おいてけぼりの空 3
「へぇ~、そう。ありが…じゃない!何で!」
史郎は余りにも当然のようにニコニコとそう言ったので、朗は危うく礼を言う所だった。
「だって、今朝、朗君のアパートに行ったら、大家さんに会って、家賃の期限が今日までなのに逃げて居ないって怒って荷物を外に出しそうな勢いだったから払っちゃった」
彼はそう言って人懐っこい笑顔を見せる。
「史郎さん…」
朗は嬉しいけど、複雑…という表情で何て声をかけようか迷ったが…、とりあえず、
「ありがとう」
と頭を下げた。
「どういたしまして」
史郎はニコニコ笑っている。
「あ~ぁ、二人とも華ちゃんに怒られるぞ」
竜太朗はニヤニヤしている。
「黙っていれば分からない」
二人の声は綺麗にハモった。
朗と史郎は顔を見合わせて笑ってしまった。そして、朗は改めて深々と頭を下げて、有り難くお金を借りる事にした。
「本当にいいの?」
朗は申し訳なさそうに聞く。
「大丈夫だよ、返すのはいつでも良いから」
「けど、史郎さんももっと自分の為に使えばいいのに」
「朗君に使うのも自分の為だよ、それに私は結婚もしてないし、趣味も無いからお金は余り使わないんだ」
「まぁ~、史郎さんはずっとお袋さんの看病して来たからなぁ…趣味はこれから作ればいい、俺や朗みたいに釣りとかさ」
と竜太朗は二人の会話に参加してきた。
「釣りかぁ」
「史郎さんも一緒にしようよ、結構楽しいよ」
朗も史郎を誘い始める。
「よし!墓参りついでに横瀬で釣りして帰るか?」
竜太朗はすでにやる気マンマンだ。
「荷物増えるからヤダ!」
「横瀬に行くのかい?」
「史郎さんも一緒に行くか?懐かしいだろ?」
「懐かしいけど、余り良い思い出ないし…次、誘ってよ」
竜太朗の誘いを申し訳なさそうに断る。
「家はまだあるんだろ?」
「あるけど、手入れしてないからボロボロだよ、お袋が入院してから死ぬまで…ずっと空き家にしてたからね」
史郎は懐かしいと言う顔より、寂しいという表情を見せる。
史郎も朗やマキコと同じ横瀬出身だった。彼は中学までを横瀬で暮らし、高校は佐世保の定時に通った。
病気がちの母親の為だ。
でも、母親は去年亡くなった。
「朗君は横瀬に行くのは辛くないのかい?」
史郎が何を聞きたいのか朗にも分かる。史郎も横瀬出身だから朗が母親に捨てられた事も知っているから。
「えっ?どうして?辛くないよ。じいちゃんの墓もあるしさ」
朗は笑って見せた。
「そうか…」
「何で?」
史郎はもとの人懐っこい笑顔に戻ると、
「いや…、いいんだ。朗君、また何か困ったら言ってよ、私は君の為に出来る事があるなら何でもするから」
そう言った。
朗はキョトンとしたが、とりあえずは「ありがとう」とお礼を言う。
「あのさ…朗君。去年、お袋が死んでからずっと言いたかった事があってね…」
史郎は俯きながら言う。
朗が何を?と聞こうとした時に、
「お父さん~、朗」
と竜之介が走って来た。
「おかえり竜之介、ここまでよく一人で来れたな」
竜太朗は竜之介の頭を撫でる。
「あれ?何持ってんだ?」
竜之介が手にしている袋に目が行く。
「僕と朗のおやつ」と袋の中を開けて見せる。
朗も側に来ると袋を覗き込む。
「カステラの切れ端かぁ~やった!好きなんだよなぁ、牛乳もある。貰っていいの?」
カステラの切れ端も牛乳も二人分あった。
「何だ~お父さんの分が無いじゃないか!」
竜太朗はふて腐れる。
「だって、お母さんが朗と僕だけにって」
「何!朗!俺のハニーをいつの間にたぶらかした?俺におやつなんてくれないぞ」
竜太朗は更にふて腐れて朗に八つ当たりしている。
「竜之介君、こんにちは」
史郎が笑顔で挨拶をすると、竜之介も元気よく挨拶をした。
すっかり牛乳とカステラの切れ端に夢中になっていた朗だが、
「そう言えば史郎さん何か言いかけたよね?何?」
と史郎の方へ顔を向けた。
「えっ?あっ、うん。ありがとうって」
史郎はニコニコと笑う。
「ありがとう言うのはコッチだよ」
と朗も笑う。
「ね、朗。昨日の依頼人のお兄さんの写真見せて」
と竜之介が上着の裾を引っ張る。
「えっ?ジャニ男の?いいけど」
朗はポケットから写真を出す。
「何だよ、ジャニ男って?」
竜太朗が不思議そうに聞く。
「だって、ジャニーズ系だからさ、ジャニ男。」
「そうか…俺も陰でそう呼ばれてるのかな?」と竜太朗はニヤニヤしている。