涙のあと3
反対する竜太朗の手を取るとチエコは自分のお腹に持っていく、
「赤ちゃん…ここで今、生きてるとよ、産まれて来るのを待ってる…産まないって事は赤ちゃんを殺すって事よ、小さい命の未来を潰すって事だよ、子供は父親が居ないと産まれてきちゃダメなん?女は一人で子供産んだらダメなん?」
チエコの言葉に竜太朗は言葉に詰まる、何て言っていいか分からない。
「竜ちゃん…ウチ、産みたい。竜ちゃんなら大丈夫って言ってくれると思って逢いに来たとよ」
何って言えばいいのだろう?
「男にはちゃんと責任取って貰えよ」
そう言うしか無かった。
「無理よ、今…大変そうやもん」
止めてもチエコは産むだろうと竜太朗は分かっていた。
「無理って何がや?女をはらませて責任取れん男は男じゃなか!」
「竜ちゃん…ウチ、一人でも育ててみせる!絶対に幸せにする。名前も決めてるとよ、男の子みたいだから竜ちゃんから名前貰うつもり、竜ちゃんみたいに優しい人になってもらいたいけん。…ウチ、竜ちゃんと別れて後悔したとよ」
チエコは笑った。
◆◆◆
「何それ?俺の名前、竜太朗さんからきてるのかよ」
朗は竜太朗とは目を合わせる事なくそう言った。
「相談されてたんだ…、竜太朗さんも、もっと反対すりゃぁ良かったのに」
朗は視線を窓に向けた。
「反対ってお前」
一度も目を合わせない朗を心配する。
「なんて、嘘だよ。産まれて来なかったら皆に会えなかったし、凛にも」
「凛ちゃんの事…好きなのか?」
「好きだよ、凛も俺が好きだって言ってくれたし」
「マジか!」
竜太朗は驚き、声が大きくなる。
「大マジ!」
ようやく朗は竜太朗へ視線を向けた。
「竜太朗さん…あのさ」
目は真っ直ぐ竜太朗を見る。
「何?」
「アイツの事、好きだった?」
「もちろん!」
竜太朗は即答した。
「お前、チエコによく似てるよ。目がデカイとことか、笑い方とか…お前が産まれた時に病院に見に行ったんだよ。沢山居た赤ちゃんの中でお前が1番可愛いかった。その時、付き合ってたハニーに悪いと思ったけど、お前の父親になってもいいかな?って…そしたら、チエコに怒られた。今の彼女を大事にしなさいって。だからお前は俺にとって特別なんだよ」
プッ…、
朗はたまらず笑った。
「お前なぁ、人が真剣に」
怒る竜太朗に朗は、
「ごめん、だって似合わない」
と謝った後に、
「竜太朗さん、ありがとう。」
微笑んだ。
◆◆◆◆
総合病院は相変わらず警察がウロウロしている。
「凛ちゃん」
名前を呼ばれ、凛は振り返った。
「やっぱり凛ちゃん、看護婦してるのかぁ~すごく大人っぽくなって」
と江口が懐かしそうに声をかけて来た。
凛は一瞬、誰か判らなかったが、
「江口…さん?」
と名前を口にした。
「嬉しいなぁ、覚えててくれたんだ。崇君にもこの前会ったよ。彼、元気かい?」
「兄ですか?寝込んでます」
「えっ?」
「はい。だから彼に様子を見て来て欲しいってさっき、彼にお願いしたんです」
「彼に?そっかぁ、恋人居るんだね、だから綺麗になったのかな?」
「なんか…オジサンくさいですよ。その台詞」
凛は笑った。
「オジサンはひどいなぁ、寝込んでいるならお見舞いにでも行こうかな」
「そうですね、行ってあげて下さい」
凛は江口に軽く会釈して仕事に戻った。
凛の後ろ姿を見送りながら、江口は時の流れを感じていた。
まだ幼さを残す二人に会ってから10年以上は経っている。その頃の江口は刑事に成り立てだった。
「早いなぁ」
ポツリと呟くと玄関に向かって歩き出した。
◆◆◆◆
玄関のチャイムで崇は目を覚ます。
怠さと体の熱さにうっとうしさを感じながら、ようやく起き上がるが、部屋が歪む。
ふらつく足でドアを開けると朗が立っていた。
「何?凛ならいないけど?」
無愛想に答える。
「知ってる、様子見て欲しいって頼まれた。」
「あっ、そう。じゃぁ、見たから帰れ」
と崇はドアを閉めようとする。
「待てよ、そんな意味じゃないだろ!」
と閉まろうとするドアに片足と両手を入れ、阻止する。
「お前見たら余計に具合悪くなるから帰れ」
崇は朗を外に出そうとする。
「何だよ、その態度!」
「俺の態度が気に入らないなら…」
と言いかけるが目眩と熱で座り込む。
「おい!大丈夫かよ」
朗は慌てて崇を支える。
支える手から熱が伝わる
崇の額に手をあてるとかなり熱い。
「熱、凄いじゃん!病院行ったのかよ」
「さわんな、お前…うっとうしい」
払いのけようとする。




