いとしい人3
「読んだの?」
凛の問い掛けに小さく頷く。
「消印は愛知だった。…元気でやってますってだけ書いてあった」
「それだけ?」
「それだけだよ。…迎え行くとか、いつ帰って来るとか書いてるのかな?って期待したけど、…それだけだった。本当、いい加減な母親だよ。手紙も既に燃やした」
朗は凛を見ない、ただ…俯いて、どこか遠くを見ているようだった。
「それからはどうしてたの?」
「祖父ちゃんと暮らしてたから寂しく無かったよ、凛に崇が居るようにね」
朗はようやく顔を上げ、凛に笑いかける。
「お父さんは?」
「知らない。前に聞いた時、父親とは結婚出来なかったって言ってたから、俺が産まれた事も言ってないってさ。…言えない相手だったのかな?」
「好きだったんだよ、お母さんはその人の事。だから朗が産まれたんだと思う、お母さんは朗を産んだ時、まだ10代だったんでしょう?10代の女の子が子供生んで育てるのって大変な事だよ、…だから、水商売をして朗を育てた。でも、朗を愛して無かったわけじゃないと思うよ、…美味しいって言ったカレーを一週間作るのは、また…美味しいって言って食べて欲しかった。それだけだと思う」
凛はそう言うと朗の肩に頭を寄せる。
朗は微笑み、
「俺の名前は結婚出来なかった奴の名前から貰ってつけたんだって…でもダサイよな太朗なんて、山田太朗だぜ。銀行とかに行くと振込み用紙に見本として書いてあるだろ?…そのせいでよくからかわれたし、もっとカッコイイ名前とか他にあるだろ!」
朗は本気で怒っている。
「朗は自分の名前嫌いだったね」
怒り出す朗を見て、凛はクスクスと笑う。
「ナンダヨ~凛は名前が可愛いからってさ、崇って名前も俺からしたらカッコイイしさ」
今度は拗ね出す朗。
「お父さんに会いたいとか思わないの?」
「思わない」
その返事は即答だった。
「生きてるか死んでるのか分からない相手だし、結婚出来ない相手って言えば、すでに家庭持ちか何かだろ?家庭があるのに他の女に手を出す男になんか会いたくないね!」
不機嫌そうに言うと、朗は立ち上がる。
「散歩でもしようか?ずっとここに居ても面白くないし」
まだ座っている凛に手を差し出す。
「どこにいくの?」
凛もその手を握る。
「祖父ちゃんの墓参り」
そう言いながら朗は凛を引っ張り上げる。
凛は自分の手を握る朗の手を握り返すと手を繋ぎ、部屋を出た。
◆◆◆
崇とウォンはそれぞれの職場へと向かっていた。
待ち合わせの為に崇は何時もの道を歩き、基地の奥にあるレストランへと足早に進んでいる。
基地の中はいつもより騒がしい。
軍警察がやたらウロウロしている。
それを横目で見ながら待ち合わせ場所のレストランへと着いた。
店内へ入り、適当なテーブルにつくと注文を聞きに来た店員にコーヒーを頼んだ。
崇は上着のポケットから携帯を取り出すと連絡がきていないかをチェックする。
凛からの連絡はまだない。
友達と楽しい時間を過ごしているに違いないと言い聞かせても、何度となくメールの問い合わせやLINEを見てしまう。
『崇、ごめんね待たせたね』
と声がして携帯から目を離し、顔を上げた。
『こんにちはエディ』
自分の名前を読んだ紳士に笑顔を向けた。
崇は携帯をポケットに入れると立ち上がりエディと挨拶の握手を交わす。
エディは崇を通訳として雇ってくれている、そして華の父親だ。
『もう注文はしたのかな?』
『コーヒーは頼みました』
そう言いながら二人は席に座る。
『今日は休みなのにわがまま聞いてくれたからランチをおごらせてくれるかな?』
とエディはメニューを崇に渡す。
確かに今日は崇は休みだったのだが、エディに通訳を頼まれ、休み返上で来ていた。
『暇だったし大丈夫ですよ。でも、ランチは嬉しいです。お腹空いてて』
と崇はメニューを受け取る。
素直に好意を受け取る崇にエディは微笑んでいる。
『何か顔についてます?』
視線を感じ、崇は顔を上げた。
『いや、君はいい子だなって思って』
突然な言葉に崇は目を丸くしている。
『休みなのに嫌な顔せずに来てくれるし、好意も素直に受けてくれる…両親は自慢だろうね。私には娘しか居ないから、崇みたいな息子が欲しいよ』
エディは優しく笑いかける。
自慢の息子…
その言葉に崇はピクリと反応した…。
自慢?自慢になんかならない…嫌な忘れたい記憶が頭を過ぎる。
江口に逢ったせいかも知れない。
息が急に苦しくなって、動悸が早くなるのを感じた。
嫌な汗が出てくるのが分かる。
息苦しさでシャツのボタンを外す。
『崇どうした?』
エディは俯き、息が荒くなっている崇に気付いた。




