事件の始まり
凛のアパートへ着き、部屋の前で待とうとドア近くに行くと、中から音がする事に気づいた。彼女がもう帰っているのかとドアノブを掴むと鍵が開いている。
「凛?」
名前を呼びながら中へ入り、驚いた。
部屋の中が荒れている。
模様替えにしては散らかり過ぎている。
奥くから物音がした。
「凛、居るの?」
朗は靴を脱ぐと部屋へ上がり込んだ。
奥くへ進むと微かに音がした、音がした方へ振り向こうとした瞬間、首筋に痛みが走り、その衝撃でその場に倒れ、意識を失った。
朗の側に誰かが立つと意識を失っている彼を見下ろしていた。
◆◆◆
『崇はだいぶ、顔つきが変わって来たよ。…優しい顔をするようになったし、何よりよく笑うようになった』
カウンセリングを終えた崇にカーターが言った。
崇の横には当たり前のようにエディが座っている、まるで息子に付き添う父親のように…。
『えっ、それじゃぁ前の俺は優しくないみたいに聞こえますけど…』
不満そうに崇は言う。
『余裕が出て来たって意味だよ。でも、私には優しくなかっただろ?顔を見れば逃げるし、腕を掴めば睨まれる…私が毎日、どんなに辛かったか…』
カーターは大袈裟に泣く振りをする。
『それは別に…嫌ってたわけじゃ…』
でも、本当の事だし…しどろもどろになる。
『冗談だよ。』
カーターは笑う。
『さて、崇。来週のカウンセリングだけど、妹さんも英語が解るよね?』
『はい…話せますけど、どうしてですか?』
『妹さんも事件の時、側に居たんだろ?だったら君と同じくカウンセリングが必要だよ』
崇は一瞬考えた…
確かに凛にもカウンセリングが必要だ。でも、自分が今もあの事件から抜け出せていないと知ったら…傷つくかも知れない。
『わかりました…、話してみます』
とりあえずそう返事を返した。
でも、言えるはずがない…
『じゃぁ、私はエディと話があるからちょっと外で待ってて』
と崇を外へ出す。
『あの子は大丈夫なのか?』
崇が出るとすぐにエディが聞いて来た。
『自分からカウンセリングを受けると言って来たからね、前から比べると凄い進歩だ。過去に辛い体験をしてるの患者は過去を認めたくなくて否定するんだ、前の崇のように…なかなか、カウンセリングまでこぎつけのが大変なんだ…崇は強い子だよ』
『そうか…』
エディはまるで自分の息子が褒められたように嬉しそうだ。
『ただ、あの子は過呼吸を持ってるから気をつけてあげてください。さっきも、何度かなりかけた…応急処置の仕方は知ってますか?』
『知ってるよ、昔習った…気をつけるよ』
そう言ってエディは立ち上がる。
『それから、これからも崇の力になってあげて下さい、貴方は彼に取ってはキーパーソンなんです。貴方をかなり信頼してるみたいで、貴方の話ばかりしてましたし』
『そうですか…嬉しいな』
エディは本当に嬉しそうに微笑んだ。
『父親が自分にしてくれなかった事やしてあげた事を貴方にする事によって彼は満たされるんです。彼には貴方のような大人が必要なんです、抱きしめて叱ってくれる大人が…』
エディの携帯が振動した。
『病院では電源を切って下さいね』
カーターに注意され、エディは苦笑いしながら外へ出た。
◆◆◆◆
「凛ちゃん」
名前を呼ばれ振り向くと江口の乗った車が横付けされる。
「江口さん、お仕事ですか?」
凛は車に近付く。
「崇君いるかな?」
「兄なら知り合いと食事するとかで遅くなりますよ、何か用事ですか?」
「なんだまた、タイミング逃しちゃったなぁ」
「用事があるなら伝えますけど?あ、そうだ…今から予定とかありますか?」
「…別にないけど、どうして?」
「今から彼と鍋するんですよ、一緒にどうですか?2人だと寂しいし」
と凛は両手に持つ、鍋の材料を高くあげて見せる。
「そんな悪いよ」
「いいですよ、彼も喜びます。賑やかなのが好きだから」
「朗君だったよね?凛ちゃんの彼氏…凛ちゃんは面食いだね、凄く綺麗な顔をしていたけど、中身も気さくで感じが良かった」
「だったら尚更です。来て下さい」
凛に可愛く微笑まれ、ついて行く事にした。
「あれ?てっきりもう、部屋の前に居ると思ったのに…」
凛は辺りをキョロキョロしながら居るはずの朗を探す。
とりあえず鍋の用意をしようとドアに手を掛けた。
「あれ?鍵開いてる…なんで?ちゃんと閉めたのに」
凛の言葉で江口が凛を部屋の前から離す。
「凛ちゃん、ここに居て」
凛を残し、江口は部屋へ用心しながら入る。
部屋は荒らされていた。
奥くに人の気配を感じ江口は奥へ進む。




