いとしい人
「世話の焼けるガキ」
ブツブツと文句を言いながら部屋を後にした。
誰も居なくなった部屋で朗が忘れて行った携帯が光る。
それはようやく通じた華からの電話だった。
◆◆◆◆
「母ちゃん、布団ば敷いて」
朗を担いだ竜太朗が戻って来た。
「あれ?朗はどがんしたとね?」
「バカが飲めんビール飲んで熟睡しとったい」
母ちゃんは空いている部屋に布団を敷いてくれた。
竜太朗はその布団にゆっくりと朗を降ろす。
「上着きせたままで良かとね?」
「良かやろ」
竜太朗は毛布と掛け布団を調える。
「竜太朗さん。朗、帰ったんですか?」
竜太朗の声を聞き付け、凛が顔を出す。
「凛ちゃんに後任せれば良かたい。恋人同士けん」
母ちゃんは気を利かせるように部屋を出た。
「朗、どうしたんですか?」
熟睡している朗を覗き込み、心配している。
「コイツさ、酒全くダメなんだ、ブランデーケーキでも酔える男。これは朝まで起きない」
と笑いながら朗の頭をつつくと、彼がうっすらと目を開けた。
竜太朗をジッと見つめる。
「何だ?文句言う気か?」
「吐く」
「はっ?」
「気持ち悪い、吐く」
朗は起き上がり口を押さえる。
「バカ!まだ吐くなよ、我慢しろ」
竜太朗は慌てふためくが…すでに遅く、朗は思いっきり、竜太朗に吐いてしまった。
「くそガキ…」
嫌そうな顔で竜太朗は呟く。
◆◆◆◆
朗は胸の重みと頭痛みで目が覚めた。
「朗、おはよう」
竜之介がニコニコしながら朗を上から見下ろしている。
「竜之介…重い」
竜之介は朗の胸の上に座っている。
朗は起き上がり、竜之介を降ろす。
「あれ?母ちゃんちだ?何で?」
朗の記憶ではアパートでビールを飲んでいたままだ。
「ご飯食べる?」
「気持ち悪いからいい。なぁ、俺いつの間に戻って来たんだ?」
重い頭を摩りながらに聞く。
「知らないよ。僕、先に寝ちゃったもん」
「そうか…」
朗は懸命に記憶を巡らそうとするが無理だった。
「朗。起きたの?」
凛が障子を開けて入って来た。
「おはよう凛。俺、いつ帰って来た?」
凛の言葉に朗はマズイ…と思った。最後の記憶は彼と喧嘩をした記憶、それなのに借りを作ってしまった。
「でね、大変だったんだよ。朗ったら、竜太朗さんに吐いちゃったの」
「はっ?」
吐いた?嘘…!!
「覚えてないよね?汚れた服を着替えさせのも竜太朗さんよ」
凛の言う通り、朗が着ているのは多分、竜太朗のお古のパジャマだろう、ブカブカだ。
「もう~!最悪」
朗は頭を抱えた。
「竜太朗さんは?」
恐る恐る聞いてみる。
「お父さんなら先に帰ったよ。おじいちゃんから朝、電話があったの。仕事が忙しくなるからって。僕達はゆっくりして来ていいよって言ってたよ」
竜之介がそう教えてくれた。
竜太朗は居ない…、朗はとりあえずホッとした。
「これ、お父さんから」
と竜之介が朗に袋を渡す。
袋の中には二日酔いの薬が入っていた。
「後ね、今度飲めない酒を飲んでゲロ吐いたら命無いって」
と竜太朗の伝言を聞き、朗はさらに頭を抱える。
もう完璧に頭が上がらないかも…心で呟く。
「あっ、携帯。」
朗は携帯を探すが上着のポケットにもどこにも見当たらない。
アパートかな?
朗はとりあえず布団から出ると立ち上がり
「とりあえず、風呂入ってくる!」
部屋を出た。
◆◆◆
基地の敷地内の公園に警察と人だかりがあった。
崇とウォンは偶然に通りかかり、何事かと野次馬の中へ入る。
公園の入口から入って右側に緩やかなスロープのような小道があり、その上にアスレチックやちょっとした広場に遊具もあり、公衆トイレもあった。
立入禁止の黄色いテープは小道の入口に張り巡らされ制服を着た、警官や私服の刑事が多く入れ替わりに出たり入ったりしている。
「何かあったんですか?」
崇は野次馬の中に入ると近くの人に聞く。
「殺人のあったごたるよ」
聞かれた男性が答えた。
「殺人?」
「男の人が刺されたとってさ」
「日本人ですか?」
崇がそう聞いたのはたまに軍の人間同士が喧嘩から誤って人を殺してしまう事件があるからだ。
「日本人ばってんが話じゃぁチンピラのごたるよ、夜中に喧嘩しよる声ば誰かが聞いたって言いよったよ」
崇は教えてくれた男性に礼を言うとウォンの所へ戻った。




