いとしい人 2
ウォンに聞いた話を通訳していると、「崇君、崇君だよね?」後ろから声をかけられ振り返える。
そこにはスーツを着た、30代後半くらいの、なかなか顔立ちが整ったの男性が立っていた。
「…江口さん?」
崇は記憶を探り、男性の名前を呼んだ。
「やっぱり崇君かぁ、何か益々かっこよくなっちゃって、初めて逢った時は女の子みたいだったのに」
江口は懐かしそうに近づいて来た。
「あの時はまだ中学生でしたから」
「今いくつだっけ?」
「今年26です」
「そっかぁ、俺も老けるわけか」
江口は微笑む。
「江口さんは余り変わってないですよ、モテるんじゃないですか?結婚はもうされました?」
崇も釣られて微笑む。
「イヤイヤ、刑事は不規則な生活だし、仕事柄危ないからね…とか言って、本当は良い子が居ないからの本音だけどね。崇君は今何してるの?香港からはいつ?」
「今は通訳してます。…それより仕事に戻らなくていいんですか?」
崇はざわめく現場を見た。
「そうだった、戻ろなきゃ…あっ、そうだ参考までに聞くけど、昨日はこの道通った?ここって軍関係者が使うだろ?」
「いえ…俺は普段は車だし、この道は使いません」
「そうか、ありがとう」
江口は手を振り歩きだす。
「待って。江口さん」
江口が足を止めると
「あの、犯人は軍の?」
と聞く。
「刺されたのは日本人だけど、外国人と言い争ってたんだ」
「英語ですか?」
「英語と韓国語だよ、ちょっと前に韓国から戦艦が入っただろ?」
韓国語…。
崇はウォンを殴ろうとした男性を思い出した。
「いいですか?俺に教えても?」
「通訳頼もうかな?って、それに君は話を漏らす子じゃないよ」
と笑顔で肩を軽く叩くと現場へ戻って行った。
崇は嫌な予感がしていた。
◆◆◆◆
朗は凛と携帯を取りにアパートへ来ていた。
竜之介も誘ったが、
「親友の恋を邪魔するほど子供じゃないもん」
と言われた。
最近のガキは…。
「このアパートに住んでたの?」
凛がそう言いながら階段を上がる。
海から離れた山近くにアパートはある。
「うん。」
返事をしながら部屋のドアを開けた。
「綺麗にしてるんだね」
凛は朗と部屋に上がる。
「たまに掃除しに来るからね」
「偉いね」
凛は微笑む。
「掃除くらい誰でもするだろ?あっ、あった。」
部屋の真ん中にポツンと置かれた携帯を見つけた。
「違うよ。アパート買ったんでしょ?」
「もしかして竜太朗さんが言った?」
「うん。お母さんの事も」
朗は竜太朗め、余計な事を!と思ったが本当の事だし隠す事ないからなぁ…と自分を納得させた。
「あのさ、聞いたからって…、あんまり気とか使うのは無しだからな」
「自分は使うくせに?」
凛は優しく笑う。
「私に優しいのは同じだから?」
「違う、そうだけど違う。」
凛は朗と向かい合って立ち、
「変な日本語」
と声に出して笑った。
朗も一緒に笑うと奥くの部屋に二人で進むと壁に寄り掛かり座る。
「朗はどんな子供だった?」
「どんなって?普通の子だよ」
「お母さんはどんな人だったの?」
朗の頭にチエコの思い出が過ぎる。
「…料理は下手だったな…、得意料理なんて目玉焼きだせ、しかも裏は必ず真っ黒で…カレーとか美味しいって言うと一週間ずっとカレーだったし」
朗は懐かしそうに語り出す。
「それから?」
「掃除は嫌いだし、洗濯も!その2つは俺がしてた。…後はやたらと派手だったなぁ、俺の服はそんなに無いのに自分の服や化粧品は買いまくるし。 …まぁ、水商売してたから毎日、同じ服じゃマズイからとか今ならちょっとは分かるけどね。でも、子供の頃は嫌いだった、母親より女を優先している感じがして」
そう言うと朗は寂しそうな目で凛を見つめる。
「お母さんの事、嫌い?」
「さぁ?小さい時は好かれようと努力してた気がする…」
「今は?」
「分からない…、男と駆け落ちする母親を許す奴が居たら会ってみたいよ」
朗は俯き、
「しばらくして手紙が来た」
小さい声で言った。




