いとしい人5
崇は小さい時、クリスマスが好きだった。
めったに雪は降らなかったが寒い中、父親に手をひかれクリスマスケーキを買いに行った記憶がある。
母親が早くに亡くなり、父親と二人暮らしだったが、崇が7歳の時に新しい義母と可愛い妹が出来た。
新しい義母はとても優しく綺麗で、新しく妹になった凛も崇に「お兄ちゃん」と言っていつも後をついてくる可愛い子だった。
ちょっとでも崇が見えなくなると凛は泣きながら自分を探した、その姿が可愛くて、何度もわざと隠れた。
義母も崇を本当に可愛がってくれて、母親の温もりを知らなかった崇には凄く温かく、大好きな人になった。
義母が得意だったのはチーズオムライス。
崇も凛もチーズオムライスが大好きで、クリスマスプレゼント何がいい?と聞かれた時に二人で
「チーズオムライス」
と言ったくらい。
だって、欲しい物はもう手にしていたから。
玩具や本なんかより、家族の温もりがずっと欲しかった崇には可愛い妹と優しい両親…それさえあれば他には何も望まなかったのに…。
でも、そんな優しい時間も何度目かのクリスマスで終わりを告げた。
優しかった義母が亡くなったから…
それから、優しかった父親が暴力を振るうようになっていた…。
崇が14歳になった年のクリスマスは絶対に忘れられない…
凛の悲鳴と床に倒れる父親…
倒れる父親からはおびただしい血液が流れ出している。
崇の服も血だらけで震えていた…
震える手でナイフを握っている。
血も崇のものではなく父親の血だ…。
もう、どうすれば良いか何てわからない。
目の前に広がる血も、その血の海に倒れる父親も…崇の目にはテレビで見た殺人の映像みたいに映り、現実ではない気がしていた。
クリスマスなんか来なければいい…そう願ってしまう。
『連絡は?』
『つきませんよ、彼には両親が居ないんです。二人とも亡くなってると本人に聞いてますら、…妹が居るようですが…彼の携帯の充電が無くて連絡を出来ないんです』
そんな会話が耳に入って来た。
声は聞いた事がある…
一人はエディで、もう一人は…軍医…この前の検診で話した事がある…
そう思い、崇は目を開けた。
白い天井が視界に入る。やっぱり…医務室だ…
点滴があり、そこから伸びる管は自分の腕に繋がっている。
エディが視線を落とし、崇と目が合った。
『良かった、目が覚めたね。』
エディは笑いかけてくれる。
『…あの、俺…』
どうしたんですか?と起き上がろうと体制を変えようとすると、腕を動かしたせいで点滴が揺れる。
医師が点滴を押さえてくれた。
『崇、起き上がっちゃダメだ。熱が高いんだよ』
エディは崇をベッドへ戻すと額に手を置く。
確かに熱があるのかも知れない…エディの手が冷たくて気持ちがいい。
頭が重くて体中がダルイのはそのせいなのか…と納得した。
『俺、どうしたんですか?』
レストランからの記憶が無い。
『レストランで倒れてね、車でここまで連れて来たんだ、覚えてない?』
崇は頷く。
『風邪をひいてるみたいだね、あと過労。君はだいぶ無理をしているみたいだ、詳しい検査は日本の病院へ行きなさい、ここは小さいから詳しくは出来ないんだよ。あと、点滴がもうちょっとかかるから眠ってなさい』
と医師が説明をしてくれた。
『あの…、俺、迷惑かけたみたいで本当にすみません。仕事どうなりました?』
崇は不安げにエディを見上げた。
『心配しなくても大丈夫だよ。相手も事故ってね来れなくなったんだ』
不安げな彼を安心させるようにエディは優しく笑いかける。
『そうですか…でも、俺…クビですよね?』
『崇、どうしてそう思うんだい?君が体調悪いのに無理させた私が悪いんだよ、クビになんてどうして出来る?』
『でも、健康管理も仕事でしょう?』
『崇、そんな厳しい事言ったのは軍関係者か?君は軍人じゃなく民間人だ、こんな事くらいじゃクビにはならないよ』
そう言ったのはエディではなく医師だった。
『彼の言う通りだよ、誰がそんな事言ったんだい?私が文句言ってやる!』
鼻息が荒くエディが言うので崇は笑った。
ようやく笑った崇に、
『君は真面目過ぎるよ、体調が悪い時には遠慮なくいいなさい。ごめんね気付いてあげれなくて』
エディは優しく頭を撫でてくれた。
その手は懐かしくて…
泣きたくなる。
『点滴が終わったら家まで送るから、もう少し眠りなさい』
『すみません』
『謝らなくていいよ、アメリカだと損をするよ』
とエディは笑う。




