は少し、遠い目をしている。
普通の親子にどれだけ憧れたかな?
ほんの短い間だけ…その普通はあった。
幼い頃にだけ存在した一瞬の優しい空間。
どれだけ、それに憧れたたか…どれだけ、あの一瞬に戻りたいと願ったか分からない。
家族に憧れる崇の気持ちがエディにも分からないわけじゃない。
崇が言っている意味は痛いくらいに分かる。
『崇、私は君の父親にはなれない…』
その言葉で崇は一瞬、泣きそうな顔になった。
『私は華の父親だからね…でも、親友にはなれる。親友でも君が逃げ込む場所を作ってあげれるし、君が誰かに泣かされた時は怒鳴ったりもする。守ってあげたりも…』
そう言うとエディは華を見ていた父親の顔になっていた。
崇はそれが嬉しくて…エディの言葉が嬉しくて…少し照れくさそうに、
『ありがとうございます』
と言った。
車内は崇が憧れたあの空間になっていた。
崇は時間を見ようと携帯をポケットから取り出した。
病院からずっとサイレントにしていたので音もバイブさえも鳴らないので着信があった事に開いた瞬間に気付いた。
着信は2件あり、凛からと…
もう1件はウォンからだった。
崇は慌ててウォンに掛け直す。
『どうした?妹さんにかい?』
『ウォンから…着信があって…』
崇は早口で言う。
エディは何故?という険しい顔になった。
ウォンの携帯には繋がらない…電源が入ってないというアナウンスが流れてきた。
そんな…崇は焦った。
『ダメだ、電源が入ってない』
それは何度掛け直しても同じだった。
着信があった時間は崇がカウンセリングを受けてた時間帯だった。
仕方のない事だけど、病院を出た時にでも確認すれば良かった、そしたら繋がったのかも知れない、ウォンは助けを求めて来たのかも知れない…考えれば考える程にマイナスな考えにいってしまう…
嫌な予感がする…どうしよう、と思う度に携帯を持つ手が震える。
息苦しさを感じる。
繋がらないと分かっていても掛け直さずにはいられない。
リダイヤルを押した瞬間にエディに携帯を取られた。
驚いて顔を上げようとすると、『崇、落ち着いて、息をゆっくりしなさい』エディは崇の背中を摩る。
ようやく自分が過呼吸になりかけていたと気付く。
息苦しさはそのせいだった。
『病院へ行こう』
エディがハンドルを切ろうとするのを崇の手が止める。
『俺のアパートへ行って下さい、ウォンが居るかも知れない』
『ダメだ、病院へ行こう』
『お願いです!』
崇の必死さに負けたエディはとりあえずアパートへ向かった。
◆◆◆
「朗やないけ?」
店の前を掃除していた朗は誰かに声を掛けられ振り返る。
そこに居たのは横瀬に住む、鈴木のおじいさんだった。
「何ね?竜太朗の弟子になったとか?」
「弟子って…なってないから。おじいちゃんは何してると?もう、船無いやろ?」
「今日は佐世保の親戚の葬式があったったい、そいけん今日は親戚の家に泊めて貰うとよ」
言われてみればおじいさんは喪服を着ている。
「ご愁傷様です」
とりあえずそう言った。
「あ、そうそう。こん前、朗の母ちゃんば佐世保駅で見たとよ、帰ってきたっちゃなかと?」
「えっ?」
朗は顔を強張らせた。
「チエコちゃん帰ってきたとやろ?良かったなぁ朗」
朗の心臓は一気に加速する。
鼓動が恐ろしいくらいに早い。




