秘密8
容疑者。
あの幼い兄妹の父親が…崇はエディに聞いた話を全て通訳した。
容疑者の男性とはただの取引先の相手で、それ以上は何も知らないと言う。
詳しい話は後日にして欲しいとエディは江口に名刺を渡した。
崇の体調を心配して、そう言ったのだと崇自身にも伝わっていて、彼の優しさが嬉しかった。
『気を取り直してランチにしよう、お腹空いただろ?』
エディは崇の背中を押す。
病院から出ると冷たい風が吹き付けてくる。
吐く息が白い。
クリスマスの夜もこんな風に寒くて… 吐く息が白かった。
江口に逢う度に嫌な記憶を思い出しそうになる。
◆◆◆
朗と凛は米軍所有地の公園を歩いていた。
「あのさ、崇が笑わなくなった理由が自分だったら崇の前から消えるって言ってたよね?あれ、どういう意味?」
ずっと気になっていた事だった。もし、変な意味だったら…
「えっ?深い意味なんてないよ。言葉通り、兄から離れなきゃって、私が兄から離れるキッカケが欲しいの、ごめんね。変なお願いして」
「別に謝る必要ないよ」
と朗は自動販売機を見つけ、凛に何か飲もうと誘う。
温かい飲み物を二人で買い、仲良く近くのベンチに座った。
「でも、謝るのは俺の方…、まだ理由が分からないし、今は帰って来てるんだろう?」
凛は頷く。
「帰って来るけど、素っ気ないし、たまに笑うけど、本当に笑ってはいないの…心の底から」
寂しそうにそう言うと缶コーヒーを開けた。
白い湯気が立ち上がる。
「朗。私ね、話して無い事たくさんあるの、両親居ない事は言ったけど…、兄もきっと私のせいで笑えなくなったんだと本当は分かってるの…、でも、違う理由が欲しかった。兄を苦しめてるのは私だと認めたくないの」
凛は両手で缶を握りしめる。
「無理に話さなくていいよ」
凛の辛さが朗にも分かる。
「私ね、兄が好きだった…初めて逢った時から大好きだった」
朗はキョトンとなる。
「兄とは血は繋がってないの」
凛は朗に視線を向ける。
「えっ?」
「母が再婚して、その相手に兄がいたの。ずっとずっと大好きだった、でも私は兄にとっては妹でしかなくて…諦めるしかないでしょ?兄が彼女を連れてくる度に泣きたくなった、どうして私じゃダメなのかな?って、この人とはキスするのに何で私じゃないのかな?って… でも、それでも兄とは離れなくて一緒に居たの。けど、もう限界かな?朗に依頼したのも私が離れるキッカケが欲しかっただけなの」
朗に笑ってみせるが、心から笑っていない。
寂しいと体全体で言っているようで朗には切なかった。
「部屋を出るの?」
「うん。探してるけど、いいのが無くて…」
「笑わない理由、凛じゃないよ絶対に」
朗は励ますように強くそう言った。
「ありがとう」
凛は儚げに笑う。
頼りなく、今にも消えそうな…
「俺さ、誰も本気で好きになれないってずっと思ってた。けど、凛に逢って、凛が人を信じればいいって言ってくれた時、そうかな?って感じた。俺は誰も信じてなかった…あっ、違う。言いたいのはこんなんじゃなくて…えっと」
朗は気の利いた言葉さえ言えなくて言葉を探した。
どうしてこう…肝心な時には言葉は出て来ないのだろう?
イライラもするが、ここは男だ!ビシッと決めるビシッと!
「ハッキリ言う!」
朗は立ち上がり、凛の前に立ち、彼女を見下ろす。
「俺、初めて凛を見た時から…えっと、そのつまり…一目惚れって言うか、俺じゃダメかな?って」
ビシッと決めるつもりが何だかモゴモゴと上手く言葉にならず、情けないものになっている。
考えてみたら…告白なんてした事無かった。
じゃぁ…これって人生初の告白?
そう考えたら顔が熱くなって、耳まで熱い。
「ダメって?」
凛も缶を置き、立ち上がる。
「その、つまり…俺が崇の代わりに凛を守りたいって…」
次の言葉を言いかけた時に凛の手が朗の頬に触れる。
缶を握りしめていた手のひらは温かくて心地良かった。
「朗って変わってるね」
凛は微笑んだ。
「褒め言葉じゃないよね?」
「私、ズルイ女で朗が思ってるような子じゃないよ…それでも?」
「それでも…」
そう言って凛を見つめる。
彼女も朗を見つめ返す。
凛は小さく呟いた。
彼女の白い吐息は消える前に朗の唇に触れる。
朗の両手は彼女の背中に回され、凛が唇を離した瞬間、朗からも口づけを交わす。
私も朗が好き…
彼女が小さく呟いた声は朗の耳に心地よく残る。
ズルイのは自分も同じだと朗は思う。寂しさに付け込むように好きだと言ったから…寂しさを埋めて欲しいのは自分も同じだから。




