君と手を繋ぐ未来5
蓮は頷く。
「バ…、信じられない!冴子さんの気持ちも考えろよ」
責める瞳で見つめる。
知らなくてもいい事だってある。それで全てが上手く行くのなら知らなくていい…。
「お父さんを責めないで、私、知ってたから大丈夫
よ」
「へっ?」
朗は拍子ぬけをした。
「お父さんが浮気していたの知ってたの…チエコさんにも会った事あるし、別れて下さいって頼みに言った事もあるの…その時、チエコさんはお腹に赤ちゃん居るから、別れるつもりだって言って…でも子供は生みたいから黙っててって言われて…同じ女だし、堕胎してとは言えなかった…朗君が生まれた時も見に行ったのよ、凄く可愛くて…私の秘密の弟だって嬉しかった」
冴子はそう言って朗に笑いかけてくれた。
そう、彼女は全てを知っていて朗を受け入れてくれていたのだ。
「冴子…すまない」
蓮は冴子に頭を下げた。
「お父さんが浮気するの分かる気がしたし…お母さんは気が強くってさ、私もお母さんは苦手だった…でも、チエコさんは優しくて可愛い人だった…私はいいの、愛情を沢山貰ったから、だから今度は朗君の番よ」
「冴子さん…」
朗は泣きそうになる。
「泣かないの!それに知ってる?朗君が今住んでいるアパートね取り壊してマンションにするって大家さんが言ってたの、だから家賃も上がるんだよね…住むとこ無くなったね」
冴子はニッコリ笑う。
「決まりだな」
竜太朗もニヤリと笑う。
「よし、竜之介、朗の荷物取りに行こうぜ」
「うん」
と二人は朗に有無も言わさずに走って行った。
「俺まだ住むなんて言ってないじゃん」
「一緒に住もう」
蓮に力強く言われ、朗は少し考え……ふぅーと一呼吸をし「部屋のカギ持ってんの俺なんだけど?」と蓮と冴子に照れ笑いをして二人の後を追い掛けた。
◆◆◆
玄関に行くと江口と史郎が朗を待っていた。
「珍しい…組み合わせ?どうしたの?」
江口と史郎が絡んだ所なんて見た事が無かったが。
あ、そうか誕生日…史郎さんと江口さんにも声掛けたってマキコさん言ってたし…そう納得した。
「お前に何か話あるみたいだぜ」
竜太朗が手招きする。
史郎達と向かい合わせに朗が立つ。
なに?…と聞く暇もなく
「朗君、すまない!」
とその場で土下座され朗はキョトンとなる。
「許してくれ朗君、本当にすまない」
史郎は額を床に擦りつけるくらいに頭を下げ、尋常ではなかった。精一杯出している声は震えている。
「ちょっと、史郎さん~何?どうしたの?」
朗もその場にしゃがみ込む。
訳が分からない…史郎の肩に触れようとした時に。
「本当にすまない!君の…君のお母さんを…チエコちゃんを…ひき逃げしたのは…僕なんだ、本当にすまない」
「えっ?」
手が止まった。今…何て言った?朗は一瞬にして頭が真っ白になった。
史郎はもう顔を上げる事が出来ずにいる。目を見て謝る事が出来ないのだ。
驚いたのは朗だけじゃない…後を着いてきていた蓮はすぐに朗を心配するように側についた。
竜太朗は怒りで拳を握っている。
「ごめん、史郎さん…今何て言った?」
今にも倒れるかと思った。蓮がすぐに支えた。
「朗、こっちおいで」
朗の体を支えながら立たせると近くの椅子に座らせた。
「どう言う事だよ!説明しろ!」
竜太朗は土下座している史郎を無理矢理立たせた。
「すみません、すみません」
史郎は涙と鼻水でグチャグチャな顔をしている。
「すみません?ふざけんな!人一人殺しておいてすみませんで済むかよ」
竜太朗は胸倉を掴んだまま怒鳴りつける。
「なんで、救急車呼ばなかった?なんですぐに朗や朗のジイチャンに言わなかった!説明しろ!」
あの日…、雨が降っていた…。
たたき付けるような雨でワイパーさえも役に立たたない。
そんな激しい雨の中、史郎は車を走らせていた。
ほんのちょっと…ほんのちょっとよそ見をした…人影に気付いた時はもう遅かった。
ドンッ――
鈍い音がした。
史郎は慌てて、車を降りた。
激しい雨の中、誰かは倒れて動かない。
ドクンドクンと心臓の鼓動が徐々に早くなる。近付くと「チエコ…ちゃん?」そこに倒れていたのはチエコだった。
チエコはピクリともしない。
救急車…救急車呼ばなきゃ…そう頭では分かっていた。
でも、この町には救急病院は無く、救急車が来ても、助からない…。
そう、彼女はきっと助からない…どうしよう、どうしよう…そううろたえている内に時間だけが過ぎて行く。
その時、悪魔が囁いた…そう、悪魔が…。