悲しいキス2
『気付いてるんなら直せるよ、自分で怒っていると感じたら、深呼吸して3つ数えてごらん、少しは落ち着くから。それか、頭を冷やしに外に出るとか』
エディは的確なアドバイスをくれる。
『成る程、一理ありますね』
『私も若い時は怒りっぽくてね。元妻と喧嘩ばかりしてた…、今思えばくだらない理由だった。…だから妻は娘を連れて出て行ったんだ。崇も私みたいになるなよ』
エディは少し、寂しそうに見えた。
『そう言えば、娘さんを映画館で見ましたよ』
『えっ?本当かい?誰かと一緒だった?』
『同じ歳くらいの男性と、娘さんは写真で見るより本人の方が綺麗ですね』
華を褒めたとたんにエディの顔付きが父親になった。
『だろ~、自慢の娘だ!男と一緒か…華に手を出したりしてないだろうな?』
彼の中では華と一緒に居たと聞いた男性への怒りがフツフツと沸いているようだ。
『エディは娘さんの事になると人格変わりますね』
崇はまた、クスクスと笑う。
『崇も父親になれば分かるよ』
エディは照れたように笑う。
『父親かぁ…俺は結婚しないつもりだから、エディの気持ちは一生わからないと思います。』
『好きな子居ないのかい?』
崇は少し間を開けると、
『…います。ずっと大事に守って行きたい子が…。でも、彼女とは一緒に歩いていけない。他の男性と一緒に歩いて行くのを見てるだけです…、彼女が幸せならそれでいいんです』
崇は儚げに笑う。
『諦めるのかい?好きなんだろ?』
『好きですよ。もうずっと好きでした。彼女を忘れようと他の女性と付き合ってみたけど、結局は自分が彼女をどれたけ好きかを思い知らされた』
『…崇、内に秘めた思いは辛いだけだよ』
『いいんです。それが俺に与えられた罰ですから』
『私は君が本当に心配になる。…まるで自分は幸せになってはいけないみたいだ』
崇は全てを拒んで生きているように見えた。
自らそれを望んでいるかのように…
『そうです。なってはいけないんです…、エディは前に俺が自慢の息子だろうねって言ったでしょ?自慢になんかならない…』
崇は真剣な顔でエディを見ると何か覚悟を決めたようだった。
どうせ隠しててもいつかはバレるし、誰かの口からエディの耳に入るだろう…。
他人に言われるよりも自分で言った方がいい、それで嫌われるなら…それでもいい。
『俺は人殺しなんです』
崇の告白にエディは思わず息を飲んだ。
『自分の父親を刺し殺したんです。父親からずっと暴力を受けてたし…ずっと死ねばいいって思ってた…。義理の母親が生きてた頃はまだマシだった…でも、亡くなってから酷くなって…中学の時思い余って…無我夢中だったし、何よりアイツが凛を傷つけようとしたのが許せなかった、いくら自分の娘じゃないからって…まだ、子供の凛に…許せなくって…今でもアイツの血の感触を覚えてる、流れていく血を見て、やっと介抱されるって思った。自分の父親が死んで行くのをただ見ている残酷な子供なんです…そんな人間が幸せになんてなれないでしょ?…ましてや、愛してる女性と生きて行くなんて』
崇は感情のままに言葉を放った。
ずっと心の重荷だった自分の過去。
何度自暴自棄になりそうになったが分からない。
でも、なんとか平静でいられたのは凛が居たから。
凛の側に居たかったから…
彼女を遠くから守りたかった…それが辛くても生きてこれた希望。
話を黙って聞いていたエディはやがて口を開く。
『残酷がどうか決めるのは君じゃない…決めるのは話を聞いた私や…君が守った凛だよ。私は君を残酷な人間だとは思わない、…過去に捕われて前に進む事が出来ずに泣いている子供だ、君が父親を刺した時、周りの大人はどうした?』
『さぁ?慌てたんじゃないかな?』
『誰も君を抱きしめなかった?』
『誰も…』
崇は首を振った。
エディは人気がない通りに車を停めると崇を引き寄せ抱きしめた。
『なん…ですか』
崇は驚いてエディから離れようとするが彼は抱きしめる腕に力を入れる。
『君は悪くない!悪いのは君を傷つけた父親と、周りにいた大人達だ。君はずっと耐えてたんだろ?実の親に暴力を受ける痛みに…ずっとずっと耐えて、愛する人を守る為にした行為は人の道に反する行為かも知れない、でも…神様はきっと許してくれる…神様は子供の味方なんだよ、君も愛される子供なんだ…だから強がらなくていい、
辛い時は辛いと声に出して泣きなさい!幸せになるんだ』
エディの腕は温かかった…そして懐かしかった。
神様なんていない…あの時思った。
自分がした事を許される事だなんて思わない。
…でも、何故…この瞬間、神様が居ると思えるのだろう?
どうして許されると思うのだろう?




