涙のあと7
「またまたぁ~、デートしてたじゃん。あの後どうしたんだよ」
朗はニヤニヤしている。
「どうしたって?お茶して帰ったよ」
晴彦は華を気にしながら答える。でも、華はこちらを見ようともしない。
「あ~、もしかして。喧嘩しちゃった?だから華が元気ないのかな?」
朗の中では華と晴彦は付き合っている事になっているようで、からかっているのか…心配してるのか…それとも興味本位なのか…探るような質問をする。
「違うよ、喧嘩なんてしてない」
華はようやく朗の方を見た。
「じゃぁ、何?」
朗に見つめられ、華は思わず視線を落とした。
「お父さんが一緒に住まないかって…私とアメリカで暮らしたいって」
視線を落とし、話題を変える。これ以上、誤解をされたくない。
「それってマキコさんもって事?」
朗はマキコを見た。
「私は行かないわ、離婚したのを知ってるでしょ?華を引き取りたいって」
マキコは迷いなくキッパリと答えた。
「マキコちゃんはそれでいいのかよ?」
話を聞いていた竜太朗も驚きを隠せずにいた。
「決めるのは華だから」
「…華は行くのかよ?」
朗は俯く華を見つめている。
「朗は私が居なくなったら寂しい?」
小さい声で華は言う。
「そりゃぁ、寂しいさ」
「行って欲しくない?」
それは賭けだった…。華が欲しい言葉を朗が言ってくれたら、迷いはしない。
「…それは俺が決める事じゃない、マキコさんが言う通り、華が決めなきゃ」
朗の言葉は華が欲しいものでは無かった。
結局は自分に何の好意も持っていないから…そう言うのかな?頭でマイナスな考えが過ぎる。
涙が出そうになるのを我慢した。
晴彦は華が泣きそうなのを感じ取った。
「そんな言い方ないだろ?」
晴彦はまるで威嚇するように低い声で言った。
「えっ?だって、決めるのは華だろ?」
「華ちゃんはお前に行って欲しくないって言って欲しいんだよ」
「はっ?何で俺なんだよ、決めるのは華だし、俺にそんな事言う権利ないだろ?」
「何でそんなに冷たいんだよ、華ちゃん居なくなっても寂しくないのかよ」
晴彦は喧嘩ごしに言う。
「晴彦君やめて」
華が二人の間に入る。
「朗の言う通り決めるのは私」
そう言いながらも華は泣きそうな顔をしていて、泣くのを我慢しているのだと晴彦は心が痛くなる。
「朗も座って」
華に促され、席に座ろうとした時に、
「お前、本当に分かってないよ、…人を傷つけてるのにも気付かない。だから捨てられるんだよ」
と晴彦に言われ、振り返った。
「どう言う意味だよ」
朗が一瞬にして怒りを吹き出したように華とマキコに映った。
「晴彦君、いい加減にしなさい!」
マキコが怒鳴り声を上げた。
「朗、座ってよ」
華が朗の前に立ち、押さえようとする。
「気使わなくてもいいよ、本当の事だから。そうだよ!どうせ捨てられた子供だから、だから俺は冷めてんだよ。あの女が男とやりまくって出来たガキなんだよ、父親もわかんないガキなんて育てたくなったんだ、だから捨てられ…」
捨てられた…と言いかけた時に頬を平手で叩かれた。
叩いたのは華で、
「そんな風にお母さんや自分の事悪く言って、落ち込むのは自分じゃない!卑屈になんないでよみっともないから」
キツイ口調だった。
朗は大人しくなると目を伏せたまま。
「頭冷やしてくる」
と呟くように言うと店の外に出る。
竜太朗が心配したように追い掛けて来た。
「待て、待てよ朗!」
腕を掴む。
「ごめん、一人にして」
朗はその腕を振り払う。
「でも…」
「大丈夫、変な気は起こさないから」
と朗は竜太朗の方を振り返りもせずに歩いて行く。
チエコのヤツ、何で置いて行ったんだよ。
竜太朗は自分では力になれない事を悔しく思う。
強がっていても笑っていても朗の心には母親に置いていかれて泣いている子供が居る…。
それを抱きしめて慰めてあげられるのは自分ではない…
朗が出て行った店内ではマキコが晴彦を叱っていた。
「晴彦君、言い過ぎよ!言っていい事と悪い事の区別くらいつくでしょう?」
晴彦も言い過ぎてしまったと思っているのか黙って俯いている。
「ちゃんと謝るのよ」
「はい…」
落ち込み、返事を返す。
華は朗を叩いた手の平を見つめている。
彼を叩いた手の痛さは朗の心の痛さと同じかな?
ううん、もっと痛いはず。
いつも笑っている朗の辛さや寂しさを自分はどこまで理解しているのだろうか?




