悲しいキス4
歩き出すと誰かに背中を叩かれ、振り向く。
「華?」
立っていたのは華で、朗が疑問文だったのは、髪を下ろしメイクをしてドレスアップをして綺麗な女の子に見えたからだ。
「そうよ、悪い?」
ドレスアップのせいで外見は綺麗で清楚な感じがするが口調はいつもの華だった。
「悪くはないんだけどさ…」
朗は上から下までマジマジと華を見た。
「何?見違えた?」
華はクルッと回って見せた。
「うん…女に見える…」
と言った瞬間に腹を拳で殴られ、うずくまる。
「お前なぁ、折角綺麗なのに…」
朗は顔をしかめながら文句を返す。
「アンタが酷い事言うからよ。けど、綺麗って言葉は貰っておくわ」
と華はニッコリと笑う。
「何してんだよ、店は?」
朗は腹を摩りながら立ち上がる。
「休みよ、お父さんと今から食事に行くの」
「おじさんと?マキコさんは?」
「お母さんは行かないってドタキャン」
「ふ~ん、そうなんだ…おじさんいつまで居るの?」
「あと2週間弱かな?私も準備出来たらアメリカに行くけどね」
華はサラリと言った。
「えっ?華、アメリカ行くのか?」
朗は驚いて華を見つめる。
「うん、行くよ」
「マジで?」
「マジで…」
「マキコさんは置いて行くのか?」
「お母さんは佐世保から出たくないって…朗はお母さんが居るから寂しくないよね?ウルサイのが居なくなってセイセイするでしょ?」
華の精一杯の強がりだった。
昨日、たくさん泣いて…自分の中で覚悟を決めて。その後父親にアメリカに行く事を告げた。
それなのに、朗を目の前にすると、決心が揺らぐ…
朗を忘れると決めたのに涙が出そうになる。
「俺、華をウルサイとか思った事ないからな…」
朗は真面目な顔でそう言った。
「えっ?」
「華はいつも本当の事しか言わないだろ?この前だって、華が平手しながったら晴彦と大喧嘩になってたよ…何より卑屈にならずに済んだ…だから華には感謝してる。…怒ってくれる人が居るっていいよな…華、いつもありがとう。居なくなると寂しいよ」
そう言って朗は優しく笑う。
その笑顔にドキッとした。
…ずるいよ。華はそう思った。
忘れようとしている時に優しい顔をする。
「ずるいよ…朗は」
小声で呟く。
「何?聞こえない」
聞き取れなかった朗は聞き返す。
「なんでもないよ…、髪に何かついてるよ。しゃがんで」
と華の手が朗の前髪に触れる。
「うん」
朗は前かがみになる。
「目、閉じて」
「何で?」
「いいから閉じてよ」
朗は不思議そうにしながらも瞳を閉じた。
髪がサラリと流れる。
こんなに長い間、一緒に居て、朗の顔を間近に見たのは初めてだった。
華の唇が朗の唇に軽く触れる。
朗はビックリして目を開けた。
「アメリカ流のさよならよ!朗、凛ちゃんと仲良くね」
そう言って華は朗に背を向け走り出した。
朗はまだ固まったままだ…
まだ唇には華の唇の感触が残っている。
「今の…何?」
朗は呟いた。
華は泣きながら早歩きで進む。
朗の優しい顔が浮かぶ…、目を閉じた彼はまつげが長くて…柔らかそうな髪も、手に届く近いのに…彼の全ては自分のものではなく…彼女のものだ…長い指も、少し猫背な所も、くせっ毛でやわらかい髪も…「華」と呼んでくれる声も、全部、全部好きだった。
いつものようにロジックのドアを開け、奥の席に座る朗の側にずっとずっと居たかった。
華は立ち止まると自分の唇に触れる…初めて触れた彼の唇の感触がまだ残っている。
息が出来なくなり喉の奥くが熱くなる。
胸が痛い…。
座り込んで朗の名前を呼ぶ。
決して返事を返してくれないのに…
きっと、朗を忘れる事なんて出来ない。
唇を重ねた時に…そう確信した。
◆◆◆
朗のポケットの携帯がなり、我にかえる。
携帯に出ると凛からだった。
「今日、お兄ちゃん遅くなるからウチで一緒にご飯食べない?作るから」
と凛からの誘いだった。
「うん。行く」
「買い物してから行くから部屋の前で待っててくれる?すぐ行くから」
「分かった。」
返事を返し、凛のアパートがある方へ歩き出す。
朗は思い出したように外国人から渡された携帯を出し、またTAKASHIに電話をしてみた。
今度はコール音になり、やった!っと思った瞬間に充電が切れた。
そんな…朗はガッカリしながらポケットに入れた。




