涙のあと8
朗は何日も戻っては来なかった。
彼がいつも居るテーブルは静かで、そこに彼が居るのが当たり前だった華達は寂しくてたまらない。
あの蓮でさえ、ロジックに朗が来てないか顔を出しては確認していく。
「お父さん、朗は?」
竜之介は毎日会っていた朗とこんなに長く離れたのは初めてで、毎日泣きそうな顔をして「朗は?」を聞いて来る、今日は会える?明日は?小さいながらも心配なんだろう、いや、小さいからこそ不安でたまらないのだろう。
「多分、あそこだと思うんだけどさ…」
竜太朗には朗が居る場所の見当がなんとなくついていた。
「じゃぁ、迎えに行こうよ」
竜之介は服を引っ張る。
「一人で何か考えたいんだろう、朗自身が帰りたいと思わないと、また…どこかへ行ってしまうから」
「戻ってくる?朗、戻ってくるよね?」
「親友の竜之介がここに居るんだから、絶対に戻ってくる」
そう言って竜太朗は竜之介の頭を撫でる。
「僕、朗が元気ないなら元気づけてあげたい。朗は僕が寂しい時はいつもギュッって抱っこしてくれたよ。だから今度は僕が抱っこしてあげたいの」
竜之介の目は涙で潤んでいる。
ふと、竜太朗はロジックの外へ目をやると凛がこちらへ歩いて来ているのが見えた。
華が二人の事をまだ知らないので、竜太朗は外へ出て凛を捕まえた。
「よかったぁ、お店にCLOSEの看板掛かってるから」
凛も朗と連絡が取れず、ロジックに来てみたものの、CLOSEの看板に困っていた。
「朗と…連絡取れないんですか?」
「凛ちゃんもか?」
ひょっとして凛とは連絡を取っているんじゃないかという淡い期待は裏切られた。
「携帯を家に忘れて行ったから返そうと思って何度か彼のアパートに行ったんだけど会えなくて」
「携帯繋がらないって思ってたら凛ちゃんが持ってたのか」
竜太朗は朗と連絡取れない理由を凛に話した。
「あの、朗…大丈夫なんですか?」
凛は不安げな表情になる。
変な気起こさないと言っていても…嫌な気配は消せない。
「お姉ちゃん」
竜之介がロジックから出て来て、凛に抱き着く。
「朗が帰って来ないの…朗、どうしちゃったのかな?」
目にいっぱい涙をため、竜之介は訴える。
凛は視線を合わせるようにしゃがむ。
「僕ね朗に逢いたい」
「うん。私も」
そう言って凛は竜之介を抱きしめる。
「居場所わからないんですか?」
凛は顔を上げて竜太朗を見る。
「明日になっても帰って来なかったら、俺が無理にでも…いや、凛ちゃん今ならまだ横瀬の船に間に合うぞ」
と凛と竜之介を車に乗せ、鯨瀬埠頭のフェリー乗り場まで連れて行った。
◆◆◆
朗は横瀬のアパートに寝転がって考えていた。
華の言う通り、卑屈になってもみっともないだけ、それは分かっている。分かっているけど…。
ドアがノックされ、朗は知らぬフリをする。
またノックの音がして「朗、居るんでしょ?」と凛の声がした。
朗は慌ててドアを開けた。
「凛…どうして」
「竜太朗さんが行ってやれって…入っていい?」
「うん」
凛を素直に部屋に入れた。
「ずっとここに居たの?」
「母ちゃんちに居たよ、誰にも連絡しないでって言ったら約束守ってくれた」
「竜太朗さんにくらい連絡入れてあげれば良かったのに、凄く心配してたよ。あと、竜之介君泣いてた…」
「竜之介…」
泣いている竜之介の顔が頭に浮かぶ。
連絡しなかった事を少し後悔した。
「竜之介君から頼まれた事してもいい?」
「えっ?」
キョトンとする朗を凛は抱きしめた。
「竜之介君がね、朗が寂しいなら抱っこしてあげてって言ったの。自分が寂しい時は抱っこして貰ったからって」
「あいつ…」
朗はようやく笑った。
竜之介の気持ちが凛から伝わってくる。
朗も凛を強く抱きしめる。
「俺、ずっとアイツに聞きたかった事があるんだ」
「うん…」
「何で俺を捨てて行ったのか、…捨てるくらいなら、何で産んだのかって…捨てれるくらいに俺の事…嫌いだったのかって」
朗の声は震えていた。
凛を抱きしめる手も震えている。
泣いているんだと凛には分かった。
「俺は要らない子供だったんだ…アッサリ捨てるくらいに…ずっとアイツを憎んでた、憎まなきゃやってられなかった、憎む事で自分を保てた。誕生日が来る度に怖くなるんだ…また、誰かに置いていかれたらどうしようって… だから誰にも本気にはなれなかった、本気で愛して、置いていかれたら…もう、どうしていいかわからない」
抱きしめる腕から彼の寂しさが伝わってくる。




