秘密7
自分がどうやっても朗に敵わない事くらい分かっていた。でも、少しでも希望があるならそれにすがってみたかった。
「違う、違うの」
華は言葉を探した。
「何が違うの?」
晴彦は華の前に立ち、真っ直ぐに彼女を見つめる。
嘘はつけない…。
ついてはいけない…。
でも、
「映画、ちゃんと観てたよ。でも、考え事しちゃって」
朗の事だろうと晴彦は覚悟をした。
「何?」
「アメリカ…」
「えっ?」
朗の名前が出るとばかり思っていたのに、予想外な言葉を聞いて、晴彦は目を丸くしている。
「父が…離婚して離れて暮らしていた父が私と暮らしたいって言ってるの、アメリカに連れて行きたいって…」
頭にその事は消えていたのに、その場をごまかす嘘に使ってしまった。
本当の理由を言えるわけがない、マキコが言う通り安易にオッケーを出さなければ良かったのだ…
◆◆◆
崇は病院の待ち合い室のソファーに座りボンヤリしていた。
向かい合わせに小学生になったくらいの男の子と幼稚園に行ってるくらいの女の子が並んで座っていた、兄妹なんだろうか?男の子が何かと女の子の世話をしていた。
女の子は男の子が買って来た缶ジュースを開けることが出来ずに男の子に開けて欲しいと渡している。 受け取った男の子は開けようと頑張っているが、爪が短いのか…指に力が無いのか、なかなか開けれないでいた。
「開けてあげるよ、貸してごらん」
と崇は微笑みかける。
男の子から缶を受け取るとすぐに開け、女の子に渡した。
「お兄ちゃん、ありがとう」
お礼を言ったのは男の子だった。
「どういたしまして、二人は兄妹?何してるの?」
優しく語りかける。
「うん。兄妹だよ、お母さん待ってるの」
「お母さん?病気なの?」
「違うよ、お父さんが車で事故して入院してるの」
「そうか…、大変だね」
「あ、お母さんだ」
男の子が手を振る方向に女性が居た。
「じゃーね、お兄ちゃん」
と男の子は女の子の手を握ると母親の方へ歩き出した。
女の子も振り向き、
「バイバイ」
と言った。
「バイバイ」
崇も笑顔で手を振った。
ふと、幼い頃の自分と凛が二人と重なった。
凛は小さい時、泣き虫で…いつも崇の手をギュッと握って離さなかった。
彼女を守りたい…そう思った。
そして、その気持ちは今も変わらない。
兄妹が向かった方向からエディが崇の方へ歩いて来る、兄妹とすれ違い様にお互いに手を振っている。
知り合いかな?…と崇は思った。
『知り合いだよ。』
聞いてみたら、そう返って来た。
『日曜日に会うはずだった人の子供達だ』
『あぁ、事故ったって言ってた人?』
幼い兄妹と母親はどこかへ行ってしまっていた。
『検査は全部終わったのかな?』
『はい。貧血と過労だって言われました。あと、2、3日は仕事休めとも言われました。』
崇は恥ずかしそうに笑った。貧血なんて、女性みたい…医者に貧血だと言われた時にそう思ったからだ。
『過労か、君は働きすぎるからね。…それだけかい?』
『それだけですけど、何か?』
崇には精神的な何かがある。今朝、カーターに逢って話を聞いた。
崇にカウンセリングを勧めているのに、彼を嫌い、話を全く聞かない事も。
『いや、別に。じゃぁ、いい子で検査したご褒美』
とエディはポケットから携帯ストラップを出した。
シルバーの鎖の先に丸い球体があり、硝子玉がはめ込んであった。
『綺麗だろ?今朝、知り合いに貰ったんだ。その人の手作りでね。クリスタルだから七色に光を反射するよ。君の携帯にはストラップも無くて寂しそうだから』
と崇の掌にストラップを乗せた。
『ありがとうございます』
崇はお礼を言うと素直に携帯にストラップをつけた。
『でも、いい子にしてたご褒美って…』
崇は子供扱いされた事を笑う。
『だって、子供だろ?病院を嫌いなんて』
エディもそう言って笑った。
エレベーターの到着音と開く音が聞こえた。
「あれ?崇くん?」
エレベーターの方角から江口が歩いて来た。
「江口さん、誰かのお見舞いですか?」
「いや、仕事なんだ…崇君はこの紳士と知り合い?」
江口はエディをチラリと見た。
「はい、彼の通訳をしてます…彼に何か?」
「さっき、事情聴取をしに病室に行ったら彼とすれ違ってね。話を聞こうと追い掛けて来たんだ」
「事情聴取?」
崇は嫌な予感がした。
「良かったら通訳してくれない?ちょっとの時間でいいから」
「構いませんけど、何の話ですか?」
「公園で殺人があっただろ?病気に居る奴は容疑者なんだ、だから近辺を調べてる」




