涙のあと9
愛し方がわからない…。
自分は愛していたのに置いていかれた。
愛される努力が足りなかったのかも知れない。
自分がお腹にできてしまったから産んだだけかも知れない、…母親との思い出が少な過ぎる。
クラスの友達と同じ思い出を作れるなんて思ってはいなかったが、…でも、それでも期待してしまう。
「置いていかないよ、誰も朗を置いて行ったりしない。竜太朗さんや竜之介君、他にも心配してロジックに集まってた、朗はちゃんと愛されてるんだよ」
凛の言葉が染み込んで来る…。
愛してくれているのは分かっていた、分かってって気付かない振りをしてきた。
自分が傷つきたくないから…。
「朗の気持ち分かるよ、置いて行かれるのは辛いもの…でも、置いて行くのも辛いんだよ。お母さんはきっと悩んだと思う。今頃、自分がしてしまった事を後悔してるかも知れない。帰って来たくても帰って来れないのかも知れない。朗を傷つけたから…だから、帰れないでいるかも知れないじゃない?」
「逢いになんて来れないよ、帰って来ても許さない」
「嘘つき、とっくに許してるでしょ?」
凛は朗から離れると彼と向き合った。
彼の長いまつげが涙で濡れている。
頬に涙のあとがある、凛はその涙のあとに優しくキスをする。
「自分と向き合うのは怖いよね?今、朗は置いて行かれた過去の自分と向き合ってる…。その事実を認めたくない?でも、向き合って前に進まなきゃ…朗には出した手を握ってくれる人がちゃんと居るんだもん。私も握っててあげるから」
凛はそう言って、朗の手を強く握る。
朗は黙って聞いていた。確かに向き合うのは怖い、捨てられた子供だと認めたくない。
「私も前に進むから…お兄ちゃんが辛いのは私のせいなの、義理の父親にずっと殴られてて…お兄ちゃんがいつもかばってくれた…でも、そのせいでお兄ちゃんがもっと殴られて…助けてあげたかったけど、振り上げる拳や怒鳴り声が怖くて…助けてあげられなくて…」
凛の告白に朗は驚いた顔をする。
凛の目には涙が滲んでいて、泣くのを我慢しているように見えた。
「私が中学生になった時、義父にレイプされそうになって、それをお兄ちゃんが助けてくれて…でも、酷く殴られて…それで、…それで…お兄ちゃんは弾みで刺しちゃったの…自分のお父さんを私のせいで殺しちゃったから…だからお兄ちゃんは私を見る度辛くなるの私を見る度に自分が父親を殺した罪を思い出して辛くなるの…笑わなくなったのは私のせい…救ってあげたいけど、私じゃダメなの」
凛は堪えきれなくなって大粒の涙を零す。
朗は凛の涙を手の平で拭く。
「凛に惹かれた理由が分かった。お互い前に進めない同士で寂しかったんだ」
凛も頷いた。
あの時…凛に惹かれたのは自分を分かってくれると感じたから。
彼女の強い瞳の奥に寂しさが隠れているのを感じたから…
朗は凛の唇に自分の唇を重ねる。
抱きしめた腕から…重ねる唇から…寂しさが伝わる。
一緒に前に進もう。
朗は凛の耳元でそう言った。
ずっとずっと側で君を守るから…心からそう思った。
重ね合う指と…何度も重ね合う唇。
ずっとこのままでいられたらどんなにいいか。
辛い現実から逃げ出したい。
でも…それじゃ、何も始まらないし、進めない。
生きているのに死んでいるように生きて行きたくはない。
愛されたいし、愛したい。
愛されている自覚が欲しい。
二人はそれを確かめ合うように何度も唇を重ね、体を重ね合う。
◆◆◆
二人で朝を迎え、手を繋ぎロジックの前に立つ。
ためらう朗の背中を凛は押す。
「頑張って、私は仕事だから」
と笑顔で朗をロジックへ送り出す。
朗は深呼吸してロジックのドアを開けた。
「おはよー」
といつもより、デカイ声で言った。
朗の元へ真っ先に走って来たのは竜之介で、彼に抱き着いて来た。
「おはよう竜之介」
そう言いながら頭を撫でる
「朗のばか」
その声は泣いていて、朗は視線を合わせるようにしゃがみ込むと
「ただいま竜之介、ごめんな」
と謝った。
「おかえり」
涙でくしゃくしゃな顔で竜之介は返事を返した。
朗は竜之介を抱き上げるとそのまま進む。
「皆おはよう」
朗は笑顔でマキコ、竜太朗、史郎に連、要に挨拶をした。
そして華に
「ビンタ痛かったんだけど?慰謝料として朝飯食わせろ」
といつもの笑顔で言った。
「何が慰謝料よ、いつもタダ飯食いのくせに」
嬉しさを隠すように華はわざと意地悪っぽく言う
「おはよう朗」
マキコがココアの缶を振りながら笑う。
「くそガキ」
竜太朗は力いっぱい朗の背中を叩く
「危ないだろ、竜之介が落ちる」




