センチメンタル6
チエコは決して迎えには来てくれなかった。
祖父に諭され2、3日で家に戻った。ろくに口を聞かないまま、誕生日になった…。
けれど、それっきり会えなくなった。
そこで目が覚めた。
朗はいつの間にか眠ってたようだ。
「ちくしょー、竜太朗のせいだ!」
センチメンタルな夢を竜太朗のせいにする。
窓から月が差し込んでいる。
見上げるとあの頃と何も変わらない月がそこにあった。
◆◆◆
華とマキコは食事を終え、帰路に着く。
エディはまだ時間があるから返事はゆっくりでいいと華に言ってくれた。
「華、朗に電話してみたら?」
車を運転しながらマキコが言う。
「何でよ、別にかける必要なんてないもん」
「またまた~強がっちゃって!お母さんは晴彦君より朗がいいわ」
マキコは助手席に座る華をつつく。
「何がよ!」
「息子になるなら」
華は吹き出しそうになる。
「ば、バカ言わないでよ!」
「朗、いいと思うんだけど…」
「嫌!いつも怒鳴ってなきゃいけないし、お金だって使い道下手だし」
華が必死に否定しているのがマキコには微笑ましかった。
「あら、華はお金派なの?」
「違うけど、通帳の残高が情けなさ過ぎるんだもん」
「ねっ、何で朗がいつもお金無いか教えようか?」
華は過剰に反応を示した。
「朗はね、アパートを土地ごと買ったからよ」
「はっ?アパート?」
予測もしてなかった言葉に華は驚く。
「チエコと暮らしていた横瀬のアパートよ。あそこね、管理人さんが高齢の為に手放してさら地になる計画があったの、それを朗が聞いて…土地ごと買ったのよ。で、保証人が私と竜太朗」
予測不可能な理由に華は黙り込んだ。
「多分、チエコがいつ帰って来てもいいようにじゃない?」
華は泣きそうだった。
どうしてだろう?今すぐに朗に会いたい。
明日や明後日じゃなく、今すぐに…
「お母さん、コンビニに行くから車止めて!」
「連れて行ってあげるわよ」
とマキコはハンドルを切ろうとする。
「いいの、近いから歩く。」
「アパートに行っても朗は居ないわよ、それに横瀬に行く船だってもう無いわよ」
そう言いながらマキコは路肩に車を停めた。
「知ってるわよ!」
そう言って車から降りるとコンビニとは反対の方向、朗のアパートへ向かう。
健気な娘の後ろすがたを見送りながら、
「青春ねぇ」
とマキコは呟いた。
華は居ないと分かっている朗のアパートの前に立つと携帯を取り出し、朗の番号を検索する。
…別に相談するわけじゃないもん…
そう心で呟きながら携帯を耳にあてる。
朗の携帯は電源を切っているか、電波が悪い場所にいるのか繋がらず、アナウンスが流れる。
「朗のバカ!何してんのよ。だいたい、夜釣りなんてオッサンみたいな趣味しちゃってさ」
繋がらない寂しさに華は文句を言う。
そして、いつも彼に対していつも怒っている事に気付く。
…朗が怒らせる事を言ったり、やったりするからだもん!
どんな言い訳をしても結局はすぐに怒り出す自分が悪いのだと分かっている。
何も知らないくせに偉そうに説教をする女の子を好きになるかな?
…ならないよね?普通。
「バカみたい、好きとか嫌いとか!朗は幼なじみだもん!やっぱり朗が悪い!何で居ないの?何で繋がらないの?…何で、何で言ってくれなかったのよ」
マキコや竜太朗はお金が無い理由を知っていた、だから何かと世話を焼いたり、ご飯をおごったりするんだ…、きっと、史郎さんも。
「何よ皆知ってて、何でアタシには教えてくれないのよバカぁ!」
そう叫んだら泣けて来た。
違う、バカなのは自分。
素直になれない自分。
意地悪ばかり言う自分。
そんな事くらい分かってる…
「電話出てよ、朗。会いたいよ…」
華は携帯を握りしめ、その場に座り込む。
何故か涙が零れる。
「何で居ないの?今、会いたいのに、…逢いたいよ朗」
どうして泣くんだろう?
どうして、こんなにも逢いたいのだろう?
何でこんなにも愛しいのだろう?
答は出ているのに言葉には出来ない。
今はただ、朗に逢いたい。
それだけだ…
華は携帯を握りしめ、泣き続ける。
◆◆◆
竜太朗は朗が住んで居たアパートに来ていた。
2階へ上がり、部屋のドアノブを回すと鍵を閉め忘れたのか開いている。
中へ入ると月明かりに照らされた部屋の真ん中で大の字になって眠っている朗を見つけた。
「全く、小さい時と変わらないなお前は」
と側に行き、頬を軽く叩いてみるが、熟睡していて起きる気配がない。
足元にはビールの空き缶が数個、転がっている。




